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プロレス?裏切り?

 宿屋の店主が話の分かる人間で良かった。


「本当に、はい。いえいえとんでもないです。はい、そうです。それでお願いします。」


 レイは宿の店主に何度も頭を下げていた。


 変人扱いされて、行き場を失っていた悪人面の彼が、扉を閉めようとしていた宿屋の店主に泣きついたのだ。

 無造作に置かれたレザーアーマーは紐で固定するタイプであり、女性用は少し胸元が緩めに設計されているので、フィーネとエミリは難なく装備できた。

 それは男性用にも言えることだが、彼の服に問題があった。

 ジャケットは売り飛ばしたが、流石にシャツまでは売れない。

 そのシャツもやはりゴテゴテしていたのだ。


(こいつ。あれか?勝負下着ってやつか?レイモンドのやつ、いつでもフィーネとって考えてたらしいが、めっちゃ邪魔‼)


 タイトな作りになっているレザーアーマーは、ゴテゴテしている派手な服との相性が最悪だった。

 だからって青空の下で素っ裸で着替えることはできない。

 そして着替えるにしても服がない。

 裸にレザーアーマーは、裸にエプロンと何ら変わらない。

 レイモンドの裸体でそれをやってしまう、そして脇腹への合図が来る。

 これは犯罪行為と同義である。


(でも本当のあいつなら、この程度やってのけそうな気がする)


 という考えも、レイの頭にはよぎる。

 いつのまにかレイの中でレイモンドはちょっとした崇拝の対象にすり替わっていた。

 だが、レイはそのことに気がついていない。

 泣きついたレイは宿屋の店主に頭を下げて、ボロ着でも良いのでと泣きついた。


「あいつら、外でちゃんと意識合わせしてくれてるといいんだけどな……。それにしても、意外と新しい服、ありがとうございます。」

「いやいや、アーモンドさんにはお世話になっていたし、何よりあの悪ガ……いや息子さんが立派になられたんだ、気にしなくても良いぞ。道具屋の店主にはワシがちゃんと説明しておくからな。」


 あれはちょっとしたメンタルトレーニングなのだ、と前世の適当心理学も交えて言い訳をしていた。

 実際にメンタルトレーニングされていたのは自分なのだが、そういうのも勇者には必要なんですと言っておいた。

 だが、実はレイモンドの豹変ぶりに店主は目の色を変えていた。

 ついでに情報を追加するならば、レイモンドの服は希少な爬虫類の皮を素材に使っている為、レイが受け取った麻の服の数十倍は価値がある。

 店主も(したた)かな考えを持っての行動だった。

 

「じゃ、俺はもう行きます。外にいる金髪の彼が光の勇者アルフレドですから、ちゃんとみんなにも説明しておいてくださいね。彼がきっと魔族をなんとかしてくれますから。」

「おお、それは有難い。お前さんも元気でな。」


 素のレイと噂に聞くレイ、そして先ほど見たレイとの差が余りにもあり過ぎて、店主は終始言葉を失っていた。


 それ自体も、彼なりに考えての行動だった。

 悪役キャラの自分があまりにもデータを知りすぎていて、勇者が勇者然としていない。

 とはいえ、彼らに魔王を倒してもらわないと、最終的に自分が助からない。

 ネクタまでは最大限のアシストをするとしても、その後は関われない。

 だから、勇者のイメージアップ戦略をしておくべき、という考えに至った。

 自分は戦えないけど、心の中で応援はする。

 だったら、スポンサーが多いに越したことはない。


「良し。それじゃあ、行ってきます。」


 そして、レイは鏡の前で悪役顔を整えて、宿屋から出て行った。


     ◇


 宿場町からネクタの街は朝出れば夕方には着く距離にある。


 勿論、それは寄り道をせずに行った場合だ。

 そして、それは序盤だから言えることで、クラシックRPG要素が濃いこのゲームではレベル上げが必須である。

 自分たちのレベルとモンスターのレベルに差がある場合は、それはまだ早すぎるというサインでもある。


 モンスターと戦えない村人たちは、別の村に移動できない状況に置かれている。

 その状況が村人が村の中で行ったり来たりを繰り返している行為に落とし込まれている。

 そんなレイのプチ発見はさておき。


 彼はアルフレドに歩き方のレクチャーをしていた。


「……という感じで、経路を考えるといいな。今、歩いている草原のエンカウント率と林、森、山のエンカウント率をその地図に書き込んでおいた。今日からはアルフレドが先頭を歩いてくれ。」


 レイモンドの性格がバレている以上、一対一だと普通に会話できる。

 その一方でフィーネとエミリの距離感が気になっている。

 お互いに何かを牽制し合っているように見えるが、これが仕様なのか人間味なのか分からない。

 だって、これはハーレム要素のあるゲームだ。

 宿屋の一件と同様に、ヒロイン同士のフィールド上の駆け引きが存在していたかもしれない。


(ゲームだとイベント起きないとそういうのが進まないからなぁ。こんなフィールド、しかも超序盤で起きたりはしないか。俺の考えすぎだな。)


 このゲームはイベントコンプリートに500時間は必要だと謳われている。

 レイが新島礼だった時は、450時間プレイしている。

 周回プレイや回り道を繰り返しての500時間だ。

 サブクエストを無視して、ムービーキャンセルをしまくると、エンディングまで8時間程度で辿り着ける。

 だから、今の進行状況がもどかし過ぎる。

 プレイヤー目線では三回は世界を救っていてもおかしくない。


(これは流石に俺の我が儘なんだけど、何もない道を歩くってしんどいな)


