キャラ同盟
レイはアルフレドを注視していた。
何も見えないと言われてガッカリしたが、彼の顔色が変わったことは事実だった。
「なるほど、一つだけ変化があった。 実は今まで一つだけ、使い道が分からない魔法があったんだ。そういうことだったのか……。おそらく、その魔法を使えば、ここに瞬間移動出来る気がする。」
勇者の言葉に彼の顔が明るくなる。
「ああ。それのことだよ。俺には覚えられない魔法なんだけど、アルフレドはその女神像に触ると、そこに瞬時に移動できるんだ。その魔法名は瞬間移動魔法……って、魔法名は自覚できてんだよな。今まで伝え忘れてたんだけど、これからはこの女神像を見つけたら、触っておくと便利だぞ。使用できないダンジョンもあるから、別のエリアに行った場合は、そこで使えそうかどうか必ず確認すること。」
ここまで搾り出したのだから、おそらくアルフレドの話が真実なのだろう。
ただ、レイはガッカリした訳ではない。
そもそもアルフレドがセーブ出来たとしても、レイには関係ないのだ。
下手をしたら何度も死を経験する可能性すらある。
だから結局この世界にはセーブという概念もリセットという概念もなく、ロード不可のオートセーブ、つまり普通の人生だったわけだ。
それにファストトラベルが使えるだけでも十分意味を持つ。
寧ろ、ファストトラベルの方がレイも恩恵を授かれる。
「俺しか使えない……。そうなのか。でもこの魔法があれば、いつでもレイに会いに行けるってことだな!」
アルフレドが嬉しそうにそう言った。
彼が嬉しかったのなら、それはそれで良かったと、レイは言い知れぬ不安を見て見ぬフリをした。
(なんでお別れすんのに会いにくるんだよ。)
そしたらいつまでも死亡フラグ残ったままじゃねぇか、と言いたいけれど、彼はいいやつで、素敵な笑顔なのでそんなことは言えない。
でも、そこまで問題があるわけではない。
——レイがあの街『デスモンド』に行かなければ良いのだ。
会いにくる分には問題ないかもしれないし、勇者たちの進行状況が聞けるのは良いことかもしれない。
でも、正直なところは分からない。
ファストトラベルが使える、という理由で遠方にいてもムービーに巻き込まれるかもしれない。
だから素直に頷けない。
ただ、真っ直ぐな瞳で見てくるアルフレドの目力に耐えきれず、レイは話題を変えた。
「それにしても、フィーネ達、時間かかってんな。俺たちの目の届かないところで、鎧を付け直してるんだろうけど、それにしては遅過ぎるだろ。」
「うーん。レイは昔から女性に関する知識が豊富だからな。俺には良く分からないが、確かに……、な⁉」
アルフレドが急に大きな声を出し、そして固まった。
だからレイは、彼の視線を追ってみた。
すると、ちょうどフィーネとエミリが出てきたところだった。
しかも、ニコニコと何やら話をしている。
そして何やら握手をしているようにも、手を繋いでいるようにも見える。
っていうか、どんだけ遠くで着替えてたんだよ、と突っ込みたくなるほど遠くにいた。
(覗かれるかもと思って、遠くで着替えていた?それにしてもアルフレドはどうして……)
二人は泉の向こう側の茂みでお着替えをしていた。
ただ、レイにとっては朗報だ。
アルフレドとフィーネが同じ目線で、レイのことを考えていると昨日は話していた。
そしてフィーネとエミリが和解、なのかは分からないが、とにかく仲良くなっている。
(俺があんまり向こうには行くなって言ったのに、二人があんなとこにいるからアルフレドはびっくりした、それだけだろう。)
「お前ら遅すぎねぇかぁ?」
レイは安直に考えて走り始めた。
なんなら、安堵に包まれている。あのプロレスから解放される。
これほど嬉しいことはない。だから、レイは気付けなかった。
アルフレドが立ち止まり、フィーネに険しい顔を向けていたことに。
「一体、何があった……?」
◇
フィーネはここに来る途中、前を歩くアルフレドをずっと観察していた。
アルフレドとレイが、もの凄く仲が良さそうにしていたのが気になっていた。
そして、フィーネのアルフレドに対する不信感が確信に変わったのは、レイからエミリへのセクハラ発言だった。
あの時のレイはエミリからのヘイトを溜めさせると見せかけて、フィーネへのキラーパスを飛ばしていた。
レイのことは昔から知っているが、あんな器用な真似が出来る男ではない。
勿論、性格が変わったのは知っている。
けれど、頭の良さまで変わるだろうか。
