深夜徘徊withわし
ーー夜、雫は散歩の支度を始める。
スマホ、イヤホン、少しばかりの小銭。たったそれだけをジャージのポケットに入れ、玄関の帽子掛けにかけてある黒のキャップを被る。帽子から出た髪が邪魔になることに気が付いた雫はヘアゴムで後ろにくくり、キーケースを手に取り家を出る。
静かな夜の町で雫が向かっているのは公園だ。雫の家から徒歩40分ぐらいのところにある、町のはずれの公園である。この公園は雫のお気に入りの場所の一つである。久しぶりの公園に心が躍っているのか雫の足取りは軽い。
歩き始めてすぐに雫はイヤホンを耳にする。お気に入りの音楽を聴くわけでもなく、ノイズキャンセリングの機能をオンにする。これで雫の世界から音がなくなった。
下を向きながら雫は歩き続ける。生まれ育った町であり多くの場所を歩き回った雫なら下を向いたまま歩いても目的地の公園にたどり着くことができるだろう。むしろ、目をつぶって歩いても目的地にたどり着くかもしれない。
下を向いている雫の顔はにやけている。嬉しいという感情が我慢できずに顔に現れている、そんな表情をしている。
というのも、夜に散歩するのが好きな雫だが、足を骨折したため散歩に行くことができなかったのだ。散歩に行けないうえに、そもそも満足に動けない状態が1か月も続きストレスが溜まっていたのだ。
そして、今朝ギプスが取れたのだ。ギプスが取れて舞い上がっていた雫は、いつも行っていたお気に入りの公園を目指していたのだが……。
「疲れた。あっちにしよう」
そういって雫は少し戻り、別の道に歩いていく。
しばらく歩くと公園が見えてきた。公園は全体が見えないほど大きい。公園の入り口には自動販売機があり、雫はリンゴジュースを買い、近くのベンチに座る。
公園には雫から見て左側にブランコ、シーソー、鉄棒などの遊具があり、正面には小さな林がある。そして右側は奇妙なオブジェが乱立されている。馬の頭がウサギの顔になっているオブジェ、コップに入った泡で何かを表現したかっただろうオブジェ、フグを餌にライオンを一本釣りしているオブジェなどがある。
雫は先ほど買ったリンゴジュースを飲み始める。徐々にペットボトルを傾けていき、飲み切ってしまう。
「ぷはっ」
一気飲みをした雫はペットボトルを横に置き、ベンチに仰向けで寝転がる。
「やっぱり、こっちだと見えないね。……ありはするのか」
一瞬顔を横にして呟く。
そのあと、イヤホンを取り空を眺める。空は薄い雲で覆われており、星などは見えない。月明かりがぼんやりと見えるだけである。
ぼんやりとした月明りだけの空を雫は眺めながら最近のことを振り返る。
最近の雫は運がない。例えば学校で食べるお弁当を用意したのはいいが、持っていくことを忘れることが頻発したり、骨折しているときに使っていた松葉杖をなくしてしまったりだ。そもそも骨折したこと自体が運がない。
だが、それでも一番運がないと思うのは、あれ、をみてしまったことーー
「何をしているんじゃ?」
突如、雫の顔の前に老人の顔が現れる。
小さな目、長い顎、そして、薄暗い夜でもわかるぐらい白い肌。刻まれている皺がさらに不気味な雰囲気を漂わせる。
「ひっ、おばけ?!」
雫は慌てて立ち上がり、老人から距離をとる。目線は老人の方を向いているが、体はいつでも逃げれる体制をとっている。
「誰がおばけじゃ! わしはまだまだ現役のジジイじゃ!」
老人がしっかり言葉を話したことで、おばけではないことに安堵した雫は楽な体制をとる。
「誰ですかあなた? いきなり脅かさないでください」
雫は背中や、お尻についたほこりを払いながら老人に聞く。
「わしは山田じゃ。不思議なモノがいたからついやってしまったのじゃ」
「わたしはただ、ベンチで横になっていただけですが」
「そうはいってもなの」
山田と名乗った老人は下から見上げるようにして、雫の目を見る。
「女子高生がこんな時間に出歩いているのはおかしいと思うのじゃが?」
「別にいいじゃないですか」
雫はバツが悪そうな顔をする。
雫は山田に対しての警戒心が薄れていた。雫自身も気づいていないが、再びベンチに座ろうとしているところを考えると、やはりあまり警戒をしていないということだろう。
ペットポトルを手に持ち、クルクルと回しながら雫は山田に話しかける。
「山田さんは何でこんな時間に出歩いているんですか?」
「よっこいしょ。 わしは探し物があって歩いていたんじゃよ」
山田は雫の隣に座りながら話す。
「探し物というか、探し人というか、わしの友人を探しているんじゃよ。まあ、もう何十年と会っていないんじゃがの」
