おまけ
「私、流石に飽きました。っていうか、よく考えたらこれってハーレムゲームじゃないですか。私、今は乙女ゲーやりたい気分なんです。」
レイは自室、というより魔王の間で立ち尽くしていた。
玉座に知らない女の人、いやよく見ると知っている人。
久しぶりすぎて、完全に忘れていた。
(よく見るも何も!こいつ、光の女神メビウスじゃねぇか!ゲームのクリア後に出てくる風貌だから、完全に忘れてた。ってか!中身どっち? それとも両方? そもそも、なんでしれっと他人の家、——しかも上座に座ってんだよ。いや、あれだよ? 女神だから上座であっているんだけどね?それに、いきなり俺の前に現れて、何言ってんだ、こいつ……)
「えっと、何?飽きたって言いました?それに乙女ゲーって……」
その瞬間、光の女神メビウスは慈悲深い笑みを浮かべた。
「あらあらあらあら! 乙女ゲーをご存じない!? では、迷える子羊に教えてあげますね。乙女ゲーとは、イケメンが沢山出てくる恋愛ゲームなんです!だって、そもそもこの世界おかしいですよ。どうして女の子ばっかり出てくるんですか!そもそも出生率はですね、染色体の——」
「いい、いい、いい、いい!それは俺も知ってるから!ってか、この世界はギャルゲーなんだから、仕方ないだろ!俺がそういうのに疎く見えたなら謝るけれども、大体同じレベルのサブカルオタクじゃん!ちゃんと知ってるって! だから、俺が聞き返したのは、そういう意味でじゃないんだよ。なんで光の女神の分身使っているのかは置いといてもさ、久しぶりに帰ってきて、いきなり飽きた、乙女ゲーやりたいってなってんの?って、俺は聞いてるんだよ!」
(とりあえず、聞いておこう。でも、嫌な予感しかしない。)
すると光り輝く女神は、膝の上に乗せた両手の指でもじもじを演出し始めた。
「えっと……、その、軽い女って思って欲しくないんですけど。私、見つけちゃったんです!イケメンが沢山出てくるこの世界とは対極と思えるゲームを……」
(なんで軽い女?だが、とにかく今は聞こう!なんか、嫌な予感はするけれども!)
「ほう、それで?」
「最初はどうなの? って思ったの。これってドラゴンステーションワゴンに対する浮気じゃない? って、私、何度も何度も自分自身に言い聞かせたわ。私は軽い女じゃない。ね、そうでしょ? 私、軽い女じゃないでしょ? だから、イケメンが沢山出てくるゲームをやりたいって思っても我慢!心に言い聞かせたの。」
(ほうほう、それで?)
「……でもね。思ったの。最近は女性向けの方が売り上げが上がるって。……だから、私もやってみたいなーって。ゴメン、私。やっちゃった!」
(やったのかよ! おし、認めてやる。お前は軽い女だ!)
レイはこの女神が、時々日本に行ってゲームチェックしているのは知っている。
でなければ、こんな狂った世界を作ったりしない。
神ゲーだから作ったというこの世界。
そもそも神ゲーと呼ばれていたのは、ごく一部のコアなファンの声だった。
でも、確かに自分と彼女の趣味は似通っているというのは認める。
ただ、ここから先は。
「ふーん。良かったじゃん。」
(……まぁ、確かに。神が男か女かはさておき、シクロは女形の神だから、ドラステワゴンが大好きという設定は無理があった。ってか、乙女ゲーは流石に俺は知らんけども?勝手にやってくれ、って感じだけれども?)
「違うの!そういう淡白な言葉が聞きたかった訳じゃないの!」
(めんどくせぇ。お前のせいですげぇ大変だったんだぞ。それに結局あの後からも大変だったんだぞ!三年間、俺へのカムバックイベントしか考えてなかったとか、嬉しかったけれども、俺、ちょっとだけ引いてたからね? んで、漸く『ToBeContinued』の先、トゥルー・エンドの後始末が始まって、これからってとこなんだけど?この後も会議、会議って予定が詰まってるし……)
「淡白な言葉って……。いや、あ、あれだからな。その、気持ちは分かる。楽しかったゲームってさ、やっぱり誰かと共有したくなるもんだよな。でも、光の女神。本当にすまん。俺、実はそっちの方はそこまで思い入れないんだよ。ほら、俺ってドラステのコンプリート目指してたじゃん。それに男だし?まぁ、メビウスが楽しかったっていうんだから、それは良かったんじゃないかな。うんうん。良かった良か——」
「——今、共有したいって言った?」
「言ってない‼共有したいって気持ちは分かるって言った——」
「ほら、言ってる!」
なんだろう。
この、ネットリとした違和感。
「ふふ。やっぱりレイも私の気持ちを共有したいって思ってたのね。お互い、共通のゲームが好きですもの。相性抜群ですもんね。本当に良かったぁ。」
(え、ちょっとメビウスさん、メビウスさん? 人の話聞いてます? あ、そうかぁ。神様ってそう簡単に人の話聞かないっすもんねぇ!)
