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悪役転生。転生したら裏切り役キャラになっていた。  作者: 綿木絹
ほーむめいどぱーふぇくとはっぴーえんど
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世界は忘れない

「はぁ、はぁ、はぁ」


 少女は走っていた。

 少女から少し大人の階段を登った女性。

 彼女は家から突然飛び出したのだ。

 そして昔は自慢だった身体能力で野を越え山を越え。



 確か、重要な報告があると連絡が入って、あの場所に集まっていた筈だ。

 そこには人間もいて、半魔もいて、魔族もいた。


 でも、彼女たちは確かに『放り投げエンド』という特別なエンディングを迎えた筈だ。

 勇者たちの戦いも既に終わっていたのだから、魔族と争う必要はない。


 だから、どうしてあの場所に集まったのか、皆、しばらくの間呆けていた。

 デスキャッスル内を隈なく調べたが、何の痕跡も見つからない。

 そこで何が起きたのかさえ、なぜか覚えていなかった。


 だから、とにかく魔族と戦う理由はない。


 そこで皆と別れ、彼女は海を渡って実家に戻っていた。



 ——あれから、三年はたっただろうか。


 彼女の両親は言う。


「予言は外れたのか。だから私たちは生きている。えっと、ここまでで満足するべきなんだけど、せっかくだから娘の花嫁姿が見たいな。」


 今まで冒険に明け暮れていたから恋愛なんてしてこなかった。

 幼馴染はどうやら双子の妹と喧嘩しながらも、エクレアの街で暮らしているという。


 では、誰と……。

 引く手数多の彼女ではあるが、どうしてもそんな気分になれない。


 だから、これは両親を喜ばせるためのもの、既に失った王家の血族に未練があるのかもしれないが、



 ——今だけは我慢。



 我慢して花嫁衣装を着てみる。


 着てみるだけ。


 両親からは綺麗だと言われた。


 確かに鏡の奥に花嫁衣装の自分がいる。


 ただ、彼女が自分の姿を鏡で確認した時に発した言葉は



「行かなきゃ!」




 彼女は水色の髪を振り乱しながら、走りにくいドレスを破りながら、裸足で駆け出していく。



 ——すると、村を出たばかりのところで、ぽよーんと柔らかい何かにぶつかった。



 赤い髪の少女と出会った。


 それ以上、胸って大きくなるんだと思った。


 世界一の農園の一人娘の赤毛の女性と道でぶつかってしまったのだ。



 本来なら謝るところだろう。

 でも、二人は違った。

 互いに微笑み、そして互いに牽制し合いながら、同じ方向に走り始めた。



「勝負よ。あたしが勝ったら……って、もう走ってるし!」



 次の街まであっという間だった。

 そしてそこで知人に出会う。

 出会うと言っても、彼女の横顔がチラリと見えただけ。

 そして後頭部もチラリ。



「先を越された! 急ご! 」


 赤い髪の美女がそう言った。



 その言葉を待たずに、水色の髪の美女は既に走り出していた。


「え……。さっきからずるくない?」


「ズルくないわよ。まだまだ遠いもの。」



 二人は駆け出した。

 量産型タクシーなど、彼女たちのステータスでは赤子同然である。



 そして、しばらくすると「バタン」と車のドアが閉められる音がした。



「走った方が速いじゃん。」



 そんな彼女も走り出す。

 脚力自慢の彼女は、あっという間に先程追い抜かれた二人に追いついていく。



 絶世の美女となった桃色の髪の女性。

 走るたびに太ももが露わになるのも気にせず、全力で走る。



 この三人が揃えば、目の前に張り巡らされたバリケードや、殺傷能力の高い罠など、なんのそのとくぐり抜けられる、もしくは飛び越えることができる。



 それにミッドバレーを易々と通れるなどと、ハナから思っていなかった。



 だが



「——見当たらない。やられた!」



 聖女と呼ばれる美女がいる。

 全ての信仰の象徴、全ての信徒の憧れ。



 麗しの美女はデスモンドで、慈愛に満ちた顔で何かを見つめていた。


「あのぉ。私も乗せてくださいますか?」


 その言葉に黒髪の美女は顔を引き攣らせた。


「お母さんたちが服選びに時間かかったから、緑の悪魔がきちゃったよ。乗せてくれなきゃ、僕達が開発した亜音速プライベートジェットを粉々に破壊するってー。」


「悪魔……、私たちなんだけど。」

「実質、悪魔って意味じゃない?」

