みんなの想い
長官命令は絶対。
ただ、流石に朝令暮改はやめて欲しい。
「ちょっと待って!上にいるんじゃないの?」
だから、フィーネからの通信が入る。
「あの……、海はちょっと……」
ソフィアからの通信も入る。
この世界のフィールドマップは二つの大陸から構成されている。
そして、それらの大陸は海に囲まれている。
以前、それらはダメージゾーンだった。
マリアが父親に豪華客船をおねだりして、バッドエンドが起きるくらい馬鹿げたダメージゾーンだった。
女神のオーブの効果で、そのダメージはかなり軽減されている。
だから今でも魔法やフェリーや高速船が必要なわけで。
♤
『そもそも、この戦闘機には潜航能力はない。そして、海がダメージゾーンだったのは、狡猾な魔族が光の勇者を簡単には通さぬために行ったこと。彼らはそこに魔法エネルギーを溶かし込んでいたのだ。』
ヘルガヌス「こうしてしまえば、ワシらは無敵じゃろう」
『その構想を設計したのが、当時魔道の第一人者だったヘルガヌスだった。彼が生涯かけて生み出した魔道は計り知れない。そしてその魔道学も彼の衰弱と共に失われた学問へと変わる運命だった。だが、先日彼の姪、サラが伯父の研究室を探しあて、そこで彼の財産たる研究資料を発見した。』
サラ「ん、これって。伯父が残した資料?物騒なことが書かれているから焼却を。……ううん、そうじゃないわよ、サラ。私は父と母の為に知ろうとしているの。だからこれは——」
『サラには彼の魔道をかろうじて読み解く知識があり、その演算式の解析に成功していた。彼女はリディア、フィーネ、マリア、ソフィア、アイザという魔法に精通した最高レベルの勇者パーティらと共に、伯父の研究をさらに発展させた。』
サラ「お父さん、お母さん。私、友達が出来ました!」
『その結果誕生したのが、サラの友達。それだけではなく、魔法エネルギー同士の相殺による、海の消失化だった。海の安全化を図る研究の途中で見つかった偶然の産物だが、第三国からの侵入という事態を想定し、こんなこともあろうかと、海の消失トリガーとなる魔法は残したままにしていた。』
♤
「アンチが湧くのは、成功が羨ましい、妬ましいからだ。そんな奴は上から見下したりしない。だったら、下から睨め付けているが正解だ。いつもイーリがやってたことだ。イーリ、初めて役に立ったな。それにこの博打はどうやら当たりそうだ。」
「俺っち、もうちょっと活躍してません⁉」
(実際、それしか考えられない。確か、もうすぐ例の空の壁にぶつかる。相手は神だから外部からの攻撃も考えられなくはない。でも、少なくともここは創造神メビウスのテリトリー。あの発火現象は『少なくとも』世界に干渉していなくては出来ないはずだ。)
「ラビ、この考え、どう思う?」
できれば他の仲間に知られたくない。
やっぱりこの世界に可能性を残しておきたい。
だから、縁で結ばれているラビに考えを聞かせて、返答を待った。
「もはや原型がないですけど、ご主人がそう仰るなら、ウチはどこへだって行きますよ!イーリ、喜べ、初めての活躍だ。」
「あー、もー、それでいいっすよー。で、どうするんすか?」
不機嫌そうな表情をする彼に、レイはサムズアップした。
「大丈夫だよ。ちゃんと手は打ってある。な、サラ!」
「はい!リディアちゃん、フィーネちゃん、マリアちゃん、ソフィアちゃん、アイザちゃん!やりましたね!私たち……」
「レイ!レイ!私ね、私ね、すごい発見してたの!私がいなかったら多分無理だったかもしれないかもくらいなんです!」
「そ、そうね。リディアちゃんも、いてくれたからじゃないかしら。」
「マリアもがんばったんだよー」
「わ、わ、わらわは……」
「うん!アイザちゃんが一番頑張ったんだよ、レイ!」
サラがあんなに嬉しそうにしている。
もう、七人のヒロインにも負けていない。
ただ、本当にどうしようもない自分がここにいる、と彼自身は思っている。
こんなご都合主義なリアルタイムでの設定改変。
こんなゲームは間違いなく『クソゲー』だろう。
こんなのはMODか、あるいは——
「クラッキング!」
奇しくもレイが考えていた言葉が、彼女たちが考えた魔法名だった。
◇
六人の少女が魔法「海データ透過MOD」を唱えた瞬間に、実際の海が虹色に光り輝き、そして消失した。
「うぬぬ。もはやドラステのかけらも残っておらぬぞ!」
つい、ラビが創造神メビウスの言葉遣いに戻ってしまうほどに、この世界にゲームだった痕跡は残されていない。
地上のあらゆるものは最初の改変でコンクリート調の無機質な平面に変わった。
そして、海は伽藍堂になった。
見えるは漆黒の海の底。
いや、このゲームにそんな設定は存在しない。
