孤立してしまう少女
レイとエミリは今までのことが無かったかのように、協力プレイに励んでいた。
彼が呼び込んだ敵にエミリが多段ヒットするスキル、さらにはグループ攻撃スキルを放つ。
「脳天かち割り氷、めちゃくちゃ気持ちいいっすぅぅ!まさに名は体を表すっすね!」
「お、おう。でもそれ、絶対に人前で言うなよ?ネーミングセンス死んでるからな。聖慈ブーメランも意味が分からないな。なんでロングソードが戻ってくるんだよ。そろそろTPやばいんじゃないか?」
一体の敵に対しての攻撃で3〜5回ダメージを通せる。
ダークオークは同じ部位だけを5回切られて、ほとんどYの字にしか見えない。
一回で良かったんじゃないかと思えるほど、エミリの力は強かった。
「はい!先生!よくお分かりで!!」
エミリの目がキラキラとしている。
ちなみにTPは時間経過で回復するのだが、レイとエミリは定期的に休憩ポイントに戻っていた。
最初は20分に一回だったものが、今では一時間に一回で済ませられるようになった。
「あれだな……。やっぱ、俺、種食ってるわ……」
「何か言いましたか?先生!」
他のキャラの成長速度を見て、改めてレイはあの壊れて野生化していた期間に自分がビーンズを食べてしまったと悟った。
ソフィアの時にはレベルを6くらいしか上げていない。
けれどエミリはレベルが低かった分上がりやすい。
彼女の化け物変貌ぶりを目の当たりにして、レイモンドの不遇さ、そして本来渡すべきだった種の重要性に彼は気がついた。
——やっぱりレイモンドはレベルが上がっても弱かった
「次こそ、次こそ胴田抜きを!」
レベル上げは効率的にやる方が良い。
だから、いちいち回復を待たずに、回復スポットに帰ればよい。
ただ、そこでアルフレド達にかち合うことは一度もなかった。
エミリは今、初めて自分が成長する喜びを噛み締めているのだろう。
レベルが一気に上がる感覚なんて、本来人間ではあり得ない。
だからこそ、レイも中毒症状に冒されたのだ。
「いや、今日はこの辺で終わりらしい。日も暮れてきたし、勇者様もご帰還だ。予定していた二日はこれで終了だな。」
レイが終わりの鐘を知らせると、エミリはあからさまに落胆した。
けれど今更、自分が勇者だったならと思ってはいけない。
彼らは彼らで本物の勇者に成る為に頑張っているのだから。
◇
その日の夜はまさに地獄絵図だった。
そもそも彼らは焚き火を起こすことすらしなかった。
いつもは勇者アルフレドの火の玉で一発で完成する。
レイモンドは『火起こしイベント』で格好を付けさせない為に、炎関連の魔法は会得できない。
闇と土という『死』という未来を暗示する魔法しか覚えない。
スキルも強奪、解錠、ジャイアーニと戦闘用とは思えないものばかりだ。
因みにヒロインの中にも炎系魔法を使える者がいる。
六人目、七人目も使えるが、今の所はフィーネだけだ。
つまり彼と彼女が動かなければ、誰も火を起こせない。
いや、言い直そう。起こせないのではなく、起こさない。
それをやっていいのか分からない雰囲気が漂っている。
勇者達に何が起きたのか、彼らを見ればなんとなく分かる。
ソフィアとマリアが比較的元気だからこそ、よく分かる。
「ソフィア、そっちで何をした?」
アルフレドとフィーネも火を起こしたくない訳じゃない。
「私は普通にしていましたよ。何もしてないです。変なことは一切してないですよ?」
ソフィアは大変穏やかな顔をしていた。
なので、レイは視線をマリアに移した。
「え、えっとぉ。ソフィアがぁ、全体治癒魔法を何回か使ってぇ、フィーネから魔法を勝手に使うなって命令があってぇ。それからマリアとソフィアは何もしてないよー。」
その二人の表情を見て、レイはがっくりと肩を落とした。
やはり予想通り、彼らはMPを枯渇させていた。
そして彼らを煽ったのはソフィアで間違いない。
レイはそんなつもりで全体治癒魔法を覚えるまでレベル上げに付き合った訳ではない。
