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アイザの出生

 結局、こうなるのか……。


 レイは歯軋りできない自分の長い犬歯を恨んだ。

 アイザの物語はどう足掻いても、悲しみしか残らない。

 だからいつもより慎重になってしまっている。


「一人……じゃないよ。今はレイがいるから。それにおねえたまも……」


 いつのまにか、アイザが足元にいた。

 いつまでも相手をされないから、自分から抱きつきに来たのだろう。

 そして……、やはり彼女にも話す機会を与えるべきだと思わされる。

 彼女の目が涙に塗れてしまっているから。


「エルザ……、ごめん。俺、アイザにも話を聞かなきゃ……、やっぱり不公平だし」


 エルザはその言葉で一瞬、顔に影を落とした。

 でも、その行動が少しだけ彼女を良い方向へ導いた。

 彼女の手を小さくて柔らかい妹の手がしっかりと掴んでいる。

 それだけで、彼女の心は自然と落ち着いていく。


 あの日の、命を賭けて守ろうとした。あの時の記憶が蘇る。

 戦闘中に入れ替わるという、突飛な作戦のおかげで彼女はこうして妹の手を握り返すことができる。


「そ……ですね。私は魔王様……、レイを憎むことができません。尊敬していますし、何より私がレイのことを愛していますから。」


 彼女の手は柔らかい何かに押しつぶされそうになった。 

 なるほど、確かに彼女の妹は勇者の仲間らしい。

 いつの間にか、か弱気幼女は最強の幼女になっていた。


 そんなエルザの心境が伝わったレイは、膝を折って幼女と目線を合わせた。

 そして、アイザに微笑みかけた。


「分かった。じゃあ、今度はアイザの番だ。ずっと待ちぼうけさせてて悪かったな。」


 すると幼女は服の裾で自分の涙を拭い、鼻をすすった。


「ずーーーーーーーーーっと、ずっとずっとずっと待ってたのら! レイ、いっぱいいっぱい浮気しすぎなのら‼」


 本当に七歳?本当は七歳。

 幼女はレイをポカポカ殴りながら泣きじゃくった。

 そんな彼女の柔らかな薄紫の髪をレイは優しく撫でる。


 彼はエルザの話を聞いたの時点で、欲しい正解を掴み取っている。

 だから、彼女に無駄な怨嗟を残したくない。


 でも、それでも世界は紡ぐのだろう。

 幼気(いたいけ)な彼女の物語を——


「アイザ、ごめんって!本当にごめんって!な、せめて目を合わせて!」


 物語を語ってくれる。

 その筈だったのだが、当の本人が目を合わせてくれない。 

 完全に怒っている。

 流石にレイにも心当たりがありすぎる。


「えー、どーしよーかなー。ぷんぷんなのら!」


 その言葉にレイの体の全身、全細胞が反応した。

 そして彼は思う。


(ここで皆様にお伝えしたいことがあります。目の前にいる超絶かわいい幼女。そんな幼女が頬を膨らませて怒っている。なんならチラチラとこちらを見ている。どうしますか?


 いや、表現方法を変えよう。やはりゲーム世界ならこんな風に……


 超絶可愛い幼女アイザが現れた。彼女は頬を膨らませぷんぷんしている。


① 土下座をする

② 許してもらえるまで謝り続ける。

③ 逃げる

④ トジョウ・レイと戦う


 なるほど、コマンドバトルなら話が早い。

 というわけで、俺は勇者だった時期もあるらしい。ここは敢えて④を選ぶぜ!)


