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真実は残酷だったようで

 彼は決意した。


 このパーティの仲間外れは、潔く自白した方が良い、と。

 次の日の夜、彼は食事をとって、瞑目していた。


『コンコン』


 窓がノックされたので、レイは目を開けた。

 するとアルフレドは困った顔をして、運転席に向かって棒立ちしていた。

 

「あれ、アルフレド……、どした?」


 なるべく当たり障りのないセリフを並べて、様子を窺う。

 だからアルフレドも特別なことをせず、素直に語り始めた。


「前衛後衛論争はどうにも結論が出ない。誰が行っても問題ないし、毎回ポジションに戻る意味も分からない。マリアも戦えるし、今ではフィーネも問題なく戦える。でも、それは心強い仲間という意味での贅沢な悩みなのかもしれないな。すまん、忘れてくれ。俺が車を見ていたのは『ファストトラベル』使うとこの車はどうなってしまうのかと、ただ考えていただけなんだ。」


 どうやら、これはイベントでも設定でもない話だった。

 勿論、車の扱いという設定が絡んだ話ではある。

 だからレイは黒光りしている車のフロント部分を触った。

 土埃がついているかどうか、ちょっとだけ気になったのもある。

 やはり、ここは現実世界でちゃんと車は汚れていた。


「俺は車の中で見ていたんだけど、アルフレドが誰を中心に育てたいかで変わってくるようなんだ。つまり答えはアルフレドの好みだな。エミリは補助魔法使えるだろうから、後衛も行ける。勿論、全員フルアタックも使えるから、敵に併せて入れ替えるんで大丈夫だ。だから、ローテーションにしてもいいかもな。」


 レイは彼の最初の悩みに答えていった。

 アルフレドは真剣に聞いている。一番、辛いのはアルフレドだ。

 だから、バランスの良い育成方針を伝える。

 彼が本当の意味でゲームシステムを理解した時に、楽しく戦えるように、と。


 そして、彼も男だ。

 男として、ヒロインの誰かを贔屓しても良いのではないか、とも思った。

 そういう意味でも好み、と言ったがそれが伝わったかどうか。


「——で、問題の車だが正直俺も分からない。女神像のエリアのちょっと離れたところに、同じく瞬間移動するんじゃないかな。多分だけど。」


 オープンワールド化したこの世界ではよく分かっていない。

 けれどオープンワールドだとしたら、分かりやすいポイントに必ず置かれる筈だ。


「成程。この車も一緒に移動してくれるのか。なら、問題ないか。」 

「ネクタの街に戻って、装備を整えようって話になったのか? リーダーのお前が決めるんなら、俺も賛成だぞ。勿論2週間無駄にしたから、あまり悠長にはしていられないかもだけど。」

「あぁ、そうだな。ちょっと考えてみるよ。ローテーションの話、参考になった。じゃあ、俺は……」


 ——ここ、多分ここしかない。


「待って。アルフレド、俺からも話がある。」


 彼はアルフレドを持ち上げて勇者として成長させる。

 けれどそれには勇者の協力が不可欠だった。

 だから、まずは彼に言おうと思った。


「ん? やっぱり街には戻らない方がいいか?」

「いや、そうじゃない。車に関して疑問を持っていただろう? 車のことで、お前に教えておきたいことがある。」


 この休憩ポイントの泉にはオーブが隠されていない。

 今から向かうミッドバレイ村でのイベント前のセーブポイントだ。

 次のヒロインの為の事前セーブポイント。


「アルフレド、明日は朝からモンスター狩りをやるから、ゆっくり休めと言ってきてくれるか?ベッドモードにしておくから。あと、それからちょっと来て欲しいんだ。あっちで待っているから——」


 レイはアルフレドだけに話がしたかった。

 だから、どうにかこうにか、彼だけを泉の反対側に来るように伝えた。

 少し前、フィーネとエミリが結託したように、今度は男二人で泉の反対側に行く。


 そして、瞑目している中、勇者の声が聞こえた。


「レイ、伝えてきた。今日は結構戦っていたから、みんなすぐに車の中に入っていったよ。それで……、一体何の話だ?俺の戦い方……か?……それともレイはやっぱり、ネクタの街に戻りたいのか?だけど、運転は……」

