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第3話 第一の壁(1)

 『彩狼大陸』五ヶ国は、彩狼神の神気を分け与えられた神獣が錬成する結界で、時空の歪みから守られてきた。

 神獣は神力で国を護り、王族は神獣を通して彩狼神からわずかな神気をいただき、国の平和と民の暮らしのため尽力する。

 民たちは神獣を敬い、日々祈りを捧げる。

 人々の祈りと国の平和は、彩狼神の神気の源となる。

 こうして大陸は繁栄してきた。


 縹狼の国・ラスガーナは薄い青の毛並みを持つ狼を建国主としており、国旗にも縹狼が描かれている。

 また、地政学的には『魔術立国』として知られていて、擁している魔術師の数も大陸一だ。

 それは地中を走る龍脈の体積が非常に大きく、魔素が溜まりやすいという地形が関係している。

 その魔素を魔術に利用し、術式や魔導具を作り出し国内に流通、または輸出するのが、この国の基幹産業。


 魔素の源になるのは、彩狼神や神獣が日々神力に使う神気の『残滓』だ。

 それが空中や地中に溜まったものが『魔素』となる。

 民にとって、魔素は生きる上でなくてはならないものだ。

 だからこそ、王族も民も彩狼神や神獣を敬い、大切に思う。


 そして各国には、神獣につき添い癒やし、神獣と王族との架け橋になる『随伴士』という役目がある。

 いわば『神獣のお世話係』だ。

 随伴士は通常、各国の三大公爵家の血統から神獣自らが選ぶ。

 選ばれた者が神獣に御名を与え、契約を結び、随伴士となる。

 神獣と言葉を交わせるのは随伴士しかおらず、その特性が『神獣と王族の架け橋』と言われる所以だった。

 そういった経緯があるので、各国における三大公爵家は、王家に匹敵するほどの権力や影響力を持っている。

 ゆえに、各家の当主は他のどの貴族よりも方正さが求められていた。



 ボーフォール家は三大公爵家――スティルトン家・ネクテール家・ダンベール家と同等の歴史を持つ名家だ。

 神獣の神気との親和性がそれほど高くないためか、随伴士を輩出したことは今までない。

 しかし国内外の敵から王家や国を守ってきた圧倒的武人の家系で、数え切れないほどの勲章や報奨を受けてきた。


 中でも前当主のアーサー・レンブラント・ボーフォールは、一個小隊で挑んでようやく討ち取れる高ランクの魔獣を、たった一人で、いとも簡単に討伐してしまうほどの強大な力を持っていた。

 佇まいだけで他者を圧倒する大きな体躯と、国内どころか大陸にも敵なしと謳われるほどのずば抜けた戦闘力を持つアーサーだ。当然ながら各騎士団が獲得に乗り出す。申し出の中には、他国の王家からの縁談すらあった。

 彼の実績や家柄が目当ての者も多いが、彼自身に想いを寄せる貴族女性も少なくなかった。

 アーサーは目つきが鋭く、見方によっては強面だが、それを補って余りあるほど女性たちを惹きつける美貌を持っていた。精悍な美丈夫の天才騎士である彼の武勇は国外まで轟き、各国の独身女性たちをも惹きつけた。

 しかしラスガーナの歴史ある侯爵家の嫡男であり、最強の剣士である彼を国外に出すわけにもいかず、また、騎士団のどれかに所属してしまえば、組織の均衡を崩しかねない。

 ゆえにアーサーは、騎士団すべてをとりまとめる『総騎士団長』の位を与えられた――なんと、彼が十七歳の時の話だ。

 各騎士団員への指導、また要請があれば討伐や捕縛に出動――と、騎士団員全員からの信頼と尊敬、羨望と嫉妬を一身に受ける存在だった。


 そんなアーサーが、王都の屋敷に一人の女の子を連れて帰ってきたのは、十二年前――彼が三十三歳の時だ。


「この子は、おまえたちの妹のウェンディだ。可愛がって守ってやってくれ」


 慈愛に満ちあふれたこのアーサーの表情を騎士団の面々が見たら「すわ、天変地異か!?」と仰天するに違いない。

 騎士団の訓練や魔獣討伐の時のアーサーといえば、凄まじい形相で敵を追い詰めながら、膨大な魔力を込めた剣術で鎧袖(がいしゅう)一触(いっしょく)してしまう。

 チーム戦では味方を立てた戦術を組むが、こと個人戦に至っては、他の騎士に圧倒的実力差を見せつける形になってしまうのだ。

 だから騎士や兵士が出場する王家主催の剣術大会では、出場一年目にして殿堂入りし、以降は王家とともに観覧席で大人しくするのがアーサーの役割になってしまった。

 これを機に王家からは『剣聖』の称号を与えられたが、騎士の間では密かに『魔王』と呼ばれているほど、畏怖を抱く存在だった。

 そんな彼が、この上ない優しさに満ち満ちた表情と声音で子どもと接しているのだ。

 見る人が見れば、驚愕の場面なのである。ある意味『珍獣』といえる。

 その珍獣から紹介された娘はといえば。

 腰まで緩やかなウェーブを描いたプラチナブロンドの頭の上には、赤いリボンが載っている。空の色を溶かしたペイルブルーの瞳は、父親(アーサー)の血を受け継いでいると一目で分かるほどそっくりだった。

