エルザの苦悩
ゼノスが思い出した話は、ただのネタのように見えるが、そうではない。
ネタの中に重要な要素が紛れている。
彼の話はつまるところ龍伝説である。
彼が登場することから最近の話題だと分かるし、サラの話で出てきた竜人の少年とは彼だったのだろう。
「魔王レイ、分かっていないな?これは俺が——れると言っているわけじゃない。可憐で美しい女性の柔肌を傷つけない為にも必要なのだ!」
岩にくくりつけられて、猿轡まで嵌められているのに器用なものだ。
そっと視線を逸らしながらレイは考える。
「そもそも、アイザとエルザ。そしてゼノスが同族であることは、容易に想像できた。あいつは当初からアイザのことを『姫』と呼んでいる。勿論、別種族の『姫』をそう呼んでいる可能性もあるし、あいつの中では全てが『姫』的存在なのかもしれない。だが、ゲーム中においてもゼノスはアイザに執着しているし、しっかりと姫と呼んでいる。」
そもそも推理なんて必要なかったのかもしれない。
「それに何より顔見知りだった。その辺りはちゃんと考察がされているし、エンディングによってはアイザとゼノスは仲が良い。だから今の話だけで十分だよ。それに俺が気づかないとでも思ったか? ザパン国が起源だと思われる人物はアイザとエルザとキラリ。そしてガノスにゼノス。さらには答え合わせのようにぬるりと人間の腕が現れた。」
それは自分で話した内容が具現化したのかもしれないけれど、それだって過去のネット掲示板の考察を引用しただけだ。
この世界に影響を及ぼしている可能性が高い。
だから取るに足らない結果だが、やはり口に出して言うべきだろう。
「男は竜人型になり、女は人間になる。だって、竜人の女形態見てないし。で、結局のところ男もほとんど人間と変わらないってことだな。」
その言葉にアイザもエルザもハッとする。
そしてジロリとゼノスを横目で見る。
「な、なんだと……。なるほど、そうか、そうだったの……。じゃあ、姫は……。俺の……婚……約……者?」
「そうは言ってないでしょ? 私の妹は魔王様のものなのよ。全く、口が減らない。あんたのを使い物にならなくさせることも出来るってことでしょ? あんたが人間なんだったら。」
エルザはいつぞやの四天王時代を彷彿とさせるオーラを出しながら、勇者パーティから一抜けした竜人を威嚇する。
「あれ? でも、おかしくないですか? だって、マロン様達が認定したんですよね? ゼノスが魔族だって。」
と、指摘するサラの考えもよく分かる。
だが、レイには確信があった。
メビウスが必要としていたのはスタート地点の設定だけだ。
だからゼノスは魔族で間違いないし、この地域に人間がいたという設定も間違いではない。
あとは、どこまでカードが出揃っているか。だが、今回はアイザ回。
ならば先に彼女に話をしてもらおう。
「エルザ、そろそろ何か思い出したんじゃないか?」
魔王の言葉にエルザは振りかぶっていた鞭を地面に落とした。
そして振り返り、申し訳なさそうに話し始めた。
「え……、えっと。すみません、隠していたとかじゃないんです。本当に……」
「分かっているよ、エルザ。女神はどこからか俺を見ている。そして何かを見定めている。今までのエピローグ作りも実は彼女の手の上ってことだ。アイザ、最後はお前に聞くから、ちゃーんと何を話すか決めておくんだぞ。」
なんて言いながらも、今のアイザでは話が紡げないとも思っている。
女神はここに来て、初期設定だけだった世界を本当の世界に変えようとしている。
そして、その小間使いが自分であると確信を持っている。
「ゆっくりでいい。辛い話だったら、途中休憩してもいい。エルザが知っている、エルザの話を俺に聞かせて欲しい。」
♧
ザパン村。
これは屈辱に塗れた名前だ。
本当の名前は『ロータス』。
蓮から生まれた自分たちを彼らはそう呼んでいた。
二匹の龍に生み落とされ、二匹の龍に救われた。
自分たちは彼らが運んできた、蓮の葉の上で生かされていたようなものだ。
ただ、無意味な争いのせいで、火山が噴火間際だとは気付けなかった。
