ラビとジュウを助ける為に
アルフレド達が複雑な顔をしている中、レイはただひたすらに焦っていた。
レイはアルフレドとアークデーモンとの会話を知らない。
自分があのムービーにいたとは思っていなかった。
勿論、彼がこの場にいてもおかしくはない。
当然、魔王軍に所属しているだろうし、この前線に来ていても矛盾はない。
だから映っていたことは百歩譲って理解できる。
だから彼が焦っているのは、それとは別の事。
——あの二人が見当たらないからだ。
アルフレドはムービー中に登場したモブアークデーモンが、こっちのレイを知っていると思って尋問してしまった。
一方レイはムービー中に自分は登場しないと思って油断していた。
そのせいであの二人と違う場所に飛ばされてしまった。
「あのムービーは名前がついてるやつ、言ってみればこの世界がネイムドと認識しているキャストで構成されている。だからガヤは誰でもいいってことなのか……。つまり、俺はあそこにいるのが必然で、あの二人はこの町のどこかに飛ばされたってこと⁉」
レイにとって、あの二人は出会ったばかりの存在だ。
でも、レイを認識してくれる存在でもある。
そして危険と分かっていても、一緒についていきたいと思ってくれた。
だから無自覚に助けたいと思っている。
そこにいつもの利益・不利益なんて関係ない。
ただ、知っているから助けたい。
そう思ってしまった。
「ひぃぃぃぃ!聞いてねぇぞ! 助けてくれぇぇぇ!」
サーベルタイガマンが逃げ惑っている。
だが、彼はレイが見ている前で、急に四つん這いになった。
そして下卑た笑みを浮かべ始めた。
(サディスティックな懺悔室か! この近くにソフィアがいる。どうする、俺! あいつらの前に出るか? どうしたらいい?)
レイが取った行動は結局は逃げだった。
彼女達はあまりにも攻撃的すぎる。
先の虎男もレイが飛びずさった後、ひき肉になっていた。
ソフィアの神聖旋風斬系の合体技だろう。
そしてそれを見たモンスターの阿鼻叫喚が広がっていく。
お構いなしに彼女達は、次々に敵と見定めて殺していく。
「くそっ、まだどうしたらいいのか、分からない! とにかく俺は逃げて……。でも、あいつらは……」
レイはとにかくジュウとラビを探す。
けれどおおねずみ子爵13世は魔王軍強化部隊に大勢並んでいた。
だから、誰が誰だか分からない。
目印の一つでもつけておくべきだったと、レイは歯痒い思いをしていた。
ただ、その瞬間、全く別方向から彼の声が聞こえてきた。
「兄貴! こっちだ。ラビがやられちまう!」
声のした先にレイは彼女を見つけた。
だが、同時に険しい顔になる。
エミリとマリアに挟まれそうになっているラビがいた。
そして彼女は蹲ってガクガクと震えている。
エミリとマリアの推定レベルは35から38。
あの二人は前線で戦えるからレベルアップが早い。
そしてサキュバスバニーのレベルは20。
けれど自分が割って入ったらどうだ?
レイはそう考えた。
これは簡単な話だ。
レイはエミリとマリアを知っている。
そして魔族になったことを知っている。
だからと、彼は気楽に考えて、その場に飛んで行こうとした。
だが、その瞬間レイは吹き飛ばされた。
「痛……くわないけど……。なんだこのべちょべちょ……。あぁ、魔物破壊兵器でぶっ飛んできたのか。くそ、ついてないな。でも、これくらいなんてこと……」
彼は別の建物に移動しようとした瞬間に、ふとした気配を感じて立ち止まった。
そして次の瞬間にその建物が業火に包まれる。
見た瞬間にフィーネの巨大火炎地獄だと気づいてしまう。
「危ない。これは流石にキツイか」
そして同様に神聖旋風斬でガラス片が舞い飛んでいる。
今度は味方サイドのモンスターが助けを求めて、レイの足にしがみつく。
そこでレイは苦笑いを浮かべた。
「マジ?……そういうこと?」
◇
エミリとマリアは人型白兎の前でお喋りをしていた。
彼女達の力なら、この程度のモンスターに苦戦はしない。
全てレイのおかげと彼女達は考えている。
ムービーイベントが起きた後は彼女達にも焦りがあった。
それは前日に避難させた人間が家に帰ってしまったと考えたからだ。
ただ、蓋を開けてみれば、ほとんどが無人の家だった。
勿論、襲われていた住民はいる。
けれど、大したことはなかった。
イベントに映っていた数人程度だった。
彼女達は幾度となく強制イベントを迎えている。
それが世界の意志なのだと理解している。
つまり、あれはエルザと出会うためのイベントだったと、はっきりと理解している。
だから次の目的地はヴァイスなのだろうと、頭で理解できる。
「そういえば、以前ね。先生がモンスターを逃してたんだよねー。あたし達もこの子逃がしてみる?」
「うーん。この子って恩返ししてくれるかしら?レイはきっと魔族に囚われてるからぁ、ねぇねぇ、うさぎさん。レイの居場所を教えてくれたら、助けてもいいわよ?」
アルフレドが言っていたように、人型モンスターは少しだが人間の言葉を話せる。
でも、ラビは人型に成り立てなので、まだ上手くしゃべれない。
それに難しい言葉はほとんど分からない。
だから、彼女達の流暢な言葉はほとんど聞き取れない。
だからガクガクと震えているのだが、流石ヒロインだけあって、彼女達の勘は当たっている。
けれど、彼女達の目的はレイを助けることであって、この白兎を助けることではない。
「分からないものはしょうがないか。次行こ!」
そう言って、エミリは容赦無く鋼製のブレードソードをラビに叩きつけた。
ただ、その瞬間だけ、ラビは異常な加速で真横をすり抜けた。
因みに、ラビはその時こう叫んでいた。
勿論、モンスター語で。
『助けてー!レイ!死にたくないよー!』
そしてその前にレイが言ったモンスター語。
『ラビ、俺の脇腹に突進しろ!』
ただ、エミリ達の動体視力も人外のものである。
だから容易にラビの行った方向に、彼女とほぼ同時に移動した。
むしろ彼女達の方が圧倒的に速い。
だから簡単に回り込める……筈だった。
「あれ? いない。なんでかなぁ。エミリぃ、うさぎさん何処行った?」
「先に動いてたマリアが何で見失うのよ。確かあっちの方向に……。あれ?こっちだっけ……。」
「同じようなものじゃない。もういいわー。私たちが逃がしたってことにしましょ。」
「そだね。先生に一歩でも近づけますように!」
二人とも消えていったうさぎに手を合わせた。
(ヒロインの勘、やば!)
