アーマグの神話
「わらわもー!わらわもー」
レイの前でアイザが両手を挙げてアピールしている。
色々あった気もするが、今回はアイザの為のエピローグ作りである。
「分かってるって。今回はアイザの物語だよ。」
大陸の東側は全部山脈。
竜眼山とザパン村落跡地を見つけるのなら、上空から見る方が効率的だ。
半魔と確定したサラはまだ飛べないらしい。
だから、サラをおんぶして飛んでいる。
それを見たアイザが駄々を捏ね始めたというわけ。
「普通に考えれば、アイザは魔族。俺みたいに羽が生えてもおかしくはない。でも、ゲーム中にそんな描写はない。っていうか、キャラデザインはリメイク前のものを綺麗にしただけだから、羽なんて生やしてはいけない。だがしかし、もしも人間だった場合……」
そこで、レイは都合の良い結論に辿り着く。
「そうか、アイザも半魔なんだ。人間ならアウトー、魔族ならセーフ。んで、半魔はー。半分魔族なんだから、当然セーフ!」
レイの脳内審議の結果、アイザはセーフとなった。
何より、それが一番今までの設定を活かせるからだ。
だからアイザを抱っこしている。
この羽根で飛んでいるわけではないから、おんぶしても飛べるらしい。
(そもそも男キャラ少なすぎんだよ! )
1mmも女性ウケなんて考えていないゲームだし、それこそポリコレがー、海外がーなんて度外視したギャルゲーだ。
そして生まれたギリギリの設定が、『八番目のヒロインはレイモンド』だった。
ただ、どう考えてもレイモンドルートには到達しようがない。
プログラムをいじらない限りは到達不可能である。
「んじゃあ、とりあえず適当に飛んでみる。エルザ、ゼノス、気になるところがあったら教えてくれ。」
「お前ばかりがモテるのが気に入らないが?」
「あらぁ、この竜人、本当に頭が足りてないのね。外見の問題でないとすれば、理由はアレしかないじゃない。」
「アレ……か。いや、俺のアレは負けてねぇぞ?」
「そういうところよ、この変質者。」
エルザがゼノスの相手をしながら、コウモリの羽を出して空を飛ぶ。
それに合わせて魔王レイも飛ぶが、なんだ、今の会話?と首を傾げる。
ばらばらにされた時にアレを見られている?
マジで負けている?
「わわ、落ちてるのら! だんなたま!しっかりするのら!」
アイザはまだ良い。
勇者パーティとしてステータスが高い。
でも、サラはほとんどノーマルの人間に近いだろう。
だから声も出せずに白目を剥きそうになっている。
「レイ!しっかりするのらぁぁぁ!」
するとレイの体に異変が生じた。
何故か、体が軽い。魔法の力で飛んでいるのに軽くなった。
というより、自分の腕にある負荷が消えている。それにあの甘い香りも消えた。
(は?無味無臭で俺の下に世界……って‼)
だからレイは焦って急降下した。
「バカ!姫様を落下死させるつもりか⁉ それに新たに加わった俺の妻候補もだ!」
「というより、魔王様。今、一瞬お体が消えたような?」
魔王は落ちていく二人を捕まえて、再び抱き寄せた。
アイザはなんとか意識を保っていたが、サラは気を失っていた。
「ごめん、アイザ。それに……えっと、起きたか? サラ、落っことして悪かった。ちょっと考えが足りなかったわ。」
(世界の壁……か。東西南北に行けばってのは考えたことあったけど、上の発想はなかった。どこまでも太陽は上にあり続けるのに、キャラクターたちはそれ以上、上へはいけない。でも俺はプレイヤーだからメタ的に出られるってことか。それでキャラクターはついていけずにそのまま落下した。これはちょっと注意喚起が必要だな。飛行機が作られたらどうするつもりだ。それにしても……)
急降下しながら落ちていく二人を捕まえた。
やはりアイザは飛ぶことが出来ない。
でも、それ以上の発見があった。
「当たり前の事実か。俺は日本生まれだから気付かなかったって話。普通、世界地図を描くなら、日本は一番右端だもんな。そして火山帯であり、黄金の村というか、国‼」
「魔王様!村の跡地を発見されたのですか⁉」
その自信に満ちた笑顔を見て、エルザが悟る。
ただ、実はまだ見つかってはいない。
「アーマグ大陸の東側を囲むように岩山がある。つまり三日月状に連なっている。俺の知っている島国は三日月の形に見えなくもない。ってことは、おそらくは二箇所に絞られる。弓状に連なった岩山の中央か、そこから少し東に行ったところ。ゲームスタッフが心の中で描くとしたら、そんなとこだろ。」
このゲームでは火山の噴火はない。
それを知っているからゆっくり降りられる。
「もしも見えない壁が存在したら教えてほしい。どうやら俺だけだと、さっきみたいになる。」
そして魔族三人と少女、幼女は岩山に降り立った。
だが、そこには何もなかった。
降りる途中から気がついていたが、降りて気付くこともあるかもしれない。
「何にもないのら。旦那たまぁ、ここがザパン村なのら? わらわの故郷なのら?」
「ここいら一帯。いや、そのもっと向こうまで岩、岩、岩。岩壁に岩だ。こんな岩山の中に本当に幻の村があるのか?」
彼らの言う通り。
でも、問題はここに何かがある、ではない。
ここで歴史が作られるかどうかだった。
だが、そのきっかけが思い浮かばない。
おとぎ話や神話の類は先ほど作ってしまった。
なら、どんな話をすればよい?
