終わらない茶番
レイモンドは嫌われキャラである。
そしてそれは公式で決められているものである。
このゲームを制作した者たち、言ってみれば神々に嫌われ者認定をされたキャラである。
ただ、その世界が今は現実となり、人間として存在している。
だから、アルフレドとフィーネにとってレイは嫌いな人間である。
でも、突然頼れる存在になってしまった。
そのギャップが二人を狂わせていた。
一方、エミリにとってのレイはどうだろうか。
彼女の考えは、とても分かりやすい。
とても頼れる人、父親を救ってくれた恩人でもある人。
だから、彼女は今もレイを慕っている。
——そんな中
レイは何も知らずにフィーネにモンスターの特徴をレクチャーしていた。
「モンスターの種類と弱点は……」
この世界の戦闘は単純な確率論ではない。
RPGに登場する武器の中には、低確率ではあるが一撃でモンスターを仕留めるものがある。
そして、この世界ならその確率を操作できる。
人型モンスターであれば急所を簡単に見抜けるし、スラドンタイプも急所をアピールしている。
人の手でデザインされているからこそ、チャームポイントがウィークポイントになり得る。
そして、これらは。
比較的レベルの低い、このエリアでもレクチャーが可能である。
「ネクタまでで8割も網羅出来てしまうの?」
「名前も違うし、強さも違う。でも基本パターンは同じだ。モンスターは色で強さが変わる。」
つまり、どれだけ強いスラドンが出現しても、目玉刺突で仕留められる。
「だから、ここで出てこないモンスターも教えておこうか。」
もっと形が違うモンスターが出てくる可能性はある。
フィーネと肩を寄せ合い、イラストを交えながら説明していた。
だから、レイは気付いていなかった。
違う意味でのモンスターは既に動き出していた。
だが、それに気付けない。
気付ける筈もない、——そもそも彼はプロレスが終わったと思っている。
「あれ? ここって森か? うーん、確かにネクタの街方向ではあるけど……。そうか!流石、アルフレドだ。さっそくRPGの仕組みを理解して、取り入れたってわけか。」
「え?どういうこと? RPGの仕組み?」
「ネクタの街では中盤まで使える武器や防具、そしてアイテムが手に入る。ここの森に出現する成金カラスは金稼ぎにうってつけなんだ。フィーネ、ちょっと試したいことがある。俺の魔法だとそこまでは出来ないからな。魔法封じ魔法は一定の範囲の空気の流れを止めると、設定資料集に書いてあった。それって魔法を使わない鳥系モンスターにも効果があると思わないか?」
コマンド形式でない上、オープンワールド風になっているから、物理法則が存在する。
鳥が空を飛べる理由も、揚力を利用している筈だ。
いずれ魔法で飛ぶタイプも出てくるだろうが、今はまだ序盤。
そう考えると、この世界は可能性の塊だ。
だから彼は何も知らずに無邪気に楽しんでいた。
そしてレイモンドでなければ、この世界を満喫していたことだろう。
「じゃあ、静寂魔法を使えばいいのね!」
「でも、ボイレスは戦闘魔法だ。だから……」
「分かってる。私たちより少し上の空気の流れを止める、でしょ?」
フィーネは頭が良い。
ゲーム用語は理解できなくても、感覚でそれを掴み始めている。
そんな彼女に満足して、レイはニタァァァっと笑った。
その直前に実はちょびっとだけ脇腹に痛みを感じていたのだけれど。
「……ぐぽぉ……ぐぽぐぽ。そんなわけないでござる。俺達二人に掛けるでござるよ、フィーネ氏。森の中、エロエロフィーネ氏と二人きり。さぁ、大きな声でだーーーーいしぜーーーーーん‼」
「はぁ?何をいきなり!え……いや‼って、ちょっと待って⁉」
フィーネは戦慄していた。
ずば抜けた賢さを持ち、過去の記憶を有する彼女。
だからこそ、そんなところに辿り着けてしまう。
「分かってて、俺様についてきたんだもんなぁぁぁ」
レイモード、それはレイモンドの個性、人間どころか魔物をもイラつかせるユニークスキル。
この瞬間のフィーネには、レイの今までの発言が、そこへと続くフラグに見えてしまう。
「今までも連れ込まれそうになったことはあった。でも、それをアルフレドが助けてくれたり、村の人が助けてくれたり。だからつまり、二人だけになったのって、もしかして生まれて初めて……?」
「なーに言ってんだよ。さっきからずーっと二人きりだぞ。フィーネの方から迫ってるのに人が悪いぜ。」
更に言えば、レイもおかしいと思っている。
先、何かを言った気がしたが、よく覚えていない。