山田はその友人を思い出しながらニコニコしている。
「わしの話は別にいいのじゃ。おぬしはこんな時間に何してるのじゃ?」
「わたしは、……ただの散歩です。夜を感じたかったので」
雫は夜が好きだ。夜の静かな感じ、人目を気にする必要もなく、自由でいられる。そんな気がするからだ。
「夜が好きのお。だからそんなモノに憑かれるんじゃないのかえ?」
「さっきから何を言っているんですか? 私に何か付いているんですか?」
雫はとぼけるように尋ねる。しかし、雫自身に心当たりがあるせいか動揺が顔に出てしまう。そして一瞬視線を横にずらしてしまう。
「ほら、今見たじゃろ。それじゃよ。おぬしの近くに漂っているそれじゃよ」
山田は虚空を指さす。何もない空間。だが、雫の目にはそれが見えていた。
耳だ。
耳が浮いている。黒く大きな耳だ。耳には靄がかかっており、その靄の中には眼がいくつかある。眼は瞬きをすることなく雫を見つめていた。人の顔ぐらいの大きさがあるそれは、雫の目線の高さで浮いている。
「……見えているんですね、これが」
雫は耳のほうを見ずに、指をさす。
「もちろんじゃとも。わしは今まで何回もこういうのを見てきた」
「じゃ、じゃあ、これもなんとかできるんですか?!」
雫は縋るような目で山田を見る。
山田はすぐには答えない。耳を見つめ、あごに手を置く。時折、顔をしかめながらも、様々な角度から耳を観察し、雫に返答する。
「無理じゃ! さっきも言ったがわしは今まで見てきただけなのじゃ。これが何なのか、幽霊なのか、妖怪なのか。そういったことは一切わからんし、ましてや対処したことなど今までで……一度もない!」
山田は自信満々に答え、雫は肩を落とす。
◇◇◇
「まあ、そんなに落ち込むではないぞい。わっしも何か力になれるように頑張ってみるぞい」
山田はちらりと雫を見るが、しずくの表情は変わらない。お前に何ができるんだとでも言いたげな顔をしている。
「おぬし、名前は何というんじゃ? わっしは名乗ったんじゃからおぬしも名乗ってくれんかの。名前は仲良くなるための一歩じゃぞ?」
「……雫です」
雫は複雑な顔をしながらも答える。
雫が耳の幽霊が見えるようになったのは1か月前だ。
原付の免許を取ってすぐバイクを買い、町を走っていた時のことだ。突如として、視界がブラックアウトし、思わず急ブレーキをしてしまった。バイクに慣れていない雫はそのまま転倒してしまい、足を骨折してしまった。その時から見えるようになった。
明らかな異常だったが、幽霊が見えるといっても周りの人は信じてもらえないだろうし、変な人に思われてしまう。そもそも、そんな荒唐無稽な話をするほど仲のいい友人はいない。
幽霊は雫から2メートルぐらい離れたところに浮いている。目線の高さで浮いており、雫がしゃがむと幽霊も下に行き、雫が歩くと引っ張られるようにして付いてくる。後ろにいたはずの幽霊が瞬きの瞬間には目の前にいることもあった。もちろん触ることもできない。
その話を山田に話す。話すかどうか迷ったが、幽霊が見えるといった山田を信じることにしたのだ。あとは人に話かったという思いもある。
「大変そうじゃな。わしのかつての友人がいれば解決できそうじゃな。あやつ、この町のどこかにいるとは思うんじゃが……」
「その人はどんな人なんですか?」
「あやつは自身のことを妖怪だと名乗っておったの。何百年も生きているだの、人の心を操れるだの、いろいろ言っていた気がするが、もう30年近く前のことじゃからな。わっしもあまり覚えておらん」
「その人探しましょう!」
立ち上がりながら、雫は言った。
「今からかの?」
「ええ、今からです。山田さんもさっきまでその友人を探していたんでしょ? 私も手伝いますから、見つかったら、その方になんとかできるか山田さんからもお願いしてください」
ベンチに座っている山田の手を取り立たせる。そして、そのまま公園の出口に向かう。
「ちょ、ちょっと待つのじゃ! わしはここ10年ずっとこの町であやつのことを探していたんじゃぞ! いそうなところは大体回ったぞい!」
「……どこを探したんですか?」
「神社とか、寺とかじゃ」
山田がいうには30年前その友人とは神社でよくあっており、山田が神社に行くと決まってその友人が現れたらしい。
「じゃあ、この町に住んでいたかもわからないってことですか?」
「そうじゃ、わしが神社に行くと決まってあやつがいたから住所を聞く必要もなかったんじゃ!……ちなみにわし、この町の全部の神社に20回以上行っておる。最近は歩くことが楽しくてじゃな、あやつを探すのがついでになっておる」
