■九時二〇分
登場人物:キリ、ティユイ、ユミリ、ルディ、ケイカ、ベイト
「飛行端末“浮雲”を切り離し(パージ)。キリたちのいる位置までの距離を算出。旋回軌道を入力。再びこの位置にくるのは一分。……やってみるか」
ルディはつぶやくと蒼天龍から巨大なバックパックが切り離されて、機体が地面にゆっくりと降下していく。浮雲と呼ばれた端末は彼方へ飛んで行く。
相変わらずコックピット内にレッドコールが鳴り響くのは降り立つであろう足元にベイトがいるせいだ。
「ヤツはレッドコールの対象から削除だ」
それからレッドコールが止み、蒼天龍は両腰にある鉄扇を抜き放つ。
現在地は鴨川デルタのあたり……。ベイトはこちらを見あげながら地面が盛り上がり蒼天龍と同じ体長の土人形が現れる。
「なるほど。サイズは自由自在、か」
土人形が拳で殴りかかってくるのを鉄扇で弾くと土塊に返されてぼろぼろと崩れ去る。そこから懐まで一気に距離を詰めて鉄扇を広げながら一閃。上半身と下半身を真っ二つにすると土塊となって崩れていく。
ベイトのいる位置は足元が盛り上がり、その前方に三体の土人形が現れる。蒼天龍は鉄扇を投げるとくるくると舞いながら土人形を切り裂いていくと手元に戻ってくる。だが、それでも土人形は次々に湧き出てくる。
「耐久力があるわけではない……。時間稼ぎが目的か」
ならば付き合う理由はないと蒼天龍は両足を折り曲げて、バネのように体をしならせて上空へ跳躍する。
滞空するためにスラスターを噴かせながら姿勢を一定以上に保っていると、土人形がわらわらと手を伸ばしてくる。
蒼天龍は鉄扇を広げると扇面が黒から白銀へと変わっていく。それを仰ぐと白銀の粒子がキラキラと舞い散る。
その白銀の粒子に触れた土人形の手はそぎ落とされて崩壊していく。分解されていくというのほうがいいのかもしれない。
ベイトはその光景を見あげてくるだけで動きはない。考えていても仕方ない。旋回してきた浮雲が蒼天龍の背中にある接続部にめがけてドッキングをする。
「ドッキングを確認。各部異常なし。……加速リング発射」
機体のまわりを半透明の不定形リングが囲う。そのリングはよく見ると背面から前方に向けて時計回りにぐるぐる渦巻いている。
「これよりキリたちの救援に向かう」
リングをくぐった機体は一気に最高速度へ到達して、上昇をしていく。それから機体の自重で徐々に下降していく。だが、そのたびにリングを射出して軌道修正を行う。こうして目的地へと向かうのであった。
――◇◇◇――
光の奔流がペルペティの右指先に収束していき一本の矢が形成されていく。
「必殺技って感じですよねぇ」
由衣はうっとりしているのに対して友美里は顔を真っ青にしている。
「いや、絶対やばい状況でしょ。何言ってるの!? キリ、対策!」
「盾は弾かれたから……。光振刀で防げるか?」
それから石汎機にめがけて発射された矢を光振刀の刀身で受け止める。
「向かってくる矢を剣で受け止める。王道ですね!」
たったいままで人型巨大ロボなどフィクションの存在でしかなかった由衣にとって、こうして戦闘まで直に体験できるなど思いも寄らないことだった。
これで興奮しないほうがおかしい。まだ夢の中にいるようだ。命の危険が迫っているのはわかっているのだが、それ以上のものが感覚を麻痺させていた。
一見していると光振刀が光を吸収しているように思えるが、実際には光のエネルギーが分解されているというのが正解である。
光振刀から放たれる白銀の光は振動によって発せられるもので、あらゆる存在意味まで分解させてしまう。分解されてしまえば元通りに戻すのは不可能である。
だが、衝撃までを完全に分解することはできなかったようで、光の奔流が消失しきったと同時に白銀の刃は黒くなる。
衝撃によって折れた刀身の半分は弾かれて建物に突き刺さる。
「光振刀が使用不能か」
桐は破損確認しつつ、機体を立ちあがらせて体勢を立て直そうとする。
「何か対策はないん?」
「関節部位から出ている光はおそらく動作によって発生する余剰エネルギーで、それが溜まりきるとチャージアタックが使えるみたいだ。おそらく使ったあとは排熱が追いつかないかで動きに某かの不具合が出る」
「ということだと思う」とキリは言葉を結ぶ。
「つまり必殺技ですよね! 威力は絶大だけど、使用後は機体に支障にきたすというまさに諸刃の剣! 燃えますねぇ」
由衣が興奮気味に語っているのに桐や友美里は引き気味である。
「私、この娘のこういうところ付いていけへんわ」
「まあ、ロボ愛があっていいんじゃないか?」
そこで友美里はハッとして気を取り直して咳払いをする。いまはこの場をどう切り抜けるかを優先すべきと考えたのかもしれない。
「そういうたらペルペティのパイロットを捕まえとったやん。あの娘、キリより強かったやろ。どうやったん?」
