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暴走運転手

「っていうか、誰だっけ。あの人、宿にも車にも戻ってないんでしょー。なにしてんだろー。死んでたりしたら、運転誰もできないしぃ。マリアたち、困っちゃうよねー。」


 マリアは夜空を見上げながら、存在不明の誰かを思い浮かべていた。

 そしてくいっとお酒を胃に流し込む。


 ——この五日間は本当にゆったりしていた。


 勇者様が忙しそうなのが、その理由の一つだったりする。

 彼女達も情報収集はやっているが、所詮は小さな宿場町だ。

 すぐに全員への聞き込み調査ができる。


 勇者様の忙しさの大半はレイがやっていたロケハンを模倣していたから。

 午前中はどこにどのモンスターがいるかを視察に行き、午後は経験値稼ぎ、そして夕方には解散。


 流石にアルフレドも精神的にも体力的にも疲れている。

 だから彼女達はそんな彼を笑顔で迎える。

 こうなってしまえば、彼が唯一の希望なのだ。


 ——彼の指導のもとで彼女達は戦える。


 つまり今もきちんとゲームのストーリーは進行していた。


「おやおやー、マリアは何も分かってないっすねー。私はあの人がどこにいるか知ってるよー。」


 エミリは頬を赤くし、半眼をマリアに向けた。

 彼女もずいぶん酔っている。

 フィーネはエミリがマリアを揶揄(からか)っているのを、どことなく鬱陶しく感じた。


「エミリ、飲み過ぎよ。ってか、なんであんたが知ってるのよ。それにマリア。エミリには気をつけた方がいいわよ。最近、マリアはアルフレドと仲が良いみたいだけど。 エミリって、ここぞというときに邪魔してくるから。あの子には気をつけるのよ。あぁ……もう、あいつもいないし話してもいいわよねぇ、エミリ? ネクタの街のアイツのセクハラ。あれ、エミリが仕掛けた罠だからね。自分のおっぱい揉ませてまで、嫌がらせしたんだから。」


 フィーネも酔っていた。

 だから彼女はここでアレのセクハラ事件の真相を語った。

 今のフィーネにもアルフレドしかいない。

 だから酔った勢いでマリアに釘を刺す。


 ——ある意味で彼の作戦は大成功していた。


 彼は途中で姿を消す。

 だから、その全てを勇者様に教えた。

 そして予定よりもずっと早い段階だったが、ソレは本当に姿を見せなくなった。


 だが、それでも残るのは未来への不安。


 そこで勇者様が東奔西走して、皆を導く。

 無論、マニュアル通りだろうけれど、アレはいないから勇者様が頼りだ。


「昨日もマリア、アル様に褒められたしぃ。っていうか、誰、それ。マリア、そんなことされたっけぇ?」

「されてたじゃない。車の前でしかも、マリアちゃんのお気に入りのアルの前でねぇ。」


 マリアは最近、この状況に慣れたのか、一生懸命頑張っている勇者様にちょっかいを出している。


「ふふふー。フィーネがそれ言っちゃうんだぁ。でも、このパーティに入っているんなら、知らない方が悪いんじゃないのー。二人ともあの人の良いとこ全然分かってないんだからー。」


 エミリはエミリでフィーネを(いじ)る。


「あー、思い出した―。あの酔っぱらいねぇぇぇ。良いとこなんてないわよー。あの酔っぱらい、マリアの内股触ったのよ? おっぱい揉まれてたエミリがなんでそこに出てくるのよぉ。」


 もはやセクハラおじさんは酒の肴にされ、彼女達の戦いの場は別のところに移っている。

 全ての不安のはけ口を彼女達は見つけたのだ。


「エミリもマリアもいい加減にして!エミリ、あんた、誰の事言っているの?運転手がどうなろうと、私の知ったことではないわね!アルぅ、ちょっとこの二人、飲みすぎなんだけどぉ。」


