チョリソー町の急襲
アルミラーZという獰猛な一角うさぎ、サーベルタイガマンという獣人、巨体が売りのキングベッドスラドン、そしてアークデーモンが勢揃いしている。
その中に、モンスターにも負けない長身のマントマン・レイ、大ねずみ子爵13世・ジュウさん、サキュバスバニー色違い・ラビがポツンと立っている。
魔人レイの三体を除く、それぞれは同じような見た目の部下を百体単位で引き連れている。
これだけ見ると魔王軍が負ける道理はない。
その陣頭にはエルザが立ち、脇に赤いスーツを着たワットバーンが控える。
ワットバーンの部下二人もちゃんといる。
ワットバーンはあの時のように眼鏡をかけて仁王立ちしている。
脇の二人もアークデーモンに比べると、幾分強いのかもしれない。
だが、ワットバーンは色違いだから、脇の二人はただのアークデーモンかもしれない。
だからワットバーンクラスになると、中ボスという認識で良いのだろう。
そんな分析をレイは冷えた視線で行っていた。
「いや、なんで?違う色の服着ただけで強いんだよ? モンスターのキャラデザってそういうもんだと思うけどさ。っていうか、俺のマント、何?上半身裸ってキツイんですけど⁉」
マントでこっそりと自分の乳首を隠している銀髪の魔人。
彼はそのついでに脇腹をガードしていたりする。
こんなところでレイモードが発動したら最悪だ。
100人とその部下が百体。
一万の魔物、だがそのほとんどは、彼に言わせると背景要員だ。
大きな街でも、歩いている人の人数はそうでもないのと同じである。
ただ、数字上は一万の軍隊で港町に侵入するのだから、目立たないようにすれば大丈夫。
魔王軍は優しいから督戦隊のように、味方を撃ち殺す部隊はいない。
ほとんどのモンスターは逃げないように設定されているのだろうけれど。
(怖ぇぇ。あっちに居ても怖かったのに、こっちの方がもっと怖い!そりゃ、そうだ。魔王軍は負けるように出来てんだもん!始まった頃から右肩下がり!それがRPGの魔王軍だもんな。)
こっそりしていれば、戦いには巻き込まれない。
ただ、そんな彼が中途半端な位置にいるのは、アルフレド達の動きを確認したいから。
魔人レイは今のところ安全地帯にいる。
魔人レイとしてのムービー死はもっと後にある。
ここで死ねば、そのムービーはカットされる。
でも、レイが死んでいるので意味はない。
何かあっても逃げれば問題ない。
だから、これはただの確認である。
……っていうか、さっきからずっと白兎が脇腹に突進している。
「はいはい、トリケラ、トリケラ。ラビ、それはもう分かったから、ちょっとやめてもらえる?」
「えー、だってレイのあれがもう一回見たいもん!前もこうやってたら、そうなったもん!」
っていうか鬱陶しい。
彼女のせいでレイはずっと脇腹ガードをしなければならない。
だから彼は仕方なくそれっぽいフリをした。
「ぐわーっはっはっは。この世界は俺のものだぁ!」
その瞬間、ラビは一瞬だけレイの顔を見た。
そしてガッカリ顔を浮かべて、再び突進を始める。
白バニーが突進するのは確かにかわいい。
けれど、そこだけはやめて欲しい。
「違うもん。ウチが見たいのはそういうのじゃないもん! ピカァって光ってかっこいいやつだもん!!」
「そうだなぁ。あんなん見たことないなぁ。アレはカッコ良かったで、兄貴!」
彼らのモンスター語を聞いて、レイは首を傾げた。
見たい?とは、見た?とは。
つまり視覚情報を彼らは得たらしい。
だから、レイはできる限りの悪い顔をしてみた。
するとまたラビは顔を上げて、レイの顔をじーっと見つめた。
そして突進を再開する。
「って、違うのかよ! 俺、前に鏡で練習したんだけど⁉」
するとラビはしょんぼり顔で突進をやめた。
そして、今度こそ答えを叫ぶ。
「光らせてー! 前みたいに牙を青く光らせてー!」
「しゃーないなー。兄貴、失礼しまっせ!」
レイは彼らの言葉が理解できず、そのまま呆然としてしまった。
その隙にジュウが持つ杖の先がレイの横腹にクリーンヒットする。
すると銀髪の魔人は目の前の可愛い白兎の両脇を、ガッと掴んでそのまま抱え上げた。
「フヘヘへへへ、なかなか見込みのある白兎じゃねぇか。だが当たり前すぎるなぁ。俺がカッコいいのは当たり前だぁ。だが、それだけじゃねぇってのを味わわせてやろうかぁ……、——って‼」
レイモードに入ったレイはやりたい放題だ。
バニーガールの少女を抱え、そのまま彼女の顔を舐めまわそうと引き寄せた。
けれどジュウさんの杖の勢いがわずかに足りなかったのか、彼は途中で通常運行モードに戻った。
因みにラビは1mmも嫌がっておらず、目を爛々と輝かせていた。
そんな少女の赤い瞳に何かおかしなものが映っていた。
レイはそれを何度か、目を瞬きして確認する。
そして。
「…… 俺のめちゃでかい犬歯が、青く光ってんだけど⁉」
しかも、今は夜明け前だ。
だから青く光っているのが、自分でもよく分かる。
これなら光源がなくても本を読めそうだ。
というか、これは!