例えば、遺跡でも残ってくれていれば——
「あ、あの! えと、あの……、先ほど思い出したばかりの私ですが、母のことをずっと忘れていた私ですが。……先ほど魔王様の胸に抱かれている時、気絶している時に、夢を見ておりました。ううん。あれは夢じゃない。私の……私だけの母との記憶。それが——」
♧
ヴェルト「全く、王は何をやってんだか。金貨を世界中にばら撒いた。それで世界に流通が生まれた。あの発想は良かったってか、アレは元々俺の案だろう。まぁ、いい。別のやつの意見で始めたんだろうが、それで世界が潤うなら俺も文句はねぇ。家柄なんて俺には必要ないしな。でも、なんでその施策をすぐに止めちまったんだ。金なんていくらでもあるだろう。それが俺たちの仕事だ。世界の為にどんどん金を掘る。あとはお偉いさんが世界のために使えば良い。でも……、なんで俺たちはいつまでも、こそこそ暮らさにゃらならない。」
ヴェルトは酔っている。
だから色々と支離滅裂なことも多い。
金鉱は王族の秘匿であるからこそ、意味がある。
シラフの時はそれが分かっているから何も言わない。
でも、酒に酔うと何度も何度も同じことを言う。
結局のところ、家名を与えてくれなかった王族にケチをつけたいだけなのだが。
最初はニースが丁寧に愚痴を聞いていた。
だがその後、サラが生まれた。
ニースに愚痴を言うことが出来なくなると、今度は壁に向かって愚痴を言い始めた。
ならば、最初から壁に向かって喋っていればいい。
そう思いながら、ニースはサラを寝かしつけた。
サラ「ねぇ。パパって誰とお話ししてるの?」
ニース「そうねぇ。昔の自分にでも言ってるんじゃないかしら。大丈夫よ。もう少しでパパも寝始めるから。」
サラ「ふーん。昼間のパパは楽しそうなのに、夜のパパはなんだか怖いねー。」
ニース「サラも大人になったら分かるわ。それよりも、早く寝なきゃね。今日は、この地に伝わる龍と人の物語よ。サラ、この話大好きだもんね。」
サラ「うん!」
ニース「むかーし、昔。あの岩山には楽園がありました——」
<ここからは渋い声の男性のナレーション>
人々は木に囲まれ、大地を耕し、狩りに釣りをしながら暮らしていた。
この地には古くからの伝承がある。
『人』は『二匹の龍』が運んできた蓮の実から生まれたという物語——
(待て待て待て!ナレーションって何?なんでサラのお母さんの声が知らないおじさんの声に変わったの⁉)
——だが、人々は信じて疑わなかった。
疑う理由が、そこには存在しなかったからだ。
人々が龍を実際に目にし、そしてその龍から直接言われたのだ。
だから信じない理由は存在しない。
これはそんな村での一幕である。
長老「今日も声を聞いてはくださらぬか……」
ゴシキ「ザーパお爺様、またここに! 大切な部族会が行われると今朝申したでしょう!」
ザーパ「ゴシキか。分かっている。じゃが、ワシはどうにも諦めきれぬ。龍神様は本当に……、本当に動かぬつもりじゃろうか……」
ゴシキ「それも含めての部族会でしょう?勿論、一番重要な会議はリウイ族が王を名乗り始めていることです。全く、あいつら。上だの下だのと!」
ザーパ「はぁ……。厄介なことを。ワシらは元は同じ生まれだというのに……」
ゴシキ「昔とは違うのです!あいつらが移住してきたのは百年も前。俺も彼らを知らないし、お爺様さまもほとんど知らないでしょう。今のリウイの考え方が正しいとは思えません。国竜あっての我々なのです。」
ゴシキは結った黒髪を束ねて、黒々と輝く巨大な龍神の鼻辺りを触った。
ゴシキ「何故、変わろうとするのでしょうか。貴方様はこんなにもお静かなのに……」
小さな声で呟いた後、彼の祖父の腕を強引に引っ張っていく。
そして彼らが去った後、黒の龍の瞼が薄く開いた。
黒龍「…………」
◇
ワノク族との会議に備えているリウイ族。
彼らは彼らで別の場所で祈りを捧げている。
この村の長老であるリウ、そこに紫の髪を靡かせる少女が走り寄る。
レヌ「お婆さま。今日こそ言ってやりましょう。黄龍の使いである私たちの方がずっと偉いということを。上に立つべきであるということを。」
リウ「レヌか。いい加減、争いはやめぬか。ほれ、龍神様も困っておいでじゃ。ワシが思うに龍神様が眠るようになったのは、ワシらが争っておるから——」
レヌ「けれど、お婆さまも若き日には活躍をされたと聞きます。大地を開拓せよ、それが黄龍様の御意志のはずです。なのにあやつらときたら、ずっと動かぬ。指示を聞かぬと弛んでおります。黄竜様の御意志を軽ろんずる行為に他なりません。」
