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サラ

「こーこーあーちゃーん。今からどこに行くんですかぁぁぁ。俺、もう一回ここあちゃんと会いたいなぁー」


 背後から妙な名前で呼ばれ、魔王はご機嫌斜めである。

 カフェの撤収作業は申し訳ないが、ラビとイーリも任せている。

 お姫様に後片付けをさせるのは気が引けたのだが、もはや王族は問題ではない。


「ココアちゃん!あの人、変なこと言ってますよー。」

「ゼノスは昔から変なやつなのら。それより旦那たまは今回こそアイザが主役といったのら。どうしてオナゴが増えるのら!」


 サラが増えたことで、アイザもご機嫌斜めである。

 最初からサラに気がついていれば。


 ——いや、それはどうだろうか。


 レイは振り返って、アイザの方を向いた。

 ただ、彼女はそこに居ない。彼女は背中にしがみ付いている。

 ご機嫌取りで、ずーっとおんぶをさせられている。


「サラはムービーで登場したんだ。闇のメビウスに関わる重要人物、それにアイザ達の故郷を知っているかもしれない。ガノスからは何も聞き出せなかったが、お陰で色々と分かった。ガノスからはよく分からない話ばかり。」


 因みにムービーのせいで、レイ子状態ではなくなった。

 だから、ゼノスに正体がバレてしまった。


「アイザさまぁ。いつもいつも俺を変態呼びしてますけど、その男も女装男ですよー。」

「魔王様、そのことについては私も驚きましたが……。その……似合っておいででしたよ。」


(いい!いい!エルザも気を使わなくて良いって!最大級のヒントを齎したのはリディアなんだから!)


「っていうか、ゼノス。お前が叔父貴殿なら何か知っているとかほざいたからだろ。全く良い迷惑だぜ。国民投票したら満場一致でお前の方が変態だからな!ってか、竜眼山って何処だったんだよ!」

「俺の変態はあの方が許してくださった。だから正しい変態だ。神の許しを得た露出魔だ。竜眼山なら、東の方の山で美味しい水が湧き出る場所だと叔父貴が言っていただろう。」


 レイは嘆息し、東の山を見た。

 魔王の目だ。いくらでも遠くが見えるが、どこもかしこも山だらけ。

 フィールドマップが頭に入っている彼にとっては途方もない。

 アーマグ大陸の東側は全部、『ドゥン』と効果音が鳴る山だ。

 山だらけ、山しかない。

 

 オープンワールド化した今なら登ることも出来るが、背景かのように右から左までずーっと山だ。

 東の山というのは見渡す限りの岩山全てである。


「あの……。叔父のことで話がというのは、どういうことでしょうか?」


 そこで、サラが空気を読んでレイに話しかけた。

 魔王から、一緒に来いと言われたのだ。

 ならばヘルガヌス前魔王の話を聞くために違いない。


「サラ、ゴメンな。遊びに来ていたのに。」


 サラはヘルガヌスの姪。

 レイが知らなかったキャラクター。

 でも、過去創造を繰り返す内に、居てもおかしくないキャラクターとなった。


「私が魔王様とお話しした日、覚えています?陛下が叔父を解放してくださった日です。私にとっては憎い叔父でしたが、私は叔父しか知らない。気づいたら、叔父の側に貴方がいて、これからは自分が魔王だ、と仰った。」


 最初、彼女のことをアイザっぽいと感じた。

 髪の色も違う。背丈も年齢も違う。

 なのに彼女をアイザっぽいと思った。

 理由は簡単だった。


「サラ、お前は本当に魔族なのか?……いや、魔族じゃないとあそこにはいないんだけど。でも、辻褄が合わないことがある。どうしてリディアと仲が良い。俺のイメージだと魔族は俺達から見て、一つか二つ上の世代だ。」


 その言葉は彼女の動揺を誘うのに十分だった。


「え、えと……」


          ♧


アズモデ「間違いないですよ。ここは魔王様と縁のある者が住んでおります。というより、この山々が魔王様の所有物だそうです。」


 黄金の貴公子はそう言って、パタンと本を閉じた。


魔王ヘルガヌス「ふむ。それがどうしたのじゃ。ワシはこんな岩っころなぞ興味ないがな。」


アズモデ「それは僕を試していらっしゃる……と、捉えて宜しいですよね。 恐縮ですが、魔王様のお気持ちを僕が勝手に想像し、そして申してみます。魔王様とは至高なるお方。その素性を知っている人間など存在してはならない。だから全てを抹消すべき……と。」


