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作戦の布石

 フィーネの発言はとても自然だった。


 小休憩ポイントの概念は既に伝えている。

 そこでMPも回復できるのだから、タイムアタックをしていていない限り、寄って損はない。

 レイ自身も初めてのレザーアーマーの着心地が気になっていた。


 だが、これは彼女の作戦の一つである。

 流石、攻略難易度Aを誇るフィーネと言えよう。

 レイにとってもアルフレドにとっても違和感がないのだから、彼女の作戦には気付かない。


「普通、今の段階では立ち寄らないけど、ありと言えばありか。今俺たちって北東目指してるだろ? 進路を変更して北に真っ直ぐ行くと何もない湖がある。確かそこも休憩ポイントだった。ただ、湖の奥の林には近づかないようにして欲しい。もしかしたら強い敵が出てくるかもしれないから。」


 そう言って、レイは北の林を指さした。

 ここは今立ち寄っても何も起きない。

 逆に言えば、フラグが立つとイベントが発生する。

 休憩ポイントがあって何もない、それだけで何かあるのではというメタ読みも出来る。

 魔王城に入るために必要なオーブ集めでここに立ち寄ることになる。

 ただ、その時点でレイは居ないから、彼にとっては関係のない場所。


「レイ、行くのはいいが、道中のモンスターの出現率が高くなるぞ。」


 アルフレドが一瞬振り返って彼に報告をした。

 だが、その瞬間、レイの脇腹に衝撃が走る。

 左脇腹だからフィーネの仕業だろう。


「ふ。なんだ、勇者って呼ばれてるくせに怖いのかよ? 尻尾を巻いて逃げ出してもいいんだぜぇぇ? なぁ、フィーネ。こいつはただの臆病者だぜ。俺と一緒に休憩しちゃうかぁ?」


 レイの中で、だんだんとレイモンドが何を考えているキャラなのか分からなくなっていく。

 これがゲシュタルト崩壊か……と、彼は心の中でため息をついた。


     ◇


 フィーネの『休憩ポイントに行きたい』発言はこれを言わせたかったのだ、と今のレイには思える。

 でも、これ自体はただの布石。

 彼女にとってこの程度の行動は、ただの嫌がらせ以外の意味はない。

 そしてフィーネは次の行動へと繋げる為に、この煽りは敢えてスルーした。

 彼女がスルーしたことにより、レイとアルフレドは「レイが嫌な奴だとエミリに見せつける為にやった」という認識になる。

 だから、レイは今回のいつものポジションであるアルフレドの隣まで、早歩きで戻った。


「アルフレド、おまたせ。心配しなくても大丈夫だ。ここは初心者がレベル上げに利用する場所なんだよ。俺はもうその段階は卒業しているけど。エンカウント率が高くなるポイントと休憩ポイントが近い場所。これからも利用すると良いよ。因みにほとんどの休憩ポイントが同じような使い方が出来る。」

「なるほど、これもマップに書き込んでおこう。」


 アルフレドは本当に真面目なタイプのゲーマー、いやキャラクターだった。

 普通、こんな序盤での、しかもフィールドのマッピングはしない。

 だが、彼は初見、しかもゲーム自体初めてなのだ。

 今しばらくはお姫様プレイをさせてやるべきだろう。

 しかも、エミリとのすれ違いが発生しかけていたことを考えると、この世界特有のバグがある。

 早く行動することで、イベントが飛ばされるかもしれない、その逆もまた然りだ。


「適度な進行を心がけること。ちょっと強いと思ったら、その前でレベル上げ。ただ、レベル上げの相手が弱すぎる場合は時間が掛かりすぎる。そういうところも見極めること。」