その視点で考えると、アルフレドが被疑者として浮かび上がる。
彼の性格の良さ、正義感は理解しているつもりだ。
けれど、何か引っかかることがあった。
だからフィーネは策を練ることにしたのだ。
それが休憩ポイントへ行くことであり、レザーアーマーお着替えタイムでもある。
「えー、あんまり緩んでるように見えませんけど。っていうか、フィーネも結構胸あるじゃないですかぁ。」
「貴女ほどじゃないわよ。……エミリ、そういう話をするためにここに来たわけじゃないの。私は貴女とお話があるの。出会ってすぐだから、まだお互いのことを知らないでしょう?女同士、友情を育むのも良いことだと思うの。」
フィーネのその言葉に、エミリの目がギラリと光った。
「それはとても良いことですね。と言ってもお話って先生に関することなんでしょう?先生は私にとって大切な人です。あ、勘違いしないでください。人間として尊敬しているという意味ですからね。それに恩もあります。だから私は先生がしたいようにして差し上げたいんです。でもフィーネは違いますよね? フィーネは先生を口では嫌いながらも、頼りにしています。だから次の街でお別れする気はありませんよね?」
普段のエミリは策を練るとか、罠に嵌めるとか、そういうのは苦手だ。
だから、彼女はいきなり直球を投げた。
エミリはレイのことを生理的には受け入れられない。
けれど、ちゃんと中身は尊敬している。
だから、彼女の言葉は真実だった。
「はぁ? なんでそうなるのよ。あいつのことは嫌いに決まっているでしょう? 貴女とは受けたセクハラの回数が違うわ。ま、頭をぶん殴られてから多少はマシになったみたいだけどね。けど! 絶対に一緒になんか行きたくないんだから! 私はアルフレドと旅がしたい……って、思ってた!ちょっと前まで! でも、彼の様子がおかしいのよ。だから貴女と腹を割って話そうって思ったのよ。で、まずはエミリの気持ちがどうなのか知りたかったんだけど、そういうことなら私たちは言うなれば同士よね?」
フィーネが捲し立てるように早口でレイの悪口を並べる。
その様子をエミリは半眼で見つめていた。
「はぁ……。そうですか。ま、そういうことにしときましょう。確かにフィーネとアルフレドはお似合いですしねぇ。で、私がレイ先生を引き止めると思ったから、私への嫌がらせをさせていたと。」
「そういうことね。でも、状況が変わったのよ。私が兄のように慕っていたアルフレド、彼は正義感の塊、そして思いやりもあるし、腕も立つ。顔もかっこいいし、欠点なんて全くない男よ。でもね、ちょっとバカなの。彼、レイがどんなに嫌がらせをしても、それをいつも受け止めていたわ。私はそれを彼が優しいからだと思ってた。でも……」
そう言って、フィーネは泉の反対側の木の影から、アルフレドとレイ、特にアルフレドに指の先を向けた。
「え、あの二人なにやってるんすか? って、あ、あ、アルフレドが女神像のおっぱい触ってる!先生はまぁ、そのまんまって感じっすね。私の胸も触りましたし。」
「そう。私も今ので完全に確信に変わったわ。あのね、アルフレドは親を知らないの。悲しい過去を背負っている。それでも懸命に頑張ってる姿がとても愛おしいの。けれど……、やっぱりどこかで親という存在を求めているんじゃないかって最近思い始めたの。そしてレイが急にまともになって頼りになる男性になってしまった。彼がレイに父性を求めても不思議に思わないわ。今日なんてずっとレイにべったりよ?」
フィーネはアルフレドのことをよく知っているし、エミリはたった一日の付き合いだ。
それにエミリの思考も単純なので、フィーネの言っていることが本当に聞こえてしまう。
そしてなにより、女神像の胸を触った後の勇者の恍惚とした笑顔、あれが脳裏に焼き付いてしまった。
「確かに……。アルフレドって結構先生に頼りっきりですよねぇ。それに先生って、ああ見えて人がいいからなぁ……。アルフレドに土下座でもされたら、仕方ないなぁってなるかもしれないですね。うーん。そういうことかぁ……。フィーネがちゃんと先生を嫌っていて、ちゃんと街でお別れしたいって思っているのなら、ここは女同士、協力し合うのも悪くないですね。」
「それなら決まりね。これからレイにはアルフレドを攻めて貰いましょう。」
「うーん。なんか表現がおかしい気もするんですけど……。先生にはちゃんとフィーネが伝えてくださいよ?」
そして二人は握手をし、草むらから姿を現した。