カミングアウト、その後
——レイの話は彼らにはあまりにも早すぎた。
車の存在もそうだ。
彼らには早すぎて、それが何か分からないままレイの話を聞いた。
車はオーパーツ、どうして必要なのかさえ分からない。
だから受け入れられない。
人は分からないものに恐怖する、無かったことにする、思考が停止する。
とはいえ、いつなら良かったかと言われたら、全てが終わった後と答えるしかない。
——レイの存在、レイの言っていることも同じ。
飛躍しすぎていて意味が分からない。
彼らはこの世界の形を知らないし、世界地図を見たことがない。
マリアは見た可能性もあるが、アーマグ大陸のことまでは知らないだろう。
だから車が絶対に必要だという事実を何故か知っていても、その理由は誰も知らない。
そして、何よりレイが未来を知っていることを知らない。
そもそも、未来を知っているという意味も分からない。
——そして、アルフレド、フィーネには十数年間のレイの記憶がある。
彼らの中では『木刀で頭をうったからマシになった』というだけの存在だ。
そもそも彼らは魔族がどんな存在なのかも知らない。
これがゲームの世界ということも知らない。
ビデオゲームという存在を知らない。
ゲームプレイヤーがレイの中に入っていると言われても意味が分からない。
そんな存在が先の未来が決まっている、絶対に不可避だと言われても、何が決まっていて、何が避けられないのか分からない。
——彼らは確かに二重の記憶を持つ。
その理由を理解不能の解釈で説明されても、納得できるわけがない。
レイが話すムービーイベントの概念も理解できないし、プリレンダリングムービー、あらかじめ決められた動画の概念も理解できない。
だから、レイは不安を募らせている仲間の為に、せっかく頑張って、できるだけ早く真実を打ち明けたのに、今までの努力を水疱に帰す結果にしかならなかった。
彼らはレイの言葉を、少なくとも「俺をパーティから解放しなければ、フィーネを犯すぞ」という意味、最悪なケースでは「フィーネを抱かせてくれたら、俺は犯そうなんて思わないし、死のうとも思わない」という意味でしか受け取れなかった。
では、彼はどうしたら良かったのだろう。
ギリギリに打ち明けた方が良かったのか。
正解は分からないが、レイは早い方が良いと判断したのだ。
そして、オートセーブの世界だから、言ってしまった事実は消えない。
そして結果として、彼の望みは叶ったのだ。
◇
ラッキーだ。
本当に幸運だ。
こんなにも上手くいくなんて。
いろんな言葉を並べても、ボロボロに崩れていくだけ。
こんなに夜が眠れないなんて、この世界に来て一度もなかった。
そして衝立の向こうが、こんなにも気になる日が来るなんて、彼は思っていなかった。
これがレイモンドが見た世界なのだと、今度こそゲーム制作者と討論が出来る。
「鈍感になれ。鈍感になれ。結果オーライじゃないか。これで絶対に俺は捨てられる。俺がただの運転手という認識でいいんだ。後は、あいつらに『ここに行けば、あいつ死ぬからわざと連れて行こう』と思われなければ良いだけだ。」
レイは結局一睡もできなかった。
でも心配ない。
ここは車が存在しない世界。
交通事故の心配はない。
多少ふらついても問題ない。
あとはバックミラーさえ見なければ良い。
だからレイはバックミラーの角度を左手でぐいっとズラした。
追突の心配はないのだ。
こうしていても問題ない。
前にあれほど注意したのに、車は凶器だと説明したのに、無謀な運転を続けている。
レイは完全にやさぐれていた。
『ステーションワゴンで完成した』
まさにその通りだった。
レイはついにレイモンドと変わらぬ存在となった。
◇
残念ながら現実逃避は出来ても、物理的逃避は出来ない。
彼の設定する未来は変わらない。
車が必要無くなれば捨てられる。だから淡々と車を止める。
あれから流石にアルフレドは来ない。それくらい想像がついた。
だから彼は、彼らが戦いに明け暮れるのを待つだけだ。
そして彼らが帰ってきたら、今日は前の休憩ポイントまで戻る。
——ここは全員に嫌われたポイントだ。
