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第6話 宝物を得るには宝物を

 ウェンディはおずおずと隣を見上げた。視線に気づいたロードリックは、目元を甘く緩ませてウェンディを見つめた後、表情を引き締め、兄たちを見据えた。


「ウェンディ嬢に求婚した理由ですか……見目、気立て、家柄、全てですね」

「……」


 ブラッドリーの眉がひくりと動いた。鋭い視線が、一層鋭利になる。


「まず、外見から入ったことは否めません。そもそも、彼女の天使のような可憐さに見蕩れない男など、この世にいるのでしょうか? しかしきっかけは見目かもしれませんが、その後の会話で、改めて彼女の人となりに惹かれました。優しくて素直ですべての仕草が可愛らしくて……こんなに見目も心も美しく素敵な女性は、王国中探しても見つかりません。たとえウェンディ嬢が平民だったとしても、添い遂げる覚悟はありましたが、ボーフォール侯爵家のご令嬢と知り、喜びで震えました。この国の貴族なら何を置いても縁を繋ぎたい名家ですから、自分たちに都合のいい結婚相手をわたしに宛がいたかった勢力も、黙らざるを得ませんので。――わたしが一目で好きになった理想の女性が、家柄までも理想的だったのは僥倖でした。わたしは、運命の神にかなり愛されていると自覚しましたね」

「ロードリック様……」


 ロードリックが紡ぐ一言一言に、真摯な感情が込められているのが、ウェンディにも伝わってきて、感動してしまう。

 彼が言ったことは、ウェンディにも当てはまっていた。

 初めて好きになった人が、人柄家柄すべてにおいて理想的で、しかも結婚するにあたり障害が何一つないなんて。


 ――いや、最大の障害はある……目の前に、三つも。


「ほぅ……じゃあ聞くが。貴公は自身がウェンディに相応しいとでも思っているのか?」


 ブラッドリーが冷たく目を光らせ、地を這うような低い声で問う。


「わたしは、騎士としてはまだまだ未熟者で、ボーフォール総騎士団長の足元にも及びません。しかし、一人の男として誰にも恥じない生き方をしてきた自負はありますし、これからはボーフォール家の身内として、義理の父に恥をかかせることのないよう、傲らずに自己研鑽していくつもりです。もちろん、ウェンディ嬢の夫として彼女を命よりも大切にすると誓います」


 少しの迷いもなく、堂々と言い放つロードリックに、ブラッドリーはわずかに眉をひそめた。


「そうか、それなら貴公の『添い遂げる覚悟』とやらを見せてもらおうか。ロードリック・ワイアード・スティルトン公爵令息」

「ウェンディ嬢の結婚相手として認めていただけるのでしたら、いかようにも」


 ロードリックの言葉を聞き、ブラッドリーはセシルとドミニクに目配りをする。同時に、三人は立ち上がった。

 ブラッドリーは右手の指で『三』を示し、ロードリックの眼前に突きつけた。


「貴公には、我々三人からの『試練』を受けてもらう。一人につき一つずつ、計三つだ」

「……分かりました。して、内容は?」

「まずはわたしからだ」


 ブラッドリーは、ゆったりと席に腰を下ろした。弟たちもそれ続いて席に戻る。


「貴公は確か、北の森を荒らしていたポイズンキマイラ数体を単独討伐して、陛下から報奨を受けていたな? ……王女殿下との結婚回避が報奨なんて、これまでのラスガーナの歴史で聞いたことはないがな」

「でもそのおかげで、こうして今、ウェンディ嬢の隣に座ることができました」


 半ば嫌味とも取れるブラッドリーの台詞に、ロードリックはにっこりと笑う。


「ポイズンキマイラの魔石は『キマイラダイヤモンド』という稀少な宝石として、貴族の中では高額で取引されているのは知っているな? それを入手し、ウェンディに婚約の証として贈ってほしい。……しかも、誰の手垢もついていないものを、だ」


 魔石とは、魔獣が死ぬ時に体内の魔力が心臓に集まり、そのまま石化したものだ。魔獣由来の魔素の塊でもあり、低ランク魔獣の魔石は主に生活エネルギーとして使われている。

 しかしポイズンキマイラやポイズンジャイアントグリズリーなど、体内に毒を持つ高位魔獣の魔石は、稀少な宝石として流通している。魔石に凝縮された毒が、美しい輝きの要素になるからだ。