 レイモンド虐殺イベントもそうであれば良かったが、残念ながらそうはならない。

 魔族に制圧されている大陸に渡る、そのためのフェリー入手イベント。

 当然、必須イベントであり、あそこは絶対に足止めされる。

 遅いとか早いとかの問題でない。

 ただ、あまりにグダグダプレイをされると、どんな進行不能バグに陥るか分からない。


「そして、視界が歪んだりしたら気を付けろ。じっとしてると元に戻ることもあるから、焦らないことが大事だ。」

「……冒険とは、本当に何が起きるのか分からないんだな。レイは流石だな。ほとんど冒険の熟練者だ。なんでも知っている。」

「いや。これはまだ序の口だ。」


 リセットしなければならないバグも、どうしても避けたかった。

 世界がバグる可能性も捨てきれない。

 確かそんなバグもこのゲームにはあった筈なのだ。

 それはゲーム内だからネタになったが、見えない壁を通り抜けて絶対に倒せない敵と遭遇する場合もあった。

 その前にセーブが入るから、入ったが最後、最初からプレイするしかなくなる。

 セーブ絡みのバグは、ゲーマーにとって阿鼻叫喚である。


「ここはトリケラビットと悪魂ホビット、それに今まで遭遇してたゴブリン、って正確にコブリンなんだけど、コブリンも出てくるから注意な。コブリン系は飛び道具を使う確率が高い。常に身を低くして、相手の先制攻撃だけはなんとか回避しよう。フィーネ、風の守り(エアバス)はもう使えるよね。予め俺たちに掛けておいてくれない? 休憩ポイントが近い時は消費MP心配しなくていいから。」


 アルフレドが一言一句手帳に書き込み、フィーネも頷く。


「先生、私は? 私は何をしたらいい?」


 エミリが子供のように自分も!自分も!とアピールをする。

 エミリは「守ってあげる」という父性を感じさせれば、好感度が上がる。

 RPGと恋愛ゲームの融合なので、味方を守るという行動は戦っていれば普通に発生する。

 だから何も考えずにクリアすると、エミリがヒロインになることが多い。

 このゲームは戦った後にキャラが話しかけてくるイベントが時々発生して、その受け答えによっては好感度が変動……


 レイはそこまでの考えに至って、一瞬足を止めた。


(あれ? フィールドの移動と戦闘シーンがさすがにこの世界はシームレスだったから気付かなかったけど、実は既にそれが始まっている?いや、ないないない。だってまだヒロイン二人だし、少なくともあと三人は俺が死ぬまでに仲間に……、いや俺は死なない、俺は死なない……)


「ね、先生!」

「あぁ、そうだった。エミリは……。んと、スキル・ブーメラン殺法が使えそうだったら、俺が一度見てみたいかな。便利な技の筈だから……、ちょっと待って。これ、この木の棒で先にやって!」


 レベルの数値が見れない。

 だから彼女がそれを使えるかどうか、やってもらわないと分からない。

 ブーメラン殺法はグループ攻撃のめちゃくちゃ使える技だ。

 なによりMP消費がないのがうれしい。

 ただ……


「うん分かったぁ。じゃあ、この木の棒を投げてみるねぇ!」


 弾むような声と同時にレイは敢えて、彼女の左横に立った。

 そして、彼女は右手に木の棒を持ち、そのまま弧を描くようにして投げた。

 草原の草が揺れるので、軌道が間接的に分かる。

 ちゃんと戻ってきているのが分かる。

 そしてパシッ!っと音がした。

 レイの想像ではゴンッ!とバックラーに直撃して弾き飛ばされる筈だった。

 だが、木の棒はそれを避けてエミリの手に戻ってきた。


(知ってたけど!どういう軌道だよ!)


 当たらないと分かっていても、あの腕力で投げられるブーメラン殺法が怖かった。

 だから、彼は気が抜けて尻餅をついてしまう。


「大丈夫か、レイ。ブーメランだからその射線に立ってたら、そうなるだろ。何か考えがあると思って見ていたんだが……。本当に大丈夫か?怪我はないか?」

「あぁ、怪我はない。それに俺、当たってないしな。なるほど、これがスキルってやつか。絶対おかしいだろって思ってたけど、勇者一行が使うスキルだもんな。不思議な力が働いて当然か。」


 MP消費はしないもののTPというテクニカルポイントを消費する。

 ただTPは徐々に回復するので、長めのダンジョンだとかなり重宝する。

 味方にあたるかどうかを確認しておきたかったのと、ちゃんと彼女の手に戻ってくるかを見ておきたかった。

 このスキルを持っていない仲間が同じことをすれば、ただ放り投げた、もしくは捨てた扱いになる。

 つまり今後の武器屋で売っているブーメランは、ある意味で魔法属性がついていると考えても良い。


(あと少しでアルフレドに初歩的なところは教えられるな。でも、俺が離脱しても冒険は続く。そして、その後の展開が読めない。っていうか、俺が読んじゃダメだ。俺はあの痛そうな死は絶対に避けたいから、関わっちゃダメだ。……でも、世界が終わってしまったらもっと痛い……よな。多分?)