だから、黒龍と黄龍は自らの体を呈して、無知な人間達を救ってくれた。
だから、彼らの命の上で自分たちは生きている。
だから、ロータス。
ラーザ「それだけじゃないの。二匹の龍が岩山に変わった後、そこから水が流れ始めたの。考える力を失くさせるほどに美味しい湧水。その水によって、荒廃した大地はあっという間に潤っていったわ。」
タロス「ほーい。それじゃあどうして俺たちはこんな手になっちゃったんですかぁ。足も尻尾も邪魔なんですけどー。」
ラーザは教員である。
ロータスの中央にある大きな神殿、その中にある大きな部屋で教鞭を振るっている。
彼女は紫の髪を靡かせて、教鞭の先をピシッと彼の額にくっつけた。
ラーザ「君のように破廉恥な視線を投げかける龍神様からの罰……、と言いたいけれど、本当のところは、龍神様からの贈り物らしいわよ。厄災の最後、黒龍様が黄龍様を最後まで守っていた、なんて言い伝えが残されているの。だから私たち女を助けるために、龍神様が下さったと言われているわ。
タロス「えー、ずるくない?俺たちばっか戦うって差別じゃん!」
フーザ「バカね。私たちは祈りを捧げる、それに龍神様に黄金の稲穂を捧げるっていう義務があるの。あんたバカだから、戦うくらいがちょうどいいのよ。」
理知的な女の子フーザは今日だって働いてきたし、帰ってからもお仕事である。
その辺を歩いて女子に声をかけているタロスと同列には扱われたくない。
ラーザ「そういうことよ。差別じゃなくて役割分担よ。そもそもその手じゃ、農作ができないでしょう?調理だって無理だし、なにより黄龍様は男嫌いなんて噂もあるくらいなのよ。」
二つの湧き水がそれぞれ別の場所から湧いている。
一つは金色に輝く岩場から。
そしてもう一つは黒く美しい岩の隙間から。
金色の方から湧き出る水には植物を育てる力があった。
もう一方の湧水には魔力や体力が増す力があった。
そんな違いから、男女で住む場所までが変わっていく。
この種族はどうにも二つに分かれる習性があるらしい。
それを繋ぎ止めるのが中央にある大神殿であり、そこに二匹の龍の像が鎮座している。
金と白金とで作り上げられた二匹の龍、それが彼らにとって神であった。
そして十年後、平和に暮らす彼らに悲劇的な事件が起きる。
ラーザ「今、なんと? 夫が……殺された……?」
伝達者「聞き返す暇などない。とにかく早く子供達を連れてお逃げください!」
ラーザ「待って! 今日は確か、新兵が演習する日じゃ……」
伝達者「くそ! もう、この近くまで。すみません、ラーザ様。私たちが弱いばかりに……。この建物には絶対に入れさせません」
そう言って、竜人の男は走り去った。
直ぐ後に彼の叫び声が聞こえ、そして大神殿の扉は簡単に破壊されてしまう。
ラーザ「待ってください!子供たちだけでも……」
襲って来たのは同じ人間だった。
化け物か何かかと思っていたのに、髪の色が違うだけで全く同じ人間だった。
そんな同じ言葉を話す人間が、狂気に染まった顔で子供たちを——
♧
「エルザ、もういい。そこから先は言わなくても分かるから……」
レイは彼女の肩に手を置き、激しく揺さぶった。
ドラゴンステーション族の立場の人間ならこう言うだろう。
純度の高い黄金は考える力を無くさせる。
そして金に目が眩み、文字通り見境いが無くなって殺してしまった。
それでも、侵略者の方が悪い。
見たこともない姿をした竜人がいて、巨大な龍の像が鎮座していた。
確かにそれは光の女神メビウスではない。
黒い髪の人間は、闇のメビウスの使徒に決まっている、と決めつけたのだ。
(ここに来て、侵略の話か。来るとは思っていたけれど……)
簡単に想像がついた。
ここから先はずっと同じことの繰り返しだろう。
彼らによる略奪、凌辱、破壊が何度も行われた。
そしてロータス族は、汚れた者として、闇のメビウスの使徒として、負の烙印が押されて人権を失った。
だから、彼は過去創造を無理やり断ち切った。
