初めてのムービーと突然の別れ
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少女「ママー!私、今さっきいいことしたよー!お小遣いちょーだい!」
少女の母親「マリア、あんなよっぱらいに魔法をかけても神様はいいことって言ってくれないわよ。それよりも早く離れなさい。碌でもない人間に決まってるわ。」
マリア「えー、そういうの分かんないじゃん! だって私は敬虔な信徒だもん。いつかお金持ちの王子様が私を攫いにくるの!……キャ!もう!どこに目をつけてんのよぉ……おじさん!!」
ピンク色の髪の少女の名前はマリア、マリア・エクナベルだ。
ネクタの街の資産家の娘であり、今は教会でのお祈りの帰り道だった。
今日はスピードエイドという神聖魔法を教えてもらったから、ベンチで寝ている酔っ払いに試してみた。
彼の魂が少しでもまともになりますように、と祈ってやったのだから、金髪イケメンとの出会いをくれても良いのに、とマリアは口を膨らませていた。
そんな少女が母の元に戻ろうとしたら、急に視界に黒い物体が現れて、彼女は転けてしまった。
だから、彼女はその黒の燕尾服を着ている男に文句を言った。
燕尾服の男「おじさん? 人間の小娘が何を言っているのかなぁ。それに僕はまだ360歳。ぴっちぴちのアズモデ様だよ? その目、壊れているのかなぁ? 僕が抉り取ってあげようか?」
少女は恐怖した。
彼は顔の色こそ人間だが、金色に光る瞳、尖った歯、尖った耳に尖った舌。
本を手にしているし、人間そっくりだが、何かが色々、いや全然違う。
アレはどうみても人間ではなかったのだ。
アルフレド「おい、街で勝手なことをするな、お前は魔族だな?」
ただ、そんな中、金髪のカッコよい男が間に割って入った。
アズモデ「おやぁ? 君は……」
謎の男「ちょっと待てやぁ、アルフレド。まーたお前、勇者のフリなんてカッコつけやがってぇ。俺様に任せろってぇ。これを……飲んだら、そんなやつなんて——」
アルフレド「レイ! どんだけ酔っ払ってんだよ。お前は引っ込んでろ。魔族は俺の村の家族の仇だ!」
レイ「うるせぇ、俺は自分の金で飲んでんだぞぉ。てめぇに俺の何が分かるぅ。おい、そこの、あ、あず、あずきんとす!そのお嬢ちゃんから離れろぉ。そのお嬢ちゃんは俺が先に目ぇつけてたんだよぉぉぉ。ぬ、ぬぅ?……ぶわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
金髪の青年にレイと呼ばれた酔っ払い、彼がアズモデに詰め寄った時、アズモデの燕尾服の下から矢印のような尻尾が出てきた。
そして矢印は下から上へとしなり、レイの顎に直撃した。
とんでもない威力を持った尻尾。
その直撃を受けた彼は高さ10mくらいまで上がった後で、街の噴水へと落下した。
アズモデ「人間のクズに用はない。くく、本当に人間界は腐っているねぇ。さて、漸く僕の待ち人が来たみたいだ。金髪の剣士。君、スタト村出身だよねぇ。まだ焼き尽くした村はあそこだけだしねぇ。」
アルフレド「俺を待っていた……だと? お前が俺たちの村を……。フィーネの両親を‼」
フィーネ「アルフレド、気をつけて! 貴方まで死んでしまったら……私……。でも、許せない。だから私も戦う!」
エミリ「勇者様!私も戦います。天国で見守っているお父さんとお母さんの為にも‼」
アルフレド、フィーネ、エミリがアズモデを取り囲むように動く中、ソレは燕尾服をはためかせながら禍々しいオーラを放った。
そして、アズモデは余裕の表情で空に浮かんでいく。
彼の背中にはいつのまにかコウモリのような羽が生え、街中に乱気流を発生させている。
アズモデ「違う、違う。僕じゃないよ。僕は光の勇者のご尊顔を見に来ただけ。君の村を襲った連中なら、今は極東の地だ。魔王様が君臨する地にいるよぉ。因みに普段は僕もそこにいるからねぇ。こう見えて僕は忙しいんだ。では、光の勇者アルフレド。またの機会に。でもせっかくだ。この子と遊んでやってくれ。」
そう言って、アズモデは目では追えない速さで去っていった。
その行方を険しい顔で見つめる光の勇者たち。
だが、地面には禍々しく光る三つの卵が突き刺さっていた。
ピシッ!