せっかくのお勉強中なのに、何を焦っているのかと怪訝に思う。
そしてソワソワしているフィーネに、何故か手を伸ばしてみたくなる。
「 待って!前にアルフレドとエミリが……!……い、いない?アルフレドに道を教えていたのはレイ、そしてエミリが懐いていたのもレイ。——でも、そんなこと可能なの? ここまでのことが、全部計算だったっていうの?」
フィーネには思い当たる節がありすぎる。
彼女自身が言ったことだ。
木刀で頭を叩かれてから、彼はまともになったと。
それでレイが未来視に匹敵する計算能力を手にしていたとすれば。
「落ち着けって。フィーネ。ここは男から誘うべき、そう思ってんだろう?なら、ちょっと、そこで休憩するかぁぁぁ?」
「いやぁぁぁぁぁぁ!」
演技かどうか、そんなことがどうでも良くなるほどのユニークスキル。
それが彼女に向けて発動される。
だから、反射的にフィーネはレイを蹴り飛ばした。
◇
「良し。我ながら完璧だな。」
アルフレドの作戦は完璧だった。
たった一秒で、フィーネをあそこまでミスリードさせた。
彼は木の影に潜み、レイの脇腹に小石を投擲した。
その衝撃でレイが脊髄反射を起こして、下卑た行動をとってくれる。
こんなこともあろうかと、フィーネと一緒にしつこいまでにレイの体に覚えさせた。
「まさか自分の作戦が使われるとは思うまい。はは、完成している。これは驚きだな。レイがここまで完成していたとは……な。」
確率は五分五分だった。
だが、レイの言葉を借りれば、この世界は確率では動いていない。
ポイントを見定めれば、限りなく100%に近づけると彼は言った。
だから、最高のタイミングで投擲をした。
「特異体質、と言うべきか。……やはりレイは凄い奴だな。」
森の中で二人きりの状況。
二人きりと認識させるのがポイントだった。
彼女は勝手にレイが躾けらていたフリをしていたと勘違いする。
——だって、二人しかいないなら脇腹スイッチは誰にも押せない
これがレイが言っていた確率を乗り越える戦い、……なのだろう。
だからアルフレドは心の底から感動していた。
ただ、流石に100%には至れなかった。
もしも自分がレイだったなら、フィーネが蹴り飛ばす方向さえも操れたのだろう。
そこが少し悔しい。
レイがレイに投擲をしていたら、必ずレイのいる方向にレイを飛ばせたのに。
と、アルフレドは自分の不甲斐なさを呪った。
◇
「あれ? 俺、なんで急に突き飛ばされたんだっけ……」
彼は自分がパブロフの犬状態になっていたことに気付いていない。
急に痛みを感じるとレイモードに入ってしまうのは、かなり前から彼の意思ではない。
彼はそこを見誤っていた。
そして気がつけば、森の茂み。
「危ないところでしたね、先生。」
「え、エミリか?エミリがどうして……」
いつの間にかエミリが横に立っていた。
そして彼女は彼の腕を引き、上半身を起こして座らせた。
「はい。先生がフィーネの罠に陥っていると知って馳せ参じました。フィーネは先生を旅に同行させるつもりです。この見解はアルフレドとも一致しました。」
——は?
「何を言ってるんだ。俺は夢でも見ていたのか?フィーネとエミリは仲直りしてたじゃん。手を繋いで歩いてたじゃん。」
二人で握手をしていたし、仲良く茂みから出てきた瞬間ははっきりと見ている。
「あれもフィーネの高度な心理戦だったんですよ! 私も騙されるところでした。先生、考えてみてください。レイはフィーネに嫌われていた。これ、間違い無いですよね?」
エミリはまっすぐな目でレイを見ている。
そして、それは設定的にも間違えていない。
だから、うんうんと素直に首を縦に二回振る。
「にも関わらず、フィーネは先生と肩を寄せ合って行動をしていました。これっておかしいですよね。頭の良くない私にだって分かります。計算高い彼女が冒険の知識を豊富に持つレイ先生を放っておく筈がないですよ。もう一度聞きます。彼女は先生のことが嫌いなんですよね?」
何度も嫌われていると自覚させられるのは辛いが、そういう設定だから仕方ない。
だから、やはり彼は頷く。
そして、その理論がとんでもない話へ進んでいく。
「嫌いなら死んでも構わない、だから危険な旅に連れて行く。嫌いな人間だからこそ躊躇せずに連れて行ける。そもそも嫌いな貴方が住む世界を守る為に、危険な冒険に出るなんて、彼女にとって何のメリットもありません。」
「——‼いや、待て。そんな……」
正に超理論だった。
嫌いな奴だから、危険な冒険に付き合わせる。
確かに、在り得る……のか?
