世界を変える戦い
キラリはなんともガッカリという顔をした。
そして、リディアはキラキラした目をレイに向ける。
そんなレイは彼女達にこう告げる。
「俺の秘策じゃないけど。ここにいても始まらない。黒き炎の先にいるであろう『破壊神アンチ』を倒さなければならない。だから、まずは乗り物が欲しいところだ。」
——秘策なんて高尚な言葉を使うことさえ、おこがましいのだが。
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『世界の終わりが来る。だが、こんなこともあろうかと、魔王軍は極秘裏に量産型ドラゴンステーションワゴンにAIを内蔵させ、緊急時にファイターの元へ駆けつけるよう設定していた。さらにプラチナメタルを消費するという効率の悪さを一新。ゴールドとプラチナの融合時における魔法エネルギーを動力炉にすることで、運転する者のMP消費1程度でAWフィールドを展開しながらの巡航が可能になっている。』
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黒髪の少女はその瞬間、ハッとした。
「そうだ!マロンお母さん、カロンお母さん、ボロンお母さんと僕とで、アレに改良を加えていたんでした‼」
彼女の声に呼応するように、開発協力者も自信満々な顔を見せる。
「まさか本当に使う日が来るとはねぇ。」
「でも、使うって思ってたかも?」
「せっかくだから使いたいわねぇ」
魔道科学者部隊は完全にそのことを忘れていた。
今の今まで忘れていた。
だから、皆一斉に『あの戦力』の存在を口にした。
彼女達は天才なのだ。なんせ魔法量子力学をも凌駕する頭脳を持っているのだ。
既存技術の軍事転用なんてお茶の子さいさいである。
そして、その言葉を待っていたかのように、量産型ドラステワゴンが主人公達の前に自動運転で姿を現した。
それだけでなく。
「そう言えば、俺が直接見たのって、サスペンションギシギシの時以来じゃね?いや、これは量産型だし……。それでも愛着あるんだよなぁ。でも、仕方ない。」
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『さらに、こんなこともあろうかと、有人型戦闘車両へと変形するように設計が加えられている。そこに搭載された極悪な見た目のアイラブドリーム砲は搭乗者のHPとMPを100%の効率で対アンチビームに変換できる。』
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各員の目の前に次々とドラステワゴンが急停車する。
そしてガチャンガチャンと機械音を立てて、ゴテゴテボディ、機銃搭載モデルに変形する。
更に「乗ってください」と言わんばかりにコックピットへと変わった運転席のドアが開いた。
「なん……だと。この車で戦えるのか!でも、レイ。俺はこの車を——」
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『運転できない、などと勇者アルフレドがいう筈もない。何故なら、彼らはこんなこともあろうかと運転免許を取得していたからだ。レイの過去創造の旅の間、彼らは暇を見つけては自動車教習所に通っていたのだ。』
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「——運転できるぞ。半クラのアルちゃんと呼ばれた教習時代を思い出すぜ!よし、ハンドルが手に馴染む。それに久々のミッションかぁ。スコスコ入るのが心地いいぜ!これなら行けるぞ!各々、自分の機体に乗り込め!どうやら、ちょうど人数分あるみたいだしな。」
アルフレドは巨大な銃のついた戦闘車両『ドラステ』に乗り込んだ。
あのアルフレドがハンドルを握ったのだ。
ネクタの悪夢が蘇る。彼女は彼と競っていた筈なのに。
ここは幼なじみとしても負けられない。
「ふん。ハンドブレーキフィーネの異名がどれほどのものか見せてあげるわ。」
(半クラアルちゃんもどうかと思うが、ハンドブレーキでお前は何をするつもりだよ!)
無論、ということは彼女達だって。
「もう!パパったら!勝手に乗ってたのね?やり過ぎると下品って思わないのかしら。蒼く光らせとけばいいって思ってない?」
(マイカー扱い!確かにエクナベル家と魔王軍は蜜月だけれども!っていうか青色をディスらないで!俺の犬歯もその色に光るから!)
