表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/184

憔悴のマリアと自動車整備士

 マリアの言葉に、ニイジマは目を剥いていた。

 そして、彼女の言っている意味が全然分からなかった。


「仕事をしていない……、つまりモンスターと戦っていない……?」


 すると、頷く少女。

 そして戦いを続けるニイジマ。

 組み手をしながら、考え続ける。

 そして、それが彼女にとっては嬉しかったのだろう。少女の動きが少しずつ良くなって来る。


「もしも……、それが本当なら。……ここで戦ってた方が強くなれそうだなぁ。」


 ステータスという意味ではなく、技能的な意味でだが。

 ただ、言いながら彼は考え続ける。


「嘘じゃないもん!ニイジマと戦ってた方が強くなれる。それは多分……、そう……」


 考えながらでも、マリアの拳や蹴りを捌ける。

 そして、彼の攻撃が当たりそうなときは寸止めする。


(これはこれで意味が分からないな。どうしてレイモンドがマリアに勝てる?)


 つまり、かなりのレベル差があるということだ。

 パーティから分かれても、ニイジマのレベルは落ちていない。

 その理由は分からないが、NPCだってイベントだとレベルがあるものだ。

 今はそのくらいしか考え付かない。

 いや、考えようとすると思考が停止する。


「じゃあ、今まで勇者様たち御一行は何をやってたんだよー!」


 彼が鳩尾ギリギリで寸止めしようと放ったボディーブロー。

 だが、次のマリアの言葉で精彩を欠いてしまう。


「みんなで、ずっと車を眺めてたよ!」

「な?」


 中途半端になったボディブローは、マリアの胸に軽くめり込んだ。

 だが、感触を確かめる程の余裕はニイジマにはなかった。

 勿論、極力触れないようにはしている。

 怪我をさせたら本末転倒だし、気付かれる可能性もある。

 だから、考えないようにする。

 全てを考えないようにする。


 ——これが、どれほど罪深いものだったか


 マリアは気にせずにそのまま殴り続けた。

 そして、彼女の右拳が見事にニイジマの顎を打ち抜いた。


「ご、ごめん!マリア、本気で殴っちゃった!」


 ——車を眺めていただけ。それは当たり前のことじゃないか。


 ゴメンと思ったのは寧ろ、ニイジマ。

 いや、レイの方だった。


 ——別れるタイミングを完全に間違えていた。


 レイモンドの役割は運転手、理由は言うまでもなくレイモンドしか運転免許を持っていないから。

 そういうめちゃくちゃな設定なのだ。

 彼らはずっと足止めを喰らっていた、あのアルフレドがサボる筈がない。

 だから、マリアはいつも帰ってくる距離にいた。


(俺、知っていた筈なのに。ムービーが怖くてずっと塞ぎこんでいたんだ。ゴメン、みんな)


 そんなことを思いながら、ニイジマは意識を失った。


     ◇


 ニイジマが目を覚ましたのは部屋が少しだけ明るい時間だった。


 明け方か夕暮れか分からないくらいの明るさの時間帯。

 ただ、時間の方はあまり気にならなかった。

 それよりも心配そうに椅子に座っている、桃色の髪の少女の方が気懸りだった。


「ニイジマ、目が覚めた?ちゃんと目とか見える?」


 その言葉にニイジマは何度か瞬きをして、指先、足先を確かめてから返事をした。


「ああ。めちゃくちゃ良いのもらっちゃったけど、マリアのパンチが良かった分一瞬でぶっ飛べたよ。」

「そか。()、もうパーティ抜けよっかな……。私が車なんてよく分からないものを買ってもらっちゃったからいけなかったんだ。それで勇者様は車を使うことに拘ってるんだろうし、私も全然強くならないし……。私、ニイジマがいたらそれはそれで楽しいなって。私、本当にそう思ったんだ。だから私……」