 正確には、魔石を浄化し有害成分のみを除去した後に残された毒素の残滓が、結晶となって光を放つ。それが人々を魅了するほどに美しいのだという。

 特にポイズンキマイラは複数の生物の要素を持つ毒魔獣なので、魔石の持つ様々な色味の光が複雑に交差し合い、格別な輝きをもたらすそうだ。


 実はボーフォール侯爵家には、その『キマイラダイヤモンド』が存在する。しかも『レインボーキマイラダイヤモンド』と呼ばれる、さらに稀少な宝石だ。

 毒魔獣の中には、多くの毒魔獣を喰らって体内の毒がさらに濃くなった個体が存在する。そういった強毒個体の魔石の輝きは、さらに格が上がるという。

 ゆえに、ポイズンキマイラの強毒個体の魔石は、別格中の別格で『レインボーキマイラダイヤモンド』と呼ばれている。

 その高貴な存在感から、大陸内では『宝石の女王』と例えられることも。

 レインボーキマイラダイヤモンドは、入手は超困難。ポイズンキマイラの強毒固体自体が滅多に見つからないからだ。

 流通する数も極端に少ないので、金に物を言わせて手に入れるのもまた困難。

 高位貴族ですら、お目にかかったことがない者が多いという。

 しかも、討伐の仕方によって価値が変わってくる。とどめを刺すまでに時間がかかればかかるほど、石が濁ってしまうのだ。

 つまり、高品質な魔石を手に入れられるかどうかは、討伐者の腕一つにかかっている。

 そのポイズンキマイラの強毒個体を、アーサーは単独で討伐した。独身時代、国境に近い森で、野生の動物が毒で絶滅寸前にまで追い詰められるという事態が起きた。それを一人調査をしている時に出くわしたのが、ポイズンキマイラの強毒個体だ。

 強毒個体は、通常個体よりも色が虹色がかっているので、判別自体は簡単だ。但し、強さは通常個体の数倍だった。

 動物の大量死がポイズンキマイラの仕業だと分かったアーサーは、わずかに手こずったものの、ほぼ一撃で強毒個体を討伐した。

 浄化魔導具で毒消しを行った後、魔石を取り出して持ち帰った。

 そしてペンダントと指輪に加工し、フローラに結婚を申し込んだのだ。

 持ち込まれた魔石を見た宝石職人が「こんなに品質が高く美しいポイズンキマイラの魔石は、大陸中探してもないでしょう」と、震える声で呟いたという。

 そうしてできあがった装身具のセットは、誰も見たことがないほどの輝きを放ち、王家の宝物殿に収蔵されているどの宝石よりも高価なものとなった。

 加工時に出たクズ石ですら貴重で、宝石職人が加工賃は要らない、むしろ金を払うのでクズ石を譲ってほしいとアーサーに頼み込んだ。

 フローラに贈る宝石以外はどうでもよかったアーサーは、手間賃とばかりに職人に譲り、それを使って作られた装身具は、高位貴族の間で奪い合いになった、という逸話がある。


「――その宝石は、今でも我が家の家宝で、わたしの妻でさえ『恐れ多くて……』と、結婚式の時に着けただけで、あとは時々眺めるだけに留めているくらいだ」

「ボーフォール侯爵夫人が恐れるなんて、よほどのことですね」

「ウェンディは、このボーフォール侯爵家に百年振りに誕生した直系女子、さすがに『レインボー』とまでは言わんが『キマイラダイヤモンド』くらいは贈ってもらわないと、嫁にやるわけにはいかん」


 しかもブラッドリーは先ほど「誰の手垢もついていないものを」と明言した。ということは、今現在、どこかの貴族の所蔵品となっているものなどではなく、自らポイズンキマイラを討伐して魔石を取り出してこいと言っているのだ。

 それが分かったのか、ウェンディは顔色を変えた。


「ブラッドリー兄様! ロードリック様に危険なことはさせないでください!」


 必死な声色で訴えるものの、ブラッドリーからぴしゃりと撥ねつけられた。


「ウェンディは黙っていなさいと、セシルが言っただろう。これくらいこなせない男は、ウェンディとは結婚させられない」

「どうしてなの? 兄様」

「おまえは、わたしたちの大切な宝物だからだ。宝物を手放すには、それなりの対価は支払ってもらわねばならん。……そうだろう? スティルトン公爵令息」


 ブラッドリーは不敵な笑みでロードリックに尋ねた。

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