 ゲームと現実がどこまで同じで、どこまで乖離しているのかを確認する必要があった。

 そして試すなら、リスクの低い序盤でやるべきだろう。

 死んだらどうなるかなんて考えたくはないし、魔族がいて人間が死んでいる以上、蘇生魔法にも一定の条件がある、と考えるべきだ。

 オプションやステータスが分からない、それがとにかく痛い。

 設定資料、製作者インタビューをネットで検索できれば最高なのだが、流石にそれは難しい、というより不可能だ。


 バタバタし過ぎて忘れていたが、もしかしたら寝て起きたら、あっちの世界で目が覚めると期待をしていた。

 だが、今ここに居る。

 つまり、死ぬかクリアするかしかないのだけど、死ぬのはやっぱり嫌だ。


「とにかく、今できることは大体分かった。今から編成を見直……、え?……てめぇらぁ、死ぬ覚悟はできたかァ!ゴブリンどもぉ、俺様に喧嘩を売るとはぁ!貴様、万死に値するぅぅぅ!」


 レイの中でゲシュタルトか何かが崩壊が進んでいく。

 誰かに脇腹を小突かれたので、悪っぽいセリフを言ってみたレイ。

 でも、彼の言葉は、魔物に悪態を吐くもの。


 このプロレスだけは、彼にも攻略不可能だったらしい。


     ◇


 トリケラビットと悪魂ホビット、コブリンが潜む草原地帯から雑木林地帯が目の前には広がっている。


 トリケラビットはうさぎの耳がトリケラトプスのツノになっていると思いきや、トリケラトプス要素が強すぎて、ただトリケラトプスの頭蓋骨が動いているようにしか見えない。

 このゲームは時々モンスターの作画崩壊が起きている、と当時は思った。

 だが、三次元で動いている姿を見ると、これはもしかしてアーティスティックなのではと思ってしまう。


「飛び道具には要注意だ。頭は絶対に守ろう。……って言って。」

「飛び道具には要注意だ!頭は絶対に守ろう!」

 

 悪魂ホビットとコブリンは両者ともに弓を持っていることが多い。

 だから序盤とはいえ、注意が必要だった。 


「フィーネ、バフ宜しく。それから先はいつもの通りに行こう。……って言って。」

「フィーネ、バフ宜しく。それから先はいつもの通りに行こう。」


 レイがアルフレドに耳打ちをする。

 その度に彼が勇ましく皆に説明する。

 世界の平和が訪れるまで、光の勇者教の布教活動をすると心に決めている。 


 表舞台に出てはならない。

 だって、ムービーイベントには絶対に近づきたくない。

 だって、プリレンダリング、先に演算されている。


 映像を用意しているのだから、かなりの矛盾があっても、その映像の通りに話が進む。

 だから、エミリの時と同様に、在るか無いかしかない。

 だから、レイは主人公アルフレドに懇切丁寧なナビを行い、彼が育つことで自分がそこにいない未来を作り上げる。


風の守り(エアバス)!レイ、これで、被弾率がちょっと下がるのよね?なんか、実感ないけど。」

「俺じゃない。アルフレドが言ったんだぞ!」

「俺じゃない。アルフレ……ド」

「もう、どっちでも良いわよ。とにかく、これ。大丈夫なの?」

「…………」

「大丈夫だ!ちゃんと実験済み、……らしい!」


(なんか、これはもう違う。……でも、これももうすぐ終わる。)


 混沌としてしまうのは仕方ない。

 これはフィールドでは使えない魔法だ。

 だから、実感が無くて当たり前だ。

 けれど、この世界の戦闘はゲームのシステムを残しながらも、コマンドバトルではなくオープンワールドの自由なアクションである。


(とにかく、この戦い方を周知させないと……)


 そして、レイはフィーネが実感がないと言った魔法の後に続いた。


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