 そもそも、歩く速度が異常に遅い。

 遅いという表現が間違っていることはレイも理解している。

 一日は二十四時間だし、歩く距離も普通の人よりちょっとだけ速い程度だ。

 イベントを見ながらでも最短で三十時間くらいなのに、まだヒロインは二人しかいない。

 フィーネが最初からいることを考えれば、まだ一人にしか出会っていない。

 だからレイが勇者アルフレドに効率的な進行をレクチャーしてしまうのも致し方ない。

 彼はそう割り切って、アルフレドと街まで付き合うことを決めていた。

 悪役キャラ・レイモンドが指示厨・レイにジョブチェンジしている。


「なるほど、そういうものなのか。助かるよ、レイ。それはそうと、そろそろ一発お願いしていいか?」


 ただ、これだけはどうにも鬱陶しい。

「またかぁ……」とボヤきながら、レイは後列にいるエミリの側まで行く。

 そして顎をシャクレさせて、厭らしい目を彼女の体に向ける。


「エミリ、ちょっと紐を締め直してやろうか?」


 このプロレス、いつまで続くんだろう、と呆然とする彼。

 だが、ついに体のラインが露になり始めたエミリは確かに魅惑的だった。

 農作業着の時も悪くはなかったが、農作業着は現実世界でも見慣れている。

 だから、普段は見慣れない光景、硬いレザーアーマーで夢が押し潰されている光景は、色んな妄想を捗らせてくれる。


「先生が直接やってくれるんですか?えへへ、嬉しいです!」

「え……」


 この言葉にレイは固まった。

 でも、彼以上にアルフレドとフィーネが鉄になる呪文を唱えたかのように固まっていた。

 そして、言ってしまった手前、彼は彼女の紐を締め直さなければならない。


「師匠は手も長いから、私の胸と背中をぎゅーってやっていて貰えます?」

「あぁ、そっか。押さえつけてないとちゃんと引き絞れ……、——な⁉」


 レザーアーマーの胸当て部分も触る。


「その膨らみは加工で出来た膨らみだよ」


 と、冷静を装う天使がレイの左肩に乗って耳打ちをしてくれる。


「けけけけ、せっかくだから脱がしちまえばいいじゃねぇか」


 という卑猥な悪魔は右肩には乗らない。

 それはレイが清廉潔白、天使のような人間だからではない。


「レイ、よく考えて。その女性用の胸当ての膨らみを通して、君は世界の夢と繋がっているんだ。それに君なら分かる筈だよ。君の手は今、レザーアーマーなんだ。その感触を人は愛と呼ぶんだ。愛ゆえに、続きは分かるよ……ね?」


 右肩に乗った天使が、意味不明な語り口調のムッツリだっただけだ。


 そんな天使の声を聞きながらレイはエミリと、「ちょっときつい?」、「あっ……、ちょっと胸がきついかもです。位置が悪いのかなぁ。ちょっと左胸をずらしてみます」なんて会話をしている。

 これも役得と思えれば良いのだが、これが本当にエミリに対する嫌がらせになっているのか、と疑問に思っている。


「ちょっとぉぉぉ、レイ?……なーんか、それ嫌ね。私に対する嫌がらせになってなるんだけど。私だってちゃんとあるんだからね! エミリのが大き過ぎるだけよ。ってエミリ、今、どさくさに紛れてレイがエミリの胸触ったわよ!こいつほんとに最低なんだからね!」

「先生はアーマーの上から触ってるだけですよぉ。先生は触り方がお上手なんです。」

「フィーネ?これは違うからね?俺って腕に神経通ってないって前に言わなかったっけ?俺の手ってレザーアーマーで出来てるって言わなかったっけ?」


 レイの肩が飛び跳ねる。

 結ぶ指も震えて、変な結び方になってしまったが、腕に神経が通っていない設定に、レザーアーマーこそが手という設定になったので問題はない。

 だが、この瞬間を利用しようとした人物は他にもいる。


「先生、フィーネのも……、ってフィーネのは大丈夫そうですね。」


 何故か、エミリが単純にフィーネを煽った。

 これは彼女の性格にも由来してるのだが、レイは聞いていられなくて、そそくさと前衛のアルフレドのところに戻っていく。

 その瞬間、一番割りを食ったフィーネが余計なことを閃いてしまった。


「これ、もしかして……、アルフレドの裏切り?」


 と、彼女はここで考えてしまう。

 全然そんなことはなく、ただのレイのアドリブが、フィーネの目にはそう映る。

 ヒソヒソ話をして、敢えてフィーネに嫌われそうな言葉を選ばせたように思える。

 昨日の段階では共闘する素振りを見せていたアルフレドが、本当はフィーネこそが、レイを引き止めるのでは、と疑っている可能性がある。


 ——でも、何のために?


 アルフレドと自分は同じ目線にいないどころか、逆に裏切られている可能性がある。

 先程のエミリの返しも、そう考えれば納得できる。

 アルフレドは真っ直ぐな人間だ。そして正義感も強い。

 ただ、馬鹿正直なところがあるのも否めない。

 いや、ただの馬鹿だったかもしれない。

 だから、フィーネは心の中で笑っていた。


(バレてんのよ、アルフレド。何年の付き合いだと思ってんの?)


 だから、彼女はある行動に移った。


「ねぇ、レイ。お願いがあるの。例の休憩ポイントってこの辺りにないのかしら。私も鎧と盾の確認したいから、一度脱ぎたいのよね。」

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