「わかります。私も夜、散歩するのが好きです。夜しか感じられない空気ってありますよね」
「おぬしも散歩が好きなのか。じゃあわしらは散歩友達じゃな!」
同年代しかいない環境。さらに友達もほとんどいない雫だが、なぜか山田は安心して話すことができた。山田の持つ明るい雰囲気がそうさせたのかもしれない。
雫はペットボトルを近くのごみ箱に向けて投げる。ペットボトルはきれいな放物線をえがきながらゴミ箱に入る。山田は小さく拍手をする。
「とりあえず、歩きませんか?」
◇◇◇
山田は雫の隣を歩く。山田にとっては少し遅いペースだが、たまにはゆっくり歩くのもいいだろう。
「その友人はポルタといい、何百年も生きていて、人の心を操ることができて、足がとてつもなく早くて、カラスを操ることができて、心霊退治を何度も成功させたことがあると。……人間じゃないですね」
山田は雫の言葉を聞きながら改めて人間じゃないなと思う。だが本人はそう言っていたし、カラスを操っているところも見たことあるし。
「で、山田さんは今まで神社、お寺、自然があるところを探していたんですよね?」
「そうじゃ。ポルタ君はそういうところが好きじゃと言って言っておったからの」
「もしかしたら、そういうところには居ないのかもしれないですね。例えば、商店街に潜んでいるとか」
「ふむ、商店街か。それは盲点じゃな。気にしたことがなかったのじゃ」
この子、意外とよく喋るのお。
こんな気持ち悪いものを憑けておるから、もっと嫌な奴じゃと思っていたわい。全然いい子じゃな。
しかし、わしどうしよう。わしにできることは本当に何もないんじゃがの。わし、寺とか神社に行ってもお参りだけして、すぐに近くの茶屋で遊んでるし。自然のある所といっても、自然公園とかで周りの老人どもとゲートボールをしているだけじゃし。
わし、遊んでただけなんじゃよな。ポルタ君をまじめに探しとらんのよな。だって、10年前に何となくポルタ君と遊びたいなって思っただけじゃし。
それにしても、商店街か。
若いころはよく行ったが、最近は行ってなかったからの、久しぶりに商店街で遊ぶのも面白いかもしれないの。
「そうじゃな。商店街を探してみるのもいいかもしれんの」
にこにこしている雫を見て山田は思った。
この子、感情がすぐに顔に出て面白いのお。
◇◇◇
雫が山田と話しながら歩いていると、パチパチパチと拍手のような音が聞こえる。
「よお、金子だったけ?」
後ろから拍手をしている青年が現れる。青年は180㎝以上はありそうなほど身長が高く、着ているジャージは筋肉のせいか、窮屈そうに見える。
「おぬし、知り合いかの?」
雫は首をかしげる。
「なんだ、俺だけかよ知っているのは。俺は石田犬田だよ。ほら、隣のクラスの」
名前を聞くと雫ははっとした顔をする。
「名前だけ聞いたことあるわ。……ヒーローになりたいとか言っている人?」
雫は首をかしげながら聞く。
「お、しっかり覚えてくれているじゃないか。で、何してるんだ?爺さんと散歩か?」
「ええ、散歩だけど、石田君はなんで私のことを知っているのかしら?」
石田犬田は学校でも有名である。泥棒を捕まえたことがある、詐欺を未然に防いだ、カツアゲされている人を助けたことがある、など色々な噂がある。本人自身もヒーローになりたいなどと言っていることや、ガタイの良さなども相まって信憑性が高まっている。本人は否定も肯定もしていない。
反対に、雫は学校で目立ったことはしていない。遅刻癖はあるが成績は中の上、運動神経も中の中である。学校生活も目立つことはなく、一人でいることが多い。
学校でも有名人の石田犬田が目立たない雫を知っていることに、不思議を覚える。
「ん?金子は学校でそこそこ有名だぞ?実は不良だとかで。あと、俺のことは、けんたと呼んでくれ」
「ふ、ふりょう?私が?私は悪いことはしていないわ?」
今まで自身を不良だと思ったことのない雫は困惑する。学校を休むこともなく、誰かをいじめることもなく、清廉潔白とはいかないまでも、人に迷惑をかけた覚えもない。
「おぬし、不良じゃったのか!?だから、……やはりそういうことじゃろう!?」
「まって山田さん! 何がどういうことかは分からないけど私は不良じゃないわ」
突然走り出しそうになった山田の腕を雫がつかむ。
「石田君も変な事言わないでちょうだい。私のどこが不良だっていうの?」
山田の腕をつかみながら雫は石田犬田に問いかける。
