救いのシスター
レイは間一髪で間に合った。
彼らが戸惑っている数分足らずで、彼はここまで辿り着いていた。
そう、息切れ一つせずに。
そして目にも止まらぬ速さでエルザに化けているソフィアの前に降りたち、アルフレドの長剣の斬撃を、所持品の銅のつるぎで食い止めていた。
ただ、鉄製武器の短剣と銅製では強度が違う。
だから銅のつるぎが負けて、ぐにっと曲がりながら斬られていく。
「見損なったぞ、レイ!やはり言った通りに行動したということか?お前はやっぱり裏切り者だったんだな!」
そのアルフレドの顔を見て、彼は全てが終わったと確信した。
けれど、やるべきはやらなければならない。
彼らは村が火事になっていることを、おそらく知らない。
そしてフィーネ、エミリ、マリアは力不足、そもそも装備が明らかに足りない。
「助けて……、助けて……」
だが、そんなことよりもソフィアが心配だった。
彼女は本当に何も知らないまま、知らない男に切り殺される寸前だった。
「……言い訳なんかしない。アルフレド、悪いな。」
そう言って、彼はアルフレドに向かって突進した。
レイの膝がアルフレドのレザーアーマー越しに鳩尾に食い込んでいる。
——まさに彼がこの世界に転生した瞬間の反対の状況
そして意識を虚ろにさせるアルフレドの長剣を、彼は奪い取る。
倒れこむ勇者をそのままに、エルザの見た目をしたソフィアを抱きかかえて、彼は大跳躍をした。
「レベル上げが足りない。いや、これくらいの方がドキドキハラハラで、ゲームバランスは取れているのかも。」
レイはそのままガーランドの頭に飛び乗って一羽、一羽、魔物の首元を切っていく。
そこから炎が漏れたところで気にしない。
「でも、一発で終わる世界なら、もっと強く、確実に、だ。」
仲間に言っている訳ではない、いや少し前の彼なら仲間に言っていたかも。
でも、飛んでいる鳥の上から呟いても、誰の耳にも届かない。
ただ、着地後ならそこにいる元仲間の耳にも届く。
「俺が水門を開けておく。お前らは村に戻って消火活動をしてこい!」
悪魔をお姫様だっこしながら、彼は右方向奥へと消えた。
そして、勇者一行の背中側の扉が開き、村人が駆け込んできた。
「シスター!火事です!人員をよこして……、ば、化け物……!? あ、死んでるの……かな? あなた達がこの魔物を? 」
◇
レイは水門の鍵を使って、村に大量の水を流していた。
これでも村はほとんど全壊だろう。
ムービーはカットされたが、その後の状況は引き継いだということだ。
これでマリアが加入したことも頷ける。
——逆に言えば、ムービー死はイベントカットで回避できる。
「え……、これが……私? 私、こんな顔じゃない!!」
少女は水門の鍵を開ける時に、水面に映る自分の顔を見てしまった。
そして今更ながら魔族のような手足をして、露出度の高い金属の鎧、更には紫のマントを羽織っていることに気がついたらしい。
「分かってるって。ソフィアだろ。修道女見習いの。それは変身魔法だ。魔法が解けるのは……。えっと、確か10ターンくらいだっけか……。いや、じゃなくて……。ガーランドを倒した後にもど……。あ、ほら。戻ったろ? ここは大切なヒロイン登場シーンだからな。やっぱイベントスチルのために早めに戻るようになっ——」
修道女の服で抱きつかれるのはすごく背徳的だとは思った。
けれどレイはそのまま彼女に身を任せることにした。
抱き返すのは、流石に憚られたけれど。
「ありがとう……ありがとうございます……。私、怖かった……。怖かったんです……。いきなり目の前にモンスターが現れて……それで私、何がなんだか分からなくて……。それに斬られそうに……。貴方が助けてくれなかった私……」
「もう大丈夫だから……。もうすぐ、ソフィアには助けてくれる人が出来るから……」
「え……、でも……。私にそんな人、いませんよ。だって私は……」
ソフィアは無意識に抱きついてしまったことに気がつき、そっとレイの元から離れた。
そして悲しげな顔で俯いた。
「大丈夫だよ。お前は今からたくさんの仲間が出来る。俺が知っているお前はとても幸せそうにしてたよ。ヒロインエンドでもそうじゃないエンドでもだ。」
その言葉にソフィアは一瞬瞳を震わせた。
けれど、レイにとって深刻なのは、彼女をどうやってアルフレドパーティに参加させるかだった。
彼女はあそこでアルフレド達に助けられる予定だった。
けれど、助けるどころか勇者が殺しかかっていた。
あの場で説明するべきだったのかという疑問はない。
レイはモブキャラもちゃんと生きていると思っている。
直ぐにでも水門を開けなければ、この村は壊滅していたかもしれない。
きっと今頃、勇者様達が村の厄災を防いでくれているだろう。
「あ、あの……。私の名前……どうして?……貴方は?」
突然飛んできた言葉は、当たり前すぎるが、答えづらいソフィアの質問だった。
だから咄嗟に嘘をつく。半分は嘘ではないが。
「あ、えっと、あのあれじゃん。ソフィアって綺麗なシスターがいるって村の人が言っててさ、だから俺も会いに行こうかなーって。そしたら偶然、なんかこうなったっていうか……。あ、そんで俺はあれだ。ただのしがない運転手だよ。」
ただ、これは凡ミスだった。
その言葉でソフィアは悲しそうに俯いてしまった。
(うわ、やばい。そういえばソフィアは捨て子として拾われて、ここで育てられたからここにいた。でも実は結構金儲け主義の修道院で、嘘に塗り固められた場所だった。だから彼女はそんな大人の嘘を見抜けるようになった。それに、そもそも嘘をつかれるのが大嫌いだった。彼女を攻略するには嘘をつかないことが大前提で……。いや、悲しそうな顔するけど、俺も結構泣きたい気分だよ?)