 マリアは明らかに憔悴していた。

 一人称が変わっていることにさえ、彼女は気がついていないのだろう。

 これは彼女が本心を曝け出している証拠だ。

 マリアとはそういう設定、——いや、今回ばかりはそういうのはよそう。


 だって、これはマリアのせいじゃない。


 だからニイジマは自分の胸に置かれたマリアの手を握った。

 すると、彼女は握り返してくる。震えているのだと気付ける。


「ダメだ。……マリア、それはダメなんだ。この物語は車がないと進行不可能になる。あの車がないと、魔族が住む大陸へ渡れなくなる。」

「意味が分かんないよ!車がないとダメ……なの? なんでそんなこと分かるの?」


 その理由は言えない。

 だからニイジマはそれを後回しにする。

 さっきの言葉の意味の方を聞くことにする。


「さっき昨日って言ったよな。今は明け方、夕方どっちだ?」


 その言葉にマリアは瞳を震わせた。


「ゆ、ゆう……がた……だよ?」

「夕方の方か。んじゃあ、しっかり眠れたな。」

「……うん、ゴメン。」

「いや、それはいい。俺こそゴメン」


 どうやら、丸一日寝ていたらしい。

 マリアの様子の方がずっと気になる。

 考えることを放棄したせいで、彼女の側にいながら、彼女をずっと傷つけていた。


「マリアは今日、冒険には出たのか?」

「で、出てないよ?出るわけないじゃん!ニイジマがこんな状態なのに!」


 そう、彼女はただ我が儘なんかじゃない。

 明るくて、優しくて、我が儘な可愛い女の子だ。


「良し。いっぱい寝たから体は動く。」


 ニイジマは腹筋に力を入れて上体を起こした。

 そして手を握ったまま、マリアに告げた。


「今から行こう。俺もついていく。たぶん、あいつらならまだ冒険している筈だ……ろ……」


 ちょうど部屋のカーテンが空いていた。

 だからニイジマは見てしまった。


 ——ほとんど動いていない車


 そして呆然と車を眺めている三人の姿。


「マリアにお願いがある。俺の体をすっぽり隠せるだけのローブとかマントとか用意してくれないか?って俺は命令する立場にはないけど」

「ううん。そ、そんなことない!でも、ニイジマはお外に出られないって……」

「そうだ……な。でも、今日だけは特別、いっぱい寝たから少しくらいならいけそうだ。でも、死んじゃいけないから全身を隠したいんだ。あと、声もほとんど出せないから、……お前はずっと俺の側にいろ。」


 その言葉を聞いて、マリアはニイジマに抱きついた。


「うん!」


 彼女は一週間、ずっと責任を感じていたのだろう。

 けれど抱きつかれる資格はニイジマにはない。

 彼女がこんなに震えているのは全部レイって奴が悪い。


「俺の……馬鹿野郎……。設定に拘って、設定を忘れてんじゃねえぞ」


 マリアはエイタ、ビイタを呼んですぐに大きめのローブやマントを山積みに用意させた。

 そしてニイジマはそれを可能な限り被り、どうにかこうにか目出し帽のように細工をした。

 これでバレないという保証はない。

 けれど、彼らの元に行く責任はある。

 行ってどうなるかは分からないが、行かなければならないのも事実だ。


「ニイジマ、手を繋いでいい?あの……じゃないとどれくらい側にいないといけないか、分からないから……」


 そう言いながら、マリアは震える手を差し出した。

 服を着ている途中は流石に手が離れてしまう。

 彼女は彼が全身を覆いつくすまで待っていた。


「うん。手を繋いでいこう。マリアとニイジマとして。そして……」


 ニイジマはニイジマとして、元仲間達の元へと向かった。

 はっきり言って走って十分も要らないくらいの距離。

 彼らは動かし方を、ほとんど学べていないことになる。


「み、みんな。ゴメン。今日は遅くなって、あ、あの……。うちの車の整備士さん、ニイジマを連れて来たから……」


 マリアがどれだけ浮いた存在であるか、ニイジマの目からはっきりと分かる。

 でも、こんな時間は短い方が良い。

 だからニイジマはマリアに耳打ちをした。


「えと、ニイジマがとにかく動かして見て欲しいって……」

「マリア、待ってくれ。まず経緯を説明してくれないか? いつも話しているが、俺たちはレイという先生にいろんなことを教わったんだ。マリアもレイと会えれば心境は違ったかもしれないが……。そもそもこのステーションワゴンは本物なのか? ニイジマだっけ。あんたは一体なに……もの……?」


