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第5話 直接対決が始まります。

 王都のタウンハウスに帰宅したウェンディを待っていたのは、兄たちだけではなかった。兄たちの家族までもが勢揃いしていたのだから、これにはウェンディだけではなく、父のアーサーも呆れてものが言えない様子だった。


「兄様方……一体どうなさったの?」


 理由は痛いほど分かってはいたが、とりあえずは聞いてみる。


「どうしたもこうしたもない。ウェンディは、わたしたちのことを家族とは思ってくれていなかったのか……?」

「何をおっしゃっているの? ブラッドリー兄様」

「だってそうだろう? わたしたちに一言の相談もなく、婚約をするなんて……」


 あぁ……と、ブラッドリーがめまいをしたかのように額を押さえて頭をゆらゆらと揺らした。

 この長兄は、普段は沈着冷静で、何事にも動じないと言われている。物事に対して冷酷な判断を下さざるを得ない時すら、眉一つ動かさないと恐れられる一面も。

 しかしことウェンディに関しては、感情の振り幅が大きくなりすぎるきらいがある。

 まるで自身が悲劇のヒロインにでもなったかのように振る舞うことも、しばしばだ。

 兄の芝居がかった嘆き方を見て、ウェンディが苦笑いをしながら慰めるまでがワンセットだ。


「ごめんなさい、ブラッドリー兄様。わたしもお母様のお墓参りに行くまでは、こんなことになるなんて、思っていなくて……」


 この数日で、ウェンディの人生は激変した。

 初めて恋をし、そしてその初恋相手も自分を好きになってくれて。

 貴族の娘なのだから、いずれは親が決めた相手と政略結婚をするのだと理解して生きてきたけれど、蓋を開けてみれば、初恋の男性(ひと)と婚約することになっていて。

 一生分の運を使い果たしてしまったかもしれないとさえ思った。


「ウェンディ……おまえ、騙されてはいないか? おまえは見目も心根も宝石のように美しいだろう? そこにつけ込んで誑し込もうと企む輩が現れても不思議ではない。困っているのだったらわたしたちに言うんだ。なんとでもしてやる。あぁ、たとえ婚約破棄になっても、おまえに瑕疵がつかないように処理するところまできっちりやるから、安心しろ。わたしとセシルとドミニクがいれば、なんてことはない」

「ブラッドリー様、ディちゃんが困ってらしてよ。ディちゃん、こんな大集合でのお出迎えで驚いたでしょう? ごめんなさいね」


 ブラッドリーの妻であるナタリアが、夫を(たしな)めた。


「大丈夫よナタリア姉様、慣れているから。みんな、わたしを心配してくれていたのよね? 嬉しいわ」

「この何日か、おまえのことを心配しすぎてハゲるかと思ったぜ、ウェンディ」


 やれやれといった様子で、セシルがウェンディの頭を撫でた。


「セシル兄様……」


 温もりを確かめるように、己の頭に触れると、セシルが眉尻を下げて笑った。


「兄上なんて、王城でもピリピリしてたもんだから、宰相閣下がわざわざ俺に会いに来たんだよ。『侯爵をどうにかしてくれ』ってさ」

「宰相閣下、かなりやつれてらしたわねぇ。『ああなったブラッドリー卿を元に戻せるのは、セシル卿だけなんです……』って、旦那様に縋りついて……ふふふ、ディちゃんったら罪な乙女ねぇ」

「グレイス姉様……笑みが邪悪になってます」


 グレイスはセシルの妻だ。シャンベルタン侯爵の一人娘で、セシルは婿入りして侯爵を継いだ。

 ブラッドリーの妻のナタリアとグレイスは『ディちゃんを愛でるボーフォール家妻の会』を結成しており、この先ドミニクが結婚する時には彼の未来の妻も、この会に勧誘する予定らしい。