 そしてフィーネがこの話に終止符を打つ為に隣の部屋にいる、正真正銘この世界の勇者様に助けを求める。

 仲間じゃなくなった彼の話をするよりも、これからの方がずっと大事、ずっと建設的だ。


「おい、お前らいつまで飲んでるんだ。早く寝るぞ。」


 隣の部屋にいたアルフレドは、少しイライラしたように仲間に注意をした。

 彼は彼で必死に勇者をしている。


 ——全ての責任が彼にのしかかってしまった。


 アルフレドは不遇である。

 明日から向かう先にいるのは、四人目のヒロイン。

 つまり、このゲームはまだ半分だ。

 初見ゲームなら、まだまだ暗中模索である。

 しかも、どこかの誰かが効率プレイを見せた後に、三人のヒロインに立つ瀬を見せなければならない。


「はーい。勇者様ー!マリアが癒してあげるぅ!」

「だめだ。って、おい。来るなって!」

「ちょー、マリア。私のアルに気軽に触るなー。」


 酔った勢いと色々なものを忘れたい気持ちで、二人は勇者の寝室に駆け込んだ。


 そこで何かするような勇者ではないと彼女たちも知っている。


 かといって、アルフレドはイケメンなのだし、頼りになる男でもある。


 いつかは意気消沈していたが、冒険が始まるにつれて、彼はちゃんと男の顔になっていた。


 だって彼は主人公なのだ。


 勇者様なのだ。


 本領発揮すれば寡黙でいい男なのだ。


 だからマリアは本当にアルフレドの事が好きになり始めていた。

 銀髪で出来たつり橋が落ちて、金髪で出来たつり橋に乗り換える頃。

 甘えん坊のマリアはちゃんと設定通りの性格になり始めていた。


 そんな男女三人を白眼で見送りながら、エミリは窓際の席に移った。

 そしてマリアが見ていた夜空を眺める。


「レイー!森の中を駆け回ってたけど、何をしてるんですかー。私にはいいところ見せて下さいよー。そうしないと、私も勇者様に乗り換えちゃいますよー。だからー。……うーん。何をしたらいいんだろ。」


 今の予定ではレイはパーティから離脱される。

 そして、彼の望みもパーティからの離脱。

 あるいは本当に、彼は死んでしまうのかもしれない。


 だから、彼女にはどうしたら良いか分からなかった。


    ◇


 五日間、レイがやっていたこと。

 いわゆる全裸状態の彼がやっていたことは、かなり高度なゲームだったりする。

 現実逃避の末に辿り着いたレイは、やはりゲームに救いを求めた。


「あっちから来て、こっちに逃げるから……。うーん。これ、地形を工夫したらどうにかなるんじゃね?大地魔法(アースメイク)!」


 彼が見つけてしまったゲームとは捕獲ゲーム。

 この世界で散々イライラさせたモンスターの捕獲、そして刺殺。

 このモンスターはとにかくイライラする。

 ものすごく会いたいのに、出会ったらすぐに逃げていくのだ。

 コマンドバトルだから逃げたと言われてもどこに逃げたか分からない。

 でも、ここはオープンワールドだ。

 そのモンスターがポップする場所は、ある程度把握している。

 あとはその複数あるポップエリアからどういう経路を進むか。

 そしてどうやれば閉じ込められるか。


「ええっと、ここはやっぱり塞ぐか。でもこないだ股の間から逃げられたんだよなあ……。倒した時の気持ち良さで、時間がどんどん溶けていくぅ……」


 彼はお酒ではなく、経験値に酔っていた。

 レベルがガンガン上がっていく感覚に酔いしれていた。

 このエリアの近くにパールホワイトスラドンが発生する。

 当然、彼は知っている。

 ここはレベル上げに最適なポイントなのだ。

 元々は元仲間達に勧めようと思っていた。

 でも、仲間認定は解除された。

 だから一人で生き抜くために、魔族が攻めてきた時のためにも、強さは必要だった。

 というのは、理由の一つでしかない。最初はただいじけて始めただけだ。

 けれど、これは中毒性がありすぎた。

 普段倒せないし、直ぐに逃げ出す『経験値化け物』が倒し放題なのだ。

 「1」しか入らないダメージも、この世界なら、道具屋で買った銅の剣でも十分だ。

 それに急所攻撃をすれば、そんなスラゴンは一撃だ。

 スラゴン族はみな目が弱点であり、一発で倒すことができる。

 彼は仲間認定から解除されたので、ニイジマ同様、『運転手』というNPCになって、好きに行動できる。

 手に入れた銅の剣で、パールホワイトスラドンを連続刺しする。

 レベルアップの感覚は知っていたが、連続レベルアップの快感は知らなかった。


「あれはマジ、ヤバイ。体がどうにかなってしまうくらい、気持ちがいい……。耳が良くなったのか、それともそういう現象なのか、色んな音が聞こえる。色んな感覚が鋭くなる……。これ、俺が王になったら規制した方がいい。……これは俺だけの」


