■一〇時〇〇分
登場人物:ティユイ、キリ、ルディ、ユミリ、レイア
「……海?」
石汎機がトンネルを抜けると舗装された道は由衣から見て下り坂になっていて、桐たちが港と言っていた場所が一望できた。
石汎機の中からと言えど湾型になっている一部が見えるだけで、全貌を眺めることはできない。何より京都市内から巨大ロボットで歩行してきたとは言え一〇分やそこらで海に辿り着けることが信じられなかった。
「突然だけど、由衣の本当の名前はティユイ。改めて言うけど、あんたが過ごしとった京都は二〇二七年の街並みを再現された回顧都市やで」
由衣がきょとんとする。何が起こっているのか、改めて整理しようとするも考えがまとまらない。先ほどまで人型ロボットに乗って戦いを体験していたというのもあるかもしれない。その興奮が冷めて、冷静さが戻ってきつつあった。
すると石汎機の足がピタリと止まり、片膝をつく体勢に変わる。
「石汎機は軍用機だから。一般の港には許可なしじゃ入れないんだよ」
由衣の疑問に先回りして桐が答える。
「というわけで、ここで俺は一旦お別れだ。友美里、あとは頼む」
「了解」
コックピットが機体から切り離されて降下をはじめる。
「私たちはどこへ行くんですか?」
「ケイトを出るには船で港を出んといかん。でも、私ら軍の所属やけど特殊任務中やから表だって軍用艦を使うわけに行かへんのよ。だから、軍用艦を民間企業の運送艦に偽装させるん」
「よくわからないですけど、格好いいのでオーケーです」
由衣がぐっと親指を立てると、半ば呆れるように友美里は笑みを浮かべる。
「あんたがそういう性格で助かるわ」
コックピットの下部ハッチが開き、シートが地上まで降りていく。シートが止まると友美里が飛び降りて、由衣もそれに倣う。
「それじゃあ、また後で」
「うん。キリも頑張っとったやん。なかなか格好よかったで」
そう友美里に言われて桐は視線を仰がせて頬を掻いている。照れくさいのだろう。
それからも友美里に促されるまま四人乗り車両の助手席に乗せられる。
「見たことない車です」
「河童社製やったかな? 私もこういうのはあんまり詳しくないんよ」
「世界三大企業の一つじゃないですか。あと榊社、天狗社がありますよね。あれ、そういえば三社しか聞いたことがありませんよね?」
「実はそういうことや。あんたがおったんわ二〇二七年を再現した街にすぎへん。つまりティユイは二〇二七年の時代に生きていると記憶を操作されて監禁状態にあったということやね」
「そんなことを私にする意味があるんですか? 私はただの女子高生ですよ」
「それはあんたの認識ではという話しや。実際は自分で思うとるより重要人物かもしれへんやろ」
「まあ、記憶を操作されていたとなればそうかもしれませんが」
それでも実感など湧きようもない。
「とはいえ、人間の記憶なんて簡単には消せへん。思考誘導によって本来の記憶にアクセスできんよう操作されとるだけや。それを解除したら大丈夫やよ」
「解除って簡単にできるんですか?」
「あんたが寝とう間にちょちょいとや。詳しいことは私も知らへん」
由衣は「はあ」と生返事を返すだけであった。
――◇◇◇――
「ソラとはこうして出会うのは一〇〇年ぶりってところ?」
「……たしかにそうかと」
レイアは客室のソファに掛けて長い黒髪を後ろでまとめているメガネをかけた男と談笑をかわしているところであった。
そのソラと呼ばれた男はブレザーを着てはいるもののカジュアルな姿だ。その右胸には河童社の社章がつけられている。
「あなたがくると碌でもないことが起こっているのだけは理解できる。奥の院を実質潰されて軍属に戻るんですから。相も変わらず活発な方だ」
「どっちが似合ってると思う?」
「奥の院にいるあなたもよかったですよ。私の周辺は静かでしたから」
ソラは肩をすくめる。
「いいでしょ。戦艦用のブースターを実戦で使ってあげるんだから」
「あれ、それこそ二〇〇年前から受注がありましたよね。まさか、この状況を予想していたんですか?」
「どうだと思う?」
レイアはにやりと相手を試すような笑みを浮かべる。
「ずっとソウジ家とは対峙していましたからね。何があってもいいようにということでしょう。抜け目がないというか」
「あなたこそ河童社の重役を長いことやってて飽きないものなの?」
「現在はもう会長職も退いて相談役になりましたよ。ついでに決定権やら拒否権やらも手放してますから」
「それでこれだけ動いてくれたんでしょ。助かったわ」
「ええ。ですので、永久に貸しとしてください」
「言うじゃない。それより悪かったわね、わざわざブカクまで足を運んでもらって」
「僕もなかなか身動きがとりやすい状況になったということです。その分は権力も強くはなりましたけどね」
「おかげで十分とは言えないけど、戦力は揃ったわ。音羽じゃ武装もなかったんだから」
「あれを旗艦にしないといけなかった第一三独立部隊の懐事情は察しますよ」
「まあ、もう一働きしてもらうんだけどね」
レイアは不敵な笑みを浮かべるのであった。
――◇◇◇――
暗い部屋に白い髭を蓄えた初老の男が一人。その目つきは老いなどは一切なく、衣服の上からでも精悍な体格が見てとれる。
「エリオス、貴様はベイトたちを追え。別任務を与える」
「私、一人ですか?」と飄々とした若い――二〇代手前くらいの男が訊ねる。
「シンゴをつけてやる」
「使えるんですか、彼?」
エリオスと呼ばれた男は足を組み直す。
「貴様のバックアップくらいなら問題なかろう」
「だといいんですが」とエリオスは肩を思わずすくめた。
「それで内容は?」
「あそこにハルキアの王女もいる。貴様にはそれを抑えてもらう」
抑えろ。つまり殺さずに捕らえてこいという解釈でいいのだろう。
「やれやれ。人さらいをやれと? これでも私は戦士としてこの世界に呼ばれたはずですが……」
エリオスは口の端をあげるだけで、口ぶりの割に嫌悪感を感じさせなかった。
「我々は皇室近衛隊としてセイオーム軍に組みこまれた。つまり皇室に関わる各国の王族も我々の範疇となる」
「誰の指示で動くようになるんですか?」
「総司令はソウジ・ダイトだが、実質はソウジ・ガレイ閣下だよ。今回はハルキアの王女を保護ということで周囲に理解を得るとのことだ」
「他人事のようですねぇ」
そう言ってエリオスは「くくく」と馬鹿にするような仕草で笑う。
「そういうわけだ。小型艇の手配もすでにしてある。すぐにでも動いてくれ」
男はそれを気にした様子もなく、淡々とした口調で話す。
「了解しましたよ。流血は私も望むところではありませんのでね」
エリオスは立ちあがる。
「それでは行って参ります、ヒズル殿」
エリオスは初老の男に軽く一礼をして、部屋を後にするのであった。
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