絶え間なく続く悲劇を語り尽くす前に、トランス状態に陥った彼女の目を醒めさせた。
エルザの苦悶に満ちた表情を見れば、泣き出しそうな瞳を見れば、誰だって想像が出来る。
そんな目で見られても……、とレイは思った。
だから、言ってしまう。彼のあまりにも冷めきった本心を。
「この物語は設定に向かわせるだけの後付けだ。ゲームの設定にそんな部族は存在しない。……だが、何かが無理やり作らせている。」
そんなメタ発言をしてしまったことを、彼はすぐに後悔した。
そんな言葉でエルザが納得するはずもない。
そもそも彼女が話し始めたきっかけは? レイが彼女に話を促した。
こんな話が出ることは分かっていたのに。
彼は自分が導いた答え合わせをするためだけに、彼女に辛い思いをさせたのだ。
キラリからこっち、ずっとそんな話が続いている。
簡単に想像できたはずなのに
どうして簡単に想像できるのか。答えは本当に簡単だった。
エルザは魔族だ。そして魔族は勇者に倒される。
だから、悪役として存在しなければならない。
だから、悪に染まった理由を作らなければならない。
この世界がゲームがベースでなければと、心から思う。
「言わなきゃ、伝えなきゃダメなの。だって、これは一族の恨み。密かに伝え続けられた憎しみの歴史なんだから。」
止められない。
どうして彼女に話させた。
過去創造が良い思い出ばかりじゃないということを知っていた筈なのに。
だから彼は必死になって彼女を説得する。
「エルザ………、お願いだから聞いてくれ。その後の展開はこうだろ? その略奪者は王族を名乗り、発展を名目に好き勝手し始めた。そして、その結果として一部が魔族になってしまった。好き勝手した王族、ドラゴンステーション族は生まれてしまった魔族に滅ぼされたんだ。ロータス族を好き勝手弄んだ奴らは魔族に滅ぼされた、だろ? そして、その好き放題やってくれた王族を滅ぼした、身勝手な魔族はどうなった?」
だが、彼は説得する言葉を間違っていたことに気付く。
最終的に勇者という英雄がその魔族を倒してハッピーエンドを迎える。
ただ。
「身勝手な魔族……、私は、私は……」
光の勇者が倒してハッピーエンドになっている世界。
それが、いろんな手違いでこのザマだ。
過去の自分のせい? 今の自分のせい? 放り投げてしまったから?
それでも、彼女を説得するとしたら、
「……いや、その前に俺が何故か魔王を名乗っているんだ。つまりエルザが思考を続けると、最終的には俺を憎まないといけなくなる。……エルザに憎まれるのは、嫌……なんだ」
結局、出て来たのは自分勝手な言い訳。
憎しみの連鎖を断ち切ってやる!なんて、主人公っぽいことは彼には言えない。
自分が憎まれたくないから、言い訳をしている格好の悪い主人公だ。
レイモンドスタートでなくとも同じかもしれない。
あのルートではエルザが死んでしまうから、こんな思いにはならないのかもしれない。
——でも、それではエルザも存在しない。
(エルザが死なない世界を俺は作りたかった。だから、あの時アズモデに言ったんだろ?……いや、分かっているだろと言い返されて、俺は何も言わなかった。それでも今は!)
彼女がいる、この世界が好きなのだ。だから放り投げたのだ。
「エルザはここにいる! 今、俺の目の前に……、だから……」
その言葉にエルザはビクッと肩を震わせた。
けれどやはり、彼女は何度も首を横に振る。
「でも……、あいつらのせいで……、アイザは怖い思いをした。」
俺たちは生き残っている。
しかも全員がハッピーエンド、そう言い聞かせようと思っていた。
けれど、その前にエルザの口がそんな一言を紡ぎだした。
そして、その言葉はレイの口を噤ませるには十分すぎた。
歴史創造とか、考察とかそんな屁理屈は抜きにしても、それだけ誤魔化しようのない事実だから。
何度も登場させて恐縮だが、『アイザが一人で怖い思いをする』というのは七並べでいう『七』の部分、つまりこの世界の初期設定である。
——そして、エルザの設定は命を張ってでも妹を守りたいと思っている、悲運な魔族なのだ。