 そこで貴公子はサッと跪いた。


アズモデ「も、申し訳ありません。僕なんかが魔王様のお気持ちを汲み取れるはずがありません。」


 その言葉を聞き、魔王はうんうんと頷いた。

 魔王は寛大なのだ。


魔王ヘルガヌス「顔をあげよ。試すような真似をして悪かった。その通りじゃ。ここ一体の人間どもを魔族へ変えてしまえ。お主が言うように、昔の人間共も同じようなことをしたのじゃろう? ならば、正しいやり方を教えてやらねばならぬ。」


 良く分からないが、それが正しいような気がする。

 魔王は両腕を鷹揚に掲げ、魔王軍に命令を下した。

 その様子を見て、アズモデは不気味に微笑んだ。


     ◇


 サラという少女はまだ、少女とも呼べぬほどの小さな女の子だった。


 彼女は小さな宿場町で、平和に暮らしていた。

 この地から北へ登ると金鉱があり、南へ降ると油田と呼ばれる採掘場があり、得体の知れない何かが取れるらしい。

 大人達はそれが欲しいらしく、毎日毎日つるはしを持って出かける。


サラ「ママ、今日もだあくめたるの数を数えてるの?」


ニース「えぇ、そうよ。辺境王様がいちいちうるさいの。って言っても私の兄なんだけどね。」


サラ「へぇぇぇ、そうなんだぁ。じゃあ、ママもあのおじいちゃんくらいのねんれいなの?」


 サラは昔ちらりとみた『へんきょうはく』の顔を想像しながら言った。

 すると母はクスリと笑った。


ニース「そんな筈ないでしょ。ずいぶん歳が離れた兄ですもの。母親も違うしね。本当なら、私たちが家を継ぐ筈なのに、王命だったのだから仕方がなかったんですって。あ、これお父さんの前で話しちゃダメよ。ヴェルトは以前、王様に意見したことがあってね。だから、自分のせいで貴族の座を失ったって思い込んでいるから。」


サラ「うーん、パパかわいそう。でも、きぞくってなーに?」


ニース「サラ。それはもう私たちには関係ないの。こうして、大きな宿を営めるだけでもありがたいことなのよ。」


 その時、宿の扉が大きく開け放たれた。

 優しそうな男、サラの父、そしてニースの夫が姿を現した。

 彼女の父は戻るなり、サラを抱えてこう言った。


ヴェルト「なんだかよく分からないが、義兄(にい)様が招集命令をかけている。老人から赤子まで、全員参加だってさ。金髪の兄ちゃんが言うには、王様が慈悲を下さるらしい。本当に意味が分からないんだが、とにかく全員行かないといけないらしい。」


