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お金、経験値稼ぎの日々

 アルフレドから現状を聞く。

 ただの時間稼ぎだが、大事な話でもある。


「ネクタで俺達は……、何もしていない。車を押せばよいかと思ったが、歩いたほうが効率が良いと気付いて……」

「いや、大丈夫だ。この時代に車なんてものがある方がおかしい。俺が安全圏に行くのが早すぎたってことだ。今は気にしないでくれ。悪かったな、アルフレド。」

「いや。元はと言えば、俺が魔族と戦おうと言ったんだ。レイは悪くない。」

「諦めエンドは回避できた。それに俺も何もしなかったんだから、その分考えさせてくれ。」


 アルフレドに謝り、謝り返されて、その場は終わったが、レイは頭を抱えていた。

 時間稼ぎに聞いた話だったが、時間とお金の無駄遣いを延々と聞かされてしまった。



 彼らは無駄な二週間をネクタで過ごしていた。

 その間、宿を利用したのだから、無駄に500G消費した。

 しかも、それ以前はレイがほとんど直線ルートの効率プレイをしていた。

 だからネクタの街に辿り着くまでの道中で、ほとんどお金稼ぎが出来ていない。

 あの宿場町でプラス500Gでアーモンドの剣を売ったことが唯一の救いだった。

 けれど、その500Gも宿代で消費された。

 つまり、マリアが言っていた通り、彼らは貧乏勇者パーティに成り下がっている。

 その理由は効率プレイをしていたレイが、命惜しさに逃げ出したこと。

 そして逃げ出したことによる進行不能バグを放っておいたこと。


 だから悪いのは誰か決まっている。


「車までディテールを求めるのかよ。もしくはレイモンドをどうしても殺したいのか。さて、俺の身の振り方は……。決まっているけど、まだ踏ん切りがつかない。……とりあえずはお金稼ぎ……しかないか。経験値も稼げるし。」


 父親が自慢の『効率プレイ』で少しだけ進めたゲームを、ほとんど知識のない息子にやれと言った。

 そんな無責任な大人は、今、その息子と娘にバイトをさせている。

 レイは彼らを育成し、お金を稼ぐところから始めていた。

 もう三日もバイトをさせている。

 けれど彼はまだあの答えを言えていない。

 それでも、家族ヅラで長男に命令をしていた。


「この辺りはコウモりんの色違い、イエローコウモリんが出る。炎系魔法パイロを使ってくるから気をつけろ。あと、ブルーウルブスっていうオオカミみたいなモンスターは見かけたら早めに逃げとけ。チームワークが確立するまでは、まず避けた方が良い。あと、エミリのスキルは出来るだけ多用するように、TPの消費はすぐに回復するからな。でもMP消費をケチるなってフィーネとマリアに言って欲しい。そしてこれらのことを俺の言葉じゃなくて……。そうだな。ただ、同じ言葉で言うんじゃなくて、勇者アルフレドとして咀嚼して、ちゃんと理解してから彼女達に伝えて欲しい。」


 レイはアルフレドにそれだけを告げて、一人で車の中で待つ。

 オープンワールドのように現実味が帯びている世界だから、五人でも戦えるだろう。

 けれどアルフレド達は何の疑問も持たないで、車外でモンスター狩りに励んでいる。

 黒光りするステーションワゴンで悪人ヅラの男が一人、暗闇で待っている。

 これだけで通報されてもおかしくないが、今は人が通らないのでその心配もない。


「やっぱり、四人で戦うのが当たり前って顔してるな。自分しか運転できない縛りがなかったら、レイモンドはやってられるかって絶対に逃げ出してるな。」


     ◇


 レイはマリアに軽蔑されたと落ち込んでいる。

 けれどマリアは今の状況に歓喜していた。

 まず、体を動かせることが楽しい。

 それだけで日頃の鬱憤が少しずつ晴れていく。

 マリアを騙していた男、レイが帰ってきたことで、勇者の本当の冒険が始まった。

 勿論、嘘をつかれていたことは少しだけ腹立たしい。


「なーんか変なの」


 今、マリアは後衛でコウモリとツノ付き大うさぎの様子を窺っている。

 自分の番はまだかなぁ、と思いながら車の中の彼のことを考えていた。

 今でも太ももの内側を弄られた感触は覚えている。

 死ぬほど気持ち悪いと思った。

 酔っ払いのセクハラ野郎。本当に最低な男だ。


 ——虫けら以下の存在、死ぬより苦しませて殺したいくらいの男。


 流石、レイモード。


 だがマリアには、もう一つの記憶が存在する。

 彼女が祈ったのは死にかけていた男?もしくは酔っ払い?