 彼はジョウと戦う決意をし、アイザが壊れてしまうんじゃないかというくらい抱き締めた。

 両脇を持ち、持ち上げてクルクルと回る。

「レイ、それ私もやって欲しい」、「俺の姫になんたる」なんて声は届かない。


 もはやここは二人だけの世界である。


「目が回るのらー! でも、これくらいじゃ、許してあげないもん!」


 とかなんとか言いながら、彼女はにっこりと微笑んだ。



          ♧


 ヘルガヌスは王命を受けている。

 長寿だと噂のあるザパン族の子孫たちの体を徹底的に調べよと。


ヘルガヌス「王命、しかも成功すれば、いずれ生まれるだろう娘をやる……と。全く、何を考えているのやら。」


 彼が魔道に精通しているのには理由があった。

 代々、この領地を任される者ならば、誰しもが同じ理由を持つだろう。

 当時、ロータスの民を名乗ったザパン族は、こっそりと少数ではあるが生かされている。


 最初の理由は当然、竜人の存在である。

 成人男性になれば人間と変わらぬ姿にもなれる。

 存在そのものが化け物と思われていた竜人が、実は人間であると判明したのはヘルガヌスが辺境王を名乗る直前だった。


 それまでのザパン族の扱いは秘匿そのもの。

 ドラゴニアは勇敢に、そして光の女神のために正々堂々と戦った優しき王。


 そのイメージを崩さぬように、金鉱と油田とともにこの領地に封じ込められた。


 竜人と女性はそれぞれ分けて管理している。

 だが、自分たちとなんら構造が変わらない彼らが、こんなにも違う存在なのか。

 それが分からない。

 女型のザパン族は膨大な魔力を持ち、男型のザパン族は竜人であり、人間でもある。

 どちらも戦闘能力はかなり高く、何より長寿。


 魔力が高いといっても、魔法の開発に遅れていたこと。

 純金から派生する、耐破壊属性持ちの鋼やミスリルの開発に遅れていたこと。

 加えて、過去のザパン族は男女別れて住み、時には争っていたから人口が極端に少なかったこと。

 それらが、彼らを蹂躙できた理由だった。


 当時のドラゴンステーション族にとって、ミディアポリスは目の上のたんこぶだった。

 どこまでもあの地に執着するあまり、広大な世界を知らずに生きている。

 しかも、自分たちを野蛮人のように見下す傾向がある。


ヘルガヌス「そんな溜まっていた鬱憤が、あの巨大な純金の像を見て、邪悪な思想に染まってしまった。と、当時は考えられておったが、今は違う。この黄金、光の女神の欠片に魅了されてしまったのだろう。そしてこのダークメタルの香り。考える力を失わせる程の旨さ。酒というより麻薬に近いか。結局、我らの祖先は一種の中毒症状に陥り、あれらを独占しようとした。」


 ヘルガヌスは液化したダークメタルを飲みはしない。

 彼には義務があるからだ。

 だが、匂いだけでも気分が高揚してしまう。


ヘルガヌス「辺境は特別区、王の直轄地も同然。特別法の名の下に一般人は領内には入れないし、ここに他の貴族が兵隊が来ようものなら、特別法の名の下に王族直属部隊が殲滅する。ま、ワシには関係のない話か。」


 全ては金とダークメタルと、魔的に進化した民族を隠すため。


ヘルガヌス「どこぞのバカ、おっと失礼ワシの先々代より昔の領主どもが杜撰な管理をしていたことがなによりも厄介じゃ。そのせいで、随分と本土の血が混じってしまった。それにこの進化した血が混じった貴族さえ、平気で外を歩いておる始末じゃ。」


 王命とは即ち、ザパン族を徹底的に調べあげ、彼らよりも進化した『神』へと自分たちの世代で上り詰めること。

 つまるところが、不老不死の体を手に入れたいという、どの代の王でも考えそうな単純なものだ。


ヘルガヌス「確かに近年、科学側も急速に発展を遂げた。じゃが、人体実験を許可するなどと……。全く、アーノルドは欲深いやつじゃな。いや、だからこそのドラゴニアか。」


 だから彼の最初の仕事は、ザパン族の強制連行だった。

 そして血液検査やら顕微鏡を用いた細胞の検査。

 魔道を中心に学んできたヘルガヌス、そして家族には困難を極める作業だった。


ヘルガヌス「家族といっても、どういうわけか頭に花を咲かせた連中ばかりじゃったわ。この地を世界に知らしめ、黄金もダークメタルもザパン族も全て解放するべきと、王に直訴しよったくらいじゃからな。若気の至りとはいえ、ものを知らぬすぎる。」