 とても愛くるしい、キラキラ輝く美少女が、少し怯えたように佇んでいた。


「――ウェンディです。よろしくおねがいします、おにいさま」


 小さな淑女は、ピンクのワンピースドレスをちょこんと摘まみ、膝を折った。

 ボーフォール家は完全なる男系家族で、過去百年に生まれた直系子孫はすべて男だった。アーサーと亡き妻・フローラの間に生まれた子も皆男子だった。

 ブラッドリー、セシル、ドミニク――どの子も聡明で賢い、アーサーの自慢の息子たちだ。


「父上……その子は、僕たちと血のつながりがあるのですか?」


 ブラッドリーは十四歳で、来年には王立学園の初学年を飛ばして二学年に入学することになっている。

 強張った表情だが、しっかりした口調で問う姿はどこか大人びている。


「そうだ。間違いなく同じ血が流れている、おまえたちの異母妹だ」


「……父上は、母上を裏切ったのか?」


 十二歳のセシルは幼少から剣才を発揮し、早くも騎士学校への推薦入学が決まっていた。

 突如として現れた『妹』という存在に衝撃を受けたのか、身体をふるふると震わせている。


「裏切ってなどいないぞ。おまえたちの母様が亡くなってしばらく経ってから知り合った女性(ひと)でな。父様を支えてくれて……そして子を産んでくれた。おまえたちと同じくらい大切な娘なんだ。すぐ受け入れるのは難しいかもしれないが、少しずつ仲良くしていってほしい」


「父様は、母様のことを忘れてしまったの……?」


 ドミニクは八歳にして自分の資産を運用し、着実に預金を増やしていた。

 大きな瞳をほんのわずかに潤ませながら、縋るように尋ねてくる。


「忘れるはずがないだろう? ドミニク。フローラはいつまでもおまえたちの母様で、父様の妻だ。でも父様の心の別な部分には、ウェンディの母様もいるんだ。みんな大切な家族だと、父様は思っている。もちろん、おまえたちのことは今までと変わらず愛しているぞ」


 アーサーは子どもたちの頭を順番に撫でていく。三人は複雑な表情で、父の手を受け入れていた。


「……ウェンディの母様も、病気で亡くなってしまったんだ。だから、おまえたちが家族になってやってほしいんだ。頼む……ブラッドリー、セシル、ドミニク」


 ブラッドリーとセシルは、母・フローラが大好きだった。ドミニクを産んですぐに亡くなってしまったため、末の弟には母がどれだけ素晴らしい女性だったかを兄二人で聞かせている。その光景を、アーサーもたびたび見守ってきた。

 だから二人は、ウェンディを妹として受け入れるのを拒むかもしれない。それでもゆっくりと、時間をかけて家族になっていけたらいい。


(フローラ、アデール……どうか、子どもたちを見守ってくれ)


 アーサーは、亡き妻と恋人に祈る日々を送った。



 翌日、アーサーは子どもたちを連れてボーフォール家敷地内の霊廟へ向かった。

 そこにはボーフォール家の納骨堂も兼ねているが、始祖だけは火葬せずに棺の中で眠っている。

 棺の傍らに立てられた石碑には、ボーフォール家の成り立ちが記されており、文言の右側にはこぶし大の青い石が埋め込まれている。

 アーサーは繋いでいたウェンディの手を解き、その小さな手の平を石の上にひた、とあてた。

 すると青い石は白く輝き出す。光は手を離すまで明るく彼らの顔を照らした。

 アーサーは安堵したように笑うと、子どもたちの顔を均等に見て説明する。


「ブラッドリー、セシル、ドミニク、見ているか? この青い石はな、我が家の始祖の血を浴びた石だと言われていて、ボーフォール家の血を引いた者が触れると、白く光るんだ。……どういうことか、分かるな?」


 ウェンディがアーサーの血を引いているのが完全に証明された瞬間だった。


「そう……ですか……」

「……」

「分かりました」


 受け入れるかどうかはともかくとして、男子三人は、ウェンディが本当に自分と血の繋がった妹であることを、この時思い知らされたのだった。



 そして十二年後――三人の息子たちは、アーサーの想像を遙か斜め上に突き抜けた『妹強火担』に成長したのだった。

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