 

 レイがネクタの街という言葉を出したから、彼はそのように勘違いをしていたらしい。

 また運転の練習か、という青い顔。

 だが、構わずレイは真意を話す。

 

「アルフレド。記憶が二重に存在すると話していたな。」

「……あ、あぁ。それは皆も確か」

「あれは気のせいじゃない。ダブって見える方、現実と乖離している方が、実はこの世界の本当の記憶、本当の意志なんだ。」


 ゲーム用語で説明しても絶対に理解してもらえない。

 だからレイはゲームを「世界」という曖昧な表現で誤魔化すことにした。


「確かに二つの記憶がある。でも、現実には世界の記憶の方が間違えているぞ。村は半壊で済んだし、フィーネの両親も生きている。それにエミリの両親だって……。そもそも、車の話をするじゃなかったのか?」

「車の話だよ。でも一応確認しておきたかったんだ。どうして車が必要か、それは極東の地であるアーマグ大陸に渡るために車が必ず必要だからだ。この車が鍵となって進む船がそこには存在する。」

「そうだったのか、そ、それじゃ……」


 アルフレドの顔が一瞬明るくなった。

 何かを期待する顔、でも実はその逆だ。

 今からする話なんて、碌でもない話だ。


「船がある街はデスモンド。俺はそこでお前たちの大切な仲間であるフィーネを犯す。……俺は魔族から手に入れた薬でフィーネを催眠状態にし、屋敷の中に連れ込んで犯す予定だ。」


 碌でもない話だ。

 アルフレドの顔が一瞬で困惑の色に染まる。

 何が起きたのか、何を聞いたのか、レイが何を言っているのか、彼は理解できない顔をしる。

 だから、彼にとって最も都合の良い話を思いつく。


「お前、また誰かに脇腹を……」

「違う‼今の俺はレイモードじゃない。至って冷静だ。脇腹を見てみろ。ちゃんと脇ガードをしている。」


 そう、邪魔は許されない。


「そしてこの話には続きがある。俺が頑なに旅を続けたくなかった理由がそれなんだ。そこにお前たちがフィーネの救出に駆け込んでくる。フィーネはすでに催眠が解かれており、お前たち仲間に助けを求める。」


 レイは無表情でアルフレドに語り続ける。

 アルフレドはレイとは正反対に顔を顰め、困惑している。

 そしてアルフレドの口が開きそうになった。

 だがまだ早い。

 決められた未来の話は終着していない。


「まだだ。ちゃんと聞いてくれ。俺は酷いことをした報いをその場で受ける。……だからあの時、俺は死にたくないからと言った。そこで俺は魔族に殺されるんだ。俺の惨たらしい死体を無視して、お前達はその建物から脱出をして、東の大陸、アーマグへと向かう。だが、心配ない。レイがいなくなったお前たちには新たな道が開かれる。まだ四人目はいないが、五人目のヒロイン・キラリがデスモンドであの車は魔改造してくれるんだ。俺が死ぬ頃には俺がいなくても操縦可能になっているんだ。俺がいなくてもお前たちの旅に支障はないし、俺という存在が消えても、お前なら世界を平和に出来る。」


 アルフレドは険しい顔をして、硬く拳を握りしめている。

 彼はあまりに素直な性格だ。


 ——だから、当然のように彼を尾行してきた少女達も言葉を失っていた。


 アルフレドに見つからないよう、後をつけてきたフィーネも、エミリも、マリアも最初からここにいる。

 彼女たちもずいぶん成長したのだろう。

 敵に見つからないように行動するのにもずいぶん慣れている。

 それにポテンシャルはレイモンドよりもずっと上なのだ。

 だからレイは気付いてはいない。


 その中、アルフレドは険しい顔に相応しい激しい剣幕で、レイに詰め寄った。


「レイ!悪ふざけもいい加減にしてくれ!それはお前の妄想だろ? 嘘だと言ってくれ!第一、お前は本当に死にたいのか?フィーネを襲えば死ぬと分かっていても、そんなことをするのか? 馬鹿げている。旅をやめたい理由なら、もっとマシな嘘をつけ。」