「悪魔より悪魔って意味じゃない?」


 渋々だが、麗しの三姉妹悪魔と、黒髪の半魔はエメラルドの美女をジェット機に乗せた。


 高速船では遅すぎる。



 ただ、ジェット機はジェット機で準備に時間がかかりすぎた。

 あとは三人の母親の服選びの時間。

 お互いに牽制し合う服選びは、予想以上に時間がかかってしまった。



「エンジン点火。これで一気に……」


 ジェット機というよりはロケットのように眩い閃光を放ちながら、亜音速ジェットは発進する。


 ただ、そんな亜音速ジェットが、突然ドンと揺れた。



 コックピットから外を見ると、三人の女性がジェット機の上に乗っている。



「あらあら、私のデコイ作戦でも、間に合ってしまいましたね。失敗です、テヘ。」


「どのみち僕たちは圧倒的に不利なんです。だから、このまま直接向かいますよ。」



 亜音速のロケット、その上に三名の美女が乗っているのだが、彼女は構わずにこのロケットを最高速で飛ばす。

 無論、それで三人が振り落とされてくれれば良いのだが、彼女たちは余裕の笑みで、片腕だけで体を支えている。



 その筈だったが、航行途中に上の三名の姿がサッと消えた。



 そして同時にエマージェンシーを伝えるアラームが鳴る。




 別の大陸、研究施設直上の大地には一人の美女と一人の美少女がいた。



 二人は、先程見事に爆撃したロケットを見て、笑みを浮かべている。


「やっぱり、わらわの予想通りでしたの。あの子は未確認飛翔物体に乗って直接狙ってくる。ずばり的中ですの、お姉様!」


「三姉妹が研究所にいないって情報はずいぶん前に掴んでいたものね。それにしても、本当に恐ろしい兵器を開発していたのね。」


「お姉様、あれくらいで諦める彼女たちではありませんの。わらわ達もすぐに向かいますのです!」


「ふっ。ついに俺が動く時が来た……そういうわけだな。」


「お前はついてこなくて良いですの!」

「ほっときましょう。急ぐわよ!」



 エクレアの街は緊迫な空気に包まれていた。


「妹よ、ここは俺に譲れ。」

「お兄様。流石に譲れませんわ。というより、兄ならば妹のためを思って身を引くべきでしょう?」


 凍りついた空気。

 デスモンドと並ぶほどの巨大都市とは思えないほどに、道ゆく人が一人もいない。

 デスモンドがカジノなら、こちらはメイドカフェ。

 そのオーナー兄妹はこの街の権力を握っているに等しい。

 この二人が経営するカフェがあるから、宿もお店も栄えている。



 そのオーナーが殺気をも発しながら、路上で睨み合っている。



「なるほど。やはり決着をつけなければならないか……」


「そうね……。結局、そこだけはどこまで行っても平行線だもの。」



 因みにそのカフェには超超超VIPメニュー、『王子様との愛のひととき』と『お姫様とのラブロマンスな時間』が存在しているが、未だにそのメニューは注文されない。

 というより、その超超超VIPに該当するものがいないのだから仕方がない。


「では……」

「参り——」



 その瞬間に水色、赤色、桃色。

 そして少し遅れて薄紫色、紫色、エメラルド色、黒色、金色、青色、橙色。

 かなり遅れて灰色の風が、金色の二人の横を通り過ぎた。



「しまったぁ! 妹よ、お前のせいだぞ!——って、妹ももう居ない……だと? 出遅れたか⁉ 」


 そう言って、金色の青年も走り始めた。



 黒服にサングラスの男。

 彼は魔族である。

 そして、彼はある意味で目立たぬもの。

 つまりは忍びの者だ。


「結局のところ、最後に私が居た方が、美味しい……? のではと思いますので、抜き足、差し足、しのびぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ‼‼」



 黒服にサングラスの男は巨大取り捕獲用ネットに捉えられて、身動きが取れなくなった。

 そしてそこに近づく薄クリーム色の女性。


「目立たない存在同士、やはり考えることは一緒ね……」



 ——そして、彼女は扉の前に立った。





 魔王は寝ていた。

 これから先やることもない。

 先程まで女神と使い魔と話をしていたが、あの様子だと当分は戻ってこないだろう。

 もしかしたら数年、数十年後。

 ならば、今は惰眠に耽るのが一番だ。

 レベル1の魔王、まるで意味が分からない。



 ——レベル1だから危機察知能力もレベル1



 レベル1だから聴覚も嗅覚もレベル1



 ——そして彼はどうしようもなく、愚鈍らしい。



 でも、それは神目線?



