ネタバレ解禁、そして女神は消える
女神は自身のことをシクロと名乗った。
そして、シクロがこの世界のことを教えてくれる。
「お主、一つ前の自分がやったことを忘れとらんか? そういう意味ではお主は前のお主に感謝すべきじゃな。」
前と違うこと、それはあまりにも簡単な話だった。
「前の俺がしたことは簡単だ。そのせいで苦労したしな。前の俺は次のプレイヤーキャラにレイモンドを選択した。それで世界が変わっていったのか。うん、なるほど。」
そこで再びコントローラーが鈍器となる。
「馬鹿者。早計にも程があるぞ。そもそもこのゲームは周回プレイじゃ。レイモンドを選んだことで何が起こったから。——まぁ、イメージとして描くならこんなもんじゃろう。」
彼女はそう言うと、空中に真円の光が浮かび上がらせた。
コントローラーを握っているので、それで操作しているのかもしれない。
「うんうん。終わったら最初から。でも、ルート分岐があるから……。なるほど、ちょっと幅があるってことか。」
それは真円と言っても、横から見ると少し違う。
帯のように幅があるものだった。
「うむ。それで今回のお主も、最初はこの帯のどこかにおったはずじゃな。」
「ん? じゃあ、レイモンド関係なくない?」
ループモノだから、光の帯の輪。
「実際、お主がデスモンドで生き残れたら、実際にそうなっとったかもしれんな。じゃが、お主はあそこでルートを違えた。無論、それは本来あってはならぬこと。プレイヤー目線では追いきれぬ筈の魔族目線となった。じゃが、この世界にそれは描かれておらん。じゃから、この世界は円環の裏側に別の世界を描くことになった。」
彼女がコントローラーのトリガーを引くと、光の帯の裏側にレイモンドをぬいぐるみにしたような、レイモンドくんが出現した。
「確かに。こんな設定だったのかよ、って考え始めたのはその時期からだな。当たり前だけど、そこはプレイヤー目線じゃないし。」
「それ以外にもNPCに成り下がろうとしておったが、それは結局表のルート。その程度でこの世界は混乱せぬ。……じゃが、お主も知っておるじゃろうが、このゲームは魔族についての資料がかなり少ない。」
ニイジマになっても世界が変わらなかった理由。
ヒロインのバックボーンは細かく設定されている。
だって、ヒロインを攻略するゲームでもあるから。
「元々、魔族側に拘りがなかったゲーム。それなのに俺は介入しまくっていた。」
「その通りじゃな。そこでワシの登場じゃ。ワシがおらなんだら、ワシの知識と創造の力がなければ、あの時点で世界は壊れとったろう。そのついでにワシはこの裏側の世界に分身体を紛れ込ませた。表面は埋まっておるから無理じゃったが、空白の裏面ならばワシの欠片程度は潜り込ませるられる。」
あの頃遭ったことと言えば。
「じゃあ、バグ祭りはシロのせい……」
「ワシのせいではない! ワシがどれだけ苦労したか。表面を見つつ、裏面もリアルタイムで創造しておったのじゃぞ。……まぁ、ある程度は世界の自動生成機能を使っとったから、やはり容量不足が原因じゃろうな。」
「そうそう。シロ様はなんーーーーにもしてなかったっすもんね。旦那のレイモンドスイッチ押して遊んでたり、入ったら面白かったつーんで、俺っちを呼び出してみたり——」
シクロがコントーラーのボタンを押した瞬間、レイモンドくんが飛び出してイーリを吹き飛ばした。
神だからなんでもありの世界なのだろう。
「楽しかったら、仕事より遊びを優先。当たり前じゃろ?」
神に絶対に言われたくない言葉だが……
「その容量限界を利用してたのが、俺のデスキャッスルへの侵入か。なんかその自動生成機くんも大変だな。」