おそらくは、それまでにも強力な魔法を見せつけたのだろう。
昨日の魔法を使ったのかもしれない。
「なるほど、事情は理解した。アルフレド、フィーネ。二人はもう休め。ベッドモードにしておく。」
「うるさい! あんたなんか、どっかで死ねばいいのよ。」
「フィーネ、俺もお前も疲れている。あいつの言う通りだ。」
フィーネとアルフレドはかなり不機嫌そうな雰囲気を発している
そしてお互いに肩を貸しながらベッドに身を投げ出した。
この休憩ポイントに戻れば、MPもTPも自動回復する。
時間が経てば、彼らも元気を取り戻すだろう。
ただ、彼らは明らかに精神にダメージを受けていた。
だからレイは寝ることを勧めた。
そしてレイは気になっていた一点だけ、後部座席の入り口に立って伝えた。
「アルフレド、お前は瞬間移動魔法を持っている。それを使えば、ここにすぐに戻ってこれる。ここで回復すればフィーネもMP消費を気にしなくて済む。だから俺よりも誰よりも強くなれる。また明日頑張れ。」
レイはアルフレドの頭が動くのを確認して、そっとドアを閉めた。
そして振り返るとソフィア、エミリ、マリアが立っていた。
「ナイト様は相変わらずお優しいですね。……少し、お話があります。」
◇
焚き火はエミリがカンッと叩いただけで火がついた。
今日で力の強さはかなり増した筈だ。
彼女達は彼に椅子を勧めたが、仕様のせいで椅子が二脚消えていた。
座ろうとすると消えると彼が言ったので、エミリとマリアが彼のために木の椅子をお手製で用意してくれた。
「アーマグ海汽船が持つフェリー・ドラステ号の鍵は光の勇者と導かれし五人のヒロイン、つまりデスモンドで仲間になるキラリを含めたお前達なんだ。だから彼ら、二人とも欠いてはいけない。俺以外の全員が揃っていることが条件だ。というわけで、俺はついていけない。」
「つまり、やっぱり光の勇者は必要ってことなんですね。うーん、先生が抜擢だと思うですけど。」
最初、レイが勇者じゃだめですか?という質問を受けた。
いつかは聞かれる質問だっただけに、彼はいつでも答えられる準備をしていた。
けれど、これは実は何度もされた質問だった。
だからレイもこれが本題だとは思っていない。
「マリアのお父さんの力を使って、新しい船を建造するとか出来ないの?」
「確かにマリアの考えは理解できる。でもアーマグ海は今は結界という名のダメージエリアになっている。100mも行かずに乗組員、全員死ぬ。一応これも有名なバッドエンディングの一つだ。だからマリアは間違っても父親に相談するなよ? 三回、その相談をするとマジで作り始めるからな。フェリー・ドラステ号は神が作ったとされるフェリーだ。自分でも言っている意味はよく分からないが、そういうものだと考えてほしい。」
これも用意していた答え。
ただし、一巡目には登場しない選択肢だったりする。
ちなみに有名なバッドエンドであり、主人公とヒロイン達が沈みゆく船で皆、抱き合いながら死ぬイベントを見ることが出来る。
その描写が感動的で、ある意味グッドエンドとされるが、この世界ではバッドエンド扱いだろう。
「では、私からもいいですか? 例えば、私の時みたいにイベント回避してから、レイと合流はできないんですか?」
その質問にレイは一度瞑目した。
そして450時間の記憶を呼び起こして、彼は目を開けた。
「まず、イベントが終了した瞬間、フェリーに乗らざるを得ない状況になっている。ある意味、後戻りが出来ない為、これもまた門番の男に「本当に入るか?後戻りはできないぞ?」と三回聞かれる。そして入ったら、アーマグ大陸に一直線だ。だから……」
その時。
ザッと土を踏む音がした。
そして皆が振り返るとそこにはアルフレドがいた。
「すまない。俺にも話を聞かせてくれないか? フィーネのことは済まないと思っている。でも、分かってほしい。彼女はそのイベントのことで一杯一杯なんだ。だから彼女のことを責めないでやって欲しい。」