「俺も噂で聞いただけだぜ?噂では深夜徘徊、禁止されているバイクの免許の取得、授業中の態度の悪さ、遅刻魔、極めつけは協調性のなさ。ということらしいぞ」
「態度の悪さと、協調性のなさは分からないけど、他はその通りよ。でもいいじゃない、誰にも迷惑をかけてないわ」
「それはいいんだが。……そのじいいさんは何なんだ?」
山田は変顔をしていた。雫と犬田が話している間、暇だった山田はずっと変顔をしていたのだ。
犬田は静かに拍手をする。
「おもしろいぞ。へんがお」
年寄りの変顔という何とも言えないものを見せつけられた、犬田は困りながらも山田をほめる。そして、ちらりと雫を見る。お前の知り合いかと言いたそうな目だ。
「さっき知り合ったのよ。変な人よね。でも、まあ、私を助けてくれるらしいから」
助けてくれる、という言葉に犬田は敏感に反応する。
「俺が助けてやるよ。どんな問題なんだ?」
雫はしまった、という顔をする。犬田はヒーローになりたいとか言っている人なのだ。噂に過ぎないがかれは、厄介ごとを求めて日々奔走しているような人間なんだ。彼に困っていることがあるというのは迂闊だった。
「いいえ大丈夫よ。あなたじゃ何もできないから」
「ほお?そんなに難しい問題を抱えているのか。余計に燃えてくるな。なあ、何に困っているんだお前。お金以外の問題なら俺に任せておけ」
ドン、と胸をたたきながら犬田は答える。話すまで逃がさないといった雰囲気だ。
雫はため息を吐きながら答える。
「あなたにはこれが見えるのかしら?」
雫は虚空を指さす。
「ん?指の先には……街灯があるぞ」
「ほら、じゃあ無理よ。……私ね、幽霊に取りつかれているの。いくら君でも幽霊はどうしようもないでしょ」
雫は犬田に背を向けて歩き出す。まるで、拒絶するように。
「待てよ!俺、幽霊も何とかしてみるから……!人間だけじゃなくて、幽霊も祓えるようになるから……!俺にお前を助けさせてくれ!」
◇◇◇
そんなことがあった翌日。雫は学校を休んでいた。
理由は筋肉痛だ。朝起きて、立ち上がろうとすると、立っていられないほどの激痛が走った。ギプスが取れたばかりというのに歩き回ったせいで、弱っていた足が悲鳴を上げたのだ。
学校を休むと決めた雫は痛い足を引きずりながら、出かける準備をしていた。喫茶店にモーニングを食べに行くのだ。
雫はお気に入りのジャージに着替える。青とピンクのジャージだ。動きやすいから雫は気に入っている。家の鍵を閉め、自転車にまたがる。眩しい朝日を浴びながらゆっくりと自転車をこぎだす。本当は原付がよかったが、今は修理をしているから自転車で我慢する。
よく行く喫茶店に行こうと思った雫だが、今日はなんだか気分がいい。ゆっくりと自転車をこぎながら郊外にある行ったことのない喫茶店を目指す。
「……やっと、着いた」
想像していたよりも喫茶店は遠く、雫の額には汗が見える。
喫茶店のドアを開けるとカランカランと音が鳴る。音に気が付いた店員がいらっしゃいませとあいさつをする。雫は軽く頭を下げ、店員が案内するテーブル席に座る。軽くメニューに目を通し、定番のモーニングセットを注文する。
「おや、雫ちゃんじゃないかえ。相変わらず」
後ろから声を掛けられ、振り返ると山田がいた。
「山田さん、昨日ぶりですね」
山田は店員に一言声をかけ、雫の正面に座る。手には五段重ねのパンケーキとクリームソーダを持っている。
「随分甘いものが好きなんですね」
山田はパンケーキに砂糖を振りかける。
「わっし、甘いものには目がないんじゃよ。甘ければ甘いほどうまいのじゃ」
ウキウキしながらパンケーキにナポルタを刺していく。
山田の食べているパンケーキは、バターに生クリーム、山田自身がかけた砂糖、そしてこれでもかとかかっているハチミツ。見ているだけ胸焼けしそうなパンケーキだ。
雫が注文した商品が届く。ブラックコーヒー、トースト、ゆで卵というモーニングの定番メニューだ。コーヒーに角砂糖を一つにミルクを入れ、スプーンでゆっくりとかき混ぜる。真っ黒だったコーヒーが真っ白なミルクと混ざり、鮮やかな茶色になっていく。そこで一口、コーヒーを口に含む。いい甘さになっていることを確認した雫は、トーストを手に取る。近くにはバターと卵ペーストが置かれている。
雫は迷いながら卵ペーストを手に取る。卵ペーストをトーストに乗せ簡易的な卵サンドイッチを作る。卵サンドイッチを頬張る。ふっくら焼けたトーストと卵の相性が抜群にあっており雫の頬を綻ばせる。
「昨日、犬田君とあんな感じで別れてしまったが、良かったのかの?犬田君泣き崩れておったぞ」