(……それはそうだ。ムービーじゃなきゃ、そうしたいんだよ。やっぱり、こうなるよなぁ)


 レイも内心では思っている。

 自分でもあやふやな理論だから、説明する言葉が見つからない。

 でも、約束を果たすためにも、ちゃんと話す必要があった。

 そしてちゃんと理解してくれると彼を信じた。


「ネクタが最初のムービーシーン、世界の意志じゃない。スタトの旅立つ瞬間が最初の世界の意志だ。そして次はアズモデが現れた時、マリアが現れた時だ。そこが記憶が二重になった瞬間だ。その時、俺にはどうにも抗えない力が発生した。スタトはさておき、そこから先はお前もそうだったんだろ?今までの自分の意思なんか無視して、全く別のストーリーが展開される。あれが強制ムービーイベントだ。この世界が、すでに決まったイベントをただ再生するだけ。そこに俺たちの意思は反映されない。……本当はこんな話したくなかった。でも、どうやらこの世界は俺がデスモンドまで運転しないとダメなようにできている。だから俺は再びお前たちと冒険の続きを始めた。」


 ムービーイベントの記憶は鮮明に残っている。

 彼自身が記憶の話をした。

 彼も理解はしているのか、さらに険しい顔をしている。


「大体分かってもらえたか?世界の意志が決まっているから、俺は冒険から逃げていた。」


 アルフレドは言葉が見つからないのだろう。

 無理もない。

 あんな経験をしたのだ。

 急に意識が飛び、そして舞台役者のように決められたセリフを言う自分。

 いや、役者ではない。

 別の世界線の記憶も持ち、それが事実だと信じて行動している自分、本当の自分がそこにいた。

 あれは抗うとかそういうレベルの問題じゃない。

 だから険しい顔になっているアルフレドに、レイは敢えて優しく話しかけた。

 そして置かれた状況を説明したので、今度は自分の願望を話す。

 勿論、今度はもっと砕けた感じで話す、だって希望を話すんだから。

 自分も行きたいって思っていることを、ここからがレイの本当の気持ちなのだから。


「アルフレド、ちょっと待て。もう少し気を楽にしてくれって言っても無理か……。でも、俺の話はまだ終わりじゃない。そもそも俺は生き残りたいんだよ。俺はまだ諦めていない。アルフレド、マリアとの出会いを覚えているか? っていうか、覚えていないって言ってたよな。あれがイベントカットだ。あれはあの時、俺が仲間じゃなかったから発生しなかった。だから俺は決めたんだよ。俺の死亡フラグが発動する直前で俺はどうにか回避しようってな。」


 レイの声はどこまでも冷静で、穏やかだった。

 そして彼はアルフレドに右手を差し出した。

 その手の意味をアルフレドは理解できず、体が硬直してしまう。


「勇者様、俺ことレイはデスモンドまで勇者様をご案内します。車はその後、五番目のヒロイン、『(いにしえ)の自動車整備士兼ヒロイン』のキラリがなんとかします。ですから、それまでの間です。なんなら道中で世界を救う道、重要なアイテムの場所も教えましょう。」


