戦う理由
ラビは約束と言った。
約束、その言葉が彼の心に染み込んでいく。
そして、彼女は俯いて、切なそうな顔をした。
「お主が日本に住んどった頃、ワシはお主と約束をしたんじゃ。ワシは創造神じゃ。じゃから何度も世界を作った。じゃが、作っても作っても世界が消えてしまう。ワシにできることは創造のみ。破壊神のやることを止めることはできん。じゃから、少しでもそれらしくなるよう、ゲームの世界にして誤魔化しておった。そしてワシはその後、お主から、なんとかしてくれると、約束をもらった。じゃから、お主の運命を変えた。家族も恋人も友人もおらなんだお主、お主なら快諾してくれたと思ったのじゃがの……」
メビウスは寂しそうな顔をしていた。
「なんじゃ……、覚えておらんのか。それじゃあ、辛いばかりじゃったろうのう。それなら元の輪廻に……」
そう、あの子が悲しい顔をしている。
あの子を悲しませない為に
俺はここに居る。
「——いや、覚えているよ。っていうか、今さっき思い出した。それで俺を殺すのはやりすぎだけどな。俺の前世がめちゃくちゃ寂しかったってズケズケ言われているのもな。……でも、俺はこの世界が好きだ。だから、ちゃんと約束を果たしてみせる。どこかで記憶を無くしたせいで、ものすごく回り道をしたみたいだけどな。」
マジの本心だった。
こんな世界で生きられるなんて最高じゃないか。
でも、どうしてそれを忘れてしまっていたのか。
そこでハタと少女が目を剥いた。
「そうか……、一番最初のループか。お主は今回と同じようにエンディングを迎えぬようにと指示をした。そこからお主は何も考えず、世界を謳歌し始めたからの。神の時間で見れば、ほんのひととき……。あそこで記憶を失ってしもうとったとは。……でも、今回は違うんじゃろ?レイ!」
レイは言葉を詰まらせる。
積み木を手伝う約束は思い出したが、そもそもこの世界をどうやって救う?
「違う……と言いたいところだけど、正直良く分からない。そもそも、俺には何もできないから、説明をしてくれたら……。アドバイス的な……、なぁ、なんで過去創造なんて、メビウスはしてたんだ?」
(そうだ。俺はその為にメビウスと話がしたかったんだ。)
でも、レイの言葉とは裏腹に、創造神メビウスはキョトンと、本当にキョトンとした。
因みにイーリはまだ岩に突き刺さったままだ。
「え?ほら。だって世界に歴史が刻まれて……」
「レイ。ワシがこの世界に降りてきたのは、さっき言いそびれたが、ワシがお主を直に見たかっただけじゃ。お主には足手まといに映っとったようじゃが、ワシはお主とおるのが楽しかった。まぁ、サキュバスバニーなら、お前も悪い気はせんと思うとったしの。それに、そもそもゲームのヒロインに白髪は必要不可欠じゃろ? お主がワシをヒロイン認定してくれた時は本当に嬉しかったんじゃぞ!」
また、ドキリとさせる笑みを浮かべるラビ、彼女の顔をしたメビウス。
いつも可愛いとは思っていたが、大人びた雰囲気を出されると、どうにも言葉を失ってしまう。
「ラビは……、えっと、ヒロインの器に違いなかったし。っていうか、なんか照れるんだけど……」
「ワシだって照れておる。話すつもりはなかったからの。まぁ、もう話してしまったことは仕方ない。レイ、実際にお主を間近で見ると、ワシは面白うてのう。あらゆることが新鮮じゃった。戦闘シーンのシステムを使って、変わり身の術をつこうたり、更にはスキルを使って、器を奪い始めたり。ワシはワクワクしながらお主を見ておった。感動しておったのじゃぞ。この世界のルールを大胆不敵に利用し始めおった。個体値をスキルで強奪するなど、ワシには想像できなんだ。確か、お主はそのことを……」
話が面白いほどにスラスラ進む。
「役を食う……。えっと今の過去創造でいうところの器を奪う……。それが魔族の俺が強くなっていった理由だったらしい。俺も意識して使ったわけじゃない。確かに器と役を入れ替えても、今回の場合は意味は通じる。俺だって不思議に思ってたんだよ。俺の口から散々、魔族はそれ以上強くならないって言ってるのに、俺は強くなっていたからな。んで、理由は器とともにゴールドとプラチナを盗んでいたからだったと……。確かに、相手から一番大事なものを奪うという極悪スキルだったけど……」
でも、メビウスが驚く?