そして女神は嬉しそうに、そして少し恥ずかしそうにお腹を摩った。
「良かったねー。レイも楽しみたいだってー」
(は⁉何⁉ どゆこと!?)
「メメメメ、メビウス、お前…………、突然、どうした?…………まさか?」
「うん……。デキちゃった。」
「何ができたんだよ! 俺たち、そういう関係じゃないだろ!庶民と女神……。ハッ!魔王と女神……、いや、邪神と女神だった。——って、それも全然関係ないじゃん!お前こそ、読み返してみろ。そういう行為、俺やってないから!」
っていうか、ほんと、意味がわからない。
それにこの流れ、最悪である。
「ええええ、ひどい!貴方が私の体を激しく弄ったから……。私の体の中にこんなにも貴方の熱い何かを感じたのに……。それでも貴方はこの子を認知……してくれないの?」
女神メビウスは膨らんでもいないお腹を摩りながら、悲しそうに涙を流した。
これは流石に身に覚えがないとしても、焦る展開には違いない。
っていうか、彼女の言うその理論なら、確かに弄り回している。
——暴れ回っている。
それに関しては心当たりしかない。
世界と女神がイコールの関係なら、彼女の体の中で暴れん坊していたし、色々やっちゃってる。
勿論、物理的にも彼女の中で血液やら汗やら、体液はたくさん流したりもした。
——そして極めつけはこれだ。
最終的には女神の器を手にして、彼女と一つになった彼は、彼の指揮で『なんとかビーム』を彼女の世界で発射しまくった。
(いやいやいやいや!極めつけって何?何なん、その言い方!あのビームって俺のビームだったの⁉確かに言葉だけを追ったら、俺、完全にヤっちゃってるじゃん!っていうか、体液って言い方に悪意を感じます!でも、メビウス、あんなに泣いて……。もしかして本当に……。え、あれだよね?今、メビウスが言っているのってゲームの話だよね? 全然つながってないんだけど!?)
だから、彼は恐る恐る彼女を宥める。
「分かった。分かったから!一応、お前、このゲームの光の女神なんだろ? 女神が魔王の前で泣くなって!えっと、その……、ゲームの話でいい?——あれだな、うん。えっと……」
そして魔王は意を決して、彼女の真意を確かめることにした。
いや、マジの焦りを感じた。
「へ、へぇ、す、すごいなー、あのゲームってそんなに面白かったんだぁ……。なるほど、確かに乙女ゲーって今流行っているもんな。そかー。うん、うん。なんか、本当に良かったよ。知らんけど。でも、メビウスは良いゲームを見つけた。それはすごーくめでたいことだ。」
彼は引き攣った笑顔でそう言った。
すると……、女神はピタッと泣き止んだ。
そしてしばらくレイを見つめている。
彼の中では、心の中でガッツポーズだ。
(そうだよ。認めてやることは必要だ。女神の努力は認める、うん。やっぱゲームの話で間違いな——)
そして再び、
「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん」
と、泣き始めてしまった。
どうやら、何かが気に障ったらしい。
「ごめん、ごめんって!俺が悪かったって!もっと感情こめるから!へぇ、乙女ゲーもギャルゲーと同じくらい完成されてるんだな。やったことないけど。ドラステの逆を行く発想か。確かに俺も食わず嫌いだったかもな。」
メビウスは泣きながらチラチラ見ている。
そしてまた泣きそうな顔に
「分かった。認める!認めるって! そのゲームは神ゲーだ。俺が認めてやる。ドラステと対をなす神ゲーだ。そんなに面白んなら、俺もやってみたいってもんだ!」
その瞬間、レイの背筋に何か冷たいものが流れた。
女神メビウスはついに泣き止み、満面の笑みに変わった。
でも、その満面の笑みが怖い
怖い
怖い
怖い
そして、泣き腫らした目が一瞬のうちに消え去ると、彼女は頬を膨らませた。
「もうもうもうもう……。いぢわるしてたのねー! ほんとは欲しかったくせに、すーぐ私に全部押し付けるんだからぁ。……でも、やっぱりそうよね!私、貴方は認知してくれるって信じてた。お腹の世界を自分の子供だって認めてくれるって信じてた……。本当に良かった。」
ん? さっきから子供の話?ゲームの話? 世界の話? どれなんだい!?