でも、ここから先で彼らが生き残れる保証はない。
死んでしまったらバッドエンドだ。
そして彼は全員が寝ると、一人で車から離れる。
ここは人通りがない。
それに中にいるのは最強勇者様パーティだ。
だから気にする必要はない。
それに眠くない。
睡眠は昼間、彼らの戦いの間にとった。
ロケハンをしたから、アレらが死ぬことはない。
アドバイスを求められることもない、視界に入れたくもないから目を瞑っていた。
そして、再び勇者様の為のロケハンに行く。
ロケハンだから、名も知らぬ運転手風情が行くべきなのだ。
どうせ、会話はないから、今日も長時間歩いていける。
夜が明けるまで使っていいのだ。
そして何より、ロケハンの名目で八つ当たりができる。
「出てこい、ブルーウルブスぅ。前のイエローコウモリんの仇討ちだぁ!」
レイは相当数いるブルーウルブスの巣に乗り込んでいた。
もはや闇魔法なんて必要がない。
彼らの行動を観察する必要がない。
仲間かどうか定かではない彼らの為の方法を考える必要もない。
自分流で戦う、レイモンドといえば、パワー、パワー、運の良さ。
何が運の良さだ!めちゃくちゃ運が悪いじゃねぇか!と思いながら、ひたすらイエローの仇討ちをする。
棍棒は本当にコスパが良い。
それにバックラーも何かと便利だ。
「はぁ……、はぁ……、はぁ……」
彼はブルーウルブスの数十体相手に無双した。
レイモンドは使えない、そんな設定どこにいった?と考えらない程に心が荒んでいる。
これはコマンドバトルではない。
だから乱数も係数もプレイヤースキルの前では意味をなさない。
彼が持つ体はステータスが伸び悩むとはいえ、勇者パーティに相応しいものなのだ。
前世では考えられないような動きができる。
けれど、そんなことも気付かずにレイはただただ八つ当たりした。
「そろそろ朝か……」
そして彼は午前様で車に戻る。
誰かが運転手が餓死しないように缶詰を置いてくれていた。
だから、それを一気に飲むように食べ、次の目的地へと向かう。
その仕事だけはこなす、ただの嫌われ者の運転手。
眠くておおあくびをした。
そして左手がバックミラーに当たってしまい、勇者を中心に談笑している彼女たちが見えた。
——既視感のある映像。
ゲームのイベントスチルの一枚はレイモンド目線だったらしい。
「そーかい、そーかい。そりゃあ、世界を滅ぼしてもいいってなっちまうよなぁ!」
かと言って、彼は死にたくはない。
だから計画通りに進む。
あと二、三日我慢すれば、次の拠点に移動する。
だからレイは誰とも会話しないまま、三日同じことを繰り返した。
そして、やっと移動できる日がやってきた。
そこにいけばかなり楽になる。
お馴染み、宿場町だ。
ベッドモードのことを考えなくて良い。
会話が出来なければ、ベッドにするタイミングが分からない。
けれど、ここなら勇者様達の腰の心配をせずに、車から離れることができる。
「あー、これで俺に暫く会わなくても良いよなー。宿屋で一晩でも二晩でもお楽しみになればいいんじゃないっすかねー。もしくは俺の悪口大会でも開きやがれ。世界の希望ども!」
運転席と後部座席には衝立がある。
だから好きなことを喋ることができる。
レイは順調にやさぐれていた。
もう、どうでも良いといじけていた。
そして楽しそうに歩く勇者集団をサイドミラーで確認する。
彼らの姿が見えなくなってから、レイは車外に出る。
そこでふと気がついた。
何日も夜通しのロケハンをしていた筈なのに、自分の状況に気付いていなかった。
「いつから?何日前?まぁ、会話してないからな。」
自分がどう戦っていたのか、もはや覚えていない。
ただ、ただ八つ当たりを繰り返していた。
世界平和のためと偽った八つ当たりを繰り返して、強くなって、それで気がつかなかった。
「いつの間にか鎧がない。……とっくに仲間認定は解除されていたのか。ただの運転手の爆誕だな……」
とっても分かりやすいシステムだ。
アルフレドが解除したのか、多数決でも決まるのかは分からない。
そんなことはどうでも良い。彼らは自分を仲間から外した。