「原理はよくわらないが、意識が乱れると急に身体能力が年齢相応になるんだよ」
「どうやって乱したんですか?」
「襲われたときに下着が見えたことを指摘したら怒ったんだよ。そしたら急に身体能力が落ちて、……隙が増えた」
正直に桐は伝えたつもりなのだろうが、彼に対して友美里は白い目を向けていた。
「二人ともそんな目で見ないでくれよ。……その、不可抗力なんだから」
桐は思わずため息をつく。これで攻められるのは不本意であるという抗議だ。由衣も同じく白い目を向けていることに気がつき、咄嗟に少し目を背ける。
「たぶん彼女の身体能力の高さは呼吸とかと関係しているんだ。つまり、それを乱すことができれば勝率をあげられる」
なぜか友美里と由衣は目が合う。
「キリ、あんたが何とかするんよ!」
「……どうしろと?」
「あの娘と会話したのはあんたくらいしかおらんのよ」
「そりゃそうでしょうけどね。だからって親しいわけじゃないんだぞ」
桐はそう言いながらも上空――ペルペティのほうから視線を外さない。
『……あなたたちが馬鹿な話をしている間にこちらの準備は整った』
ペルペティは合体を解き、白い素体が鳥型メカの背中に乗った状態になる。
「やっぱり排熱しないと動きに支障が出るみたいだな」
おそらく鳥型メカのほうの排熱が追いついていないのだろう。機体のあちこちで排熱口が開きながら滞空をしていた。
桐は機体を一歩じりりと進ませる。
鳥型メカが下降をはじめる。が、背中にはもうペルペティの白い素体の姿はない。対して石汎機は構わずに鳥型メカへ投げ刀を投げつけるに上昇して投げ刀をかわされる。
『動いているものにすぐ惑わされるんだから。……捕まえたわよ』
いつの間にか石汎機はペルペティによって背中から羽交い締めにされる。
「そっちこそ俺を侮ったな。俺が苦し紛れにやったことだと思っただろうが……!」
上昇した先――御所の方向から蒼天龍が向かってくる。そして鉄扇を射程内に入った鳥形メカに投げつけて両翼を切り落とす。
「制空権はもらったからな」
『ベイトさんが負けたの?』とケイカは驚いた様子だ。
「ともあれ二対一だ。続けるか、それとも退却するかどうする?」
このまま羽交い締めして留まったところでジリ便になっていくのは誰であろうか。そんなことは考えるまでもないとケイカからため息を漏らすのが聞こえる。
『いいでしょう。退いてあげる』
ペルペティが石汎機の拘束を解除すると瞬時で離れて、もう姿を視認できなくなっていた。
「引き際がいいな……。ルディ、追撃はどうする?」
そう言いながら桐もさすがにホッと安堵のため息をする。
『追撃は不要だ。ケイトの脱出を優先する。もう一人と合流されると厄介だしな』
「了解。俺の方はティユイ皇女を護衛しながら港へ向かう」
「勝ったんですか?」
「わからんよ。けど、切り抜けはできたかな」
由衣の問いに由美里は弱々しい笑みで返す。
彼らは九号線から京都縦貫道へと入っていく。それが軍港と何が繋がるのか由衣には何一つわからない。何せ彼女は何も知らないのだから。
――◇◇◇――
京都御苑にある広場にペルペティは片膝立ちになっている。すると腹部のハッチが開き、中からケイカが降りてくる。
「ベイトさん、ちゃんと敵を抑えていてよね」
木の陰からふいにベイトが現れて、「すまん」と短く謝罪をする。言い訳くらいしてもいいのにと思う。口調からして攻めているわけではないのだ。これでは会話が終わってしまう。
「こっちもチャージアタックが防がれるとは思わなかった」
あれは使ったあとに排熱が追いつかずに合体を解除しなければならない。そうなるとペルペティという機体は著しく戦闘能力が降下する。
白い素体のほうはあくまでベースであり、武装は持たされていないのである。
「……空を飛ぶ相手と戦った経験が少なくてな」とようやくベイトからまともな返答が返ってくる。
「それでこれからどうなるの?」
「ヒズルから既に通達がきている」
「お爺ちゃんから?」と言ってもケイカの親族ではない。彼からもそう呼ぶことを咎められたことはなかった。
「とりあえずケイトを出る。奴らの行き先へ先回りする」
「もうここでは戦わないのね」
現在、港は避難場所になっているので戦闘行為自体がそもそも禁止となっている。そのあたりはきっちりしているんだとケイカは感心する。
「それでどこへ行くの?」
「ナーツァリ国領のコーヤだ」
ベイトは冷めた瞳をたたえた状態で答える。まだ戦いははじまったばかりだ。だけど、それを望んではいないという少し抗議が入っていた。
「了解。それじゃ行きましょ。艦はもう準備してあるのよね」
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