女神へ物申す、そして
レイはヴァリス砦の中を歩いていた。
あの中にいると、浦島太郎になってしまいそうだった。
一日はのんびり過ごしたし、まるで親子のような時間を三人で過ごした。
ただ、彼には目的がある。
といっても、漠然としたもので、女神がやりたいことを考えること。
前世に置き換えると「神の意志が知りたい」なんていう哲学か宗教学のような、彼には悟るができないソレである。
「でも、一度会っているのは確かなんだ。そしてプレイヤーである俺と女神は何らかの関係がある。そして放り投げエンドをあっさりと受け入れて、そのまま姿を消した。ま、実際のところ、あれが本体だなんて思えないだよなぁ。」
彼はただ、のんびりと散策しているわけではない。
来る途中に気になる場所を見つけたからだ。
ここは彼にとって印象深い場所だ。
彼にあるきっかけをもたらした場所。
「ここに来るまでの俺は、どうにか自分が死なずにアルフレドにクリアしてもらおう、それしか考えていなかった。感情移入してなかったって程じゃないし、仲間を助けようと思って行動したのは事実だけど……」
——でも、ここでの行動は、それとは全く別の意味を持っていた。
それまでも体を張ったり、命を差し出して助けたりもした。
でも、それらは全て、クリアの為の行動でもあった。
「そんな俺がここで道を外した。別にアルフレドの邪魔をしたって訳じゃないけど、NPCであるエルザの為に命を賭した。はっキリ言って、無謀極まりない作戦だ。この世界がその気なら、俺がどんな行動をしようとエルザと俺を入れ替えることが出来た筈だ。戦闘画面だと背景が見えないとか、そこで中身が入れ替わったらどうなるかとか。」
レイはまるで誰かに語りかけるように話しながら、とある場所を目指す。
「あの時、俺が死ねばその後の展開に響く。だからシステム的な正解は、どんなに悪あがきしてもエルザをここで殺すことだ。例えそれがムービーシーンでなくともだ。そしてそれは可能だった。光の女神ならば……。いや……、それはもういい。俺が言いたいのはそういうことじゃない。さて、ここまで来れば大丈夫だろ。」
彼は一度後ろを振り返る。
聞かれても問題ないかもしれないが、あまり聞いてほしい話ではないからだ。
そして、彼は目的の場所に到着した。
ここで彼は一度殺されかけた。
ステータス値が異常に高かったし、ムービーじゃなかったからなんとかなったけれど。
それでも、ここで確実に世界は選択を迫られた。
ならば、文句を言うならここが良い。
ここでなら、メビウスじゃないにしろ、あそこでエルザを生かし、レイも生かす選択をした誰かに伝わるかもしれない。
「この世界の地盤はゲームだ。さらに言えばリメイクだ。そしてそのリメイクは、マリア、キラリ、ゼノスという新キャラが登場する。そしてアイザの設定を弄った結果、エルザの設定が訳がわからないものになった。ま、プレイヤーとしては大歓迎だったわけだし、条例云々も関係あったのかもしれない。でも、あれだな。結局、色々無理が祟って、アイザは詐称って結果に終わったよな。」
マリアとキラリに自動車という新文化を背負わせた。
そのせいでマリアの過去はとんでもなく壮大になった。
そして、キラリの存在により、キラリが魔族と同様の技術を持っている設定になった。
そもそもが自動車という、レイモンドを追い詰める為だけの設定から派生した。
ゲームならば、そういうものと割り切れる。
「レイモンドを、俺を追い詰める為だけの世界が、誰かを傷つけるなんて間違っているよな……」
魔族の技術を持っているキラリ、半魔かもしれないという演出がされるキラリ。
まず、それが矛盾である。
彼女がどうして魔族を覚えておらず、魔族もどうして彼女を覚えていないのかという矛盾が生じる。
「ヘルガヌスが王族への逆恨みから事件を引き起こした。邪神の力を借りたという設定が、時間の歪みまで発生させた。その時点でアイザの千歳って年齢は、異世界かタイムワープかをさせなきゃ無理になってしまった。んで、結果的に内面的にはリメイク前の設定を採用したって訳だ。そしてリディアやアルフレドの考察までもがここで交錯する。それで作られたのが過去創造。人間の魔族化に記憶消去。」
色々な矛盾を抹消するために、人間が魔族になるという歴史が作られた。
「ただ、それでは妹を覚えているエルザと、姫と呼びながら彼女に執着するゼノスの二人に矛盾が生じてしまう。」
そしてドラグノフという意味不明なキャラの存在と、降って湧いたように浮かび上がった『ダークメタル』、『プラチナメタル』の存在。
「ゲームだから」、「フィクションだから」の一言で済ますべき問題が、どうしてここまで拗れてしまったのか。
彼が探しているのは、その答えである。
「別に過去を作り出すことは良いんだよ。でも、キラリやMKB、サラにエルザにアイザ。彼女たちのようにトラウマレベルの歴史を創造しないで貰いたいんだ。だから俺は先回りすることにした。どうだ? これで色々と歴史を作らずとも済むんじゃないか?」