「ワシとしては面白かったがの。集合恐怖症の件はさておきじゃが。もう気付いておると思うが、このまま行ってもお主は円環の内側を回っておるだけじゃ。つまりはこれでも詰んでおる。」
表面のアルフレドくんと裏面のレイモンドくんは、同じ時間軸を表と裏で歩いているだけ。
つまりはまた最初に戻る。
「元々ごっこ遊びするための世界っすからねぇ。別に世界を燃やす必要なんてなかったから、円環の世界。これはこれで良かったんすけど。」
無論、それは俯瞰する側。
ゲームをゲームだと思っている側の目線だ。
「良くはないだろ。俺は散々見てきたんだ。この世界の人間だって生きてるんだ。」
「それこそ、ワシだって中に入ってようやく気付いた程度じゃ。外から見ている者には気づけんよ。お主だってゲームで気軽にリセットするじゃろ?クロがお主に嫌がらせをしたとしても、そこまで考えての行動ではなかったということじゃな。許せ。」
ゲームだから気軽にやり直せる。
実際、神から見た人間なんて『こんなもの』かもしれない。
それに今回のレイは似たような経験をしている。
「許せ……か。確かに神目線ってめちゃくちゃだもんな。簡単に設定を弄れるなんて神以外の何者でもない。勝手に人の歴史を作り変えるわ、後付けでなんでも足せるわで、正直怖かったよ。」
そこまで話して、何も気付かないレイ。
二対の神とそのペットは唖然とする。
でも、唖然とされても仕方がないのかも知れない。
——その過去創造こそが、今回の解決の鍵だったのだから。
「レイ、まだ気付かぬか。創造神のワシの力を得たお主は、とんでもないことを世界に押し付けた。お主はメビウスが押し付けた過去創造だ、などと誰かのせいにして、ビックリしておったがな。」
そんなこと言われても、という顔しか彼には出来ない。
実際、当時のラビに教わらなければ、アレらを自分でやっていたなんて気付けなかった。
「はぁぁぁ。まだ分からぬか。お主はここにおった。ほれ、ここじゃ。」
と、女神シクロはレイモンドくんを指さした。
そして、宙に浮いた円環に亀裂を入れ始める。
亀裂から悲鳴のようなものまで聞こえそうだった。
——いや、実際に悲鳴は聞こえていた。
「そんなお主が表の設定を弄り始めた。裏におるのにな。そして——」
彼女の指先の亀裂が破けるではなく、徐々にひっくり返っていく。
「ついには表と裏を完全に繋げた。——それが、いつどこでどんなタイミングで起きたか。この図形、見覚えがあろ?」
空中に浮かぶ光の帯、それが既視感のある8の横向きに捩れた。
つまりは。
「これって……、メビウスの帯⁉」
彼はそのタイミングで何が起きたか、はっキリと分かった。
確信が持てる。
だからあのタイミングだったのだ。
「俺がアズモデの話を聞いて、過去が完成した。そしてそのまま俺は暴走した。でも、同時に俺は過去の記憶をほとんど取り戻した。」
「記憶の殆ど全てを取り戻したのは、クロの炎に触れた時じゃろ?」
記憶の断片があの炎には混じっていた。
「……そうだった。今までの世界はあの炎で燃やされたから……か。それはそれとして、ラビが正体を告げられたのはメビウスの帯が完成したから。」
「そういうことじゃ、愚か者。じゃが、愚か者のお主も、このメビウスの帯が何を意味するか、くらいは知っておろうな?」
目の前で八の字を描く帯、流石に誰にでも分かる。
「勿論だ。『無限大』の象徴……」
「そう。神はその言葉、概念に支配される。それは、この世界も同じじゃ。ただの円環がメビウスの輪を描き始めた。つまり——」
「同じ円環でも意味が変われば世界も変わるっす。この世界の可能性は無限大。だから女神と俺っちは正体を明かすことが出来たし、旦那は無制限に世界を弄ることが出来たってことっすよ。」
