ラビ
周りが真っ暗だったのは目を閉じていたからだったらしい。
ということは悪夢の続き?
「おーい、旦那ぁ。生きてますかぁ? ラビの回復魔法がなけりゃ、絶対死んでましたぜ。」
あぁ、そうか。
俺は生きているのか。
ひどい悪夢だった。
あの時よりもひどい悪夢なんてないと思っていた。
——でも、今見たのが最強最悪の悪夢だ。
まだ、この世界には暗闇が来ていないのだろうか。
もしも、途中なんだとしたら、このまま眠りたい。
「ご!しゅ!じ!んんんん!!」
その声にレイは漸く、目を開ける。
うっすらとだが、赤い瞳が見える。
そして顔が反対向きに……。いや、縦に膝枕をしてもらっているのだろう。
彼女が泣きながら、見下ろしている。
「あれ……。ここは……。メビ……。ラビ……か。なぁ、ラビ。世界はまだ大丈夫なの……か?」
その言葉を聞いて、ラビは涙まみれの目を裾で拭った。
——そして彼女は真剣な顔でこう言った。
「はい!……でも、もうすぐ来ちゃうかもです!」
——ん?
彼はそのラビの返答を目を半眼にしながら受け止めた。
そして手を上に伸ばしてラビの体をぐっと掴む。
寝た体勢から人外の力で立ち上がる。
ついでに、せーのでラビをちょこんと地面に置く。
「うーーん。えっと、メビウス、回復ありがとうな。」
——その瞬間、妙な空気が流れた。
そして、こてりと首を傾げるバニーガール。
「ななな、何のことでしょうか、ご主人!今、なんと? メ、メビウスっておっしゃいました?えっと、あの……、そうですよね。女神メビウスは一体何を考えているんだろうってとこでしたもんね!」
なんだろう。
この、ラビのリアクション。
いや、もしかしたらってだけで、まさかなって程度だったのに、何故か動揺しつつも、否定している。
いや、そんな訳ない。
だって、ラビはラビだ。
サキュバスバニーのラビだ。
彼女は否定したし、やっぱり違うのだろう。
ただ、赤い目ってこのゲームでは意外と珍しい。
「うーん。ラビってさ、よく考えたら上級魔族なのに黄金色の瞳じゃないよな。でもサキュバスバニーって白兎って、赤い瞳だし。サキュバスバニーエリートだから、赤い目でいいのか。ごめん。なんか間違えた。ちゃんと服は色違いになってるし。眷属って設定のワットバーンはグラサンかけてるしなぁ。まぁ、あれは夢……か。うん。なんでもない。ラビ。本当に回復ありがとうな。」
レイは城に戻ろうとした。
結局、炎上する。
それはちゃんと伝えなければならない。
そして今度こそ突破口を見つける必要がある。
それに、ワタワタではあったが、ちゃんと否定をされた。
ちょっとカマをかけてみたら、違ってた。
——つまり、これって結構恥ずかしい。
が、なぜか戻れない。
ラビに何故か、首根っこを掴まれている。
流石魔王幹部、物凄い力だ。
「ご主人?どこに行くんですか⁉もうちょっと粘ってみましょうよ‼もしかしたら何かあるかもしれませんよ‼ほら、ほら‼何か気づきません?何か‼」
首根っこを掴まれたら、流石に前に進めない。
引き摺っても良いけれど、何か気付かなければならないことが、彼女曰くあるらしい。
そんな雰囲気に耐えかねて、イーリがやれやれと口を開いた。
「ずーっとムービーに捉われてた旦那っすよ。それにしちゃ、俺っち達は一度もムービーには登場してない……、なんて思ったりしません?これだけムービー、ムービーなのに、俺っち達、未登場っすよ?」
ムービー。
確かに二人ともムービーイベントに出ていない。
だが。
「いや、元々モブだから映ってないんじゃないか?それに過去回想でも、大体、俺ってラビとイーリを放っておいたし。」
その瞬間、レイの呼吸が止まる。
そして電撃が走ったように下腹部に痛みが走る。
レイは恐る恐る自分の股間あたりを見た。
すると何故か、ラビの履いているハイヒールと彼女の足が見える。
たぶん、色々とタイミングをミスったのだ。
それにラビの反応がどっちなのか、正直分かりにくかった。
だからレイは彼女にもう一度聞いてみることにした。
「ええ⁉ま、まさか。そんなことが⁉いや、そうか。ムービーにも出ていないし、それだけ強いのに瞳も黄金じゃない。これは色々おかしいぞ。も、も、も、もしかして、——ラビがメビウスだったりして‼」
すると彼女は彼の前に回り込み、両手を腰に当てた。
そして、わざわざ足を開いて立ち、仁王立ちをした。
「クックック、やっと気付いたのか。ずいぶん遅かったのぉ。全く、抜けた奴め。竹馬の友とは思えん愚鈍ぶりじゃったの。ふむ。体は問題ないみたいじゃな。無駄な心配をさせおって。」
やっと股間の痛みが和らいできた。
でも、そんなに芝居がかっていると、冗談にも思えてくる。
これ、全部ドッキリなんじゃないの?とまで思ってしまう。