雫はトーストを食べる手を止め、ゆで卵を手に取る。殻を剝がしながら、雫は答える。
「見えなきゃ何もできないでしょう。私も山田さんも見えますけど、何もできませんから」
雫は耳の化け物を触ろうとするが、触れることができずにすり抜けてしまう。
「しかしの、助けてくれると言っておるんじゃから、お願いすればいいと思うのじゃ。人は多いほどいいと思うのじゃ。三人寄れば文殊の知恵じゃ」
雫は石田犬田のことが少しだけ苦手であった。直接話したのは昨日が初めてだったが、噂を聞いていた時から胡散臭さを感じていた。石田犬田の悪い噂は聞いたことがない。種類は違えど、誰かを助けた。見返りを求められたことがない。その話しか聞かない。
見返りを求めずに人を助け続ける。そんなヒーローみたいな人がほんとにいるだろうか。
雫は山田には言っていないが、幽霊を何とかしてくれたなら、ある程度お金を払うつもりはあった。
「わっしは、犬田君がどうやっておぬしを助けるのか気になるのじゃ。見えないし、感じ取れないのにじゃ。犬田君の目は本気じゃったから余計気になるのじゃ」
「……山田さんは彼がなんとかできると思っているんですか?」
山田は食べる手を止め、雫のほうを見てニヤリと笑いながら言った。
「わし、自信満々のやつが好きなんじゃ。失敗しても、成功しても面白いからの」
雫は思った。この人あんまり性格よくなさそう。
「しかし、犬田君は面白い子じゃったの。夜道に拍手しながら現れるとは。まるで悪役みたいじゃ。自信満々の登場した割には、おぬしの言葉に泣き崩れておったし」
山田は角砂糖を一つ皿に置き、箸でつつき始める。角砂糖を箸でつかみ、上に投げ、落下してきた所を再び橋でつかむ。そんな意味の分からない遊びをしている。
「わしも初めから見えていたわけではないのじゃ。わしは長いこと葬儀屋で働いていたのじゃ。何人もお見送りしていると、ある時見えだしたのじゃ。だからの、今は見えない犬田君も何とかしたら面白いなとわしは思っておるんじゃ」
山田は落ちてきた角砂糖を掴まず、箸で角砂糖の底を叩き上げる。すると角砂糖はきれいに垂直に打ちあがる。
「私も、最近見えるようになりました。でも私も山田さんも狙って見えるようになったわけじゃないですよ」
「犬田君は本気でおぬしを助けようとしているようにわしは見えたのじゃ。期待してやらんと駄目じゃろ。おぬしはもっと人を信じたほうがいいと思うのじゃ」
山田は再び角砂糖の底を叩き上げる。しかし、角度を誤ったせいで角砂糖はあらぬ方向へ飛んでいく。
飛んでいく角砂糖の軌道を雫ははっきりと見えていた。
角砂糖は雫の右側上空を飛んでいき、やがて、頂点に達する。頂点に達した角砂糖は落下していき、地面に落ちるかと思われた。
だが、落下する軌道上には耳の幽霊がいた。角砂糖はきれいに幽霊の耳の穴に吸い込まれていった。すり抜けてくると思ったが、落ちてこない。
黒かった耳は徐々に赤みを帯びていく。耳の穴からは黒い靄が湧き出てくる。それだけではなく、漆黒の粘着質の液体のようなものもたれ落ちる。
垂れ落ちた液体はジュと音をたて、床に小さな穴をあける。
「……山田さん?」
山田の白い顔がどんどん青くなっていく。
「逃げるぞい!なんかやばい気がするのじゃ!」
山田はすごい勢いで荷物をまとめ、レジに1万円札と伝票を叩きつけ外に出ていく。雫も山田の後を追い店を出る。
「山田さん、どこ逃げるんですか!?」
「取り合えずどこか遠くじゃえ!」
雫は後ろを振り返る。雫から2~3m以内にいた幽霊だが今は10mぐらい離れている。山田から飛んできたものを雫は掴む。
「わしの愛車の後ろに乗るんだえ!」
雫は山田から渡されたヘルメットを被る。深緑色の半キャップだ。雫は慣れた手つきでヘルメットをかぶり、山田の原付の後ろに飛び乗る。
「山田さん、行ってください!」
その声とともに山田はアクセルを捻る。エンジンが唸り声をあげながらも、加速していく。
「おぬし、重くないか!?全然進まんのじゃが!」
バイクはゆっくり進む。時速20㎞で。
「な、私そんなに重くないですよ!バイクの性能でしょう!」
バイクの唸り声に負けない声で、雫と山田は会話をする。
「山田さん、なんで砂糖で遊んでいたんですか!」
「わしはつい、暇じゃったからじゃよ!まさか、あの幽霊が甘党だとは思わなかったのじゃ!あと、わしわざとじゃないのじゃ!」
「まあ、なってしまったのは仕方ないです!どうしましょう。放置すれば元に戻ると思いますか?」
