簡単に思いつくこと
魔王はバルコニーから飛び降り、すぐさま走り出した。
「ラビ、全員を建物の中に引き付けておいてほしい」
『え⁉ご主人ですか? 分かりました……けど、一体どうしたんで——』
「アンチが湧いて炎上するんだ。どんな人気ゲームだろうとな、人気すぎるほどに炎上してしまう。」
『まぁ、ご主人は人気者ですからね。みなさんも最近お互いを牽制し合ってますしぃ——』
「違う!多分、メビウスが言いたいのは、このゲームそのものだ。つまり、この世界が炎上する。」
『でもでも、ご主人。ご主人は絶え間なく続いた世界を放り投げて……』
「あぁ。その筈だ。だから確認しにいくだけだ。だから、何も悟らせないようにしておいてほしい。絶対にだ!じゃあ、通信終わり。お前も普段通りに過ごせ!」
『ご主人——————』
魔王レイはひたすら走った。
飛んでいけることさえも、地下鉄でいけることさえも忘れ、ただひたすらに走っていた。
一抹の不安を払拭するだけなのだ。
「俺はまだ、あのレビュー画面に辿り着いていない。それってどういうことだ?」
あの日、あの時、あの場所で、レイはユーザーインターフェイスのバグを引き起こした。
何度も何度も切り付けられ、そして死ぬ直前に。
「そんな訳ない!俺の選択は間違っていない。だって、放り投げたからあのレビュー画面に行けないだけなんだ‼」
額に嫌な汗が流れ出る。
『たとえどんなに人気のあっても、必ずアンチが湧いて炎上する』
「必ずと女神は言っていた。でも、それってこういうことじゃないよな?」
彼が目指しているのは秘密の塔。
リディアと初めて会った場所。
そしてアルフレドに殺された場所。
勿論、それはただの死にイベントで本当に死にはしなかったけれど。
「誰もこのルートは辿っていない……。それであっている筈だ。もしも、あったとしたら、あのレビューに書いてあった筈だ!だから、今からあのバグを探して、そして——」
「おや、先ほどぶりですねぇ。魔王様、いえ邪神様、いえプレイヤー様。」
全身の鳥肌が立つ。
そしてその瞬間、レイは気がついてしまった。
「本編の続き……、だからフィーネは闇堕ちしかけてたし、エミリはヤンデレモードに入っていた。そして……、お前はぁぁぁ‼‼」
「なにを馬鹿なことを言っておいでですか?僕は至って普通です。勿論、邪神の器を奪われたことで、ある意味錯乱状態でしたがね。あの緑の髪の少女に救われました。あの本の中身を思い出したのですから……」
レイの見落とし、それは過去創造が時間の流れを混乱させていたことだ。
たとえゲーム中に火災が起きたとしても、その本がその時間にそこにあるとは限らない。
それをただのご都合主義と勝手に考えてしまったこと。
女神の本は大陸を渡り、王族の手に渡っていた。
そして、何度も過去の映像で見たように、それを最終的に手にしたのはアズモデ自身だった。
なんと馬鹿なことをしたものだ。
あの本今どこにあるか。
——俺自身が自分の手で破り捨てて、燃やしてしまった。
それを火事のせいにして、のほほんと過去創造、エピローグ作りなんてやっていた。
「それに君にも感謝していますよ。あの本での僕の役割はあそこで終わりでした。まさか自分の目で世界が燃え尽きる瞬間を見るとは。……そんな素晴らしい瞬間を見ることが出来るとは。クフフフフフ。僕には思ってもいませんでした。」
愉悦に歪むアズモデの顔。
それがレイに自分のミスを確信させる。
ただのゲームと思っていた。
そしてあれは自分のエゴが書かれたもの、そしてただの演出かと思っていた。
いや、実際その通りで、あそこにはレイの要望もこの世界の流れも描かれていた。
「うるさい。まだ、そうとは決まっていない。それを今から確かめるんだ。お前はどっか行ってろ。じゃないとお前だけ先に死ぬことになるぞ。」