——世界が後付け歴史を作っていくのなら、俺が先にネタバラシしてもいいだろ、女神。
「ダークメタルとプラチナメタルはただの純度の違いだ。ゴールドが純度の違いでここまで騒がれるんだ。これはどう考えても正解だろ?そしてこれは前にも言ったが、ゴールドの扱いは恐れ入ったよ。ゴールドが身となり、器となる。そしてプラチナは経験値として蓄積される。その仕組みによって、モンスター化した生物を倒すとそれらは元の形に戻り、金貨が手に入って、経験値という名の力が手に入る。更には、プレイヤー目線のゴールド集めや経験値稼ぎの心理を再現するように、……それらには魔力が秘められている。確かに俺たちは高いゴールドが手に入れると興奮するし、経験値の高いモンスターを倒すと、してやったりと興奮する。」
このシステムについて、彼は称賛した。
最近はイージーモードなんてあったりするが、RPGが好きなプレイヤーは黙々と経験値、ゴールド稼ぎをする者が多い。
なんなら異常なまでにレベルを上げて無双するのが好きなプレイヤーだっている。
「経験値が貯まればレベルアップ。どうやら神のような何かになるらしいが。そもそも経験とはなんだと思う? メタ的な話をするのは無粋かもしれないが、ほとんどが記憶だろ。成功体験にしろ、失敗体験にしろ、イメージトレーニングにしろ、勉学にしろ。経験っていうくらいだから、記憶と直結している。あ、えっとあれな? 運動の経験なんかも神経節やら延髄や脊髄なんかに記憶されるって意味な。さらには筋紡錘なんかも含めて……、ってまぁ、その辺はいいや。とにかく経験値、プラチナメタルは神経系統を中心に吸収されているんじゃないか?」
彼は結構前から気がついていた。
というより、結果がそうなのだから、こう考えるしかないというだけ。
でも、それが一番分かりやすい。
わざわざ辛い話を創造してまで、教えてくれる必要はない。
——そうなんだぞ、と先に世界にアピールしておきたい。
「だから、先に神経系統をプラチナメタル、別名、『闇のメビウスの欠片』で満たしていた人間は記憶を破壊されない。ではマロンたちの研究で何が起きていたか。聞いているお前も、あれを見ていたのなら分かるだろ。液化したダークメタルに金貨を落とすとマダラ模様を描きながら一度分解される。エステリアの民は光の女神のカケラが多いから、急激にプラチナメタルを体内に注入されると記憶が分解される。なんせ、全ての構成要素が光のメビウスの欠片なもんでね。」
自分で言って、恥ずかしくなるくらいの無理矢理設定だ。
記憶問題をここまで引っ張らせた理由を説明するのは簡単である。
ゲームの都合上、東に行けば行くほど獲得経験値が多い。
無論、そんなダークメタルを体に溜め込んだモンスターも忘れてはいけない。
あのスラドン達の命の上に立っているようなものだ。
つまり、レベルアップ地帯というのは、この世界に言わせればスポット油田が存在していた、なんてことになるのだろう。
「だから、記憶を温存したければ、先にプラチナを取り込んでおくか、徐々にプラチナを取り込む。それが正解。理屈は分かるよな? ちなみにゲーム内で所持金は常に変動する。例えば、怪我をして宿屋で回復をする。もしくは薬草を買って回復する。でも、その時ゴールドは失われる。では、経験値はどうだったけなぁ。聞いているんだろ、ガキ女神。このドラゴンステーションワゴンってゲームには、経験値ペナルティが存在しない。レベルダウンもないんだから、プラチナコーティングが記憶問題の答えだ。」
捲し立てるように早口で、理路整然としていなくてもいいから、明快な結論を。
嘘とか本当とかどうでも良い。
これ以上、辛い過去を仲間に見せるつもりなら、女神だろうが容赦しない。
「そもそも、光の女神、闇の女神、黄色い龍、黒い龍、そして邪神。全て同じ神。自作自演なん———」
♤
青空が広がっている。
そして遠くまで見渡しても、人っ子一人居ない。
そんな中、彼は心地よい風を浴びながら、今日も畑を耕す。
「やっぱ、あれだな。吊り橋効果ってやつだな。フィーネのやつ、子供できた途端、こんな田舎でご近所さんもいない場所で暮らせないって、出ていっちゃったな。学校だっけ。長期休みには帰るって言ってたけど、何これ、逆単身赴任ってやつ?」
彼はぼさぼさ頭の金髪の抜け毛を気にしながら、硬いタオルでゴシゴシ汗を拭いた。
「うーん。結婚生活したことねぇから、全然分かんね! このゲームはヒロイン分岐が面白いんだけどなぁ……」
と、言いながらも、彼は幸せそうな顔をしている。
そしてもう一仕事しようと思ったのだが、
「なんか暗い。あれ、あっちの山、あんなに黒かったっけ? いや、なんか地面が黒く、俺の畑…………、うわ、俺も……って、俺は大丈夫なんだ。って、なんだ、これ? 夢でも見てんのか?」
と、真っ暗になってしまった世界で彼は一人、立ち尽くした。
♤
レイは畑で立ち尽くしていた。
「パパも手伝ってよー!」
なんていうか、すごーく痛い。
辛い。
なんで子供達が出来た後までスキップされてんの?