「思わんのじゃ!仮に元に戻っても今度別の理由であの状態になっても困るのじゃ!今のうちに何とかするほうがいいと思うえ!」
「山田さん、協力してください!お願いします!」
「当然じゃえ!半分わしのせいじゃからの!」
半分というか全部なのではと雫は思ったが声には出さない。
少し、冷静になった雫は気が付いたことがある。
「山田さん、なんでずっと1速で走っているんですか!?」
基本的に1速は発信の時か、急な坂道にしか使わない。山田が現在走っているところは平坦な道である。
「1速とはなんじゃ!?」
雫は絶句した。この人どうやって免許を取ったんだろう。
◇◇◇
雫と山田は廃校になった小学校の中を歩いていた。
「勝手に入っていいんですかね?」
「駄目じゃろうな。じゃがここしか近くになかったんじゃもん」
雫と山田が廃小学校にいるのには理由がある。
山田が運転していたバイクは幽霊から距離をとることができた。しかし、山田は止まることなく進み続けた。すると、山田のバイクは突然止まったのだ。理由は簡単。ガス欠である。
山田は近場しかバイク移動をしないらしい。さらに、山田のバイクは燃費がいいことが売りなようで、ガソリンメーターを見ることはほとんどないらしい。
ガス欠したのは道の真ん中であり、あたりは田んぼだらけである。身を隠せそうな場所はこの廃小学校しかなかったのである。
「山田さん、仮にガソリンが満タンあればどこまで行く気だったんですか?」
「どこまでって、……そりゃ、どこまでもじゃろ」
「山田さんのバイクって燃費、結構いいですよね」
「リッター60ぐらいはあるの」
山田はガソリンがなくなるまで走るつもりだったらしい。
山田は教室に入る。雫も山田に続き教室に入る。教室は埃っぽくはあるが机はきれいに並べられており、掃除をすれば授業を始めれそうなぐらいは整っていた。
「……もしかして、それで戦うつもりですか?」
山田が笑顔でうなずく。山田が手に持っているのは、ほうきだ。掃除道具箱の中にあった物を取り、振り回している。
「……当たるんですか?」
「知らん!が、あの幽霊、砂糖は耳に入ったのじゃ。ということは、このほうきに砂糖を塗りたくれば当たるかもしれないぞい!」
山田はポケットから砂糖を取り出し、ほうきに振りかけようとして手が止まる。
「おぬし、テープとかのりとか持ってないかの?」
雫は首を横に振る。
「ふむ、ほうきにテープとか貼ってから砂糖を振りかけたほうがいいと思ったんじゃが……。まだ時間がありそうじゃし探そうかの」
「なんで山田さんは砂糖なんて持っているんですか?」
「わし、甘党じゃから。いつでも糖分補給できるようにじゃよ」
山田は砂糖のスティックを食べながら答えた。
◇◇◇
特にめぼしい道具も、作戦も思いつかなかった雫たちは屋上から幽霊が来るかを観察していた。学校中を歩き回ったことで雫の足は悲鳴を上げる寸前だった。
雫は無造作に散らばっているカードをじっと見る。先ほどまでの記憶をたどりながら慎重にカードをめくる。
「……ハートの2と、……ダイヤの3。まちがえた……!」
「よし、まだ俺にも勝機はある…!」
「ふはは、わしの番じゃ。残りのカードは16枚じゃ。今のお主のおかげでわしは全部わかったのじゃ!」
「そ、そんなばかな。めくっていないカードもありますよ…!」
「俺、6枚しか持ってねぇ」
山田がカードを2枚めくる。2枚とも同じ数字のカードが出る。次も2枚めくり、そろう。次も…。
「さて、残り2組じゃ。後は、……運じゃ!」
山田は見事に的中させた。
「山田さん強いですね。途中まではいい勝負ができていると思っていたんですけど」
「ほんとだぜ。でも、金子も強いな。俺のぼろ負けだぜ」
「わしも無駄に年を取ってないってことじゃよ」
雫と山田と石田犬田が3人で神経衰弱をしている。3人はトランプをシャフルし、もう一度神経衰弱をするようだ。
石田犬田がこの廃校にいる理由は幽霊を見るための修行だ。雫に幽霊相手では何もできないと言われ納得した石田犬田は、幽霊を見えるようになるためにこの廃校に来たのだ。廃校なんていかにも出そうと考えてのことだった。
「あ、私、金子って呼ばれるのあまり好きじゃないの。出来たら雫って呼んで」
神経衰弱をしながらの雫が言う。何とも言えない話題だが石田犬田は笑って返答する。
「おう、分かった。じゃあ俺のことは犬田と呼んでくれ」
初めは小さな言い合いをしていた二人だが、なんやかんやで仲良くなっていた。
「わし、お腹すいたのじゃ。2時間ぐらいトランプで遊んでおるが幽霊は来ないのじゃ。昼ご飯食べに行きたいのじゃ」