「ふふふ。私が乗るんだもの。子豚のように鳴きなさい、ドラステちゃん。坂道発進狂・ソフィア、行きます。」
(そこで狂うな! 後ろの車、めっちゃ迷惑するからな!いや、ソフィアの想定は大修道院の登り降り……、っていうか、あそこに教習所があったの⁉)
運転免許を取ったばかりの彼らではあるが、その実力は教官も舌を巻いたと言う。
彼らが冒険で乗ってきた愛車のレプリカなのだ。
体に馴染まない筈がない。
「ふっ、ついに竜人グローブを外す時が来た」
「アタシ胸がつかえてなんか窮屈かも、思わずクラクション鳴らしちゃうかも」
「ふふ、エミリちゃんは小柄だからねー。」
「私たちは大丈夫みたいね。」
「えー、お姉さまぁ。ボロンもちょっとハンドルに当たりそうなんですけどぉ」
「へぇ。それ僕への当てつけですか?エミリさん、お母さん。僕、ちょっと運転が荒れそうな気がしてきました。気を付けてくださいね。」
「わらわ足がとどかぬー」
「差し馬のリディアの異名、ここで思い知らせてやるわ!」
皆、あれやこれや言いながら、次々と乗り込んでいく。
(アイザに合わせて自動運転モードを搭載しているし、なんだったらこの世界には何歳から取得可能なんてルールはない。っていうか、リディア姫。やっぱり自覚あったのかよ!……っていうか、みんな仲良さそうだな。)
勿論、魔王軍はちゃんと考えている。
だが、そういえばこんな設定の彼がいる。
「我の体、入らないのだが……」
「ワシものぉ。踏んでしまいそうじゃわい。どっちかと言うとワシが飛んだ方が……」
かつてのライバルが二人が互いを牽制しながら、車ともにらめっこをしている。
ただ、今や互いに敵意はない。
同じ境遇同士、同じIQ同士、ぼーっと見ているだけだ。
そして彼らは車に乗れず戸惑っているだけ。
でも、魔王様はちゃんと考えている。
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『ドラグノフとベンジャミールはお互いの研鑽の中、少年漫画でよくあるシンプルな人型が最終形態という設定を会得していた』
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結局、最終的にはシンプルなやつが一番強い理論。
彼らは長い年月を生き、その域へと達していた。
「ドラグノフ、お前にはまだ見せていなかったな。ワシは究極形になることができる。」
「ベンジャミール。笑わせる。我の究極形態を見て、ビビるなよ!」
そして誕生した。
究極のモンスターがここに。
丸い頭、棒のような形状のシンプルボディ!
赤がドラグノフで青がベンジャミールだ!
「棒人間クラスまでシンプルになる必要はねぇんだよ!絶対弱いじゃん!その棒のような手でもハンドルって握れるんだ。へー (棒)」
レイは全員がコックピットに乗り込むのを見届けて、自分用のおそらくはオリジナルのドラステワゴンに乗り込む。
すると、設定無視のどなたががガチャリとドアを開けた。
「って、なんでお前達は俺の車の後部座席!?」
「大丈夫ですよぉ、ご主人。これは運転席と会話ができるように壁が外されてます。それにほら、ソファじゃなくて、ちゃんとした後部座席ですよ!ウチたちの状況を踏まえての形です。流石ご主人です。」
彼女たちを戦力に使うわけにはいかない。
それに、本当にこれが最後の車だった。
もともと二人はゲーム設定のキャラではない。
それが反映した形なのだろう。
「適当に走らせてくれ、運転手の旦那。金ならあるから心配すんな。できれば海沿いを颯爽と——」
「って、誰だよ!お前は金持ってねぇだろ!」
「ウチはぁ、曲流して欲しい。あのMKBの歌……って、なんか車酔いしそうなんで止めておきます。あのゴキブリ、トラウマレベルですよ‼ウチ、トラウマ抱えちゃいましたよ!」
という感じに、全員がドラステワゴン戦闘型に乗り込んだ。
「ちょっと、レイ!どういうこと?さっきはエミリちゃんを止めたけど、やっぱそれ、職権濫用じゃん。マリア的にもブーブーだよー!」
ちゃんと魔法通信により会話もできる。
なんならサブモニターに全員の顔が見える。
すごくカッコ良い戦闘モノのやつだ。
丸だけで構成されている奴が二人いるが、丸だけなのに気合が入ってるのが伝わってくる。
——だが、ここで。
レイは魔法通信で顔を見ながら、全員に号令をかける。
「行くぞ、そこの上り坂を一気に駆け上がれ!」
すると、アルフレドが戸惑いながら長官に質問をする。
「行くって……、この黒い炎、ほっとくとやばいんだろ? この車はその為に機銃を……」
確かにその通りではある。
今の炎の勢いのままならば、もう少しは耐えられる。
そして、記憶の中の炎はこのあと勢いを増していく。
その前に少しでも多くの火を消した方が良い。
——ただ、ちょっと考えてみよう
この全てを滅却する炎はなんだ?
そう、破壊神が放った炎だ。
——でもメビウスはなんて言っていた?