「そうであったな。それでお主は器を大きくしていった。そして気がつけば、ワシらをも眷属にしとったのじゃぞ。いやしかし、あれは便利じゃったの。なにもせんでもお主の行動が筒抜けじゃったからな。用を足すとき、できれば座った方が良いのではないか? お主の排泄物を体に抱えたスラドンが今もどこかにうろついとる筈じゃ。」
何かおかしいとは感じるけれど、会話そのものは楽しい。
「そこまで見えんのかよ!俺は全然、見えなかったけどー? そもそもイーリのは見ようとも思わなかったし。」
どうしてこんなに彼女との会話が楽しいのか。
やはり、彼女が面白がってくれているからであり、感動してくれているからだ。
「それはお主がプレイヤーじゃからじゃ。プレイヤー目線では見えてはダメということ。——というより、ヒロインは用など足さないしの。貴様、このゲームをそのようなお下劣なものと思っておったのか⁉」
レイは何か違和感を感じながらも、彼女との楽しい会話を続けていく。
「まぁ、分かった。俺が強くなったのはそういう理由か。そいつのキャラとしての器を奪う。ありえなくもないけど、それじゃあ過去創造は——」
そして、レイはとんでもない勘違いをしていることに
「お主が最後に奪った器。あれは邪神の器。つまりはワシの分身体でもある。張りぼてじゃがの。じゃが、張りぼてとてワシの分身体。今のワシのようにな?無論、NPCであるアズモデには無用の長物じゃがな。じゃが、プレイヤーであるお主はワシの分身体をも手に入れた。ワシはお主の眷属であり、同一体でもある訳じゃ。つまり過去創造はお主の力じゃ。ワシの力を使ったものではあったがの。あぁ、一度だけ記憶を流し込んだか。お主がワシを『ガキ女神』なぞと申しておったから、嫌がらせをしたことはある。じゃが、それ以外にワシは何もしとらんよ。」
気付いてしまう。
「それは違うぞ。確かに不幸な歴史は俺が考えていた通りだった。でも……」
「——あり得なくない。それくらいは無意識に思っておったのではないか? それに女神の本ならば、そもそもお主自身、過去に知っておったのじゃから、潜在的に見えてもおかしくはない……じゃろ?銀髪もそうじゃ。この世界で他に銀髪キャラはゼノスしかおらんからな。そしてお主自身が言っておったろう? ヒロインにはなんらかの理由があると。まぁ、アイザを人間の幼女に戻してしまうのは些か問題ありじゃったがな。」
そう、メビウスとの会話に違和感があった理由。
それは彼女が考えた設定の筈なのに、まるでレイが面白くしたように話していたこと。
理由は今彼女が話した内容が全てだった。
——つまり過去創造=レイの過去想像だったという話。
当たり前すぎて、反論もできない。
もしかしたら、とか、ひょっとしたら、とか、いやいやまさか、なんて偶然すぎる出来事までを考慮したら、なんでもありになってしまう。
だから、なんでもありだった。
なんなら、レイがおかしいと思った歴史が、補足されたりもした。
完全ご都合主義だったのは、女神ではなくレイ自身だった。
もしかしたら、ちょっと前までのレイだったら、ショックを受けたり、落ち込んだりしたかもしれない。
「それで……、何か……あるのじゃろ?」
白兎が悪戯な笑顔で聞いてくる。
——あぁ、そうさせてたまるか。
理由は言うまでもないだろう
「えっと、メビウス。その……、メビウスだと呼びづらいからラビ……のままでいいか?」
その言葉に女神は微笑んで、サキュバスバニーならではの片足立ちポーズをとった。
「勿論ですよ!ご主人!」
「イーリもそれでいいな。」
「へーい。旦那が女神の分身体を取り込んだ時から、俺っちは旦那の部下っすよ。ちなみに、俺っちがギャンブラーなのは、女神様のカケラを求める眷属の習性で——」
「お前は溶かしてばかりじゃろ!……は!すみません、ご主人。つい、癖で……」
イーリが吹っ飛んでいったが、今のは致し方ない。
でも、レイがいつもの調子を取り戻すには。十分な働きだった。
やっぱり、この二人には救われる。
今回は回復までしてもらった。
「つまりその……、そういうことでいいんだな。」
「そういうこと。アルフレドのガキがなんとか言ってるけど、ウチとレイは常に一つになっている、つまりそういうことです!」
一心同体、いや合体?
「そう、これで俺はアルフレドよりも進んだ関係を手に入れ——。じゃなくて!もうすぐアンチが湧くってほうだよ。つーか、なんでアンチ?『アンチで炎上』って絶対にこの世界の人間には意味が分からないからね!」
「えー、仕方ないですよー。だって、女神の書、予言書なんて言われてますけど、あれって今までのレイの要望書とウチのただの愚痴とか落書きだもん。そしてウチの文字をNPCのアイツがどうにかこうにか解読したんじゃろうなぁ。だからぁ、ウチは悪くないよね?」
——可愛いから、許す!!
そして今度こそ、レイは城へと帰還する。
「って、レイの旦那。秘密の塔に行く時とは全く雰囲気が違いやすね。」
「当たり前だろ。戦う理由ができたんだ。好きなゲームを炎上させてたまるかよ。な、ラビ。」
「うん!さすが同校です!幼馴染です!ご主人!」
イーリの言う通り、彼の顔は変わった。
これがレイが前向きになった理由。
今度こそ、「たったそれだけで?」と思うかもしれない。
でも、好きなゲームの悪口をネットで見るとムカついてくる。
それだけの理由でレイは戦えるのだ。
どうしてここに?
どうしてレイモンドに?
なんで俺が?
もうあの悪夢は見たくない!
——なんて、悲壮感溢れる彼は、もはや関係ない。
これは、人生の大半をゲームに捧げた男の物語なのだから。