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【短編】殺し屋の同業者に同人誌を盗まれた結果

作者: 佐倉穂波

ノリで読んでください。

 浴びた錆び臭い液体をシャワーで流し、身を浄める。不快な臭いが消え、ボディソープの良い香りに包まれると、ホッと気分が安らいだ。

 気持ちを切り替えた私、有馬由加理はシャワーの後、Tシャツにスラックスというラフな格好に着替えると「よしっ」と気合いを入れて机に向かった。

 ここからの時間は、殺し屋ではなく、P.N.『リマ』で同人活動をしている一人のオタクとなる。もうすぐイベントが開催されるのだ。期限はギリギリ。睡眠を削れば間に合うはずだ。いや、間に合わせる!!エナジードリンクを友に、私は全力投球することにした。


 数日後、何とか期限ギリギリで脱稿。

 そのまた数日後には、商品である薄い本─同人誌が自宅に届いた。大量発注するような人気作家ではないため、当日は自分で会場に運んで設営する予定だ。


 イベント当日。

 段ボールに入れたズシッと重たい同人誌を、友人の美佳と運んでいた。美佳は、いつもイベントの時は設営やら店番やらを手伝ってくれる、頼もしく有り難い友人である。

「きゃあっ」

 ちょうど私がノベルティーの入った段ボールを取りに玄関に入った時、美佳の悲鳴が聞こえた。驚いてすぐに外に出ると、美佳がアスファルトに座り込んでいる。

「どうしたの!?」

「ど、どうしよう、段ボール持っていかれた!」

 美佳が指差す方を見れば、黒い服に、黒い帽子と黒いマスクという、いかにも怪しげな男が段ボールと抱えて走り去っている。

「あいつっ」

 その怪しい人物には見覚えがあった。

 殺し屋の同業者だ。

 殺し屋業はハイリスクだが実入りが良い。故に同じ地域に殺し屋が何人もいると、依頼の取り合いで衝突することも度々ある。

 そして、今走り去っていった男とは何度も依頼の取り合いで言い争った事があった。それから、度々いやがらせをしてくる、どうしようもない男だ。

 きっと私が同人活動しているのを誰かから聞いて、同人誌をダメにしてしまおうと盗んだに違いない。


 私は全力で男を追いかけた。

 しかし、段ボールを抱えて走っていると言うのに常人とは思えぬ速さだ。障害物もひょいひょい避けて走っている。あ、常人じゃなく殺し屋だった。流石である。いけすかない男だが、能力の素晴らしさは認めよう。

「くっ、どこに行ったの!?」

 曲がり角を曲がったところで、男を見失った。しかし、ここで諦めるわけにはいかない。あの同人誌を無傷で取り返さなければ。

 私は走り回った。


「見つけたっ」

 男は公園の遊具の中に身を隠していた。

 段ボールは開けられていたが、同人誌は無事な様子に、ひとまずホッと胸を撫で下ろす。

「ちょっと、それ返しなさいよ」

 私の同人誌を読んでいる男に声をかける──というか、何で読んでいる!

 私の声に顔を上げた男は、呆然といた表情だった。

「……あんた、『リマ』だったのか?」

「え?あ……うん、そうだけど?」

 よくわからないが、問われて反射的に答えたら、男の表情がパッと輝いた。

「本当か!俺、『リマ』のファンなんだ!」

「私のファン!?」

 驚き過ぎて、私は口をパクパクさせる。

 だって、私は認知度の低い類の同人作家だ。まさか、ファンが居るとは思っていなかった。SNSのフォロワーも少ないのに。とそこで、もしかしてと気が付いた。

「もしかして『黒』さん?」

 真っ黒なアイコンと、目の前の男の姿が重なり思わず呟くと、「俺のアカウント名だ」と嬉しそうに返された。

 『黒』さんは、私が同人活動始めた当初からフォローしてくれていた人で、イラストやマンガを投稿するといつもコメントやスタンプを送ってくれていた。私はそれが嬉しくて、嬉しくて、何度もコメントを読み返してはニヤニヤしていた。

 その『黒』さんが、目の前の男。

 しかも殺し屋の同業者だった。


 信じられない気持ちで男を見ていたが、ハッと当初の目的を思い出し、時間を確認する。

 ヤバい、すぐにイベント会場に向かわなければ設営が間に合わない。

「『黒』さん、とりあえず時間がないから、その同人誌を車まで返して!!」

 私の剣幕に押されながら段ボールを車まで運んだ『黒』さんは、何故かそのままイベント会場まで付いてきた。

 その後、流れで設営と販売まで手伝ってくれたので、段ボールを盗もうとした事は不問にすることにした。


「ねぇ『黒』さん、次のイベントでも手伝ってくれる?」

 あの重たい段ボールを軽々と抱えて走る身体能力は素晴らしい。

 男手があった方が何かと有り難いと思い、何も考えず聞いてしまった。

 聞いたあとで「あ、そういえば同業者だし、あまり馴れ馴れしくしない方が良いかなー」と思ったが、『黒』さんは「もちろん!」と二つ返事でOKしたので、「まぁ、いいか」と楽天的に考える事にしたのだった。


─fin─


黒:「いけすかない同業女に、嫌がらせしてやろうと、大事な物が入ってると思われる段ボールを盗んだんだ(自分でも最低だと思うが、まあそもそも殺し屋な時点で、色々アウトだからな)。それで、捨てる前に中身が何かみたら……俺の推し絵師の同人誌じゃないか!!え、まさか、あいつが『リマ』なのか!?……運命では?ってなったな」

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