 敢えて演じるように銀髪の男は言う。

 そして、右手では足りないらしいから、頭を下げる。


「だから、だからどうか……。どうかお願いします。俺をデスモンドで捨ててください。」


 レイは素直に自分のデッドラインを彼に打ち明けた。

 これは彼の協力がなければ、彼がこの事情を知っていなければ成り立たない。

 ギリギリになって「どうしてだ? もう少しいてくれ」なんて言われたら強制ムービー送りなのだ。

 それくらい、ギリギリのタイミングなのだ。


「直前で、俺を捨ててください。」


 勇者アルフレドが仲間だと認識したから、レイモードは発動してしまう。

 レイが考え抜いた結果、辿り着いた答えだった。

 つまり彼らが本心からレイを仲間ではないと認識しなければ、マリア登場シーンのようなシーンカットは起こせない。

 多分、偽名はもう通用しない、感覚で分かる。

 だからレイは右手がいつまでも手持ち無沙汰なので、その手を下げた。

 そして今度は両膝をついた。

 ここまでやる必要がある。

 今やっているのは、全力の命乞いだ。

 そして呆けるアルフレドの前で、彼は額を地面に擦り合わせようとした。

 そしてその直前、彼女たちの声がした。


 ——いや、特にあの子の声がよく聞こえた。


「レイ! なんで私たちを呼ばないで、勝手に話をしてるの? 女性に聞かせられない話って思ったから?それもアルフレドに話すって……最低……」


 フィーネの言葉にレイの両肩が跳ね上がる。

 全身が硬直する。

 そして反射的に言い訳が口からでる。いや、出そうになった。


「違っ……。いや、違わない……か。フィーネ、お前の言う通りだよ。流石にフィーネ達には言いにくかった……」


 レイは土下座するのをやめて、膝をついたままフィーネと目を合わせた。

 身長のお陰で、それでもそれなりに目線が揃う。

 それに彼女が聞いていたのなら、それが一番話が早い。

 事実をアルフレドに話して、彼女たちにはボカして伝える予定だった。

 結局、彼はズルい考えに逃げていた。

 全力の命乞いをするためには、全てを捨てる覚悟が必要だったのに。


「俺はお前を拐かす、多分だけどその時俺はお前を……凌辱する。そしてそれは世界の意志で決定している。その後、俺は死ぬんだ。それも決定している。お前だって強制ムービーを体験したろ? あれは回避不可能なんだよ。」


 レイはただ一人、自分の考える仲間像を思い浮かべて話していた。

 そして、その後ろめたさから、場の空気を全く読んでいなかった。


「そう……。そういうことね?アルフレド、貴方は騙されやすいから気をつけてね。それ、ただあんたが私とヤりたいだけでしょ? まるであの町と変わらない。『ヤらしてくれないと、酷いことするぞ』、『ヤらないとこの村はもうおしまいだぞ』ってのと全然変わらない。そして今度はあなたが死ぬぞって? だから強姦じゃなくて、全員公認で『俺を死なせなければ、俺の欲求をみたせ』?そもそも、車が絶対必要とか、死ぬとか、抗えないとか……。なんでそんなことが言い切れるのよ!私には全然分からないわよ。レイはすごく私たちのことも世界のことも考えていて、すごーく深い理由があるのかと思って黙って聞いてたら、こんな下劣な言い訳……。反吐が出るわ。……でも、いいわ。決まりね、アルフレド。私はこんな奴にヤられたくない。こんな奴、捨てて当然、死んで当然だわ。」


 これが現実だった。


 フィーネは彼女の理屈で考え、そして吐き捨てて立ち去った。


 レイの想いは交錯するどころか、交錯も錯綜もせず、彼女の脳に届いたのかさえ、彼女の心に触れたのかさえ分からないほどに、空中を漂って消えた。


「レイ、よりにもよってなんでフィーネなんですか……。マリアと一緒に寝て、今度はフィーネ? なんでアタシを選ばない? アタシだったら……、一緒に死んであげるのに……」


 エミリはエミリで、レイに冷たい目を向ける。


「私は……、フィーネのことはまだ良く分からないけど、レイが最低なのはよく分かった。レイの正体はやっぱりあのドクズの酔っ払い。変態。あっちが正体だったんなら……、死んだらいいのに……」


 そして一番思い出の少ない、本当のところ、何も分かっていないマリアはそう言っていなくなった。

 レイの前から一人、二人と車に戻っていく。

 そして最後にアルフレドとレイだけが残った。


「じゃあ、俺も行くよ。でも、もう少し気を楽にしてたらどうだ? 結果的に良かったんじゃないか。お前の思惑通り、戦いから逃げることが出来そうだからな。俺もみんなへの説得が楽そうで、ある意味助かった。ただ、嘘をつくならもう少しマシな、人が傷つかない嘘を考えておけ。昔のお前の方がまだマシだったぞ。」


 そしてアルフレドもレイの元から去っていった。

 誰一人、振り返ることなく居なくなった。


 ——これが、レイの望んだ未来の到来である。


 レイモンドと同じように嫌われる未来が、ドラゴンステーションワゴンが完成した瞬間である。


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