 ただ、彼の苦労の耐えない任務は、ある日を境に軌道に乗り始める。

 ビア家の今世一の才女と呼ばれる御令嬢をアーマグに呼び戻せたのだ。


 そして同様に科学の才ある若者を二人獲得できた。

 国家機密レベルの国家事業である地下施設、その開発は驚くべき速さで実現した。

 大量の物資を運ぶための船や自動車機関などが、開発の中心という話までは追っていたが、まさか自立型のロボまで完成していたとは考えてもいなかった。


 そしてヘルガヌスはほとんどザパン族の遺伝子を残す、と解析された女児と共に行動を取るようになった。

 名前は彼らの風習にあやっているらしく、女なので『エルザ』だそうだ。

 行動を共にする理由は簡単で、初代のドラゴンステーション族にやり方を採用しただけである。


 ドラゴンステーション族は子を攫い、人質としてザパン軍を無力化したらしい。


 だからエルザは彼らにとっての人質であり、彼らもまたエルザにとって人質である。


エルザ「私が説得するの? えっと……、パパとママに子供を作るように?」


ヘルガヌス「そうじゃ。妹か弟が欲しい。それだけで良い。さ、今日も血を調べさせてくれ。」



 彼にできることは限られている。

 新たに生まれたザパン族の資料を研究施設へ送ることと、彼らの管理くらい。

 あとは絶対に情報を漏らさないこと。

 付け加えるなら、今まで同様に金鉱と油田の管理を行うことだが、それは王族からの派遣隊がやってくれる。

 だから、実質的には彼女とたまに研究施設を視察する程度で良い。


 そして、ただの散歩とエルザへの説得の日々に変化が訪れた。

 突然、現れた王の弟に彼は慌てふためいた。


ヘルガヌス「これはこれはデズモア公。お噂は色々、その髪色を見るに相当忙しい日々を過ごされておられるようで。」


 彼は胡麻をする、と言った表情で彼の様子を見る。

 金色の髪が随分と色あせている。


 だが、そこで彼は、王の弟がやつれた顔をしていた理由を知ることとなる。


デズモア「アーノルドが例の計画を全て、白紙に戻すという王令を出した。」


 その瞬間、ヘルガヌスも頭が真っ白になった。

 デズモア公が急激に老けた理由が、手にとるように分かる。


ヘルガヌス「白紙……?つまり計画の中止……じゃと!?……失礼、中止ですと?」


デズモア「あぁ。私も混乱している。どうして陛下が心変わりなされたのかと。私もルキフェも説得したのだが、頑なに理由を言ってはくれぬ。だが、私は止まるわけには行かぬ。だから……」



 そこからデズモアとヘルガヌスの暗躍が始まる。

 なんとデズモアは自領に新たな油田を見つけ、密かに確保していたらしい。

 だから黄金さえ確保できれば研究は続けられる。

 しかも、その黄金の取得方法も彼は準備していた。


ヘルガヌス「さすがはデズモア殿下。王の先を常に読まれている。やはり……」


デズモア「いや、考えたのはルキフェだ。あいつはなんというか、考え方が化け物じみている。前妻の血……とは考えたくないが、我々とは住んでいる世界が違うらしい。」


 デスモアの妻は初代に倣い、黄金を溶かして飲み込んだ、そんな噂はヘルガヌスの耳にも届いていた。

 そして中毒症状か大火傷をしてか、すでに他界している。

 血が濃くなりすぎた結果、彼女も行きすぎた考えをしていたのでは、と彼は全く違う雰囲気の女性を後妻に選んだという。

 ヘルガヌスも一度だけ見たことがある。

 背が高く、慈愛に満ちた青い髪の若い女性だった。


ヘルガヌス「なるほど。でしたら、私が日々やっていることは変わらずに出来ると。」


デズモア「いや、もっと急ぐべきだろう。我が兄ながら、朝令暮改がすぎる。今度は何を言い出すやら……」


 そこから彼らは王命に反した秘密の研究を始めることになる。



 と、そんな時。

 ヘルガヌスは研究施設から届いた資料に目を見張った。

 ザパンの遺伝子を色濃く継承した娘は、ずいぶん大きくなった。

 ただ、未だに研究素材として、一族に子供を作らせるように指示は出し続けている。

 モルモットは多い方が研究の精度は上がる。

 そんなイカれた研究者魂が一つの奇跡を齎した。


ヘルガヌス「ザパン族、女は紫の髪、男は銀髪……。そうではなかった、ということか? 」


 先日生まれた『黒髪の女児』。

 彼女は先祖返りと思われるほどに、エステリア大陸の遺伝配列を持っていないのだという。


ヘルガヌス「なんだ、貴様ではないのか。まぁ、いい。エルザはまた地下施設に送り、モルモットを量産してくれれば良いだけ。うーん、だがしかし。そうだな。ザパン族を一定の区域に限り、解放させるとしようか。彼女は高貴な生まれだから希少価値が高い……、そう言って、多少なりとも良い暮らしをさせてやっても良いか。どのみち……、被験体になるのだし……」

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