リウ「果たして本当に、そんな争いを引き起こすために黄龍様は、我が一族をここに導いたのだろうか。もう一度考え直す気はないのか?」
レヌ「残念ながらありません。肥沃な大地なれど、広さは限られます。このままでは増え続ける人口を支えるのは不可能でしょう。」
百年ほど前、突如東へと飛び去った黄龍を追った民こそがリウイ族。
リウイ族は女人しかいない部族。
そしてその場に鎮座し続けた黒龍の元に残ったのがワノク族。
ワノク族は男人しかいない部族。
理由を告げぬまま距離を置いた龍のせいで二つの民族へと別れた人間たち。
ただ、龍が鎮座する地はどちらも肥沃な大地であり、それぞれがそれぞれで独自の発展を遂げていった。
そして百年という月日が二つの部族に亀裂を生じさせていた。
リウイ族は先進的な技術革新を、そしてワノク族は現状維持を。
その相容れぬ考え方は、どちらが正しいと決めることは出来ない。
だが、狭い地が故に争いが始まってしまう。
ゴシキ「どうして、どちらが上とか下とか決める必要があるんですか!」
レヌ「決まっている。どちらが研鑽しているか、一目瞭然だからでしょう。百年も同じ生活をしていたなんて恐れ入りますが、あまりにもダラケすぎでは? そちらの土地を我らが黄龍様は所望しておいでだ。」
ザーパ「その言葉に嘘偽りはないか? 龍神様は人間であるワシらの生活に口を出すような、狭小な方ではあるまいに。リウよ、そちらの娘が話している内容は本当か?」
その言葉に会場は一時沈黙の時間となる。
だが、今まで寡黙を貫いてきた老婆がついに口を開く。
リウ「本当じゃ。黒龍は腑抜け、そう仰られた。」
ザーパ「ゴシキ……」
ゴシキ「あぁ、分かっている。龍神様を愚弄する不届きものめ。貴様らとは今後相容れぬ。断交だ。」
レヌ「ゴシキ殿。何を勘違いされておるかは知らぬ。ふふふ、断交で済むと? そんな筈はあるまい。それならばこちらは現時点をもって、ワノク族を敵対勢力と見做す。」
ゴシキ「分かった。ならば、戦争だ。」
<ここからは女性というかニースのナレーション>
そして同族であり身内でもある二つの部族の争いが始まった。
いや、始まろうとしていた。
二匹の龍神、それは神の使い。そして人間の守り神。
知らぬところで始まった人間同士の戦いに、二龍は激怒した。
大自然司る彼らの怒りは、大地を揺るがし、山は炎を吐き、空は真っ黒になった。
ニース「——とさ。」
サラ「あれれ、そういう話だったっけ。前はお互いにこっそりあって、子供が生まれたとかって、ソワソワする楽しい話じゃなかった?二匹の龍神様が喧嘩をして、人々が慌てて怒りを収めたっていう……」
(俺も思ったわ!どうやって子孫を作ってたんだろうって)
ニース「そうね。下ネタはもうやめようと思って。」
(違うから!大事なお話だからね⁉)
サラ「そっか。ワノク族が素っ裸になって、リウイ族の女の前で兜なんとかをしていたのって、下ネタだったんだ!」
(それは下ネタです!そんな話を娘にしてたんかい‼)
ニース「だから、まだサラには早いと思ったの。それよりもっと大切な話。龍神様は最初から人々がこうなることを知っていた。火山が噴火するのも知っていて、人々に別の道を示そうとしたんじゃないかってお話なの。そして、人々は龍神様の狙い通り、西の荒野に追い出されたんだって。あら、サラ、もう寝ちゃったのね。前の話には食いついていたのにね……」
(ニースさん?娘さんと悲しい別れをしたんだから、そういうのやめてもらいます?)
ニースはサラを起こさないように、ゆっくりとベッドから滑り抜け、酔い潰れた夫の元へ向かった。
そしてうっすらとだけ見える山々を睨みつけて、こう言った。
「黄龍はその後北へ行って、金鉱となった。そして黒龍は……」
♧
「——えと、こんな夢だったんですけど。兜……ってなんですか?」
「ほう……。あれか。魔王のアレでどうこうできるとは思わないが、ヤるか⁉」
「やんねぇよ‼」
いや、今のリアクション。
下品なネタはさておき、ゼノスにも見えたらしい。
エルザの目が色々と泳いでいるから、見えているらしいが。
「これってやっぱり夢……ですかね?ドラゴンなんて、この世界には……」
「一応いる。ベンジャミール、だいぶ記憶が曖昧だからな。それって何年前の話なんだろ。いつかだったかは重要じゃないのか。大事なのは龍が人を運んできたって話か。」