 だから丸五日寝ていない。


 ——そして予定の朝が来てしまった。


「うー、名残惜しい。もうレベルアップ音が聞けないのかぁ……」


 勿論、脳内BGMの話だ。

 レイモンドの成長曲線は低いかもしれない。

 だからと言って、上がらない訳ではない。

 レベルが上がればステータス値はちゃんと上がる。


 だけど、彼が途中で死ぬから上げても、経験値の無駄である。


『もしもレイモンドを五日休まずレベル上げしたら』


 という動画タイトルをつけられる程、無駄な時間。

 そんなやってみた動画を実践していた彼である。


「よーし、んじゃあ。この100匹、一気にやっちゃおう。」


     ◇


 レイは五日間眠っていない、絶対にダメな状態のドライバーズハイで運転席に乗っていた。

 元仲間には見られていない自信がある。

 嬉々としてスラドンの目を突いていた時の記憶は曖昧だから、動き回っている時に姿を見られているかもしれない。


 実際、この宿場町のNPCは「最近、銀色の死神がうろついてて」と言い始めているが、彼には関係のないことだ。


 スラゴンで鍛え上げられた隠密能力を使えば、彼らの間をすり抜けて、運転席に座るなど他愛もない。


 とにかく今日はミッドバレー村に向かうのだ。


 村の入り口までお客様をお送りすれば眠れるのだ。


 この状態で寝るのは、きっと気持ちが良いだろう、泥のように眠ることができる。

 着いた瞬間に意識が飛ぶ自信がある。

 お客様は少々、無愛想なところがありますので、挨拶しなくても一向に構わない方々だ。

 ならばと、レイは何度も意識を飛ばせながら、とにかく村に向かった。

 ぶつからなければどうということはない。

 ドライバーズハイで一番ダメなパターンのやつだった。

 もしかしたら、途中でモンスターを轢き殺したかもしれないが、ここは道路ではない。

 道路交通法的には道路かもしれないが、この世界にそんな法律はない。

 そもそもレイモンドの免許は誰が許したのか分からない。

 そんなどうでも良い設定をダラダラ思考回路に垂れ流している。

 ただハイではあるが、一つの驚きはあった。


 ——今はまだ全裸状態。


 銅のつるぎは自前のもの。

 だから仲間としては認定されていない。

 それでもこの車には、だが何故か乗れる。


「俺の車だからだろー。誰かが運転してくれたらなー。っていうか乗るとか言うな―。ド下ネタだろー。」


 完全に狂っている。


「レイモンド―。俺はお前になるー!」


 心の拠り所、レイモンドが仲間認定されていたかどうかは怪しい。

 だから、こんなものなのかもしれない。

 そんなふうに出来ているのかもしれない。

 こんな暴走タクシーには絶対に乗りたくない。


「ミッドバレーまで少々揺れますよー」


 だが、そういう文句を言えるなら、あの時のレイの言葉を理解できたハズである。

 だから、お客様はタクシーがこんなものだろうと、文句も言わずに乗ってくれる。

 色んなこと、あることないことを考えながら、彼はどうにかこうにかミッドバレー村へ向かった。


「ここでようやくこのゲームの半分手前。プレイ時間だとおそらくは二時間か三時間程度。遅すぎやしませんかねぇ。指示厨も動画に飽きてますよー」


 そんな愚痴を吐きながらも、物理的には吐くこともなく、レイはなんとかミッドバレーに辿り着いた。


「おし、着いた!」


 そして辿り着いた早々、彼は運転席で爆睡した。


 それはそれは気持ちよく、脳がとろけるようだった。


 嫌なことも全部溶けていけばいいのに、彼はそう思いながら寝心地の悪さを気にもせずに意識を失った。


 ——そう、彼は意識を失った。

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