いつものレイには珍しく、本気の殺意を込めてアズモデを睨み付ける。
「まぁ、いいですよ。僕にはこの通り、何の力もありませんからね。では、お気をつけて。プレイヤー様。」
アズモデの本質は『自殺志願者』だ。
ラスボスとはつまりそういう存在だ。
勇者に倒されるまで、ただ待っているだけの存在だ。
だから、この男はそれを思い出して、愉悦に浸っていた。
滅びる世界なのに……、と心の中で笑っていた。
——でも、それは現状とは関係ない。
アズモデを倒したところで何も変わらない。
それにアズモデも倒されては困ると、あっさりと道を譲ってくれた。
「あの炎上はいつから始まるんだ……。あの悲劇の中だと……。くそ、飛び飛びすぎて時間が分からない。」
断片的に見せられた。
でも、ある程度の猶予は残されていた筈だ。
そしてその猶予のせいで、レイは皆に失望された。
——やっぱり、滅びるんじゃないか、と。
「ここだ。俺はここであのUIを見た。だったら、ヴァイス砦のように……。もう一度ここの場面を見せてくれ! 女神メビウス‼聞いてるんだろ‼ 俺はもう一度あの場所に行きたいんだよ‼‼」
女神の塔は静まり返ったままだった。
ヴァイス砦の時は、あんなにあっさりバグを再現してくれたのに。
どうやらここではダンマリらしい。
「分かったよ。あの時の再現をすればいいんだな。ここで、俺が死にかければいい……」
——彼が仲間を連れてこなかった、本当の理由
そしてレイは両の腕地面を掴み、地面に何度も頭をぶつける。
何度も
何度も
何度も何度も何度も
それでも、魔王ならびに邪神の器を持つレイのHPは桁違いである。
「痛いのに……痛くない……。地面が柔らかすぎる……」
だから、彼は自身の魔族の爪を丹念に研いだ。
「最強を殺すのは、同じく最強でなければならない……」
彼は次第に狂い始めていた。
彼が狂うには十分すぎる。
彼は世界の終わりを放り投げる時、なんて考えていた?
『幾度となく勇者でやってきた彼らもこの方法は気づいていた筈だ。だって、本当に簡単な解決策なのだから』
自分なら思いついた。
簡単な解決策と言った。
「違うよなぁ!俺が初めてこの方法を……試したんだよなぁ‼‼」
そして
彼は自身の首を掻き切った。
——視界がだんだん暗くなる。
???
「えっと、放り投げエンドだから、大丈夫ってどういうことですか?」
目の前のエメラルドの髪の少女が訪ねてきた。
「このゲームは次回作がない。だからto be continuedにしたら、そのまま何かが続いていくってことだよ。ま、Finの場面が見られないのは切ないけど。」
自分の口がそう言った。
「レイは世界が終わってしまうからって言ってたけど、そんな簡単なことで良かったの?」
水色の髪の少女が疑いの目を向ける。
「あぁ。前のレビューで何度も確認した。この方法はまだとられていないってな。やっと、あの悪夢から解放されるんだ。しかも、今回はそれをちゃんと考えて、ハーレム的なエンディングを演出してみた。」
自分の口がまた馬鹿なことを喋っている。
「ゆうしゃたま、すけべぇなのら」
薄紫の幼女が半眼を向けてくる。
「まぁ、問題ないって。とにかく、これからの方針を決めよう。これからはのんびり過ごせるぞ。王国を立て直してもいいんだぞ、リディア。」
自分の口が余裕な笑みになっているのが分かる。
「それもいいですけど、やっぱり私はレイ様と一緒に二人っキリで寝屋を共にしたいです。」
金髪の美女はもはや猫を被っていない。
「リディア、腕相撲で勝負しない?そしたらいいわよ。」
赤毛の少女も元気いっぱいだ。
「それよりー、パパにお願いして、みんなでパーティしましょうよ」