(犬歯のせいで下あごが前に出ない。……ぶつかった衝撃でサイリウムみたいに輝いている……だと?——超カッコ悪‼)
彼は、自分の『しょうもな』設定の仕様変更にここで気が付いた。
「かっこいい!レイ、牙が青く光ってかっこいい!」
「無駄に青く光らせるって、悪って感じが出てまっせ!流石兄貴!」
「無駄とか言うな!車の内部を青く光らせるのも一時期は流行ったの! SUVの時代に敢えてのステーションワゴンの流れなの!……そういや、魔族レイモンドって歯の色青かったわ……。あれ、光ってたのかよ。」
……しかも公式設定だった
「おい、そこの青い光! 襲撃する前に目立ってどうする!」
「あ、すみません!こいつ……、いや。俺も今気が付いて。」
ラビたちがふざけているせいで、リーダー・エルザが呆れて陣頭から駆けてきた。
レイモードが終わったにも関わらず、未だにサイリウムは輝き続けている。
それを見たエルザは顔を顰めて、その解説をした。
「魔族になったばかりで気付かなかったのか。特定の動作で体の一部を光らせる魔物は結構いる。それをコントロールするのもモンスターとしての——」
——だが、その瞬間だった。
レイは殺気を感じて、左腕にジュウとラビ、右腕でエルザを抱えた。
そして、人間値マックス+魔族の力で地面を思い切り蹴って上空へ大跳躍をした。
その直後、可哀想にその射線上にいたキングベッドスラドンが爆散する。
「マジかよ!魔物破壊兵器2号、もう作ってんのかよ!……ってか、エルザ様。 アルフ……、勇者共がすでに攻撃準備に入ってます。」
◇
レイは油断していた。
そして、戦慄を覚えている。
勇者達は本気で魔王軍を殲滅するつもりだったらしい。
(『神聖旋風斬』と『巨大火炎地獄』の組み合わせ、つまりソフィアとフィーネの合わせ技だ。ゲームがぶっ壊れてる‼そして俺の奴‼俺はそんなカッコよい魔法は使えないけど‼)
レイは上昇気流を利用して少し離れた場所に着地をした。
さっきまでいた場所は、旋風と熱風で燃え上がっている。
(エルザの体、これが見えない壁。咄嗟だったけど、一応触れるのか。っていうか、見えない壁があるなら、助ける必要はなかったってことか?)
「おい! 離せ!あたしの軍隊がゴミのように壊されているぞ! なんだこれは!勇者とは悪魔の集団か? あたし達はまだ村も襲ってないんだぞ?早く離せ!あたしの力を持ってすれば、こんな奴ら……」
エルザが何時にも増して、感情を昂らせている。
これは流石に無理も無い。
勇者のスケジュールを把握していた筈の魔王軍が先回りされた。
そして、先制攻撃で大部分の兵士を失ってしまったのだ。
これには既視感しかない。
魔王軍も必死に抵抗しようとしているが、流石に相手が悪い。
(ちゃんとやっているな……。これはあっという間に全滅か——)
この勇者パーティは伊達じゃない。
魔王軍の予想を遥かに上回っている。
強くなった魔法はレイモンドには無縁のもの。
けれど、一緒に訓練をしたからレイは知っている。
だからエルザを降ろし、この状況から逃げ延びれば良いだけだった。
この状況なら、運良く助かりました、が通用するかもしれない。
けれど、独善的な思考をするレイの目の前で、予想しえない事件が起きた。
「——‼エルザ‼エルザ、それはなんだ⁉」
港町からかなり遠くに離れた場所に着地をしている。
ここなら誰にも気付かれない。
相手は六人だ、バラけて行動するリスクを背負うことはない。
だから、周りを気にせずに、彼は彼女に糾弾した。
「な……、何を……」
上官に向けて呼び捨てとはなんたる無礼。
そんなことよりもMKB部隊の指揮を取らなければならない。
けれど、エルザはレイの迫力に、はっきり言って気圧された。
だから、彼の視線の先である自分の頬を触った。
——頬が切れている。
「こんなのかすり傷よ。一体、何が起きたのかと思ったじゃない。……大袈裟過ぎるわ。」
別に気にすることではない。
四天王とはいえ、物理的な体を持つ。
だから、彼女にはその程度の認識だった。
「黙ってろ。もうちょっとよく見せてくれ。」
だが、その圧にも四天王の紅一点は屈してしまう。