その途中の過程が楽しみたいじゃん!
あの一枚絵の後からが結婚生活ってことかぁ。
なんて思いながら立ち尽くしている。
「分かったわかった。手伝うって。」
と言いながらも、夜の営みに体力を残しておきたいと思う自分もいる。
そもそも、彼に畑でやれることはない。
力仕事は全部エミリがやってくれるから。
「ね、レイ。あたし、幸せよ。」
「あぁ。俺も。エミリでよかったよ。」
「あー、なんか含みがある言い方ー。レイはモテモテだったもんね。」
確かに、これがハーレムルートが取れるゲームだったら、真っ先にそれを選んでいただろう。
でも、エミリといると幸せな気持ちになれるのは間違いない。
何より、彼女と毎晩————
その日から一ヶ月か、二ヶ月。そんなある日、勇者レイは戦力外通告を受け、家事担当になっていた。
「違うんよ! 子供達もみんな馬鹿力ってどういうこと? エミリの血と勇者の血。考えてみれば当然かぁ。この子供達で世界征服できそうだな。」
そんなことをのんびりと考えていた。
そこにエミリが青い顔をして飛び込んできた。
「レイ!子供達が!子供達が‼‼」
その言葉を聞いて、レイはサッと剣を手に持つ。
モンスターや魔族がいなくなったという表現はされていない。
だから常に手が届くところに武器を置いている。
ついに勇者だった父親のカッコ良いところを子供達に見せられる。
だから、どちらかといえばウキウキした気分で彼は外に飛び出した。
だが、
「なんだあれ……。見たこともないぞ!」
真っ黒い何かが子供を飲み込もうとしている。
というよりも黒い炎に包まれている?
レイは必死になって、巻き込まれた次男を助けに行く。
「レイ!タタちゃんも……、あああああああ、ユンくんも、メルちゃんも‼」
どんどん燃え広がる。
そして真っ黒に染まる。
次男の体はもう触れない、というより存在しない。
そしてついには
「レ……イ……、あたし……」
パパ、パパ、パパ、パパ。
周りから助けを呼ぶ声が聞こえる。
そしてついにはエミリもその真っ黒い炎に飲み込まれた。
「エミリーー!」
レイは叫ぶ。
でも、帰ってくる言葉は……
「レ……イ……、どういうこと…………な……の……?」
気がつけば周囲も黒い炎が燃え広がっていた。そして全てが闇に包まれていく。
「お、俺は……、だい、じょうぶ……なのか……」
そして彼は一人になった。
♤
なんというか、マリアのノリでそのままゴールインした気分である。
とにかく毎日仕事、仕事。
これじゃ、前世となんも変わんなくない?
なんていうのは彼のただのわがままだ。
お金はいくらでもあるし、いくらでも増える。
「今日も今日とて、お仕事お仕事。マリアはやっぱり商才あるんだなー。」
子育ても軽くこなして、レイよりも数十倍の案件を取ってくる。
そんな日々が続くのだが、何よりマリアが可愛いから許せる。
「ちょっとー。ここの計算間違ってるわよ。って、そーよねー。ど田舎育ちだもんねー。」
(やはり、今回も吊り橋効果かよ! ってか、元々演算装置のお前らに勝てる訳ないだろ!田舎育ち舐めんな!)
とかなんとか言いながらも楽しい日々を過ごしている。
なんせ、彼は英雄だ。街を歩くだけで人だかりができる。
そして誰よりも強いのだから、文句を言う奴はいない。
ただ、今回の彼は違っていた。
どうして街を歩いているか。それは闇の炎に気をつけろと注意する為だ。
「うーん、闇の炎? わかったわ。気をつけておく。レイが言うなら絶対だもんね。」
フィーネ。
やっぱりかわいい。
なんて思いながらも、色んな人に謎の人体発火。
いや大地発火についての注意をしていく。
だが、結局アレはやってきてしまう。
「熱いの!熱いのよ!どうにかしてよ、勇者様ぁ‼‼」
ネクタの街中の人がレイに縋り付く。
一体どこからやってくるのか、それを確かめたかったのもある。
だが、今回もそれは分からなかった。
「大丈夫だ。みんな、大丈夫。すぐに最初に戻るから!」
どうにも出来ないことは分かっている。
それに、ここにいる皆も気がつけば、何もなかったかのように生きている世界が始まる。
「大丈夫って……何よ。私は熱いの‼‼」
今度はマリアがしがみつく。
「熱い、痛い、これ……本当に……大丈夫?」
全身を黒く染めながら、彼女が地面に倒れ込んだ。
「レイ……、私が憎いのは分かったから、せめて……、子供達を……タスケテ」
そして、彼は漆黒の闇に一人残された。
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