と突然断言されると、そうかもと考えてしまう。
フィーネはレイモンドが大嫌いだ。
けれどアルフレドがいい奴だから、仕方なく同行を許した。
ここまでは設定上、間違いないし、記憶の中の発言とも一致する。
ただ、エミリ理論には決定的に設定とは矛盾する部分がある。
だから、彼は自信を持って反論した。
「……いや、エミリ。それは違う。考えてみたんだけど、流石にそれはないよ。フィーネは、どれほど嫌いな人間だとしても、命を軽んずることはしない。」
そもそもまだ一日半くらいしか経っていない。
だから彼はまだまだ設定を重視する。
設定を重視したから戦い方が分かったし、設定があるからこれからの身の振り方が分かる。
レイにとって、設定こそが人生のバイブルである。
だからこそ、ここからエミリの策に嵌ることになる。
「ゴメンなさい。私、嘘を言いました。でも、実は先生にそう言ってもらいたかったんです。世界を救いたいって思ってるフィーネはそんなことをしません。……だから、ここからが本題なんです。もしも、先生の言っていることが正しいなら、フィーネの行動はおかしいです。先生のことが好きとしか思えません。 好きだから危険な旅について来て欲しい、そう考えてはいけませんか?」
「は?それこそ、あり得ない。多分、……設定的に。いや、それはそれで……。好き……なら、一緒についてきて欲しいって思う……かも」
短絡的な罠にハマってしまう。
だって、仕方ないじゃないか。
人生のバイブルと超絶美少女の好意、童貞が欲しいのはどっちなんだい?
因みに、これはエミリの計算というよりは、アルフレドの受け売りだ。
そして、アルフレドが放った脇腹へのピンポイント狙撃、それよりも彼にはクリティカルヒットしてしまう。
「私も気持ちは分かるんです。私も結構ギリギリですから。私だってレイ先生と一緒に居たいんです。だから、命が惜しかったら、あの二人には近づかないことです。」
レイが罠にハマったのは、そこにエミリの気持ちも混ざっていたからだった。
そして、ここで彼女は大切なことを聞く。
「私も先生がいてくれると心強い……です。ねぇ、先生。どうしてそんなにパーティを抜けたがるんですか?だって、先生が一番冒険慣れしてるし、ちゃんと強いじゃないですか。誰よりも生き残れると思います。それに私は先生に恩がありますから、私、体を張って守ります。」
その言葉にレイは目を剥いた。
エミリの言葉は彼のウィークポイントを突いている。
「命が惜しいから」という言い訳が封じられている。
誰よりも生き残れるし、誰よりも強い、という言葉。
そして、エミリが体を張って守るから。
(これ……、なんて言えば……)
シナリオの強制力はやはりある。
レイモンドを連れて行きたいという強制力かもしれない。
いや、彼女の存在そのものが、シナリオの強制力を証明している。
だからこそ、『レイモンド未加入状態で、勇者が世界を救う』抜け道を探すしかない。
「俺は……」
「レイの本当の気持ち、私は聞いてなくて。——ねえ、レイの願いはなんですか?胸の内を聞かせてくれませんか?」
勇者がゲームクリアしてしまえば、シナリオの強制力は失われる。
もしもフィーネルートがレイにも存在するとしたら、クリア後じゃないと意味がない。
でも、彼女は母性あふれる体だけが魅力な訳ではない。
彼女は本当に明るくて、優しくて……
エミリエンドはアットホームな幸せエンド。
妻エミリとたくさんの子供たち囲まれて暮らす、陽だまりのようなエンディングだ。
そんな設定を知っているからこそ、彼女になら話してもいいんじゃないかと思ってしまう。
——だからレイは。
ついに自分の真の悩みを彼女に告白した。
「胸の……」
「はい、胸の内を。」
——そう、今の胸の悩みを。
「やっぱ、直接胸の中を揉ませてくれん?やっぱ生で、直接触りたい!」
「先生⁉」