そして彼が彼女の顔を触る。
(見えない壁はなお健在。でも、切れている。おそらくは神聖旋風斬に含まれているガラス片が掠った。でも、そんなことは瑣末な問題だ。なんでだ? 彼女は現時点では無敵の筈だろ? つまりこれはある意味、バグ。そして理由も思い当たる。エルザを間近で見たからこそ気付けた見えない壁。それはこの場で戦っているのなら、機能している筈だ。この世界のシステムがそう決めている。——でも、そこをうまく破られた。)
「エルザ、この戦い。全部というわけではないが、ある程度マシな状態に巻き返せるが、どうする? 俺はお前を失いたくはない。傷付いて欲しくないんだ。」
もしも、バグのせいでエルザが死んでしまったとする。
すると困ったことに、アイザが出てこない可能性がある。
アイザ登場シーンにはエルザもいる。
そのイベントがまるまるカットされてしまった後、本当にアイザは登場しないかも知れない。
実際にまだレイは、ヴァイス砦にいる筈のアイザを見ていない。
(考えを改める必要がある。舐めていた訳ではないが、アルフレド達は俺以上だと考えるべきだ。彼らはゲームシステムの裏を突けると考えるべきだ。……なら、考えられないバグに遭遇するかもしれない)
アイザがトリガーになるイベントはこれから続く。
つまり、ここで間違ってエルザが死ねば、世界は詰む。
——ただ、これは。
あくまでレイだから分かる考えである。
「な、何を急に……。第一、お前は私のことなんか全然知らないじゃないか……。それに……、この方法をどうやって巻き返すと……」
例えば、つい先日初めて会った得体の知れない魔族。
その実力は折り紙付で、魔王になると豪語した男がいたとする。
そして彼女はいつも強気な女性、自身でもそう思っている女性。
その彼女が突然現れた銀髪の青年に「お前を失いたくない」と言われたら。
「問題ない。俺に任せてくれないか?」
エルザは濃い紫の髪をクルクルと指で絡め取って、レイを睨みつけた。
この男が強いのはワットバーン達のやり取りを見ているから知っている。
けれど、いきなり告白される覚えはない。
いや、そんなことを考えている場合ではない。
悪魔じみた勇者の攻撃でMKBは壊滅に陥っている。
そんな方法が可能なのか、彼女には見当もつかない。
「でも、何が起きたのか。あたしにも——」
「悩んでいる暇はないらしい。それに勇者の位置はだいたい分かっている。だからエルザ!今は俺を信じてくれ!」
「……う、うん」
——勇者パーティはまだ町の中にいる。
そこから奇襲をかけたから、システム上は別の空間から攻撃をしたと認識された。
その可能性が一番高い。
システムが関与していない死角からの攻撃。
レイが知らないこと、つまり偶然起きたバグもしくは事故。
「エルザがあそこに降りたら、物語は進む。それでこの大敗がチャラになる。」
この先のムービーシーンにレイはいない。
だから、自分は居ても居なくてもよい。
今までの傾向から考えて、必要な人間が揃っていることがトリガーだ。
つまり多い分には問題ない。
「本当に、本当にやり直せるの? 」
「あぁ。別にお前の為じゃないぞ。俺がお前の命を守りたいからやるんだよ。」
エルザは不安そうな目をレイに向ける。
レイがこれから何をするのか、全然伝わってこない。
でも、エルザを守るという意味はちゃんと伝わっている。
それどころか、真面目な顔で何度も告白されているようなものだ。
「二人とも、勇者は化け物だ。絶対に近づくなよ!って、おい!俺はエルザだけ運ぶんだ! 今から勇者のところに行くんだぞ!」
「勇者共にギャフンと言わせるんでしょ! ラビも手伝うー!」
「わいも負けられんからなぁー。それにさっきのでわいの親戚もぎょうさん殺されてしもうた。一矢報いねば13世失格や!」
ジュウとラビがレイにしがみつく。
成程、モンスターとは基本戦闘狂。
「エルザ、行くぞ!」
「うん」
そして、一人の女幹部と二体のフィールドモンスターを抱えたレイは大跳躍をする。
ムービーが始まる場所にエルザを放り投げたら、ムービーシーンが始まり、全てがそこに飲み込まれる。
だから自分には関係ない、そう思っていた。