雫は少し迷ったがここにいても幽霊は現れないだろうと思い、昼ご飯を食べに行くことに賛成した。犬田は速攻で賛成した。
「私、うどんが食べたいです」
「俺は牛丼が食べたいぜ」
「わしはイチゴが食べたいの」
3人の意見はバラバラだ。言い合いの末、何でもそろうファミリーレストランに行くことになった。
3人は屋上から出る。
階段を降り、長い廊下を歩く。来た時と何も変わらない。日の光で明るく、先まで見える廊下だ。廊下を談笑しながら歩く。
が、突然山田が足を止める。
「どうしたんだ、じんさん?」
山田はゆっくり手を挙げ廊下の先を指さす。指の先には、幽霊がいた。
「に、にげるんじゃ!」
山田は身を翻し、老人とは思えないほどの速さで走る。雫の目にも幽霊の姿がはっきりと見える。廊下の角から黒い靄と共に耳が現れる。幽霊は地面を溶かす液体を出すことなく、静かに追いかけてきている。
「お、おい、本当に要るのか?俺には何も見えないぞ?」
幽霊を見ることができない犬田は突然走り出した山田を見て困惑している。犬田には何も見えないが、山田が走り出しているのを見て追いかける。雫も走り出そうとするがーーー
「いたっ、!」
走りだそうと力を入れたところで、足に激痛が走り膝をつく。膝をついている間にも山田は離れていき、幽霊は後ろから迫ってくる。犬田も山田を追いかけており、雫は一人取り残される。離れていく二人を見て雫は覚悟を決め、幽霊のほうを向く。
幽霊は溶かす液体を出し始め、廊下を溶かす。
「山田さんも犬田君も逃げちゃったなあ。どうしようかな……」
一人取り残された雫が呟く。色々な思いが湧いてくるが、すべて飲み込み立ち上がる。
「まっ、出来るだけ頑張りますか」
雫は山田に押し付けられたほうきを手に持つ。ほうきは山田によって砂糖でベタベタになっており、幽霊と戦えるかもしれない唯一の武器だ。さらにポケットには山田から渡された砂糖スティックがある。
砂糖スティックの封を切り、砂糖を手のひらに出して握る。後はタイミングが合えば、砂糖を投げつけて、怯んでいるところをほうきで滅多打ちにするだけだ。
作戦などとは言えないお粗末なものだが、今の雫が考えることのできる最大限の抵抗だ。問題は片足という不安定な体制で、どれだけ叩くことができるかだ。
幽霊が迫ってくる。相変わらず液体は出しているし、朝見た時よりも靄の量が多くなっているように見える。
雫は幽霊をできるだけ引き付けるつもりだ。幽霊と距離があると、砂糖の命中率が悪くなるし、運よく当たっても、遠いところで怯まれても今の雫の足では距離を詰めることができない。
(まあ、怯んでくれるっていうのも、希望でしかないけど)
迫ってくる幽霊を見ながら雫は、どうか怯んでくれますようにと願う。
「いまっ!」
ギリギリまで引き付けた所で、雫は砂糖を投げつける。
砂糖が当たった幽霊は動きを止める。後は全力で叩くだけだ。そう思いほうきを振り下ろした雫だが……。
「あれ…?……あれ、当たらない」
何度もほうきを振り下ろすも、幽霊に当たることなく、黒い靄をすり抜ける。黒い靄には雫が投げた砂糖は付いており、ほうきにも砂糖は付いている。
砂糖があれば幽霊に攻撃が出来ることを疑っていなかった雫は混乱する。混乱のままにほうきを振り回す。その動きはもはやほうきで遊んでいる子供のように見える。
やがて幽霊は動き出す。そして、雫は抵抗を諦める。
雫は思う。
こんな事になるなら山田さんに頼るべきじゃなかったな。でも、あの人は初めから何もできないって言っていたな。むしろ、私が巻き込んだ側か…。でも、せめて、せめて幽霊だけは怒らせないでほしかった。そしたら、近くにいるだけの不気味なもので終わっていたのに。
犬田君は……何もない、かな?昨日初めて喋ったし、自分から巻き込まれに来た人だし。……幽霊を見えるようになる修行で、私が幽霊に殺されるんだから、ヒーローを目指している犬田君には、申し訳ないかな?でも、ヒーローなら助けてほしかった。
そう考えていたところで、雫は後ろから物凄い力で引っ張られ、思わず尻もちをつく。
「おい、大丈夫か!じいさんが全力で引っ張れというからやったが、幽霊はそこにいるのか!?」
「犬田君?!逃げたんじゃないの?!」
「雫が付いてこないから戻ってきたんだよ!それより、逃げるぞ!」
犬田は雫を肩に担ぎ走り出す。人一人を担いでいるとは思えない速さで走るが、動き出した幽霊も負けじと追いかけてくる。
「幽霊はすぐ後ろにいるのか!?」
「うん、いるよ」