だから、レイは彼らに告げる。
「アンチによる攻撃は、反撃すればするほどに炎上する。火に油を注いでしまう。その結果、大炎上へと繋がる。だから——」
この炎を攻撃してはダメだと彼は言う。
では何故、戦闘用車両に乗っているのだろうか、と皆は思う。
「つまり鎮火させる方法を考えるってことかしら?」
水色の髪の少女。
その方法も、結局は同じである。
「フィーネ、言っている意味は分からないだろうが、聞いてくれ。火消し行為も立派な攻撃なんだ。だから火消しをしようとコメントしたところで、それも荒らし行為と同様。結局、大炎上へと繋がる行為なんだ。」
一体彼は、司令官は、レイは何を言っているのか。
それはこの世界を俯瞰している皆様には簡単に理解出来るだろう。
だが、この世界の住民には、全く意味不明な言動である。
「このまま突き進め!炎上はスルーするのが鉄則だ! サブ垢使って連投してるアンチが必ずその先にいる。ま、簡単に言うと破壊神そのものを討つしかないってこと!だから時速200km以上でこの坂を駆け上がれ!ネットリテラシーとは何かを思い知らせろ!」
そして彼は皆に手本を見せるべく、坂道をアクセル全開で駆け上がった。
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『緊急時において、戦闘用車両ドラステは時速200kmを超えた瞬間から、飛行モードへと切り替わる。二門の機銃は左右の翼へと移動し、対空ビーム兵器と切り替わる。この開発にはキラリ、マロン、カロン、ボロン、そして魔王軍、いや全ての知的生命体随一の頭脳を誇る、奇才アズモデ氏も協力しているのだ。』
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「見ていられなかったものでね。戦闘用車両では二次元での戦いしかできない。戦争はすでに三次元の時代。空を制すものが、勝利を勝ち取るのさ。——って、しまった!僕はどうしてこんな世界を守る方の研究に加担してるんだ!……でも、何故だ?暖かい……だと?僕は母さんを……」
アズモデはそう言って速度を緩めた。
そんな彼の車を三台の車が取り囲む。
「アズモデ、魔族は大なり小なり、皆、家族を失っているわ。気持ちは分かるけど……。それはもう、ただのエゴよ。」
「そうだよねー。まぁ、家族を自分から捨てた奴もいるけどねー」
「しかもひどい名前をつけたとかw」
レイのせいで、人間が魔族になるという設定が生まれた。
そもそもヘルガヌスが邪神に力を借りたという設定なので、それは彼の責任ではないのかもしれない。
でも、彼らが記憶を取り戻したことは、彼が彼ら彼女らに歴史を与えたからに他ならない。
それでも、マロン、カロン、ボロンはいつも前向きだ。
それはキラリの存在があるからかもしれない。
彼女たちの明るさ、暖かさでアズモデのドラステ号も速度を取り戻した。
「でゅふふ。お主、お主。言われておるぞ。あの話は拙者もどうかと思ったでござる。」
「なんのなんの、お主だって同じでござろう。拙者はまだ子孫がいるだけマシでござるよ。」
「ぐぬぬ、捨てた分際でリア充を語るなでござる。拙者の父上の聖水をがぶ飲みとか、ワラ」
そんな会話を、先程まで巨大モンスターだった一人と、ドラゴンだった一匹が聞いていたらしい。
(人化して、IQがさらに落ちてるだと⁉……こいつら強さと引き換えに知性を失うタイプのキャラクターかよ!)
「アタシ、こんな奴が祖先だなんで嫌なんだけどぉ!お母さぁぁん!」
(エミリ、それはほんとゴメン!っていうか、俺だって嫌だからね!?……って、それは助かってからでいい。とにかく、頑張ってくれよ、みんな!)
「炎は絶対に避けろよ。そして悪そうな奴を見つけ出せ!みんなぁ、気張れよぉ!」
レイの戦闘機を先頭に全軍が天を目指す。
あらゆるアンチをスルーして、炎上をさせないように気をつけながら。
「にしても、旦那ぁ。見当はついてるんすか? 破壊神アンチがどこにいるかってこと。」
それについては問題ない。
「見当なんてついてない。でも、そういう奴って大体傲慢な奴だろう。だから上から見下す……?」
トップギアに入ったドラステは天を突かんとする。
——いや、この場合。
「アンチの炎上は嫉妬の炎だ。そもそも人気がないコンテンツはスルーされる。人気があるから、……炎上する。
そう、彼の考えは突然、逆方向に動き始めた。
「そう……だ。アンチがいるのはこっちじゃない!みんな、今から急降下だ。海に飛び込め!」
司令官からの突然の真逆の命令。
流石にこれは皆を混乱に陥れる。
「レイ、どういうことだ。そもそも海は……」