やっぱりメビウスだ!と、確信を持ってからの「ドッキリ大成功っすね。旦那ぁ」というイーリの声も聞こえてきそうではある。
「おいおい、なんじゃその顔はぁ。ワシとお主はおなちゅう?おなこう? おなしょう?とにかく幼馴染のようなもんじゃろがい!恋愛ゲームなら、ワシの好感度はガタ落ちじゃ。お主、もっと早く気付くべきじゃったな。」
そもそも喋り方がおかしい。
一人称ってすごーく大事なのに、しかもこの世界で唯一、自分のことを「ウチ」と言う、その希少性を全く分かっていない。
っていうか
「なんで幼馴染なんだよ。俺は前世でもお前を知らないし、過去創造を信じるなら、俺は元々、王家の人間だぞ。」
ってことになった。
それもメビウスの意志で。
「ぐぬぬ、何を訳のわからんことを抜かしおって。それでもお主はゲーマーか!同じゲームをこれほど愛しているのだぞ。これはもう、幼馴染と言ってもよいじゃろうが!」
どうみても悪ふざけのように見えてしまう。
例えば見た目がガラリと変わってくれたり、物凄く光り輝いていてくれたら。
後光が射してくれたら有難いのだが、どう見てもいつものラビだ。
——だが、この後の彼女の言葉にレイは驚愕した。
「そもそも、レイよ。お主、本当に真なるゲーマーなのか?本当にこのゲームを愛しておるのか? 胸に手を当てて考えてみよ。ドラゴンステーションワゴン〜光の勇者と七人の花嫁〜には、他のゲーム機で人気を博しているような、進化するタイプのモンスターは一匹もおらんのじゃ! そもそも、ワシは出オチに失敗しておるんじゃぞ。トリケラビットがサキュバスバニーになるという設定をもっともーーーっとツッコむべきだったじゃろ。さっきみたいに簡単に騙されおって。全く。お主がここまで抜けておるとは!」
(待て待て待て待て!流石に言いすぎだろ! ちゃんとその時は嘘だろって思ったけれども!お前がその触れてはいけないゲームネタを出すからツッコめなかったんだろ!それに……)
「じゃあ、ジュウはどうなんだよ。あいつはチューリッヒに進化してたぞ!」
すると白兎は、はぁと溜め息を吐いた。
「……墓穴を掘ったな、レイよ。お主、あれは全くの別人じゃ、別モンスターじゃ。何なら、お主の言う『ゲーム本編』の方を読み直してみろ。チューリッヒとお主の会話。全くかみ合っておらんかったぞ。あれはお主が一方的に喋っとるだけじゃ。そもそも、あの時お前は脳内NTRの真っ最中じゃったろ。ずーっと他の女のことを考えとったから、気づかんかっただけじゃ。そもそもジュウとやらは、そんなに変態設定ではなかった筈じゃろ? 」
レイは目を剥いた。
「——ふむ、仕方ない奴め。これは言わぬが花と思うとったんじゃがな。百歩譲って、チューリッヒがジュウだったとして。お主、気付いておらなんだな? お主は毎回、ネズミ系モンスターに出会うたびに、そやつを『ジュウ』と呼んでおったぞ。というより、あいつ毎回喋り方が違っておったじゃろがい。」
レイは目をガン剥いた。
これは流石に痛い。
クリティカルヒットである。
(ぐぬぬ。確かにどれがジュウだか分からないっていつも思っていた。え、どこから間違えていた?これってあれか? )
「いつからお前はジュウと思っていた?」
(そうそう、それ的なやつ?……ってことは、どのジュウが本物のジュウなんだ? まさかチョリソーで戦って、死んでいったあれが本当はジュウだった?いや、でも話の展開的にあの時ちゃんと話が繋がったんだよなぁ。なんなら帽子に文字を書いてたし……)
「確か、チョリソーで10って数字を書いて。」
「ほう?十三世が10と?」
顎が外れるかと思った、それほどの衝撃。
(そうじゃん!あいつ、十三世という設定からジュウさんになったこと知らなかったから、数字の10を書いたのか!ここであのボケを拾ってくるというのか⁉確かに、あの時は俺とラビはそのエリアにいないモンスターで、大ねずみ子爵十三世はエリアモンスターだから、山ほどいたしな。でも、あの時は確か……)
「お前もそうだっただろう。間違えたって言ってなかったか?」
「フッ。ノリというものを知らんのか。そもそも、あれはお主に合わせとっただけじゃ。女神たるワシが間違える筈ないじゃろ。それにあの時点で、お主が『ジュウ』と名付けた大ねずみは136匹もおったからの。このゲームのモブモンスターは無限に湧く。それはお主も知っておろう!」
(え……、そうなんだ。えっと……その。今更だけど、ジュウ。なんかごめん。どのジュウに謝ればいいのかさえ分からないけど。本当は全然見分けがつかなかったんだよなぁ……。それにそもそも、別れた時のジュウは俺の行動にあんまし乗り気じゃなかったじゃん!やばい。俺、マジで全然違うおおねずみを毎回引っ張り回してたってこと? だって、チョリソーとヴァイス砦はマジで大ねずみ多発地帯なんだよ!しょうがないじゃん!)