彼女たちが合掌した先にレイはちゃんと隠れていた。
きっちり脇腹はガードして、ラビを小脇に抱えていた。
「どうやっても俺はラビを助けにいけなかった。だから、俺は世界の強制力だと思った。ここで仲間に会ってしまうと、俺はレイモンドじゃなくなる。確かにレイモンドに会うのはもう少し先だ。」
レイが考えていたのは『世界の強制力をどうすれば掻い潜れるか』だった。
彼が今正体を見せると、下手をすればシナリオそのものが崩れる。
今までだって、メインシナリオを強制的にぶち込んできた世界だ。
「俺がドラグノフから逃げられたのは俺がレイモンドを受け入れたからか。そして、今は運命ががっちりと俺を掴んで離さない。相変わらず、この世界はレイモンド中心ってことか。だから、世界の強制力を逆に利用させてもらった。」
だったら、レイがドラグノフから逃げられたように、ラビも逃げられる。
この世界にとってラビはネイムドではない。
だからラビが死ぬ未来よりも、レイがレイモンドになる未来を受け入れる。
今までだって、ずっとそうだった。
ちなみに、エミリとマリアが彼女を見失ったのは、レイがきっちりと置き闇魔法『闇魔』を仕掛けていたからだ。
「どうやらこの世界はこのレイモードをえらくお気に入りらしい。」
レイはただモブモンスターに名前をつけただけ。
それでこの世界のネイムドになれる筈がない。
だからエミリとマリアも、呆気ないほど簡単に白兎への興味を失った。
「あとはジュウさんの確保だな。しかし、改めてみるとゾッとする。やっぱり勇者ってのは暴力装置だし、あいつらは化け物集団だ。モンスターの言葉が分からないとはいえ、世界平和のために逃げ惑うモンスターを狩り尽くすか。俺もあっちの立場の時はそれをやってたし、なんとも言えないけど。ラビ、ジュウさんはどこにいる?」
「怖い……。ウチ怖いです! ジュウさん……ですか? ジュウさんはあの集団の中です……」
レイはラビの指の差す方を見て絶句した。
大ねずみ子爵十三世が集団で勇者アルフレドと戦っている。
そしてアレには見覚えがある。
アルフレドと自分の姿が重なる。
だからレイは再び飛び出そうとした。
でも、それはラビに止められ……、違う。
ラビはただレイの足にしがみついているだけだ。
だから彼を助けずにただ見ているのは、レイには彼らを見届ける必要がある。
ジュウがあの中でリーダー役をやっている。
彼はおそらくあの個体のリーダーとして生まれた。
そして今まさに彼らは彼らの生まれた意味を形作っている。
それは至極当然のことだ。
レイが魔族として生まれ変わった医療研究施設、彼はレイの先輩である。
彼は戦う為に生まれたのだ。
だったらちゃんと見守るべきだろう。
「ラビ、先輩の勇姿をしっかり見てやれ。」
「うん……」
「魔王軍強化部隊、おおねずみ子爵十三世、リーダーのジュウに……」
レイはラビと共に、勇者が囮となった経験値稼ぎの目撃者となった。
「ラビ、敬礼だ……」
「はい。敬礼!」
そうして二人の手と、一匹の前足が敬礼の形を取った。
「敬礼。強い勇者だったわぁ」
「その通りだ。見ろ、ジュウは勇敢に戦っている。あの一番前にいるのが、俺の友人、ジュウって言うんだぜ。」
「そうだよ、ジュウ。ウチはあんまり興味ないけど、アレの一番前のが『ジュウ』っていうらしいよ!全部同じ見た目だから、全く区別がつかないけどね……」
「そうかー。アレがジュウだったんかぁ。偶然にもおいらと同じ名前なんや……」
「そういうことだ。ジュウ。アレは良い方のジュウだったな。」
「そうだよー。あのジュウはすごいジュウだったんだって。ウチあんまり興味ないけどね。」
レイは数多くの「ジュウ」が勇者達に焼かれる姿を見た。
アレを見たところでゲームではあるあるだし、自分が一番やっていた行為だ。
「アルフレド、よく頑張っているな」としか思っていなかった。
そして彼は、軽く咳払いをして、スッと港町に背を向けた。
「いや、本当のところを言うと、ツッコむタイミングを逃しただけなんだ……」
「分かる!タイミングは大切だもん。ウチの種族は一応顔に個性があるから、ウチが勘違いしただけって言いそびれても仕方ないよ。ウチは悪くないよね?」
この後すぐ、ジュウは自分のシルクハットにデカデカと10の数字を入れた。