レイはそう判断し、全裸状態で、森の中に入っていった。
宿場町は人が住んでいる。
流石に装備無しで人の目に触れるわけにはいかない。
実際には最初の宿場町でもらった、ただの服を着ているので人の前でも問題ない。
だが、彼のゲーム脳では全裸なのだ。
自分がプレイヤーとして、キャラクター・レイモンドを全裸装備で街中を練り歩かせた記憶が蘇ってくる。
「さて、森でなにしようかな……、あぁ、ここにはあれがあったなぁ……」
◇
アルフレド達は車の中で話し合っていた。
流石に彼らも1週間も経てば、頭に上った血も落ち着く。
でも、宿場町に着いたときもフィーネとマリアは彼への不信感マックス状態。
そしてアルフレドはどっちつかずという状況だった。
「ねぇ、先生は大丈夫かなぁ。三日も姿見せないよ。」
「そりゃ、アルフレドが出発の日を六日後の朝って答えたからでしょう?」
エミリはヤンデレ化していたくらいだ。
だからあの言葉になんでフィーネなの?殺したい!と思ったのは彼女がレイに執着していたからだ。
けれどレイと顔を合わせない日々が続いて、ヤンデレはどこかに消えた。
今は執着しているのかも分からない。
だからそれが落ち着いて、比較的冷静に考えられる。
そしてフィーネはというと、あんなことを言われたのだ。
正直、何をどう考えていいのか分からない状況だった。
ちなみにレイは「出発の日を書いといて」書かれた紙を車のワイパーに挟んでいた。
顔を合わせなくなってから、ずっとそうしていた。
そしてアルフレドは五日留まるとそこに書き込んだ。
アルフレドは丸五日、この辺りで経験値を稼ぐ。
そして、その夜は宿で休んで、次の日の朝に出発しようと考えていた。
「車が必要なのはー、マリア的には正解だと思うのよねぇ。でもねー。今はレイの方がキレてるって感じよね。逆ギレってやつよね。あれ。男ってめんどくさーい!」
「うーん、でも先生がいないと、次に何が来るのか分からないよー。」
「エミリ、私の体を人質にとるやつよ。私を凌辱したいって断言してる人間に頭を下げるって言うの?」
「でも私たちの二重の記憶の意味がまだ分かってないじゃん。」
「それも、アルフレドが調べるって言ってたわ。」
彼女らは彼女らでそれぞれにレイを気にしていた。
思っていることが違うので、彼の話題になるとギスギスする。
ここしばらくはレイという言葉がタブーだったほどだ。
レイが楽しそうだと思ったのは半分は被害妄想だったが、彼がそう思うのも無理はない。
口ではこう言っている彼女らだが、結局のところ、分からないものに対して恐怖を抱いている。
その鬱憤を彼女達はレイに押し付けた。
そして、顔を合わせないから余計に分からなくなる。
よく考えてみて欲しい。
あのマリアでさえ、レイの考えが分からなくなっている。
実日数に直すと、まともなレイと接触していた時間はかなり少ない。
車での移動で、レイはほとんどをアルフレドを通じて行っていた。
そしてアルフレドとの会話もほんの数分。
それ以外はアルフレド、フィーネ、エミリ、マリアの四人で過ごしている。
だから、レイという存在が次第に薄れていく。
そして、分からなくなっていく。
更に、やはり二重の記憶。
世界の意志はやはりムービーの方なのだ。
そして、アルフレドとフィーネに至っては、過去の記憶を持っている。
つまり、ほんの一瞬だけレイがまともに見えただけ、という見方も出来る。
そんな中で、彼はとんでもない発言をした。
そして、フィーネの持論も地味に利いていた。
彼が未来が分かると言ったことは、まだ誰も信じていない。
それだけレイのメタ発言は、この世界の人間には理解できないこと。
彼女らは彼女らなりに、自分たちの状況、正体を探ろうとはしている。
——だが、中の世界の住民に神視点は分からない。
だからこそ、そのキーポイントとなるレイのことをグレー扱いしていた。
レイが被害妄想を膨らませた『レイは仲間かどうか投票』をしたわけではない。
彼女達はレイのことを今は考えたくなかった。
その気持ちが仲間外れという結果を生んでいた。
結局、レイは仲間外れ、そして彼は今一人全裸状態で森の中。