という心の声は流石に聞こえないが、確かに彼女は見透かしたような発言をする。
清楚担当ソフィア。
そして何が良いって背徳感。
そんな彼女を前に、彼は嘘がない範囲で話すことにした。
「ごめん、嘘なんだ。俺は昔からソフィアのことを知っていた。そしてこれからのソフィアのこともなんとなく分かる。運転手が本当ってのは多分見抜いてるよね。いいかい?……ソフィアは今から勇者様の仲間になって、世界を救う旅に出るんだ。だから仲間が出来るっていうのは本当だ。」
そして彼は多分話しすぎた。
ソフィアはいきなり勇者様に殺されかけたのだ。
しかもそんな中で、目の前の彼に助けられた。
魔族の体に変えられた自分を優しく扱ってくれた。
そんな男性に昔から知ってた、そしてこれからのことも分かるなんて言われたら、顔を赤くしてしまう。
そして、それが彼女の一瞬の記憶を呼び起こさせた。
「あ、あの……。お名前を聞いても宜しいですか?」
名乗れる人間ではない。
次の街で捨てる名前、いや今も既に捨てているのかもしれない。
ただ、彼女に嘘はつきたくなくて、ここも素直に答えた。
「レイ。ただのレイだよ。ただの運転手でもある。」
「レイ……。そっか。私を殺そうとしたあの人が言ってた名前……。でも、そっかあの時は私、悪魔みたいな見た目だったから……。でも、あの人、貴方の名前を知っていた。それに、昔から知っているみたいな……。もしかして、私のせいでレイ……様は……」
「様はつけなくていい。ただの運転手。彼は俺を雇ってるんだよ。そりゃ、運転手がご主人様に楯突いたらそうなるだろ。別にソフィアも悪くないし、あいつも悪くない。っていうか、ソフィアはこれから彼らの仲間になるんだ。」
そこは問題ない、とレイは考えていた。
彼女の姿はまだ見られていない。
いや、どうだったろうか。
確かエルザはソフィアの姿をしていた。
あの件を見ていないと、信用されない可能性がある。
でも、エミリの事もある。
彼女には間違いなく強制力が働いていた。
つまり、これから振り返しがやってくることは間違いない。
「……げます。」
レイは座って村の火消しを見ながら、考え事をしていた。
ただ、何か言われた気がして、ソフィアの方をなんとなく見てみた。
すると彼女は何故か深々と頭を下げている。
助けてもらったお礼の言葉を言ったのかもしれない。
それとも、これこそ強制力かと思って、レイは彼女に聞き返した。
「あ、ゴメン。村が気になって聞こえなかった。えっと、もう一回言ってくれる?」
「そ、そうですよね。村は私も気になります。ですが、えっと……。もう一度言いますね。私、あの方の仲間になるの……。絶対に嫌なので、謹んでお断り申し上げます。えっと……、レイは雇われているんだもんね。そんな人にあんなこと言う人、私、絶対に無理です。それに私、あの人怖いんです。」
難度B。
シスターであり僧侶のソフィア。
彼女は本来は難度Bだった。
けれど、それはリメイク前の話だ。
以前にも話したが、リメイク前は仲間と別れるシステムだった。
だから基本的には彼女は主人公と同じパーティにいた。
だからこそ、彼女は主人公にいつも守られているという状況になる。
それにいつも一緒だから嘘をつくとかそういうことがなかった。
けれど彼女の嘘を見破るという設定がリメイク後にぶっ壊れた。
絶賛ハーレム状態になってしまう主人公、そして他のキャラとのめくるめくイベントにより、彼女のエンディングは設定Bの筈なのに、難度Aのフィーネにも引けを取らないものになってしまった。
つまり、真の攻略難易度A+のソフィア。
だが、まさか出だしで挫けるとはレイも考えていなかった。
けれど、彼女がいなければフェリーは動かない、つまり世界滅亡。
バッドエンド。
「あ、あいつはあれだよ。えっと俺と喧嘩中でさ。いや、これはマジで。それにこの世界がおかしくなってるのはソフィアにも分かっているだろ? あのー、正直な話ー。ソフィアがいないと世界が滅亡するまであるんだよ。ほら、俺の目を見て!嘘言ってなーい。嘘言ってなーい!」
