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ニイジマとして

 レイはひっそりと生きる。


 全部、思い通りになった。

 この街にレイモンド・レイを知っている人間はいないと思われる。

 いや、世界の嫌われ者だから、知っている人はいるかもしれない。


 だが、スタト村よりは随分マシだろう。

 だが、この世界に写真という概念はなかった。

 あったとしても似顔絵程度、わざわざ魔物蔓延る草原や森を越えて似顔絵が伝わるとは思えない。

 この世界、国という概念も曖昧だ。

 王という言葉は出ても、王は登場しない。

 出てくるのは魔王のみ。

 偽名を使ってもバレることはない。

 ステータス画面があれば別だが。


「モンスターが現れ、村同士の交流が廃れる。だから経済は回らないし、仕事は思ったよりも見つからない……」


 レイはネクタの街を練り歩きながら独り言を呟いた。

 そして一度立ち止まり、キョロキョロ辺りを見回してから再び歩き出す。


「そんな細かいことは気にしなくて良い。このゲームは無限に道具を売れるし、モンスターを倒せば無限にお金が手に入る。リメイクはそういうところには一切メスを入れず、ただ恋愛要素を特化させただけだ。」


 彼はただ目的もなく練り歩いていたわけではない。

 彼は無一文であり、ゲームシステム上はアイテム0に加えて全裸状態になった。

 ゲームであれば、少し前の村からやり直した方がよい。

 でも、レイはパーティから抜けた。

 冒険者から足を洗ったNPCという設定のモブキャラならそれなりの街でなら、簡単に遭遇する。

 それくらい、ありふれたNPCだ。

 平和になるまでは何も考えなくてもよい。


「確かこの辺だよなぁ……。アルフレドがこの辺に立ち寄るとは思えないし」


 外皮はゲームでも中身は現実世界に近い。

 NPCもちゃんと生きている。

 だから普通に生きる、就活するというのも一つの手だが、それはもう少し先でも良い。

 今はサブクエ探しだ。

 あの勇者アルフレドが街の隅にあるサブクエストを拾うとは思えない。

 何なら、この街は探索しなくて良いと伝えている。

 

「さて。今回のサブクエはこれで良いとして、次のサブクエはっと」


 だからレイはイベントを探す。

 戦いが絡むものは出来ないので、おつかいイベントを探す。


「はい、おばあちゃん。これ、頼まれてた薬だよ。」

「おお、助かるねぇ。ほい、お駄賃の100G。」


 薬草は30Gした。

 でも、これだけでお金が増えることもある。

 ちなみに30Gはツボの中や箱の中を調べて集めた。

 ツボや箱の中にある、いつの薬草か分からないものだって、薬草は薬草。

 それで案外稼げる、というより赤字になるようなサブクエを採用するほど意地悪なゲームデザインにはなっていない。


(アズモデが現れたから、皆は怯えているという設定だ。でも、アズモデはここには来ない。だから、俺にしかできないNPC処世術だな。)


