■始原より原始から(はじまりはじまり)
登場人物:ティユイ、ポリム、ベイト
「何か動きが悪くないです、この機体?」
「関節部分で装甲が干渉しているんだよ」
動きが悪いのはそれが原因だという。その分は重装甲になっているので頑強にはなっている。こればかりは仕方がないとティユイの肩にちょこんと乗っている黄色い小鳥が答える。
目的地まで続く夜長の一本道。舗装された道は雨はやんだばかりというのもあり、外灯に照らされてテラテラ光っている。その灯りの下、人影が揺らめく。
――何をしているのだろう?
映像を拡大すると男の姿が映しだされる。そのことに気がついているようで男はまっすぐにこちらを見据えてくる。
無造作に伸びた銀髪に顔を隠すためか左目に大きめの眼帯、それとボロボロのマントをまとっている。西部劇のガンマンをよりアニメっぽくヒーロー要素を詰めこんだような姿。
『お初にお目にかかる、ティユイ皇女』
男の口が動くとともに声が聞こえた。
『俺の名はコガイ・ベイト。これより貴殿を黄泉路へ案内つかまつる』
外灯に照らされてキラキラと光る土山にベイトはいる。彼が左目の眼帯を外すとつむっていた緋色の瞳が開く。よくよく見ると幾何学模様がいくつも絡みあって緋色を形成しているようだ。
その緋色の瞳から幾何学模様があたりに広がって、土山に方陣を描いていく。
ベイトの足元に大人一人が乗れるほどの手のひらが現れて、そこから腕が盛りあがっていく。
「縄文土器みたいですね」
体中に幾何学模様が刻みこまれて発光している。重量感を感じる四肢。顔つきは遮光土器そのもので、それがティユイに縄文土器だと言わしめたのだろう。
『本来は土人形に名をつけないのだが、こいつはあえてグラバドスと呼ぶことにした』
ベイトは手のひらからグラバドスの右肩へ飛び移る。
「案外と格好いいですよね」
「のんきだなぁ」
ベイトの名乗りを聞きながらティユイは目を輝かせてグラバドスに熱い視線を送る。ああいう重量感のある感じもたまらないと思うのである。
ズシンと地響きがするとともにグラバドスが一歩を進めてくる。
「ポリム、どうすればいいですか?」
「戦うしかないと思うよ。この進行方向が退路でもあるからね。でも、勝利が条件じゃない。目的地はあくまで円海の方角だよ」
「私、人機に乗って戦うのははじめてなんですけど」
「君が好きなシチュエーションだと思うけど」
「私が好きなのはアニメとかであってですね。実戦なんか思いも寄らないですよ」
そうは言いつつティユイの右手は動き続ける。
「月輝読の装備は光振刀が二本あるから。それを使って対抗して」
光振刀という名称からして刀剣の類いだろう。左下のディスプレイに機体画像の表示がされて、左右腰部に装着していることがわかる。
武装を使う際は柄の横部分にあるスイッチをスライドさせると、収納されていた握りの部分が現れる。
「刀拳と呼ばれる武器種で銘は橘」
ポリムが解説をする。通常の刀剣との違いは握りが刃先に対して直角になっている。別名はジャマダハルとも呼ばれている。
「尻尾も武器になる。牽制に使うんだ」
全身を黒い装甲に覆われた月輝読には尻尾があり、先端に刃がついている。それが案外と自由に動くのをティユイは理解する。
月輝読が光振刀をグラバドスに対して突き刺そうとする。対してグラバドスは刃を横に避けながら、懐へ踏みこんで頭突きを繰りだす。
「ティユイ、こいつは君より技量が高い」
「わかってます」
月輝読は仰け反ってから、何とか距離を取ろうとするもグラバドスは間合いを保とうとする。
「ダメージを受けたら下がりたくなるのはわかるけど、岩戸鎧は頑丈だ。ダメージはほとんどないから距離を詰めて積極的に攻撃を」
月輝読は尻尾の先端でグラバドスの頭上を右上から攻めるも、事前に察知していたかのように尻尾を掴み取って引きちぎる。さらにその尻尾をムチのようにしならせて光振刀を握っている右腕を絡み取り、引き寄せられる。
そこからさらに踏みこんできて腰の部分を掴んで投げ飛ばされる。