本当に海の底があるのなら、この日差しはどこであろうと明るく照らす。
このゲームは遮蔽物さえなければ、高低差に関係なく光が差す。
だから海底があれば、岩山や地面が見えてもおかしくない。
そして、それが見えず、ただ真っ黒ということは、何もないということ。
つまりあの漆黒は、この世界の到達限界領域だ。
きっとあそこに突っ込んでも『ドゥンドゥン』という効果音がするだけで、先へは進めない。
ある意味で空の限界を経験していてよかったと、心から思う。
——空にこの空間の天井があるのなら、あそこはこの空間の床ということ
「魔王様!海底からモンスターのようなものが!」
その時、エルザからの緊急通信が入った。
『ようなもの』とわざわざ言ったのは、それがこの世界のモンスターではないからだろう。
「大丈夫だよ、エルザ。その機銃は後付けなんか必要なしに攻撃可能に設定してある。(ゲームに対する)愛の力で撃って撃って撃ちまくれ!みんなもいいな‼そこにアンチがいることは分かった。周りのクソリプどもを蹴散らすぞ。結局こういうのは、——黙って削除すればいいんだよ!」
破壊神がどのようなものか、そんなことはどうでも良かった。
兎にも角にも、彼らは光の女神メビウスのカケラで作られている。
ならば、ゲームの設定なんか全部吹っ飛ばして、全員光の女神と闇のメビウスの使徒、つまりは創造神メビウスの使徒なのだ。
「サディスティックな懺悔室!あれ、えと普通に光が出てしまいました。」
彼女の戦闘機の機銃から光り輝くエネルギー体が射出され、漆黒の炎が嘘のように消えた。
つまりは彼女もこの世界そのもの。
これ以上破壊されたくないという世界の意思、世界の悪あがきである。
だから。
「フッ。そういうことか。やっと仮性竜拳から乗り越えた俺の必殺技が使えるわけだな。俺の手首が真っ赤に燃える。はやく○コれとイキリタツ!擦って擦って——」
ゼノスの機体からモザイクのかかったエネルギー体が射出され、漆黒の炎が嫌そうに消えた。
あの……、ちょっと。
だから、彼らの出すモノが全てが世界の意思と言おうとしたのだけれど、あれは違う。あれは世界の意志じゃないから、ちょっと待って欲しい。
とにかく、世界の意思は抗っているのだ。
(だから、俺を導いた。ラビとイーリを導いた。そう思っているんだけど、ちょっと。これでビームが出ちゃう流れは流石に……)
「マロンさん、見ていてください! これが本当の俺の———」
アルフレドの機体からも、モザイクのかかった白色のビームが出る。
さっき消えた炎の隣の炎が「俺もかよ!」と言わんばかりに消えた。
「レイ。もう分かっているわ。世界の意志かもしれないけど、それを導いているのはレイよね。その力であの金髪と幼馴染って設定消してくれない?——『私がアルフレドに憧れてたって黒歴史を消してよ』ビーム‼‼」
そして彼女の羞恥と軽蔑の念がビームを生む。
更に、その後もビーム攻撃は続く。
……えっと、真面目な話をしたいんですけど。
と言ってもそれはレイの直感的な話。
彼がなんとなく感じている、これではないかという話。
今までの記憶でのレイの行動は。
「おお、グノフ氏。どうやらSFみたいなビームが撃てるようになったでござるよ。」
「然り然り。拙者たちもビームを撃つでござる。だがしかし、設定が変えられるとは珍妙な。ならば拙者がベン氏のおしっこを飲んだという設定は消して頂きたいでござる。」
「これはこれはグノフ氏。あれはおしっこではないでござる。しかも拙者のではなく、父上の。であるからして……」
「聖水ビーーーーーーーーームぅぅぅぅぅ‼‼‼」
あの……、
皆さん、落ち着いてください。
えっと……、どこまで話しましたっけ。
過去のレイの行動は「逃げ」に徹していた。
それはレイ自身がこの世界から逃げたいと思っていたからだ。
勿論、最初のレイは違っただろう。
だが、最初の彼は破壊神がどんな行動をとるのか予測さえ出来なかった。
それに——
「マロン姉様、この中って暑くありません?私、汗かいちゃって……」
「分かるー。もう胸とか脇とか……」
「ねー。はやく帰ってシャワー浴びたいよねー」
『乳ナーフされろビーーーーーーーーーーーム‼‼‼‼』
「僕のを大きくして、だけではぬるいと思ったので、そんな感情をこめてみました」
無視します。
一周目のレイはまだ手探り状態であり、これほどの味方を集められるとは思えない。
そもそもの設定は光の女神と邪神。
そしてゴールドと経験値、加えて好感度だけである。
その好感度も、一度目の世界では解放できないイベントもあり——
(あの、ラビさん、ラビさん? ギリセーフ?いまんとこギリセーフ?)