 そこでアルフレドは一瞬言い淀んだ。

 フィーネとエミリも目を丸くしている。

 あまりにも不自然だったのか、それとも怪しすぎるのか。


(これ。大丈夫なのか?……いや、言っていられないか。)


 彼らからレイという名前がまだ出てしまっている。

 彼らはレイを信用しすぎだった。

 レイがマリアと出会っていれば、もしかしたら一瞬で彼らは仲間になれたのかもしれない。

 彼らがそう思っている思うと、胸が痛む。


「レ……、えと、アルフレド。と、とりあえず車を動かしてみましょう。せ、専門の方……なら……、ちゃんとうご……動かせるかもしれないでしょ?」

「そうよ、やっぱり先、専門家に見てもらわないとダメだよ!」


 ——せんせんもんか?


「そうだな。それじゃあ、いつものようにやってみるか。」


 ついにドラゴンステーションワゴンのメインテーマ『ステーションワゴン』の始動である。


 アルフレドはドアを開け、運転席に座り、そしてハンドルを握る。

 更にフィーネとエミリは後部座席の方に回る。


「ほら。マリアもやるんでしょ?一緒に来るの!」

「ど、どうしよ。ニイジマ。」

「丁度良いチャンスだ。ほら、行ってこい。」


 ここでマリアが加わる。

 三人の少女が後部座席の方に移動する。

 そして——


「良し。それじゃあみんな行くぞ。先生に見てもらうんだ。せーの!」

「せーの!」

「って、そんなわけないだろ!」


 ——ニイジマは被っていた目出し帽を地面に叩きつけた。


「なんとなく、そんなオチが読めてたわ!これ、あれか?アルフレドはマジでやってんのか?フィーネ達に車押してもらってたのか?逆に凄いな!ここ、めっちゃ叩かれる絵じゃん!」

「ニイ……ジマ?」

「先生?」


 ニイジマ、いやレイは、とんでもないミスを犯した自分に吐き気を催していた。

 だから、全部脱ぎ捨てた。

 最初からバレてるのも気がついていた。

 そして、あの時彼らを信じられなかった自分を恥ずかしく思った。

 彼らはちゃんと別れてくれる仲間だった。

 車の運転を教えた後で別れるべきだったのだ。


「あー、もう!面倒臭い。まず、マリア。俺の名前は新島礼、お前にとってのニイジマであり、こいつらにとってのレイなんだ。訳あって冒険をやめた臆病者が俺な。マリアは全然悪くないから!って、鎧?」


 その瞬間、彼らによって仲間として認定されたらしい。

 装備一式がレイの体に戻っている。


(やっぱ、こうなるのか。俺の運命って一瞬で後戻りをするんだな)


 内心でそう思っていたが、今は目を瞑った。


「アルフレド、ちょっと後ろの座席に座れ。あー、みんなも座れ。マリアもだ。運転を教えるのを忘れていたから、今から教える。」


 日はまだ夕暮れ時。

 マリアもギリギリ帰らなくて済む。

 だから、まずは車がちゃんと動くのかどうかを確かめることにした。

 そしてレイは運転席に座ってキーを捻った。

 すると何の問題もなくエンジンが掛かる。


 ——それどころか、後部座席がザワザワしている。


「エンジンも掛けられなかったのか。いや、そもそも男が運転席で女が後ろから押していたって。……笑えねぇ。十日間も炎上プレイさせていたのかよ。フェミニストが騒ぎまくるぞ、これ……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