桃色の少女も嬉しそうだ。
「僕は……、なんか引きこもりたいような……」
黒髪の少女はちょっとだけ不機嫌そうだった。
「にしても、今回はレビュー画面行かないんだ。まぁ、そりゃそうか。俺は終わることを放棄したんだからな。最高の状態で、な!」
このむかつく口が何か喋っている。
愚かなことを喋っている。
愚かな俺が喋っている。
最高の状態?お前は何を言っているんだ。
沢山の救える命を奪った癖に
そんな愚かな男の時間はゆったりと進む。
皆の相手をするのは大変だが、あの地獄を見るよりずっとマシだ。
いまだにレビュー画面は訪れない。
訪れる筈もない。
この世界は続いていく。
——永遠に続く、その筈だった。
「熱い!熱いよぉぉぉ……」
子供の一人がそう叫んだ。
そして、ずいぶん増えた我が子達が皆、燃え始める。
これは……、あの時の再現だ。
「そ……そんな……」
「レイ、どう……いう……こと……」
「なん……で、レイは燃えないん……です……か」
「やっぱり……、ちゃんと終わらせなきゃ……ダメだったんじゃない!この嘘つき‼‼」
「こうなることを知っていた……から…………?」
そんな声が背中から聞こえている。
なんで背中から?
「嘘……だ。」
だって、俺は
逃げているからだ。
こんな絶望から逃げ出したいからだ
最愛の妻が自分を睨みながら燃えていくのが嫌だ。
我が子が燃える姿を見るのが嫌だ
罵倒されるのは嫌だ
助けを求められるのも嫌だ
悲しそうに見つめられるのも嫌だ
こんな世界、絶対に嫌だ
だから彼は真っ暗の中、一人。
…………………………
…………………………
…………………………
(やっぱり……、俺はこの終わり方をやっていた……。当然だ。簡単に思いつくんだ……。それに俺はあんな風に言ったけど、結局アルフレドじゃ、魔族に同情なんてしないのかもしれない。だから、結局……)
俺は今回も——
真っ暗な中、レイは一人で
「ふぇぇぇぇん」
そんな中、少女の泣き声がした。
本当に真っ暗な世界。
俺の体があるのかも分からない。
それでも、一応歩けるらしい。
だからその声の方に歩いてみる。
すると積み木が積み上がっていた。
そしてそこに少女がいる。
座り込んで泣いているようだ。
ただ、少女とは分かるのに、輪郭しか見えない。
それもぼんやりとしか見えないのだが。
「どうした? 積み木……、うまく積み上がってるじゃないか」
つい、彼女に声をかけてしまった。
「違うの……、もう一個乗っけたら……」
少女は積み上がった積み木の一番上に、大きな積み木を乗っけた。
すると高く積み上がった積み木は崩れていく。
「何度やっても崩れてしまうの……」
……音もなく、崩れていく積み木。
彼女の寂しそうな声だけはしっかりと聴こえるのに。
「うーん、もう少し下の方から頑丈に作ればいいんじゃないかな。きっと大丈夫だよ。もう一回、やってごらん。」
どういえば良いか分からず、彼はなんとか彼女を慰める。
「どうやったらいいの?」
すると少女は彼を見ながら聞いてきた。
勿論、見ていると分かるだけで、本当に見えているのかは分からない。
幽霊がもし本当にいるのなら、こんな風に見えるのかもしれない。
「えっと、ここに大きなのを使おうか。それでここを……」
彼は何故か夢中になっていた。
そして、その様子を少女はじっと見つめている……ような気がした。
そんな少女は急に彼の手を取り、顔を近づけてこう言った。
「それなら、お兄ちゃんが組み立ててみて!」
——その瞬間
一瞬だけ、少女の顔が見えた気がした。
——真っ赤な瞳と雪のような真っ白の髪
???
——ポツン
雨?
いや、雨にしては
温かい
そして何だか、音がする。
いや、音というより
声?
「———ん!——じん!————ご主人‼‼」