そんな彼の動揺を完全に無視した女神は嬉しそうにお腹を撫で始める。
一応言っておくが、全く膨れてなどいない。
そして、女神はそのくびれたお腹に向かって何かを言っている。
「良かったでちゅねー。プレイヤーもよろこんでまちゅよー。新しく生まれてくる貴方をちゃんと育ててくれるって!もうすぐ会えるって!」
光の女神メビウスは大切なお腹をさすりさすりしている。
それにさっきからどこまでが本当で、何がメタ要素なのか、さっぱり分からない。
「あの……、メビウスさん? えっと、それ、何テンションで言ってる? それに……、俺に子供ができたのか、それともゲームの感想なのか……、そこんとこ、もう少し俺にも分かるように説明していただけます?そもそも新しい世界っていうのも、よく分からないし、そもそも、世界の赤ん坊みたいなことでしたら、俺だけじゃなくて、みんなで見守って大切に育てないとなぁって思ったりしてるんすけど。そ、そもそも!俺、ただの魔王レベル1の魔王ですよ。分かります? 俺、今クソ雑魚なんすよ?」
「ほら、パパでちゅよー。パパ、ほら、撫でてあげて!」
完全無視。
これは流石にどうかと思う。
勝手に消えて、戻ってきたらこの始末。
なんだか、だんだん腹が立ってくる。
と、そこでこんな声が聞こえてくる。
『いいから旦那、彼女の言う通りにしてやってください。あとで説明しやすから』
直接脳内に聞こえる声、それでもちゃんとキャラが誰か分かる話し方をしてくれた。
ってことは、言うことを聞いた方が良い。
彼はなんとなくそう感じて、彼女のくびれた凹んだお腹を撫でる。
そして彼女にあわせる。
「ほら、パパだぞ。一緒にがんばろうな。パパも今、レベル1だからなぁ。」
その瞬間、光の女神メビウスはキラキラと光り始めた。
そして金色の神がファサッと白と黒に変わる。
「くっくっく。約束じゃぞ、パパさん。」
その声、喋り方。
そしてその髪色……、なんなら黄色い髪ボサボサの優男まで。
「ちょっと待て、シクロ。俺に何をやらせてんだよ!久しぶりの光の女神に何事かと思ったじゃないか!」
何故か、全能の女神シクロの方が強気でいける。
やはり、ずっと冒険してきたという慣れがそうさせるのだろう。
ただ、それはただの慣れ。レイはポカリと何かで殴られて頭を抱えた。
レベル1だ、ヘタをすると数字が真っ赤に変わっているかもしれない。
「お主は本当に忘れやすいの。その頭、本当に脳みそが詰まっとるんじゃろうな? クロが言うておったじゃろ。『光の女神』役がやりたいと。数話前の話も忘れるとはの、一回、マロンとやらに頭を調べてもらったらどうじゃ?」
という理由らしい。
「なんだよ。じゃあ、これはどういう意味なんだ?」
「この痴れ者。さっきまでのクロとのやり取り、まさか冗談と思ったわけではあるまいな?」
「冗談?いやいや、真面目にクロと『出来ちゃった劇場』やってたし。まぁ、ほとんど意味わからなかったけれども!」
また叩かれた。
今度こそ、死んでしまう……。
いや、そういえばこの魔王の体って入れ物だった。
ってことは……、レベルとか関係なく、ただの物判定なのではないだろうか。
そんなどうでも良いことを考えていると、イーリがガチな方のため息をした。
「旦那。あの後、シロ様はこの世界の様子を見に、クロ様は日本でゲーム探しをしに行ってたんすけどね。」
(この時点で色々ツッコミたい。でも、大人しく聞いておこう。)
「——色々厄介なことが分かったんすよ。それでシクロ様にお戻りになって、ゲームをやりながら考えていた、という訳っす。」
ちょいちょい、ゲームの片手間に聞こえる発言があるんだけれども、イーリ、すごく真面目な顔してる。
そしてシクロがお前が犯人だぁ!と言わんばかりにレイに人差し指を向ける。
「お主も心当たりあるじゃろ。この世界はガンギマリ状態じゃ。過去は悠久まで遡り、未来は果てしなく続いておる。それは、それで良いじゃろう。そこまで長い目で見れば無限と言えども修正できる。じゃが、今の現状はどうじゃ?」
その指摘、実はレイにバチコンとぶっささる。
実はあの後、こんな会話が行われていた。
◆
「そういえば、俺たちはこの為の準備しかしていなかったんだが、これからどうすればいいと思う?」
とゲーム主人公が、この世界の主人公・レイに聞いてきた。
そしてレイはそこで軽く焦る。