レイだって、そのことには気が付いている。
というより、直接罵声を浴びせられたのだ。
それくらいは考えている。
彼女の恐怖が如何程か、それは彼女にしか分からないだろう。
そして、フィーネについて、彼らには分からないことも知っている。
これは全員に言える。
誰がどういう時にどういうイベントが起きるか。
……ソフィアだけはレイの清楚フィルターがあって、見ないフリ見ないフリだっただけ。
「勇者様、お言葉ですが、レイは一度もあなた達を責めたことはありませんよ?」
いつも穏やかな顔で煽る印象のあるソフィアが、珍しく険しい顔した。
レイはそれを見て、「あれ?一回、滅んでしまえって思ったような」と思ったが、ソフィアに会う前なのでセーフにした。
「そうだな。レイはいつでも俺たちのことを考えている。俺がこんなだからな。だから俺にも教えて欲しい。何か良い方法はないのか?」
アルフレドは苦笑いしながら、椅子ではなく石に座った。
それが彼なりの気遣いなのだろう。
それでもソフィアは険しい顔を向けている。
だからレイは一度、ソフィアの頭を撫でた。
そうすると、エミリとマリアが同時にレイを睨みつけたので、その二人の頭も撫でる。
その様子をアルフレドは俯いて微笑んでいた。
(凄い可哀そうである……。うん。マジで。俺がアルフレドの中に居れば……)
「分かった。アルフレドにも言っておこう。イベントが起きても、カットされても、今までの傾向を考えるとその次の展開に自動的に移動する。つまり、そのままフェリーに乗って、一度は必ずアーマグ大陸に行く。勿論、アーマグ大陸に渡ったら渡ったで、こっちの大陸のオーブ回収イベントが始まる。だから、たまに会うくらいは可能だろう。でも、アーマグ大陸には直接ファストトラベルは出来ないし、向こうからこちらも不可能だ。だから必ずフェリーに乗る。そしてその度にムービーイベントが発動する可能性があるから、結局俺はあちらには渡れない。それに一度キャンセルしたイベントだ。俺が仲間認定されると、強制的に始まる可能性もある。だから会うのも命懸け、ということになる。ゲーム……、いや、この世界にはそういうフラグスイッチがある。それは身をもって体験しているだろ?」
マリアの時はただ車が貰えるというイベントだ。
だから今思えば、レイが仲間に戻らなければ、エンジン自体無かったのかもしれない。
ただ、それを今から確かめる術はない。
この中の誰しもが不思議な現象を経験している。
だから彼らも頷かざるを得ない。
「ねーねー。アルフレドが聞く耳を持ったんなら、これから前みたいに修行のレクチャーを受けたらいいんじゃないの?あ、でもでも、明日もここになったんだよね? 明日こそマリアはレイと一緒にけいけんち集めするー!!」
アルフレドとフィーネとマリアが次の場所に行くには経験値が足りない。
だからこの場にもう一日停泊しようと、先ほど決めたところだった。
「俺はどっちでもいい。でも仲間認定されるのは困る。強制イベント自体、どれほど強力なのか分からないからな。って、自分で言ってても嫌になるけど、俺はこんなに臆病者なんだぞ。ちゃんとアルフレドに従えって。」
「確かに、先生を仲間って思っちゃうといけないなんて、なかなか大変そうですけど、それしちゃうと先生が死んじゃうんすよね。」
「私たちは世界を救うではなく、レイを助けると考えて行動すればいいと思いますよ?」
「確かにー!ソフィア頭いい!マリアもー、マリアもー!それ、マリアの言葉ってことにしていい?」
そしてその後、レイはデスモンド、アーマグについて出来る限り語った。
そしてデスキャッスルの話もできる限り伝えた。
無論、六人目のヒロイン、アイザも。七人目のヒロイン、リディアも。
リディアの方は彼らも知っている。
そんな様子をフィーネは車の中で体育座りをして、険しい顔をしながら眺めていた。