 この調子で行けば、わらしべ長者だって狙えるかもしれない。

 けれど、それではレイモンドが悲しむというものだ。

 だからこういう仕事が最も向いている。


「あぁ? 金持ってねぇなら、宿屋にいつくんじゃねぇよ!」

「ひぃぃぃ、分かりましたぁ!」


 ゲームあるあるだが、宿にずっといるモブがいたりする。

 今回はそのモブを追い出すだけという簡単なお仕事。

 勿論、勝手に追い出したわけではなく、街の掲示板に書かれていたから引き受けただけだ。

 プレイヤー目線ではゲームに関係すること、あとは小ネタくらいしか読めない。

 でも、そこにはゲームデザイナーの心がこもっている。

 だからこの世界は回っている、という解釈をしている。

 つまりNPCであるレイには掲示板の隅も読める。


「まぁ、それでも大変か。最近のゲームでも食べ物に関しては特殊効果が付く程度。真の空腹は表現されない。……いや、NPCが飢えているのは結構見かけるか」

「なぁ、君。」


 そんな時、黒服の男が話しかけて来た。

 アルフレド達と別れたのはまだ三日前のことだ。

 街は魔族の出現で色々と騒がしかったが、結局は怯える方法へと向かった。

 だから、今は殆ど人気(ひとけ)がない。

 それを利用して、彼はせっせとお使いをしているわけだが、そんな彼に興味があるNPCがいるらしい。


「はい。なんでも屋のニイジマでーす。」


 偽名を使うとごちゃごちゃしそうなので、このゲームで一度も使っていない苗字の方を名乗っている。

 一度もあなたはもしかして新島さんでは、とは言われていない。


「魔族やモンスターが現れ、外に出るのも危険ということで一人欠員が出てしまったんだ。なんでも屋ということは警備もできるということかな?」

「えっと、俺……じゃなくて私は。ちょっと訳アリですけど。私はこの街から出たら死ぬんですよ。あ、感染はしないんで、引かなくてもいいです!心の病みたいなもんですから。」


 アルフレドがファストトラベルを覚えている以上、西にも東にも行けない。

 何なら、この街も路地裏しか歩けない。

 日陰を歩くNPCという設定。

 それだけで、サブクエストの臭いがプンプンするが、この街で重箱の隅をつつくのは止めて欲しいと言ってある。

 それに、彼らは元々ゲームキャラクターだ。

 ゲーム内で見えない壁がある場所には、自然と足が向かない。

 そういう場面は何度か目の当たりにしている。


「これです。これに私の働ける条件が書かれています。勿論、未来永劫この条件という訳ではないですが、外に出るとなると……ちょっと。分かりますよね?」


 ニイジマレイは自分の働ける条件を名刺に書き込んでいる。

『なんでも屋ニイジマ』という名刺は掲示板にも貼っているので、それを見て声をかけて来たのだろうと気軽に答えた。


「問題ない。私もこの街の外に出たことはない。そういう意味では私も同じ病気、いや風土病なのかもしれないな。」


 ほう、なかなかウィットにとんだ答えだ。

 ニイジマは少しだけ面白そうだと思って快諾した。


(警備なんてサブクエはこの街ではなかった筈だ。アルフレドが虱潰しにNPCに話しかけるとは思えないし。ただのお使いばかりでつまらないと思っていた所だ。)


 つまり、たった三日で仕事にありつけたのだ。

 黒服の男が何者かは知らないが、ほいほいと彼の後をついて行く。

 この街で生きていく為の衣食住が、今は圧倒的に足りない。

 問題は住、宿を利用できないのがかなり痛い。

 とはいえ、定職していないので家を借りられない。


(これで家を借りられるか。宿を利用するのは怖かったんだ。勇者は宿屋に泊まるもんだし……。って、あれ?この建物、どこかで……)


 ニイジマの顔は次第に青ざめていった。


「どうした? 顔色が悪いが。ここはまだ街の中のはずだぞ?」

「いや、だってここ……。マリアの……じゃなくて、エクナベルさんの家ですよね? 資産家のエクナベルさんの大豪邸じゃないですか‼」


 ニイジマは困惑して、あたふたし始める。

 その様子は明らかに何かに怯えたものだった。

 そして、それを見て黒服の男は肩を落とした。


「やはり、お前もダメか。エクナベル家が魔族に襲われたというのは有名だからな。あぁ、仕方がない。お前、もう帰っていいぞ。」


 だが。

 その男の言葉にニイジマは首を傾げた。


「いえ、そこは大丈夫なんですけど。魔族と俺は関係ないし。俺に関係あるのは勇者様。噂の金髪の剣士アルフレド様に出会うと死ぬ呪いが掛かっているんです。実は外に出られないのもそれで。あ、いや。変な者じゃないです。でも、心の病なんで……その。今、彼……いますよね?」


 定職欲しさに、色々と話をしてしまった。

 勇者の噂はこの街に轟いている。

 魔族は大丈夫で、勇者はダメとかどこのスパイだよ、と自分でツッコんでしまった。

 ニイジマの顔は間違いなく引き攣っていた筈だ。

 けれど、男はそこに触れることなく質問に答えた。


「マリア様とイザベラ様を救ったという勇者アルフレドのことか。あの男はいないぞ。なんというか、エクナベル家でも話題に出し辛いんだが……。それにしてもお前、色々悩みを抱えていないか?まぁ、それを言ったら俺もだが。 で、どうなんだ。多少のことなら大目に見るぞ。その男が来た時はある意味で安全だから、お前は非番ということにしてもいい。……いや、寧ろその方が都合がいいか。何でもない。それほど人材不足なんだが……」