ただ、レイにも言い分というものがある。
あの時は本当に激戦だった。
それにクリティカル返しが出来る。
「ちょっと待った、その戦い。チョリソーでの戦いは激戦だった。ラビだって死にかけてたんだし……。あれじゃ、ラビが女神メビウスって思えないだろ!しかも結構良いシーンだっただろう!そもそも、お前、死にかけてたじゃん。エミリとマリアに殺されかけてたじゃん。」
ガタガタ震えてたし、なんなら涙目だった。
うむ。これは流石に女神とはいえない。
と、レイが思っていると、何故かラビは顔を赤くして、えへへと照れ笑いをした。
「レイ、お主が必死に助けてくれる姿に、女神たるワシもキュンキュンしておったぞ。あれは良い経験じゃったな。」
「あぁ。あれは本当に危機一髪だった……。って、そうじゃなくて!」
(ってか、思い出すとこっちが恥ずかしいんですけどぉぉぉ!あれもしかして、ラビ死なない流れだったの!?俺、めっちゃカッコつけてたよ?)
「レイに助けられたのは事実じゃぞ。この体は光の女神と同じじゃ。つまりはただの作り物じゃからな。かといって、ワシがあれで死ぬことはない。じゃが、詮無きことじゃな。ジュウを見分けられん時点で、実はこっちでしたーってサキュバスバニーで登場していたとしたら……。お主は騙されとったじゃろうな。」
クリティカル技はヒット率が低い。
(ぐうの音も出ない!実際、ジュウがそうだったし‼)
「じゃ、じゃあイーリはなんなんだよ。イーリはコウモリんに変わったり、人型になったりして、あれは進化って……」
そして自分でも。
「——‼いや、そもそもコウモリんは人型にならないな。なんだよ、イエローコウモりんだけ、人型になれるとかで納得するって。……マジで俺、愚かだわ」
そんなモンスター、このゲームにはいない。
コウモリんはこのゲームを代表するマスコットキャラ。
そんな大切なマスコットを穢すような真似は絶対にしない。
「勿論、お主はプレイヤー。女神としてお主の行動はずっと見ておった。じゃから、お主の気持ちもよう分かる。助けたモンスターが帰ってきたように見せかけた訳じゃからな。何より、悪役で不遇な立場に置かれたお主の行動は面白うてな。じゃから、ワシはいたずらをしてしまったんじゃ、許せ。」
メビウスはラビとは違う雰囲気で、頬を赤く染めた。
それがなんとも可愛い。
可愛すぎる。
「そっすよ。俺っちはかわいい、かわいい、メビウス様のかれすぃぃぃぃぃぃ——」
「イーリはワシのペットじゃ。ほれ、魔法少女とかがよくつれとるじゃろ。使い魔的な何か。眷属とでも呼ぶべきかの。そういうのがおった方が、ワシがかわゆう見えるじゃろ。」
イーリはどうやらそのままのようだ。
今、遥か彼方に吹っ飛んでいったけれども。
でも、だったら。
「お前がメビウスだったら、どうしてもっと早く……」
ただ、ここでこの言葉が出るとは。
ラビが口にしたとは。
「約束……」
その言葉にレイの思考は停止した。