(どこまでハードルが低いんじゃ。どう考えてもアウトじゃろがい。ワシはもう知らん。好きにせい‼‼)
「あー、またなんか会話してるー。レイの考えていること、アタシ全部分かっちゃうって前に言ったよね? アタシ、レイのこと全部知っているって言ったよね⁉」
『その女、死ねばいいのにビーーーーーーーーーーーム』
は、ちゃんとワイバーンのような形をした漆黒の炎に命中しているのでご安心を。
これほどまで、主人公がヒロインの好感度を上げることは不可能だった。
だから最初のレイは周回プレイをしつつ、情報収集すること。
それが実は正解だったのかもしれない。
それこそがゲーマーの姿なのだから。
そして——
「私も知ってるんだー。私、興信所でスパイを数百人規模で雇ってるから……、私の知らないところで話が進むの本当に嫌なんだけど⁉っていうか——
『マリア、最近キャラ薄くないですかビーーーーーーーーーーーム』
(あの……、ちょっとマリアさん?)
「あら、それくらい誰でもやってますわよ。レイの秘密はぜーんぶ知ってますもの。お姫様、という設定を舐めないで欲しいわね。それに不満なら私の方がずっとありますわよ!」
『そもそも出番少なすぎるんじゃビーーーーーーーーーーーム』
(そこは猫かぶって!リディアさん!……よく考えたら彼女たちが情報共有しているとは思えないんだよ。それなのに今まで他のヒロインイベントの話が普通に通ってた。それって、そういうことなの⁉)
「おねえたま、わらわも!わらわも!わらわも最近蜂の巣をつつく扱いなのら!」
「そうねぇ。条例がどうのこうの言ってるけれど、それってレイ様の……」
『ロリとか姉妹とか親子丼とか、本当は好きなんでしょビーーーーーーーーーーーム』
(答えられるかー‼‼)
「あ、そういう感じですね。なんだかちょっと申し訳ないんですけれど……」
『私、サラはヒロイン枠なの?そうじゃないの? はっキリしてくれませんかビーーーーーーーーーーム』
(うん、ほんとごめん。そこは本当にごめんなさい!でも、ほら。さっき活躍してたし。)
これで全員ビームを放ったことになったし、『賑やかし』炎上はほとんど片がついたようである。
なので、話を戻そう。
最初の周回のレイは、情報収集するためにやり込む、という選択をしなかった。
ただのゲーマーが勇者として降臨した彼が、ゲーム外から破壊神が来るという初見殺しに対応できるとは思えない。
ただ、彼ならこう言うだろう、「いけると思った」と。
このゲームを知り尽くした彼が、勇者としてこの世界を漫遊する。
なんて素晴らしいチート世界だろうか。
それを経験した彼が、これなら世界を救えると考えても何ら不思議はない。
(世界の終わり方を真剣に考える時間もたっぷりあった筈だ。でも、大好きな世界を自由に動けて、そこで大活躍。……いや、もしかしたらこれが正しい終わり方と思ったのかもしれない。ま、調子に乗っていたのは間違いない。俺だし。でも、本当は周回プレイを念頭に置かなければ、辿り着けなかった。)
そこで記憶を失ったのだから、まさに『勇者とは高が知れている』な出来事である。
でも、もしも周回プレイをしたとして、あの苦痛に耐え切れるとは思えない。
(そう。記憶で見ただけでも、最悪の出来事だった。……だから今度こそ、終わらせなきゃ。俺が絶対に……)
それでも。
過去全てのレイのプレイを振り返ったとしても、今の世界線だけが異常なのは間違いない。