「な、それはワシが言おうと思っておったのに!このイーリめ。お主だけはずっとイーリのままじゃからな!」
彼女たちの言葉はあまりにも簡単て、あまりにも壮大すぎた。
『無限の可能性』
そんな壮大なモノを自分の思考一つで自由にしていた。
そんな全知全能をあの瞬間に味わっていたなんて。
今、考えてもゾッとする。
しかも、世界の意志というか、世界に無限を強要したのも自分だった。
この旅の中で散々、他人の器を、役を拝借してきた。
——でも、流石に万能の神の器は無理だ。
ただ、その寒気の中、彼はどこか落ち着きを取り戻していた。
だって、彼の選択は間違っていなかったのだから。
「なら、俺はそれを手放せて良かったよ。流石に俺の手に無限大の可能性が握られてるってのは、荷が重すぎる。キャラを動かして、その世界を堪能するのはゲームだけで十分だ。」
そんな彼の言葉に、女神は優しく頷いた。
「そうじゃな。なんでも出来るとは、それ以上のことは、なんにも出来ないということじゃ。ワシは暇で暇で仕方なかった。じゃから、難儀で窮屈そうな人生を送るお主に目をつけたという訳じゃな。はーーーー、すっキリした。ようやっと、真の意味でのネタバレが解禁できたのじゃからな。」
少女の女神は両腕をすーっと持ち上げると、くーーーっと伸びをした。
そして半分あくびをしながら、こんなことを告げた。
そういえば、そうだった、という話。
「さて、ワシももう行くかの。ゲームもひと段落したことじゃし、新作ゲームもチェックせねばならんからな。——それでレイ。魔王レベル1のお主はこれからどうするつもりじゃ?」
彼女はゲームが終わったら消えると宣言していた。
レイが持っていた無限大の器も、今は彼女が抱えている。
彼女が息をするだけで、大厄災がこの世界に降り注ぐかもしれない。
——だから、彼女とはここでお別れだ。
そう考えると寂しくもあるが、彼にもやり残したことがちゃんとある。
「俺はしばらくぼーっとしたい。そして、静かにこの世界を堪能してみるよ。ずっと走りっぱなしだったからな。立ち止まったら、やる気なしエンドなんてルールを誰かさんが作ったせいでな。」
すると、少女はニコリとほほ笑んだ。
「当たり前じゃろ。かくれんぼしとるのに、鬼が別の遊びを始められては困るに決まっとる!」
その言葉になんとなく納得させられた。
クロはずっと待っていた。
ずっとかくれんぼしていた彼女を、待ちぼうけさせる方が悪い。
「あぁ、そうだな。ま、そんな感じで、誰一人、俺に興味無くなった世界をゆーーーっくり探訪するよ。夢にまで見た世界だからな。」
その言葉を聞いた少女とペットは軽くため息をした。
——そして、こう言った。
「お主はワシのモノじゃ。いつかまた、訪ねることもあるじゃろうな。——じゃが……、全く。……お主は本当に愚鈍なやつじゃな。」
「全くっすね。」
そして、その愚鈍というワードを使いすぎだと、彼が注意しようと立ち上がったが、……すでに二人の姿は消えていた。
「愚鈍、愚鈍、うるせぇんだよ。神の視点で人を語るな。……ま、いいか。本当に言うだけ言って、消えちまったな。」
そして、彼も盛大に伸びをして、ボフッと魔王の椅子に座った。
やはり寂しさはある。
けれど、目の前には憧れていたゲームの世界が広がっている。
「どこに行くかなぁ……、って、その前に……、やっぱ眠い。長い戦いだったんだから、一週間くらい寝てやろう……か……な」
誰も自分のことに興味がないから、誰も来ない。
そんな静かな魔王の城で、彼の寝息だけが音を奏でる。
この寝息こそが、戦いの終わりを告げるエンディング曲——
——彼の中ではそう決まっていた。