 言ってみれば神目線。



 けれど、流石に自分の口で言ったことくらい、覚えていて欲しいものだ。





 ——バン‼‼‼‼‼‼‼




 突然、扉が蹴破られ、魔王はビクッっとして目を覚ます。



 ものすごい静寂に、もうすぐレム睡眠、ノンレム睡眠と、ふかーい安らぎにつける筈だった彼。



 まだ、ぼーっとする彼が見たもの、それは……



 懐かしいと思ってしまう仲間達の姿と




「おかえり!レイ‼‼‼‼‼」



 という最初の一言。




 さて、彼はゲームクリア編でなんと言っていたのか、覚えているだろうか。



 彼は、それさえも覚えていなかったのか、もしくは神の力に溺れてしまったのか。



『世界の意志を変えやがった』と、彼は仲間を称賛していたことをすっかり忘れている。



 だからこそ、彼はこの世界はこのままでいいと思った筈なのに。



 そんな仲間達だからこそ、今回もレイが決めた世界の意志くらい、簡単にねじ曲げてくる。



 好感度0?



 イベントスチルを失った?



 そんなことは彼らには関係ない。



 世界の意志なんて、彼が勝手に決めたルールなんて、仲間達は平気でねじ曲げる。




「私が最後に美味しいところを取るんじゃないのーー⁉」



 というサラがいたり、


「僕は別に一番とか……、Fカップ、返してくださいって言いたいだけ……、いえ、レイが小さな僕の胸も好きなことは知ってるから、別にいいんですけど、とにかく」


 というキラリがいたり。


「ほとんど同時でしょ? 何、熱くなってるのよ。……ま、私が最初に気付いたのは間違いないけどね。一番遠いところにいて、同時ってことは——」


「それ言ったらあたしも同じくらいじゃん!むしろ、あたしの方がすごいもん。農場の一番奥にいたもん!」


「私はみんなの縁のあるドラステで行こうとしただけなのにー!」


「ちょっとお待ちになってくれます?(わたくし)は皆様を待っていただけです。この真っ直ぐすぎる兄上を止めていたんですよ。つまりは最大の功労者は私ということですけど、なにか?」


「もしかしたら目覚めのキスを待っているのかも、なんてお前が言うのが悪い。だから俺が行かねばと思っただけで……」


「まぁまぁ、いいじゃないですか。全員同時。レイは平等に愛してくださるのですから、ぴったりじゃないですか。」


「トラップ仕掛けといてよく言うわね!」


「そもそも僕の亜音速ジェット機を正確に狙えるなんて、おかしいんですけど?」


「ふん。わらわとお姉様が優秀だったですの。ね、お姉様。」


「えぇ。ソフィアさんから信号は受け取ってましたけどね♪」



 彼女達や彼が「レイを忘れない」と決めた時点で、世界の意志など関係ない。



 それくらい分かりそうなものだから、




 ——女神も使い魔も呆れていたのだったりした。




 そして、それをようやく気づく自分がいる。



 恥ずかしい自分?



 違う。



 ただ、自分の力に溺れていたのだ。



 勝手に自己犠牲がカッコ良いなんて思ってしまっただけだ。



 彼女達は、レイが心から信頼する仲間なのだというのに。



 そんなことも気付けない阿呆だと、自分でも思う。



 アイザが小学生高学年くらいになっている。

 ちなみにアイザは人間だから、ちゃんと成長しているのだろう。

 つまり、それなりの年月が経っている。

 あの女神と遊んだ一日が、こっちの世界でいう数年ということ。



 つまり、皆はその間、ずっと待っていたことになる。



 そして、自分の愚鈍さに狼狽えた彼の最初の一言がこれである。



「えと……、俺……」



 結局、何も浮かばなかった。

 仕方がないのだ。

 こんな展開を、彼は全く想像していなかったのだから。

 一週間寝てやるぞと呑気に考えていただけなのだ。



 そんな彼の口の重さを察したのか、彼女がこんなことを言った。



「三年も待ってたのよ。私なんて、親に結婚しろ結婚しろって言われて、大変だったんだから。でも、勘って当たるものね。今日帰ってくるってなんとなく読めてたんだから。ほら、みんなと違ってちゃんとウェディングドレスよ。さすがはメインヒロインの私だわ!」



 その言葉にレイは凍りつく。

 三年待っていた。

 そして帰ってくると知っていた?



