■時は遡る
登場人物:ティユイ、ユミリ、ガレイ、ヒズル
――時間は幾何か遡る。
ティユイはユミリに休憩室へ連れてこられていた。といっても寝る場所と食事スペースのための机があるくらいで、操舵室よりは少し広いという印象だった。
「夕食までは少し時間があるから軽くね」
机の上には飲み物とビスケットのようなお菓子が数枚小皿に乗せられて置かれる。
「聞きたいことはたくさんあると思うけど、まずは自分が何で狙われているかやね」
たしかに聞きたいことはたくさんある。とはいえ、やはり現状把握が先だと思えたティユイはただ頷く。
するとユミリはビスケットを五枚――配置は上下左右、中心に一枚だ。
「ハルキア、ナーツァリ、アークリフ、フユクラード、そして真ん中のがセイオーム。ちなみにあんたがおったのがセイオームにあるケイトっていう水母や」
「その言い方だと他にも水母があるんですか?」
「うん。一国で複数の水母を管理していて、その中に多くの人が暮らしてるんよ。話が逸れたね。まずティユイが狙われている理由から話すね」
およそ五年以上前に海皇、皇后両陛下とその娘である皇女二人が行方不明となる。
「海皇って何ですか?」
――そこからか。そんな表情をユミリは浮かべている。
「海皇っていうんはこの世界の統治者のことや。と言っても、直接統治しとるわけやなくて、あくまで国の象徴としてのね」
「それ知ってます。日本でも似たような感じですよね」
「まあ、そうやね。現在、その統治態勢の根幹である万世一系が揺らぎつつあるんよ」
「はあ……」
「ようするに同一の血統で繋いでいくってことや。だから海皇が男系が常やったんやけど……」
そこで消えた皇女二人の話に戻る。現在、法規のほうで養子をとることはできないことになっている。
「質問です。そのやり方だと皇后の負担が大きくないです? だって必ず男の子を産まないといけないなんて……」
無茶振りもいいところではないかとティユイは感じた。
「それはその通りや。昔は様々な手段が用意されとったけど、現在はこうなってしもうとるんよ。で、現在は皇女殿下を海皇にしようって話が浮上しているんよ」
「それって皇室の伝統よりも近年作られた法規のほうを重視するということですよね」
「そ。それをソウジ・ガレイって不老不死体の男が立て直すって話なんよ」
捕捉でソウジ家ってのは権力を長年かけて手中に納めた連中だと追加で説明をした。
「どうするんですか?」
「要するに自分を婿入りして皇室の一員になろうってこと。で、皇女が海皇になるわけや。問題はその後や」
当然ながら海皇は寿命がある。寿命が尽きた後、遺るのは何か。
「不老不死体ということは死なないんですよね」
「そういうことや。もちろんガレイは海皇になる権利はないけど、子供は産ませられる。それを長年継続して最終的なルーツは自身であることを主張できるやろ。つまり、あいつは子供を産める皇女を狙っとる」
「それと私を助けることに因果関係はあるんでしょうか?」
ユミリはガクリとうなだれる。のほほんとしたティユイの表情にことさら気が抜けてしまう。
「この文脈から、皇女はあんた以外におらへんやろ」
「ん?」
ティユイが現状を理解するにはもうしばらくかかりそうであった。
――◇◇◇――
「ミキナよ、これはどういうことか?」
野太く静かだが、あきらかに相手を詰め寄るような言い草である。
広い車内。クラシックな内装。対面に二〇歳ほどの黒いスーツ姿の女性。俯いたまま顔をあげようともしない。両腕が震えている。ミキナであった。
男の肩幅は広く、太い腕っ節と脂ぎったような肉付きの中にたしかな鍛錬の形跡があった。目つきは自分以外の他者を蔑んだような釣り目。がっちりとして割れた顎。
対面するミキナからすれば大男に分類されるだろう。
「大きな失態ぞ。ティユイ皇女がレイアに抑えられたのだ」
重厚さを感じる声量。ゆっくりと諭すような速度の中に怒気が含まれているのをミキナは感じた。めまいを起こしそうになる。
「娘を責めてやるな。情報が漏れたのだ。レイアがそれを見逃すわけがない。むしろ、今回の件はガレイ――貴殿が招いた結果であろう」
ガレイの横に座っている初老なのか若いのか区別もつかない口ひげを蓄えた白髪の男が責めるような言葉を咎める。
男はティユイ皇女を軟禁しなければならない状況に陥らせたのはガレイ本人であると指摘しているのだ。
「ヒズル殿、失態は失態です」
「だが、ティユイ皇女はレイアに抑えられた。実態が暴かれるのは時間の問題だろう。愚かなことをしたな」
ガレイが苛々しているのは空気感から伝わってくる。これはヒズルの立場だからこそ言える意見だろう。他の者が同じことを言えばどうなるか。ミキナは恐ろしくて震えるしかなかった。
「一刻も早く、メイナ皇女を探す必要が出てきました」
「貴殿が望みを叶えるのであればそうであろう」
「“私”のものではありません。ソウジ家、千年の夢でございます」
――野望と言ってもいいだろう。内容からして、な。とヒズルは敢えて口には出さなかった。
「これからは権力と権威を一つに束ねる時なのです。衆愚に左右されない力強い体制こそがいまこそ必要なのです」
「ソウジ家の代々に渡る主張か……」
ソウジ家の目的は権力と権威を集中させることにある。それにいつの間にかソウジ家が代々として権力と権威を集中させて、国を実効支配するというシナリオがつくようになった。
いつからこうなったのかはヒズルも忘れた。だが、自分の横に座っている男を見て先祖はどう思うのか興味があった。
――それでこそと褒めるのか。あるいは愚か者と罵るのか。
「ミキナよ。あまり父を失望させるな。そして覚えておくことだ。次があるなどと早々思うなよとな」
「はい」とミキナは声の震えを抑えながら返事をする。
「ヒズル殿、異世界の連中に作戦をお任せしているようですが、奴らは使い物になるのですか? この場で取り逃がすなど」
「貴殿こそ一度の敗北で付和雷同するではないか。不安か?」
「それは私の気が小さいと?」
ガレイはあからさまに不服そうな顔をしている。
「レイアはソウジ家を常にマークしてきたのだぞ。尻尾を少しでも見せれば捕まえにくる。敵も然る者。一朝一夕にはいかんよ」
「負けが込むようなことだけは避けていただきたい」
「善処はしよう。だが、勝負は時の運。貴殿こそ準備を怠らぬことだ」
「わかっております。ですが、一軍人の話より民は私の言葉を信じましょう。恐るるに足りませんよ」
その驕りに足をすくわれぬようにな。とヒズルは口には出さず視線を避けることにした。
「月輝読のように血統を証明するための機体など前時代的でしかありません。私が統べる新たな世界には不要な遺物。完膚なきまでに破壊していただきたい」
「無論だ。そのように指示を出している」
「お願いしますよ、ヒズル殿」
ガレイは野心に囚われてギラついた瞳をちらつかせる。もう隠す必要はないとばかりに。
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