レイは戯けた様子でソフィアに顔を近づけた。
するとソフィアはくすくすと笑ってくれた。
「レイは信用できるから、レイと一緒に世界を救う……。それじゃだめですか?」
「んー、それはできないんだよ。俺が嫌われた理由を言っとく。どうせソフィアに嘘は通じないからな。」
結局、レイがソフィアを連れて帰る。そして謝る。
もしくはそのまま運命に任せる。それが一番可能性が高い。
ただ、その世界線に戻れるかどうか、今は怪しい。
彼は鎮火していく村を見ながら、一度深呼吸をした。
やはり、まだまだ煙たいがその中で決意を固める。
そして、彼女にもちゃんと言うことにした。
「ソフィアのこれからを知っているように、俺は俺の未来を知っている。そしてそれが最悪なんだよ。なぁ、運命って信じるか?」
「うん……めい……ですか? 今……レイと話していることが、私にとっては運命的です。」
その言葉にレイはため息を吐く。
今はレイモンドではなくNPCだ。
つまりこの現象はマリアの時にも起きた。
だから、どうしても彼らの罵声が脳内に響きわたる。
「そういうのがこの世界にはあるんだよ。一定の条件を満たすと、俺は別人格になる。仲間の一人、フィーネって女の子を強姦して、俺は殺される。だから俺はその運命から逃げ出したい。俺は途中でこの旅を抜けたいんだ。それを信じてもらえなくて、今は運命の道から外れてしまっているんだけど、俺がこのまま外れても、世界が滅亡する運命は避けられない。」
実際、レイモンドが本当に強姦したのかは分からない。
けれどレイは敢えて元仲間にも、ソフィアにもその表現を使った。
その場面は当然、ゲームでは描かれていない。
だから本当は何もなかったのかもしれない。
けれど半裸の状態で怯えているフィーネ、下卑た笑いをしているレイモンド、そして駆けつける勇者達。
この構図からはどうしてもそれを想像してしまう。
「でも、レイはそれを避けるために頑張っているんですよね?」
ソフィアのその言葉に彼はハッとした。
一番酷い表現を使った筈なのに、彼女は優しく微笑んでいる。
その優しい微笑みが涙腺を熱くさせる。
でも、今日であったばかりの少女に泣き顔は見せられなくて、彼はそれをグッと堪えた。
「そ、そうだけど……。俺は別人格になる。ソフィアにも酷いことをするかもしれない。……俺はもう幻滅されるのが怖いんだよ。」
レイは不貞腐れた顔を見られないように、彼女から顔を逸らした。
けれど彼はその時、頬に柔らかい何かを感じた。
ソフィアが両手を当てている。
そして、ゆっくりと自分の正面に来るように動かした。
まるで今からキスシーンに入ります、という雰囲気にレイはたじろいでしまう。
ただ、ソフィアの唇は少し上、彼女は彼の額にキスをした。
「大丈夫です。私のナイト様。どんなことがあっても私は貴方を信じます。それに、私があのこわーい勇者様のところに行くんだったら、レイがいなきゃ怖いじゃないですか。……私がレイを守ります。だからレイも私を守ってくださいね。」
優しく微笑むソフィアは、とても不思議な雰囲気のある少女だった。
彼女がそう言ってくれるのは嬉しい。
けれど、彼女とはついさっき知り合ったばかりだ。
「あ、あのさ。すごく嬉しいんだけど……。俺、無事にイベント回避しても、その後旅に同行できるか、分からないし……。ずっと守るなんて言えない。」
「じゃあ、それまでの間でいいです。私を守ってください。それが私の条件です!」
「なんでそこまで言ってくれ……」
「なんで……じゃないですよ。レイは私のことを昔から知っているんですよね? だったら知っていますよね。私は心が読めるんです!……って、うーん。それは流石にちょっと言い過ぎですね。でもなんとなく分かるんです。貴方が言っていることは本当で、貴方が正しいことをしようとしているのも本当だって!だから私の運命も本当なんだなぁって思います。そして私はそれを受け入れます。ですので、今から私をあの、私の好きなレイに向けて酷いことを言った勇者のところまで連れて行ってくださいね。」