アーマグ大陸へようこそ
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町中にモンスターが溢れていた。
その数は50体あまりもいる。
勇者達は宿屋に泊まっていたところ、明け方になって町の人が駆け込んできた。
ここに来る途中も、何十匹とモンスターを倒してきた。
数軒?いや十軒以上の半壊した家の瓦礫も越えてきた。
そんな絶望的な状況の中、アルフレド達はモンスターが攻めてきたという、町の東側を目指していた。
フィーネ「アルフレド、あれ!」
アルフレド「あぁ、あいつだ!」
視界の向こうに女が一人立っていた。
しかもモンスターが跋扈するこの町にだ。
その妖艶な美しさが、逆に不気味さを際立たせている。
アルフレドは彼女の様子を窺うように、ゆっくりと近づく。
すると、その紫の髪の妖艶な女性の頭には羊のツノが生えていた。
それだけで答えは十分だった。
アルフレドは彼女を知っているのだから。
エルザ「ふふふ。待ち侘びたわ。ようこそアーマグ大陸へ、ようこそヘルガヌス様が君臨する大陸へ。我らの憎き敵、メビウスが遣わした異質の人間、光の勇者アルフレド。久しぶりだねぇ。ミッドバレーの修道院以来かしら。」
アルフレド「お前達、俺を待っていたというのか? そのために……、くそ!俺の……、俺たちの村の時もそうか……。なんで無関係な人間を巻き込む!」
エルザ「巻き込む? いいじゃないの。光の勇者様の命が奪われる瞬間に立ち会えるんだ。」
その瞬間、かまいたちのような風の疾風がエルザを襲った。
ソフィア「あの時の恨み、忘れていませんよ。修道女が恨みなど語って良いとは思いません。でも、あの村は勇者様が来てくださらなければ滅んでいました!私は悪魔に向ける慈悲は持ち合わせていません。」
ソフィアは果敢にも、魔族の幹部エルザに魔法攻撃を仕掛けていた。
ただ、彼女の魔法はキンッとガラスに弾かれたように、どこかへ消えてしまった。
エルザ「おやおや、誰かと思ったらあの時の……。んー、忘れた。でも、団扇であおいでくれたのだろう? ほら、もっと撃ってきたらどうだい?」
彼女の神聖風魔法はエルザに全く効いていなかった。
それを見てソフィアだけでなく、アルフレドもフィーネも驚愕の顔をした。
キラリ「じゃあ、僕のはどうかなぁ。モンスターだったら爆散する筈なんだけど……。えい!魔物破壊兵器1号!」
キラリが持つロケットランチャーは、装填する物によって威力も効果も変わる。
そして今撃ったのは中型モンスターまでなら一発で倒せる代物だ。
その魔物破壊兵器は見事にエルザに命中……したかに思えた。
エルザ「次は煙幕かい? できれば順番を考えて欲しいものだね。煙くてありゃしないよ。」
フィーネ「くそっ!爆炎戦塵斬!……なんで? 剣も弾かれるの?」
フィーネの剣も何かの壁に弾かれてしまい、彼女はその衝撃で弾き飛ばされた。
エルザ「全く懲りないねぇ。まぁ、仕方ないわよね。今まで雑魚ばかり倒してきた弱い物いじめ勇者だものね?」
エルザには何の攻撃も通らない。
それを悟り、アルフレドは倒れたフィーネの元に駆け寄った。
アルフレド「大丈夫か、フィーネ! それにしても、何だ今のは?フィーネの攻撃が弾かれてた? これはどういうことだ……。これまでの敵とは訳が違うのか……。これが魔王軍幹部の実力……。みんな、距離をとれ。何か、何か弱点がある筈だ。」
勇者達は攻撃が通らないことを知り、一旦距離を置いた。
その彼らの視界の端に、突然アークデーモンが現れた。
そしてそのアークデーモンはエルザになにやら耳打ちをしている。
すると女悪魔の顔がピクッと微笑みかけた。
彼女は自重したが、それでも何かがあったことは分かる。