「でも、レイがみんなを車に無理やり押し入れた声の質は、私が勇者様達の戦いを初めて見た時に、聞こえた声と同じだったもん。」


 あの時、彼の声がして、それからこの三人は動きだし、モンスターの卵を駆除した。

 気色の悪いモンスターの鳴き声が今も耳にこびりついている。

 レイのセクハラ行為は、そもそも気持ち悪かったし、もう一つの記憶の酔っ払いと全く同じ気持ち悪さを感じた。

 でも、正直なところ、マリアはよく分かっていなかった。

 優しくて安心できる存在だったニイジマ

 人の嫌がることを平気でやってしまうレイ

 みんなから頼りにされているレイ


 一足す一引く一は一。

 だからマリアはレイを軽蔑していない。

 寧ろ、彼がいてくれたことを嬉しく思っている。

 嘘をつかれていたとはいえ、一度は全面的な信頼を置いた相手だ。

 マリアはパーティ内で、ずっとギスギスしていた。

 いやそんな生ぬるい表現ではなく、マリアは純粋に恨まれいた。

 けれどレイがいると、仲間と呼んでいいのか分からない、あの三人の態度が全然違う。

 今もマリアの扱いが全然違う。

 だったらもっとアピールしないといけない。


「マリア、前衛もいけると思いますよー、アルフレドさん!」


 彼女はイエローコウモリんを空中空手チョップで地面に叩きつけた。

 前衛はアルフレド、エミリが武器を構えている。

 彼らは左腕に円形のバックラーを付けているから後衛を守る動きをしている。

 けれど左隣のフィーネも彼らとお揃いのバックラーを身につけているし、レザーアーマーも含めてほとんどが同じだ。

 これが勇者パーティのユニフォームなんじゃないかと思えるほどだった。


「本当にいつでも行けますよ!」


 それにフィーネは普通に前衛でも通用する。

 前衛、後衛に分かれるというのは感覚的に理解できるけれど、誰が適任かはマリアには分からない。

 この三日間レイは食事の時もずっと車から出てこない。

 そして、彼はアルフレドとだけ会話をしている。

 その後、アルフレドが『今回の討伐の狙い』を説明する。

 レイの気持ちは直接伝わってこないから、彼が指示を出しているという言質は取れていない。

 けれど、アルフレドの表情を見れば分かる。

 自信満々な彼の表情をマリアは知っている。

 勇者パーティを初めて見たあの日も、彼は同じ顔をしていた。

 それが証拠になるかは分からないが、レイが絡んでいることは間違いない。


「マリア、あんまり前に出るな。この先にはブルーウルブスがいる。今の俺たちは避けた方が良い。もっと強くなってからだ。あと、そうだな。……俺はこのエリアは引き気味に戦いたい。だから後も見て欲しいんだ。成金カラスがいたら、速攻で倒してほしい。マリアならいける筈だ。フィーネもな。あと補助魔法も頼んだぞ。それからエミリ——」


 そう言って勇者様は後衛に下がるように命じた。

 彼はさすが勇者様と言われているだけあって、戦いの指揮はよくできているように思う。

 だからレイが酔っ払いで、車の中で閉じこもっている役立たずのセクハラ野郎だったら、マリアはアルフレドのことをかっこいい人、憧れの人と思い始めていただろう。

 マリアも自分のことくらいは知っている。

 きっと自分は勇者に恋に落ちていたと言い切れる。

 ただ、やっぱり今の彼女がアピールしたい相手はレイなのだ。

 けれど、その思いはいずれ薄れていくのかもしれない。


 だって彼はいつまで居るのか分からない。

 だって勇者の戦いは四人編成だ。

 いなくなる彼は魔族とは戦わない。

 だから四人編成のパーティには加わらない。


「それでも、マリアのことを見ていて欲しいの!」


 後ろからいつの間にか、成金カラスが迫っていた。

 だから彼女は自分の気持ちを攻撃力に上乗せして、見事に後方回し蹴りで鳥型モンスターを蹴り飛ばした。


     ◇


「さーて。今日も俺のできることをしようか。」


 今は車の100m圏内でモンスターをひたすら待ち伏せするという戦い方をしている。

 それが今の時点では一番安全であり、コスパも良かった。

 なにせこの車、例のプロデューサーにより、飛んでもない仕様になっている。

 休息地点まで行くとなんと車内で寝ることができる。

 シャワーだって浴びることができる。

 トランクが謎仕様に凝っている。現代でもオーパーツ認定は間違いない。

 レイが運転席で決まった操作をすると、ソファがリクライニングしてベッドに変わる。


「みんな、お疲れ。ゆっくり休んでくれ。」


 寝静まっている後部座席に向けて彼は言う。

 後部座席のドアを開ければ誰か起きているかもしれない。

 だからドアを開けないのではなく、レイモンドにはドアを開けられない。

 今は四人分の座席があるが、ヒロインが増えていくたびに座席が増えると予想される。

 宿屋料金が掛からないのはよい。

 だから、食べ物以外にお金がかからない。


 因みにこの車はレイがキーを捻って操作しないと、後部座席が機能しない。


「俺が運転席にいることで、宿屋の機能が発揮される。中から開けれるけど、俺がいないとベッドモードに戻せない。レイモンド的には自分がみんなを休ませているって気分になれたのかなぁ。……いや、ハーレム状態で寝てんだぞ。なれるわけないな。」