雫は軽く言うが、幽霊はかなり近くにいた。犬田が走るスピードを落とすとすぐに追いつかれるだろう。
「だめだ、疲れてきた!」
犬田は走り始めてすぐに根を上げる。鍛えているとはいえまだ高校一年生。しかも人間一人を担いでいるのだ。
「もうちょっと頑張ってほしいな。結構近くに幽霊がいるんだよ」
「なに、まだ距離は取れてないのか!」
「ほら、犬田君も溶けた廊下が見えるでしょ」
犬田は走りながら顔だけ後ろに向けて、廊下を見る。
「お…?溶けてるし、幽霊が見えるぞ……?」
犬田の目には幽霊がはっきりと映っていた。
耳が黒い靄と眼を纏い、耳の穴から液体を垂れ流す幽霊の姿が。そして、幽霊との距離の近さがはっきりと見えた。
「お、おまえ、無茶苦茶近いじゃないか!」
犬田はスピードを上げる。既に息は乱れており、足も重くなっているが、心に鞭を打ち足を動かす。
「見えるようになったんだね。修行の成果かな?」
「まだ修行してねえよ!トランプで遊んでいただけだ!」
幽霊が見えるようになって嬉しいのか犬田はチラチラと後ろを見だす。その表情は歓喜だった。
幽霊が見えるようになり距離が測りやすくなったおかげで、犬田は徐々に幽霊から距離を取ることができた。ある程度距離をとると、犬田は立ち止まり雫を降ろす。そして、雫からほうきを取ろうとする。
「まさか、戦うつもり?」
「ああ、いつまでも逃げてられねえ」
「無理よ。私ほうきで戦おうとしたけど、当たらなかったのよ?」
雫の言葉を聞き犬田は考え、すぐに結論を出す。
「じゃあ、これだな」
そういって犬田は拳を握る。
「じいさんが何とかして乗り物を調達してくるはずだ。だから、雫は玄関までは頑張って移動しろ」
犬田は幽霊と向かい合う。犬田の意識から雫が消え、幽霊だけに集中される。
犬田は幼少の頃から武術を習っており、戦闘の心得がある。特に空手や合気道といった己の身一つで戦うことのできる武術を好んでいた。大会などには出たことはないが、自らの活動の結果自分がどの程度の実力があるのかは理解していた。おそらく上の下。
そんな犬田でも攻撃が当たるかもわからない相手に勝てる自信はないし、そもそも幽霊と戦うのも初めてだった。
さらに集中力を高めていく。
犬田は不良や悪党と相対したとき、いつも行う儀式がある。
柏手だ。
本人もなぜ行うかはわ分かっていないが、何となく癖でしてしまう。それは魂に沁みついている行動である。柏手を行うことで犬田は不利になったことがないため、その癖を治すつもりがなかった。
いつもより、気合を入れて柏手を打つ。
犬田の手から鳴り響く音は空気を割る。
ただの音でしかないそれは雫の耳をつぶし、視界をホワイトアウトさせる。音は学校中に響き渡る。
時間がたち、視力が回復してきた雫は辺りを見る。
幽霊がいた場所にはーーー何もいなかった。
そして、廊下には犬田が倒れていた。
◇◇◇
「ありがとう犬田君。あなたのおかげで助かったわ」
犬田は気にするなというように、ナポルタを持った片手を上げる。もう片方の手に持ったフォークで肉を食べる。
あの日から一週間後、雫と犬田と山田はレストランに集まっていた。幽霊を何とかしてもらったお礼で雫がごはんを御馳走することにしたのだ。
「しかし、何とかなってよかったのじゃ」
山田はソフトクリームを食べている。
「そうですね。けど、なんで幽霊を退治することができたのでしょうか?」
雫は疑問を口にする。ここ一週間雫は幽霊を見ることはなかった。だからあの時に幽霊を退治することができたと考えるのが妥当だろう。
「わしが思うにお主のおかげだろう」
山田はスプーンで犬田を指す。行儀の悪い行為だが注意をする人はここにはいない。
「俺か?俺はいつも通り戦おうと思ったら気を失っただけだぜ」
犬田は食べる手を止め、山田を見る。その目は本当に何もわかっていない目だ。
「お主、柏手を打ったじゃろ。わしはその場にいなかったから詳しくはわからんが、音は聞こえていたのじゃ。あの爆音で幽霊を徐冷することができたんじゃろう」
「あんなもん、俺が気合を入れるために手を打っているだけだぜ?」
「気合という想いが乗ったのじゃろう。そもそも柏手は神聖なものじゃよ」
「あの音は私の耳と目を一瞬潰したんですよ?本当に神聖なんですか?」
「ま、まあ、本当に神聖かもしれんし、逆に幽霊以上の邪悪な思いが込められていたのかもしれんよ?」
山田はちらりと犬田のことを見る。犬田は笑って答える。
「俺はヒーローを目指しているんだぜ?」
雫は犬田の顔をジッと見つめるだけだった。