エルザ「やれやれ。あたしの可愛い妹が呼んでいるらしい。仕方ない子だねぇ。というわけだ、光の勇者とその愛人共。あたしは用ができた。次の機会に遊んであげる。それまでにもっと剣を磨いておくんだねぇ。」
そして、エルザは背中から羽を生やして、飛び去ろうとした。
アルフレド「待て! 逃げるのか! そうやってまた次の村を襲うつもりか!」
エルザ「逃げる? どうして? そんなに戦いたいのなら、こいつらと遊んでな!」
エルザはウィンクをした。
すると地面から黒いスーツを着たアークデーモンが二体登場する。
そしてその間にエルザは東空に消えた。
アルフレドは町の人間を守るためにアークデーモンに立ち向かう。
港町の家の裏、そこにある家の裏のさらに家の裏。
画面を拡大しないと気が付かない闇の中に、
……不気味に輝く青い点が二つポツポツって見えていた。
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「画面右下のドット、マジで気になる!ドット欠けかと思ったら、俺じゃん!最初見た時、液晶画面心配した奴じゃん!っていうか、俺、居なくてもよくない⁉こんなとこで、レイモンドはプレイヤーに物理的な嫌がらせしてたのかよ!」
と、レイが村の奥の奥でツッコミをいれているのはさておき。
アルフレド達は咄嗟に我に帰って顔を見合わせていた。
彼らはこの展開を知っている。
これが起きた時は一度、記憶の整理をするように心掛けている。
だから現状の確認から入るのだが……
「ねぇ、アルフレド。今のって例の強制イベント?」
フィーネは背中にびっしょりと汗をかいていた。
強制イベントといっても、その時の彼らの意思はそのまま引き継がれている。
だからエルザが攻撃を受け付けなかったことも体感している。
そして本来ならば、この時点で知っている筈の知識が、ここで彼らの脳内に叩き込まれた。
「あぁ。間違いない。これは俺たちのミスだろうな。強制イベントに入るなら、俺たちの先制攻撃も無意味になる。」
「ということは、何かのきっかけで強制イベントが始まってしまった、というわけですね。」
「これが……、みなさんの言っていた二重の記憶……。ぼ、僕の魔物破壊兵器2号……。もったいないロボットを亡くしました……。そして1号くんも無駄に……。それより僕、なんで1号くんを使ったんだろ?」
キラリは相当焦っている。
彼女はこれで二度目の体験だ。
一度目は眠っているところをいきなりモンスターに襲われて、彼女は死ぬ直前まで行った。
あれは、ただの悪夢としか思えなかった。
けれど、これであの殺戮劇が現実だったと気付く。
「ねえ、勇者様。どうするの? マリア達はあの悪魔を追った方がいいのかな?」
「いずれは追うさ。あの悪魔、俺たちの村を焼いた奴だ。イベント中の俺はなぜか知っていた。絶対に許してはいけない悪魔ということだ。俺の村は全滅……は免れたにしても、半数が犠牲になった。ソフィアの村も半数が犠牲になった。強制イベント中、俺の中の怒りが収まらなかったのは、それが理由だったんだろう。そして今の俺も怒りを抑えられない。ただ、今は町の人々を救うのが先だ。」
「うーん、なんとも歯痒いね。強制イベント中じゃあ、先生は死んだことになってたし。あたしの口は何も聞こうとはしなかった。本当は問い詰めて問い詰めて問い詰めたいのに‼‼」
エミリの意見は全員の総意だった。
あのシーン最中、レイは出てこないが、レイが死んだ前提で動いている。
今の彼らの一番の興味はそこなのだ。
でも、ムービー中の自分自身は、彼の死に対して何の疑問も持っていなかった。
そのむしゃくしゃを晴らすため、アルフレドは一度剣を地面に突き立てた。