 アイテム欄、装備欄にこのステーションワゴンがあったとしたら、『装備可能:レイモンドのみ』と書かれているに違いない。

 どこまでもレイモンドを運転席に縛り付けて、みんながワイワイしているのを衝立の向こう側から眺めさせる。

 レイモンドを闇落ちさせる為の機械。


「ふむ、モヤモヤの上位魔法、闇闇(ヤミヤミ)、ヤミマと同等まではいかないが、単体ではなくグループに発動できる。ほんと、姑息は魔法しか覚えないな。知ってたけど。五連でこのエリアは問題はなさそうだな。」


 レイモンドは姑息は魔法を覚える。

 デバフ魔法は使い方によっては、かなりのレベル差の敵も倒せる優れものだ。

 だが、以前にも語ったが、レイモンドは途中で脱落する。


 断言しよう、ここはまだ序盤である。

 ステーションワゴンが手に入ってからが、このゲームのスタートだ。

 だから、この時点でのレイモンドはまだ使えないし、使えると思ったら裏切られる。

 では、今の現象は何なのか。

 それはいずれ彼が気付くので、ここでは語らない。


 そんな彼はお得意の戦闘魔法を発動させていた。

 彼らに任せると言っても子供のお遣いだ、保護者は見守る義務がある。

 だから先ほどアルフレドに説明したブルーウルブスが出てくるエリアには、そこに入ると発動する魔法トラップが仕掛けられている。

 一定時間、勇者達の発見が遅れる仕組みだ。

 先に誰かが見つけてくれるから逃げられる。

 効果時間はランダムだが、五連しているから、そう簡単に見つかることはない。

 それに、ここまでは進むな、とアルフレドには伝えている。

 彼にはここからエンカウントの確率が変わるとだけ伝えている。


 勿論、レイが補助魔法を使っていることは伝えていない。

 精神的に追い詰められた勇者には自信を取り戻してもらう必要がある。

 そして少しずつ補助輪を外せば良い。

 彼らが戦っている範囲外での魔法なので、気付かれることはない。


 勇者たちが戦っているフィールドは、彼がロケハンを済ませた場所である。


「みんな、戦えるようになったな。それに、ロケハンのせいか、なんだかんだ、俺も強くなってる。でも……ムービー死か。強くなっても意味がない。」


 そして、今日もロケハンを済ませた場所でお金と経験値を稼いでいる仲間を見守る。

 夜が更けてくると、レイはフロントライトを光らせる。

 これが今日のお仕事終了の合図になっている。

 あれから三日が経とうとしていたが、やることは多い。

 約二週間のブランクをここで取り戻す。

 そして、レイは運転席側から助手席の鍵を開け、全員を乗り込ませた。


 エミリとマリアが遠慮がちアピールしている姿は見えている。

 でも、レイはどういう反応をしてよいか、分からずにいた。


「悪い。まだ、言えてないから。」


 だから、聞こえないように呟くだけ。


「今日はもう少し進む。アルフレド、これを熟読してくれ」

「次のエリアの魔物か。了解した。それで俺なりに編成してみるよ」


 少し先に休憩ポイントがあるのをレイは当然知っている。

 だから記憶を頼りにそこまで車を移動させた。

 そして彼は安全地帯についた瞬間に鍵を開けた。

 シャワーなり、お着替えなりできるようにと、後ろのトランクを開ける。

 今のところ食糧はマリアの手持ちと備え付けの缶詰でなんとかなっている。

 皆がシャワーやら、テーブルやらのキャンビング用品を準備をし始める頃にアルフレドは運転席のドアをノックする。

 これが初日から続く日課である。


「以上が短かったが今日の報告だな。大体の場面で言えたとこだが、皆、ずいぶん余裕になってきている。それに後衛の二人が前衛をしたがっているんだが……」

「アルフレドの判断に任せる。明日はブルーウルブスの群れが出るところまで行く予定だ。さらに先に行くと毒毒スラドンが出るから、次は宿場町に近いとこを拠点にした方がいいかな。取り敢えずは、ブルーウルブスの群れと一回戦ってみよう。余裕で勝てるようになったら前に進もう。けど、急ぐなよ。」


 いつもの通り、レイモンドの部下、アルフレドは静かに頷いた。

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