 その話を聞いて、ニイジマは成程と腕組みをした。


(お金持ちのお嬢さんが父親に車を買ってもらうや否や、金髪イケメンが彼女を連れて行く。パパ、絶対許しません!だな、これ。俺だってお父様の立場ならブチ切れ案件だね。アルフレド討伐依頼とか出しちゃいそうだ。)


 見たこともないマリアのお父様に成り代わって、彼は頭を抱えつつ、エクナベルの皆様に同情した。

 ゲームプレイの時は何も考えていなかったけれど。


「NPC目線だとそうなるよな。マリア、自由奔放なところがあるし。」

「ん?お前、マリア様を……」

「だー、違います!あれです。金髪の美少年と車でどうのこうのってあっちで聞いただけです!っていうか、そんないい条件あるんですか?」

「私の個人的見解なのだが、おそらく長い期間は雇ってやれない。それでも良ければという条件にはなる。お前はあまり見ない顔、その間の部屋くらいは用意できる。悪い話ではないと思うがな。」


 そこでニイジマの目が光る。

 この男、なかなか見る目がある、と。

 つまりこの男はアルフレドが世界を救うからと言いたいのだ。

 そして、それはそんなに未来ではないことも分かっている。


(こんなキャラがいたのかと設定資料を読み直したい。それに仕事も分かりやすい。マリアがいなくなった家を守る警備員か。……確かにマリアは偶に家に帰りたがる。それはそれで好感度を上げるチャンスイベントなんだが、それもこの男の言っている条件に当てはまるな。父親か母親の警備ってとこか。アズモデ登場後だし、これは俺の転職と見た!)


 ニイジマとしても世界が救われた後なら自由な行動が取れる。

 つまり。これは完全なるウィンウィンである。


「承知しました。その仕事受けましょう。それにしてもあなたはなかなかの慧眼(けいがん)をお持ちですね。」


 ニイジマがそう言ってニヤリと微笑むと、その男も同じく微笑んだ。


「いや。ニイジマもなかなか見どころがありそうだ。これで奥様の小言も聞かなくて済みそうだ。」


 奥様の小言、間違いない。

 これはエクナベル家の警備員の仕事。

 ニイジマは密かにガッツポーズをした。

 しかも彼は勇者に会ってはいけない、という話を信じてくれたらしく、ここからずっと路地裏を歩いてくれた。


(流石にマリアもまだ帰りたいって言わないだろうけど。ちょっとレベル上げして宿に戻るは普通にやってそうだからなぁ。それにしても有難い。これって一流企業で働けるってことだよな?履歴書にも書けるし、今後も……)


 そして豪邸の裏口から入り、黒服の男は更衣室にニイジマを連れていった。

 そこで黒スーツに着替えろと言われたので、ニイジマも黒服の男のひとりになった。


「あの。これってもう就職できたってことでいいんですか?俺……、私はまだ偉い人と面接を受けていないんですが。 あ、そうか。貴方がその偉い人なんですね。改めまして、私はニイジマと申します。えっと、それで貴方様は……」


 ニイジマのその言葉は一瞬、その場を固まらせた。

 もう一人いた黒い服の男もピクッとしたまま固まった。

 その固まった意味が全く理解できず、ニイジマは麻の服をしまうためにロッカーに目を向けた。

 そしてニイジマは彼らの固まった意味を理解した。


「警備の男A、警備の男B……」


 つまり彼らには名前がない設定。

 設定資料集にさえ載らないモブキャラだ。

 だから名前と聞かれて彼らは困惑した。

 その事実がやはりこの世界はゲームなのだと知らしめている。


「そういうことですか。うーん、名前を付けても多分、ストーリーには関係ないよな。とりあえずエイタさんとビイタ。その方が呼びやすいんで、それで大丈夫ですか?」


 すると、やはり彼らは固まる。

 そしてややあって、軽い咳ばらいをした。


「あ、あぁ。それで頼む。そして一応私が責任者の……エイタだ。そして副責任者の……ビイタだ。で、では今から面接に行くからついて来てほしい。」

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