そして黒スーツのアークデーモンを睨みつける。
「ということだ、アークデーモン。俺たちは機嫌が悪い。悪いが押し通らせてもらう!」
そう言って、アルフレドは再びアークデーモンに向けて剣を構えた。
「フィーネ、キラリ。後は——」
彼はアークデーモンと一緒に戦う仲間にフィーネとキラリを指名した。
そして残りは町に残るモンスター狩りへと向かわせていた。
アークデーモンという種族については、既にレイからレクチャーを受けている。人型タイプのモンスターだから、多少は喋れるという話も聞いていた。
「大爆炎戦塵斬!!」
フィーネは火炎魔法の大火花とスキル・爆炎戦塵斬の併せ技を繰り出して、一体のアークデーモンの体三分の一を灰燼と化した。
「大丈夫。こいつらには効果があるみたい。それにしても不思議ね。レイからレクチャーを受けた技はやっぱり無かったことになってる。」
イベントでは覚えていたスキル・爆炎戦塵斬を彼女は使った。
大花火はレベル35で覚えた全体魔法だが、彼女はそのエネルギーを一刀に篭める。
レベル70のレイさえも躱さざるを得なかった一撃必殺技だ。
そして、その様子を見ていたキラリがロケランを構えた。
「僕の魔物破壊兵器2号も使えるってことだね!」
超至近距離にも関わらず、キラリは目をキラリとさせてロケットランチャーをアークデーモンに向けた。
ただ、そのスコープの前に、すっと彼女のリーダーの背が映り込んだ。
「キラリ、済まない。もう一匹は残してくれ。こいつからは情報を聞き出したい。」
「えー。汚ねぇ花火だって言いたかったのにー。」
「仕方ないでしょ? この悪魔からエルザの情報を聞き出さなきゃ……」
「いや、それも必要だが、今はやめておく。俺がお前達を残した理由を考えて欲しい。キラリはあまりレイを知らない。でも、あの三人はレイにあまりにも好意を抱きすぎている。だから彼のことになると、おそらく暴走する。それに俺とフィーネは彼を死なせた罰がある。三つの質問は彼女達のために使う。」
アルフレドは呆然としているアークデーモンの喉元に剣の切っ先を当てた。
「おい、お前はレイを知っているか?」
魔族にどれほどの言葉が通じるのか分からない。
だからできるだけ簡潔な質問を用意した。
するとアークデーモンは首を縦に振った。
「なるほど。では彼は今何をしている?」
この魔物はレイを知っている。
それだけで十分すぎる情報だった。
ただ、ここからの質問はレイにとって過酷なものとなる。
「に、人間に復讐する為と聞いている!」
「嘘よ!彼は私たちを助けるために死んだのよ? 本当に……。私たちを憎んでいるの?」
フィーネはアルフレドがする筈の三度目の質問をした。
彼女にすれば、どうしても否定したい内容だった。
「我々魔族同様、お前達のことを憎んでいる。」
この答えはフィーネには受け入れ難いものだった。
見るに耐えないとアルフレドはキラリに言い放った。
「用済みだ。好きにしていい。」
するとキラリは「やったー」と言ってガッツポーズをした。
そして、「魔物破壊兵器2号」を見事アークデーモンのど真ん中に当てた。
彼の体がぶよぶよと膨らみ、最終的には血反吐、肉塊、全てをぶちまけて爆散した。
「汚ない、汚い花火でしたぁ」
と、ご満悦のキラリ。
「クソ。レイはやはり……」
アルフレド達は意気消沈した。
ムービーイベント中に現れたモブアークデーモンは思考にズレがある。
ワットバーンであれば、あるいは。
いや、あの忠実なワットバーンに尋問したとて、彼らの欲しい質問は帰ってこなかっただろう。
ただ、同刻。
彼の師匠であるレイも、全然違うことでミスをしていたので、彼を責めることはできないだろう。