 確かにブラッドリーの暴走を止められるのは、世界広しといえど、家族しかいない。特にセシルとウェンディは強力なストッパーだった。

 セシルは弟として兄の扱いに長けていて、ウェンディは兄の妹溺愛を逆手に取り、ブラッドリーを制御しているのだ。


「さて、せっかくこうして一族一同が揃ったのですから、今夜は皆様一緒に晩餐といきましょう」


 ナタリアがパン、と手を叩いた。


「あ、それならスティルトン公爵令息も誘ったらどうかな? せっかくだから」


 ブラッドリーの後ろから、ドミニクが声を上げた。


「いいですわね。スティルトン家のタウンハウスはここからそう離れていませんし、すぐに魔術書簡を飛ばしましょう」

「実は、こんなこともあろうかと、もう書簡は飛ばしてあるんだ、ナタリア姉上。ロードリック卿からは『喜んで』という返事ももらってるから」

「さすがはドミニク様、根回し上手ですわね」


 ナタリアとドミニクは顔を見合わせてニヤリと笑う。

 ドミニクは幼い頃からいつも先へ先へと目を向け、行動していた。その先見の明が彼の『ドミーフォール商会』を王国随一の商会へと押し上げたのは言うまでもない。

 セシルがブラッドリーに特化したサポート役なら、ドミニクはボーフォール家全体のサポート役だ。

 何故か年が下に行くにつれて、真の精神年齢が大人になっていくのが、この兄弟の不思議なところだ。


「ロードリック様が……」


 実は、ロードリックとは王都まで一緒に帰って来た。彼は馬に乗り、ウェンディは馬車だが、窓の外に並ぶようについてくれたので、楽しくて幸せな旅ができた。

 別れたばかりなのに、またすぐに会えるなんてと、ウェンディは頬を染めた。


   ***


「ロードリック卿、料理は口に合っただろうか」


 食後の紅茶を口に運びながら、アーサーが尋ねた。


「もちろんです。さすがボーフォール家の料理人ですね。素晴らしかったです」


 ボーフォール家のタウンハウスの食堂は、スティルトン家のそれよりも若干小ぶりであるが、上品な調度品がちょうどいい案配で配置されており、洗練されている。

 ロードリックは内装を眺めながら「とても品がいい食堂で、居心地がいいですね」と褒めていた。

 料理も、スティルトン領地の邸宅で振る舞われた食事と遜色ないものを食してもらえたのではないかと、ウェンディは確信していた。


(我が家の料理人は優秀ですもの。王家の皆様方にも自信を持ってお出しできるわ)


 メインには魚料理と肉料理をサーブしたが、どちらもロードリックには満足してもらえたようだ。目をキラキラさせながら口に運んでいるのを、ウェンディはちゃんと見ていた。


「肉料理は、スティルトン領産の牛を使ってらっしゃいましたか?」

「よく分かったな。さすが領主の子息だ。スティルトン産の牛は肉質が柔らかくて旨味が強いんだ。どんな味つけにしても美味い」


 肉料理の味に、アーサーが満足そうに語っていると、


「――ロードリック卿、場所を変えて飲み直さないか? 王太子殿下から賜ったワインを開けようと思うんだ」


 と、ブラッドリーがワインボトルを手に、ロードリックを誘った。


「いいのですか? そんな貴重なものを開けてしまって」

「いいんだ。是非一緒に味わってもらいたい」

「では、遠慮なく」

 ブラッドリーに誘われるまま、ロードリックが立ち上がる。

「ブラッドリー兄様、わたしもご一緒してかまわない?」

「あぁ、ウェンディにも話がある。一緒に来なさい」


 二人はブラッドリーについていく。

 この屋敷には応接室が三室ある。上位貴族・下位貴族・商人等をそれぞれもてなすために別れていた。

 ブラッドリーは一番奥にある部屋へと入った。当然ながら、上位貴族向けの応接室だ。

 そこにはすでに、セシルとドミニクがいた。二人は立ち上がり、一礼する。


「お待ちしておりました、スティルトン公爵令息」

「ありがとうございます。こちらの応接室も、また素敵な部屋ですね」


 広々とした室内には、曇り一つない窓ガラスが填められており、一番奥には暖炉が備えつけられている。繊細な彫刻が施されている大理石のマントルピースは、ボーフォール家の歴史を感じさせた。

 中央にはマホガニー材のアンティークテーブルがあり、それを囲むように同じくマホガニーフレームのソファが配置されている。

 その中の長いソファを勧められ、ロードリックが腰を下ろすと、当然のようにウェンディは彼の隣に座った。

 その他のソファに、兄たちがそれぞれ座る。

 彼らの傍らでは、使用人がワインのサーブを始めた。それを見届けた後、ブラッドリーは使用人たちを下がらせた。


「――さて、乾杯しようか」


 五人はワイングラスを掲げた。ウェンディだけは、果実水だけれど。

 グラスに半分ほど入ったワインを飲み干すと、セシルは目をぱちぱちと瞬かせ、ドミニクはこくこくと頷いた。


「さすが王太子殿下のお眼鏡に適ったワインだな。しびれるほど美味い」

「これは……贅沢な味がするね」


 二人の感想を聞き、ロードリックも同意するように笑う。


「んー……これは美味いですね。ウェンディ嬢にも飲ませてあげたいです」

「飲めなくて残念ですわ」


 ラスガーナ王国では、十七歳未満の飲酒は禁止されている。ウェンディは十六になって間もないので、あと一年は口にできない。

 皆が美味しいと唸るほどのワインをひとくちでも味わってみたかったが、我慢した。

 ブラッドリーは目を閉じたまま味を堪能した後、グラスをテーブルに置き、薄目を開いて目の前の男を捉えた。


「ロードリック・スティルトン公爵令息、貴公はどういうつもりでウェンディに求婚した? 見目か? 気立てか? 家柄か?」

「ブ、ブラッドリー兄様……!」


 うすうす嫌な予感はしていた。しかしまさか本当にロードリックに詰め寄るなんて。

 ウェンディは慌ててブラッドリーを止める。


「ウェンディは黙って座ってろ。これは俺たちとロードリック卿との話し合いだ」


 立ち上がりかけたウェンディを、今度はセシルが止めた。


「ウェンディ、僕たちは何もロードリック卿を害そうと思っているわけじゃないんだ。僕たちの大切な妹を娶ろうとしているのだから、彼の本心をきちんと知っておきたいだけなんだよ」


 ドミニクが優しく笑い、ウェンディの肩を撫でる。


「ドミニク兄様……」


 見慣れた笑顔なのに、なんとなく不安になってしまった。

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