「どうして?」と彼が聞く前に、ドヤ顔のフィーネの後ろから「ふふっ」と乾いた笑いがした。


 そして、その場にいる全員が左肩に手を当てる。



 な、なんだと⁉ そのポーズはまさか!なんて、彼には考える余裕もなく、



 ガバッ



 という音とともに、全裸……、ではなく皆、花嫁衣装に変化していた。



「お、俺の技を盗まれた……だと?」



 という、全裸の竜人がいたり、



「男物の花嫁衣装を探すのは大変だったぞ。」



 という、ゲーム主人公がいたり、



「尻尾と羽を()えさせるの、大変だったのよ。」



 なんて魔族三姉妹がいたり、



「や、やっと追いついた……」



 なんて言っているグラサン悪魔もいる。





 そして……



「そんなことより、早く!みんな待ってるよ!」



 と、赤毛の美女が言うと、魔王は全員にわっしょいわっしょいと抱えられながら、バルコニーへと連れて行かれた。


 レベル1の魔王、魔王の入れ物に入った彼になす術はない。



 あれよあれよと、屋外に連れ出された、そして、そこには多くの人間と魔族が集まっていた。



 ブーンと音が聞こえたので、空を見ると、



『おかえりなさい、魔王様。そして結婚おめでとうございます、世界を救った英雄達!』



 そんな文字が浮かんでいた。



「スカイライティング? あの時と同じように飛んでいる……。俺、ドラステの設定を戻したつもりなんだけど……」



 彼はまだ寝ぼけているらしい。



 だから彼女は言ってやった。



「僕たちにかかれば、こんなものですよ。それに世界中の人たちが協力してくれましたから。」



 記憶を頼りに、ここまで実現させるくらいのポテンシャルを、——この世界は皆は持っている。



「でも、俺が戻ってくるっての伝えてないし、俺も分からなかったし……。それなのにこんなに準備万端って……」



 すると全裸の竜人が


「バカめ!少しは頭を使え、そもそも——」


 と、何か言おうとしたが、彼は公衆の面前ということで、後ろに追いやられてしまった。



 そして……



 仲間に囲まれて、彼はこんなことを言われた。



「ほーむ」


「めいど」


「ぱーふぇくと」


「はっぴー」


「えんど」


「っていう章のタイトルだったでしょ!」


「ついでに言うと」


「世界は忘れない!」




「だから、レイは帰ってくるに決まってるわよね♪」




 ——唖然である。



 そして、やっと彼も理解ができた。

 なるほど、そういうことだ、と。

 あの事実とつながったのだと。



『レベル上げは神のような何かに近づくこと』


『魔族化とは神のような何かに近づくこと』



 つまり、女神シクロのような何かに近づいたのだ。

 あんな『メタ要素』、『ネタバレ要素』ばかりの女神だ。

 そんな女神に近づいた彼らはちゃんと『メタ要素』を会得していたのだ。



 ただ、パーフェクトと言うならば……


「大丈夫よ。今、空に文字書いてるの、アズモデよ。ついでに棒人間二人もいるけど。彼、やっと気付いたみたい。後ろを見るんじゃなくて、前にも世界が広がっているってことに。」


 と、彼と仲の悪かった麗しい悪魔が言った。



「この世界はもう過去には戻らない。」



 と、ヒロインの誰かが言った。



 だから最後は主人公らしく、彼はこの一言を世界に向かって宣言することにした。



「そうだな。この世界は無限の可能性を秘めている。これからもずっと……な」



 過去を振り返ると無限に遡れるし、未来を考えると途方もない。だから、





 ——今から始まる、この世界を。





 彼は『メビウス』と名付けた。

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