「え? もしかしてゲームクリア編直後と全く同じってこと!?」
つまり現状何も変わらないという事態が判明したのだが、世界が壊れないことが確定したのだから、それは些細なものだった。
そして薄紫の美少女がこんなことを言った。
「変わってるもん!わらわ、もうすぐRの壁を乗り越えるもん!」
第二次性徴期はやはり、彼女に訪れる。
人間設定になったのだから当然だろう。
まだまだRの壁は遠いのだけれど。
ちなみに、
「私たちもちゃんと成長してるわよ。」
と、フィーネ達も色々とアピールをし始め、
「そもそも、僕の方が年上って気づいてます?半魔だから、幼く見えるんだけですからね!」
と、キラリが本編に入りきらなかった後付けをしてくれた。
というより、彼女が6歳の時にレイは2歳か3歳というのは途中で気付いた方も多いだろう。
ただ、彼女は半魔という設定の為、容姿は同じくらいという設定である。
もちろん、キラリが半魔というのは半分公式設定なので、そこ問題ではない。
ただ、この後のマリアのセリフが大問題だった。
「あと、レイの理屈だと、私たちも二十歳前後で成長止まって、そのまま死なないってことになっちゃうけど、それって大丈夫?」
「あたし達はこの容姿のままっていうのは嬉しいし、マロンさんたちもそのままでいてもらいたいけれど……、これって永久にこうなの?」
流石にこれは冷や汗では済まない。
壮大な取りこぼしである。
もちろん、例えば配管工をされている方も、設定はずっと二十代なので、ゲーム世界としては正解かもしれない。
でも、現実となってしまったら、大変だ。
未来永劫の命がもたらす結果なんて、ファンタジーネタでは使い古されている。
けれど、器を捨てた彼にはどうすることもできず、いつかシクロに相談しようと思っていたことだった。
◆
「心当たり……、あります。かなりの人間と魔族が神に近い存在になってしまっています。」
ついつい、喋り方が変わってしまうほど、重大な禁則事項を彼は犯していまっている。
「はぁぁぁぁ、お主の設定のせいで、特異点的に今の世界はエネルギーに満ち満ちているのじゃ。お主の仲間達、このままじゃ、無限の世界の一部に飲み込まれてしまうかもしれんな。」
「マジで……。話の終わりにこんなこと言うのもなんだけど、この通りだ。なんとかして欲しい!」
本当に土下座。
この男はすぐに土下座をしている。
そういえば、シクロがラビだった時もそうだったような……
「まぁ、今のは最悪の話じゃ。じゃが、お主の設定のせいで寿命を弄ろうにも、値が大きすぎる。それで、先の光のメビウスの話に戻る、というわけじゃな。」
「つまり、余剰エネルギーで、もう一つ世界を作り出すってこと?」
「それしかあるまいよ。じゃから、お主がワシの中でたっぷり出したせいじゃと言うとろう?無限大に膨れ上がった世界を帯ではなく、真っ直ぐな帯に作り直す。じゃが、真っ直ぐな帯と無限大を示す帯では釣り合いが取れぬ。それはもう、新しい子を、世界を作りしかあるまい?」
いささか表現がアレではあるが、女神の言っていることは正しい。
正しいのだから、レイは簡単にこんなことを言う。
「なるほど。だから光のメビウスはあんなことを……。シクロ、俺にできることならなんでもする。認知でもなんでもするから、あたらしい世界を産んでくれ!」
その瞬間、女神の口角が上がる。
「いま、なんでもすると?」
「言ってな……、いや、言った。マジでなんでもする。」
「あーあ。旦那、やっちまいましたね。神との契約なんて、そう簡単に結ぶもんじゃあありませんぜ。」
「ぐふふふふ、そうじゃなぁ。お主に言われんでもワシはなんとかしとったというのに、なんでもするか……。」
なんかもう、この流れも慣れてきた。
どうやっても神には勝てない。
だからレイは覚悟を決めたのだが……
「で、俺は何をすればいい? 」
と、果敢に挑戦を受けるのだが、
「決まっておろう。クロが見つけてきたゲームの世界を作る。そこでお主はゲームキャラとして、降臨するんじゃ。」
その言葉で、彼の頭は真っ白になった。
「あのぉ、えっと、ちょっといいかな。俺がそのゲームに入るの?えっと良く分からないんだけど、それと世界を作ることってどんな関係が……。それに俺、この世界のあれこれと色々……」
だから彼は女神シクロにお伺いを立てたのだが……