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レイは噴水の中でゲホゲホと気管に入った水を吐き出そうと咳き込んでいた。
いや、何なら胃の内容物まで吐き出している。
そして、今起きた現象に困惑していた。
(気持ち悪い。……なんだ今の。くそ、どうして酒が。……って違う!なんだじゃない!俺はこれを知っている!何回か見たイベントだ!序盤はほとんどスキップしてたからうろ覚えだけど。……そうだった。この街に入ってこの広場に行くと、レイモンドは「酒だ、酒だ」と叫び始める。そしてその後でムービーが差し込まれる。なんで俺がここ来たのか曖昧だけど、おそらく今回のイベントのスイッチはこの広場に全員が集合することだったんだ。そして、ここで三人目のヒロイン、マリアが登場。更にここで光の勇者と告げられる。それにしてもおかしい。レイモンドだけは『レイ』のままで、あとは最初から決められた設定で進んでいた。村も滅んだことになってるし、エミリの両親も死んでいる。どうして俺だけ……、ってかさっきのムービー、俺の役いる⁉近所の迷惑な酔っぱらいじゃ、ダメだったの⁉)
アルフレド達も泡を食ったような顔をしていた。
そして
「レイ、大丈夫か!」
と噴水に駆けつける。
三人とも神妙な顔つきをしているから、彼らの思考がどうなっているのか、ちゃんと聞くべきかもしれない。
けれど、今はそれどころじゃない。
「エミリ、分かっているな?ここはブーメラン殺法だ。俺、一度見てみたかったんだよなぁ。こういう卵から生まれるモンスターが、もうすぐ孵化するってのに、その前にぶった斬られるところを……な?」
エミリは、ずぶ濡れの先生の言葉に我に帰った。
そして三つの卵に狙いを定め、鉄斧で卵を割って行く。
中には昆虫型のモンスター『ビビビースト』が入っている。
けれど、孵化する前の外骨格は水分を多量に含んでおり、ピギューという嫌な鳴き声が殻が割れる音と共に聞こえた。
「次はアルフレド。念のために火球弾だ。孵化後だから、乾燥させないとな。」
「なるほど。流石はレイだな。やることがえげつない。アズモデの思い通りにさせるか、火球弾!」
アルフレドは勇者らしからぬ悪い顔を見せた後、微妙に動きが残るビビビーストの体を焼いた。
「フィーネ。ダメ押しだ。火力をあげよう。大鎌鼬行っとこうか。」
「ちゃんと準備できてるわよ。住民の皆さん、避難できてますね!大鎌鼬!」
流石、才女フィーネ。
すでに予想して、住民の非難喚起まで行っていたらしい。
そして彼女も何の躊躇いもなしに、ビビビーストが燃えている炎に酸素を供給して行く。
RPGに自然科学と物理が混ざっているのだから、あの炎の中は千度は余裕で超えているだろう。
焼かれている彼らは悪くない。
ただ産み落とされた場所を間違えただけだ。
だが、人間側がモンスター側の準備に付き合う必要はない。
「良し。倒せたぞ、レイ」
「完璧よね、レイ!」
「倒せました、師匠!」
見れば分かる。
戦いが始まる前に勝利は確定していた。
「あぁ……、よくやった……。よく、俺の戦い方を短期間に会得してくれた。」
でも、レイの戦いはここからだった。
勇者アルフレドが数歩歩くと次のイベントが発生してしまう。
「でも、ゴメン……」
今こそ、彼らに別れを告げる瞬間だ。
まだ、頭は混乱している。
だから冴えない顔つきで、彼は言いにくそうに話し始める。
「あ、あのさ……。アルフレド……」
だが。
レイには思いもよらない言葉が周囲から発せられた。
「分かっているよ。あとは俺たちに任せとけ。今までありがとうな、レイ。」
「レイ?さっきの私の動き、見てたでしょう? あんたがいなくてもちゃんとやっていけるわ。」
「先生!…… 今までありがとうございました!」
あれだけのことがあったのに。
呆気なく、彼が求めていた言葉が返ってきた。
——つまり、別れの言葉。
レイが彷徨っている間、彼らは彼らでちゃんと話し合っていた。
そして、彼らはちゃんと心の準備も済ませていた。
だからレイは呆気なく、本当に呆気なく……
「あ、ありがとう……。感謝するよ。……これからも感謝し続ける。それじゃ、勇者様、そして勇者を支える才能溢れるお二人。……世界を宜しく……頼みます。」
こみ上げるものがある。
たったの一日と半分なのに。
でも、それをこみ上げさせてはダメなのだ。
だから、あくまで町人の一人として頭を下げる。
「任せ……ろよ」
「絶対、……倒す……からね」
「師匠……、また……」
レイがこの場でたじろぐと強制力が働くかもしれない。
そして、彼らもそれはなんとなくだが知っている。
だから、レイはたった二日の物語の余韻を味わう暇もなく、踵を返してこの場を立ち去っていく。
別れを惜しむ、思い出を語るなんて禁忌事項。
ここで強制イベントに巻き込まれたら、彼らと別れた意味がなくなる。
だから、背を向けながら片手を上げた。
——すると
「あ……」
という声が後ろから聞こえた。
もしかしたらと、レイも口元を触ってみる。
確かに自分の口も開いていた。
理由は目に見える変化が起きたからだった。
ゲーム内でのキャラクターと別れた場合、仲間が持っていたアイテムがそのまま消えるゲームと、主人公のアイテムボックスに戻るゲームがある。
そして、このゲームは後者を採用している。
——理由は簡単だ。
レイモンドは途中で死ぬ運命にある。
レイが仲間から離脱することは最初から決まっている。
大切なアイテムが消えてしまうバグを避けるための当然の措置だ。
だからレイは裸にレザーアーマーはやめておいた。
この世界では装備品として認定されていない麻の服の上下を着ているのみ。
バックラーも棍棒もアルフレドか、他の仲間の荷物に入っているだろう。
そして。
その現象こそ、彼らがレイをパーティから外したという意志の表れでもある。
別れたという事実が、目に見える形で分かると、やりようのない悲しみが湧いてくる。
「あれ……」
レイは気がつくと涙が溢れていた。
けれど振り返ってはいけない。
この身に二度とレザーアーマーが装備されないように。
心配はいらない。
次はマリアが仲間になって、ぴったり四人、戦闘要員は補充される。
前衛アルフレド、エミリ。
後衛フィーネ、マリアはバランスが良い組み合わせだ。
攻撃魔法のフィーネと回復魔法のマリア。
デバフ程度しか使えないレイなんて、残っていても使ってもらえない。
いなくても、彼らなら世界を救える。
その為に知識は授けた筈だ。
でも、考えるとどんどん寂しくなるから。
——レイは考えるのを止めた。