「強くないです!?」
「技量は君より上だって言ったよね?」
転倒させられた月輝読はスラスターを噴射して頭上の方角へスライドして、背中のスラスターをさらに噴射させて立ちあがる。
しかしグラバドスは距離を詰めながら、右拳を溜めこむ動作をする。これはまずいなとティユイは直感する。一方で月輝読の体勢は十分に整っていなかった。
苦し紛れに光振刀を突き出した状態で迎え撃つ。しかし、相手は刃をかいくぐり、月輝読の腹部を突き刺すような鋭さで撃ち貫いた。
月輝読がまとっていた漆黒の衣は一瞬で灰色へと変貌し、灰塵が舞いはじめる。
「これってピンチでは?」
ティユイはさすがに動揺を隠せなかったが、ポリムの態度は至って冷静なものだった。
「そんなことはないよ。むしろ手間がはぶけたくらいさ」
ボロボロに崩れて灰塵となった衣は風に巻かれて、雲煙の中よりまごうことなき黄金色の機体が月明かりのような淡く照っている。
グラバドスの右腕がボロボロと崩れて、土塊に戻っていく。
月輝読が右腕を横に振ると同時に背面のスラスターが翼のように展開する。それは羽化したばかりの蝶が羽を開くような瞬間だった。
先ほどの鈍重な姿とは打って変わり、スラリとして雄々しい印象である。
「ポリム、どうなったんですか?」
「岩戸鎧が破壊されただけで、本体のダメージはなしだよ」
つまり、こちらは五体満足。戦闘続行可ということだ。
「格闘戦形態に移行?」
ティユイがそうつぶやくと同時に月輝読のフェイスバイザーが目の部分を覆う。
「直撃を受ければ一溜まりもないからね」
加えて格闘戦を仕掛けようというのに盾もない状態だ。防御には不安が残る。
「……仕掛けます」
ティユイは唇を舌で濡らす。
「状況的には慎重さよりも精密さだよ。ミスが命取りになる」
ポリムの忠告は果たしてティユイの耳に届いたかは定かではない。
月輝読は左足を前に踏みだす。
身体を右斜めに反らす。右拳は橘を握ったまま、抱えこむように刃の切っ先はグラバドスに狙いを澄ます。
ティユイの頭に何かの記憶が反響をはじめる。それらが戦い方を彼女に教えていくようだった。
姿勢は変えないまま、じりじりと摺り足でグラバドスと距離を詰めていく。
グラバドスの右腕は欠けている。
つまり左腕で攻撃してくるしかない。
そこで月輝読は右方向から背後へにじり寄るような距離の詰め方をしていた。それは拳を振り抜いた際に右方向へ抜けることを計算してのことだ。
ティユイは突貫する角度を探っていた。それも身体の角度を変えつつ相手から察知されないようにじりじりと動いている。
「やっぱり、相手は戦い慣れしてるね」
ポリムの指摘は的を射たものである。たまに動きを止めたり脇を空けたりして、わざと隙を作って懐へ呼びこもうとする。
お互いに理解しているのだ。先に手をだしたほうが負けると。
だが、月輝読は徐々に距離を詰めている。両者が間もなくぶつかるのは必然である。
月輝読の右足が力強い足取りで一歩前に出る。すると上半身が横へバネのように撥ねて橘が突きだされる。
グラバドスは左腕で月輝読の装甲を撃ち抜く威力のパンチを繰りだしてくる。しかし、それは月輝読の装甲を掠めるに留まる。
先ほどの位置取りがうまくいったということなのだろう。
月輝読の突きだした刃はグラバドスの左脇腹のやや背中のあたりに刺さり、そのまま横に薙いだ。
斬ったという感覚というより分解したという感覚が近いだろうか。グラバドスは背中のほうから横に真っ二つに割れる。
『見事だ、皇女よ』
それはベイトの声だった。
グラバドスの体は崩れ落ちていき、青い炎に包まれていく。ベイトの生存は確認できない。
「ティユイ、行こう。立ち止まっている場合じゃないよ」
気づけば可動限界時間のカウントがずっとされていた。あと五分らしい。
基地まではギリギリというところか。
ティユイはポリムに急かされるまま目的の地を目指すのだった。
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