「それは大丈夫!」
「それは大丈夫!」
と、女神シクロが二回言った訳ではなく、シロとクロがいつの間にか二人に分かれていて、あの時のように右と左からレイを引っ張る。
「ちょ……、痛い!痛いって!俺、レベル1だからぁ!!」
当然、痛がるが、スポンと音を立てて、彼の中の何かが変わった。
「俺から俺が出た!?」
「俺から俺が出た!?」
「女神のすることじゃ。お主もよう言うとったの。神はなんでもありなのじゃ。」
「女神のすることじゃ。お主もよう言うとったの。神はなんでもありなのじゃ。」
と言いながら彼女たちは一つの体に戻った。
「ほれ、こうして仕舞えば問題ないじゃろ?」
そして彼女がコントローラーのボタンを押す。
すると、レイの体もじわじわと一つに戻っていく。
もはや彼は神のおもちゃである。
そして神のおもちゃの先輩がこんなことを教えてくれた。
「ま、旦那にも良いことがあるんすよ。っていうか、女神様が餌を撒いたんすけどね。」
ぽんぽんと肩を叩かれて、そんなことを言われた。
「ん、俺に良いこと?」
すると女神は勝ち誇った顔をして、彼にきらりと犬歯を見せた。
「クエストじゃ。見事クリアすれば、12,504回、見殺しにした魂を救済しよう。——お主は全ての記憶が戻った。そして、そのことで、相当病んでおるのはお見通しじゃぞ!」
さすが神様、なのか、レイの顔が分かりやすいのか、まさにその通りだった。
結局彼は12,504回、仲間を見殺しにした。
そしてその全てで彼は憎まれていた。
怨嗟の炎に包まれた彼女たちは、レイに罵詈雑言を浴びせていた。
記憶が戻ったからここまで辿り着けた。
でも、記憶が戻ったことで、愚かな自分への罵倒が今でも耳に残っている。
「それは……、まぁ……、でも、どうしようもないし……」
「っていうことが、女神様の蒔いた種っすよ、分かりません?」
その彼の言葉に、一瞬戸惑った。
こんな馬鹿な話があって良いはずがないと。
でも、一応、念の為、確認のために聞くべき話ではある。
「俺が何度も失った命、魂。全部燃やされた魂……。俺を憎みながら消えた魂。それを今から取り戻せる……?」
「当然じゃろ。全部ワシが回収しておるのじゃからな。お主の好きな言葉でいう、『こんなこともあろうかと』という奴じゃ!」
もう、何がなんやら。
一体、何のために。
そしてどうやって。
そんなこと彼女に聞く方がおかしいのかもしれない。
でも、やっぱり……
「さすが女神様……か。俺には取り戻せないものを取り戻せる。行くしかない……か。」
一応確認しておこう。女神の意志というやつを。
「でもさ、なんでシクロはそこまでしてくれるんだ?」
神のやることに理由なんかないかもしれない。
それでも白黒の女神は意地悪な笑みを浮かべて、こう言った。
「ワシはな、自分がクリアしたゲームの『ゲーム実況』を見るのが大好きなのじゃ!」
——そして、彼は乙女ゲームへ
「世界へ……?」
そう、今。
一瞬、視界がブレた。
だけど、まだここに居る。
「あれ?まだ、飛んでないけど。……ん?どゆこと?」
「えっとね。実はまだゲームが決められなくって……」
その声の彼は半眼となった。
明らかにおかしい。
どこかに飛ばされた感覚はあった。
何なら、こちらの世界のレイは消えている。
時間がズレていることはハッキリ分かる。
「……俺、どっか行ってまた戻された?もしかして、その為にこの世界に戻ってきた?」
その彼の言葉に、白黒の女神は肩を飛び上がらせた。
「……だって。お気に入りのゲームってなかなか見つからない……でしょ?」
こういう時に限ってロリババァ口調で喋らない。
っていうか、可愛いから、可愛いと思ってしまう。
「まぁ、そういう時もあるよな。なかなか神ゲーって見つからないし。」
「そうなの!だからね?レイ、一遍死んでみる?」
「は?」
「ほら、レイってレベル1でしょ?その辺の人間と変わらないし!だから、バイクに乗ったら死ぬかなって……。記憶もうまいことやっとくから!お願い!」
神が死ねと仰る。
レベル1の何かに向かって。
そして今度こそ、彼は一遍死んでから、乙女ゲームに飛ばされた。
「絶対に俺、その為に戻されてるじゃん‼」
それから暫くして。
彼女は微笑んで、笑って、ゴロゴロ転がった後に、こう言った。
「やっぱり、ウチが本妻だよね‼」