 サラは抱えられ、どこかへ連れていかれる。

 すると人がどんどん集まっていく、というより色んな場所から人がやってくる。

 全員が集まるから当然かもしれないが、サラにとっては不思議に映る。

 何より、今から楽しいお祭りが始まるような気がしていた。


サラ「わぁぁぁぁ、すごーーい!サーカスだぁ!!」


 そして、見えたのはサーカスのテントだった。


ニース「ほんとねー。兄さんもやっと治世をする気になったのかしら。それにしても……」


ヴェルト「あ、あぁ。見たこともない生き物だ。獰猛そうなやつもいるぞ。ニース、檻に近づかないように。」


 劇場の中央には金髪頭のピエロが居て、一番奥に昔見た『おじいさん』が座っている。

 あのおじいさんが座長でピエロがショーを見せてくれる。

 そんな風に思った人間は少なくないだろう。


 サラの一家も同じように考えてしまった。


 ——理由は簡単だ。


 この時期のアズモデは黄金に魔力が宿っていることを知っている。

 そして、黄金とダークメタルは同様の存在。

 ダークメタルにも考える力を失わせる何かが宿っている。


 金鉱で取れる濃度ではダメだ。

 王族で作らせた金貨レベルの純度がなければ人の心は奪えない。


アズモデ「さて、次は……。君かな?」


サラ「えー、いいなー。手品をやってもらえるんだってー。私もやりたーい。」


ニース「だーめ。順番よ。ミボーンさんのご家族の次が私たちよ。」


 だから、入る前から皆、狂っている。

 アズモデの力で操られているのかもしれないし、黄金に目が眩んでいるのかもしれない。

 ただ、恐怖は無い。誰も何も考えていない。


ヴェルト「お、そろそろ俺たちの番だな。じゃ、よろしく、金髪の兄ちゃん。ってか、あんたが王族の代表だろ?」


 王家とは道を違えて久しい。

 こんな若者がいたなんて聞いていないが、どうせ何処かで隠し子でも作っていたのだろう。

 奴らは何かにつけて実験をしたがる。

 せっかく女神様が下さった体だというのに。


 そんなふうに考えながら、ヴェルトは娘の方を振り返った。

 今の生活に飽き足らず、高みを目指すなんて意味が分からない。


 ——だから俺は。


 ——娘のことをアイしテイテ、ツマニースぼぼぼでででででででででべべべべべべべべべべべべぇぇぇぇぇぇぇ


ニース「あら、お父さん。デロデロになっちゃったわよ。一体どういう手品なのかしら。あら、次は私——」


 その瞬間、サラの母親は弾け飛んだ。

 支えを失ったサラは床へと落下する。


サラ「きゃ!」


 と思ったら、彼女の体は金髪のピエロの腕の中に収まっていた。


アズモデ「王族に近いという話だったのに。この一家はこの程度ですか。やはり混合比率は計算しないとダメですねぇ。」


 失敗失敗という顔。そして不気味な笑顔。その瞬間にサラは意識を失った。


アズモデ「やれやれ、陛下。どうします? 確か、先日マロン殿に勝手についてきた愚かな竜人がいたのですが、彼、何もしていないのに一定の魔族値に達していたようです。それが竜人だからなのか、子供だからなのか、まだ分からないという話を聞いたのですが……。子供には可能性があるようなのです。どうします?この子。」


 その言葉にヘルガヌスは沈黙した。そして、彼は目を瞑る。


ヘルガヌス「アズモデが今考えている行動こそが正解じゃ。」


アズモデ「畏まりました。では最後ですし、全部入れてしまいましょう。おや?困りましたね。原液が底を尽きそうです。どうして人間とはこれほど多くいるのでしょうかね。瞳は黄金にはなっていますが……。この子は半魔の状態で止まってしまいました。なるほど、半魔という存在も作っておきたかった……。流石王!そういうことですね!」


 その言葉に魔王は深く頷く。


ヘルガヌス「ふ。バレてしまったか。」


          ♧


 サラは二度ほど瞬きをした後、ツーっと涙を溢した。

 その瞬間に魔王は少女を抱きしめた。

 背中にはアイザが乗っているが。


「今、過去創造が発動したのか。それにしても……」


 狂っているしメチャクチャすぎる後付けだ、と言いそうになった。

 だから慌てて口を噤んだ。

 今の過去創造、ずいぶん最近の出来事のようだった。

 まさにサラに呼応したように生まれた映像に、レイは頭を抱えた。


 ——恐ろしい。


 なんだ、これは!

 女神は俺に何をした‼

 俺はなんて余計なことをしてしまったんだ‼


 サラを前にしてはとても言えない言葉。

 せっかく彼女が何も考えずに生活できるようになったのに、とんでもなく不幸な記憶を作り出してしまった。

 もしくは呼び起こしてしまった。


 ヘルガヌスの目的はかなりアバウトなものだった。

 光の女神に見せつけるためという、意味の分からない設定だ。

 結局、ここに来ても『恋愛メインのRPG』だからでカタがついてしまう。

 だが、現実となってしまえば、理由づけが必要となる。

 その世界の自動修正こそが、今まで起きた『創造』だとレイは考えている。


(ヘルガヌスが人間だったという設定がある以上、家族が居てもおかしくない。)


 サラ自身は居てもおかしくはない存在だ。

 だから、そういうアップデートがあったのだろうと錯覚した。

 だから、サラが八番目のヒロインだと思い込んだ。

 勿論、アプデで追加されたキャラかもしれない。

 けれど彼女は、『八番目のヒロインがいるかもしれない』と思わせる人物で止まっている。


 スタト村もそうだ。そしてミッドバレーにおけるマーサもそうだろう。

 彼らに彼女達にあやふやな存在に歴史を与えた。過去を与えた。


 ——それが今回、悪い方向に働いてしまったという話。


 やりきれない。

 あんなのを見させられたら、「マロンについてった時、幼児だったんかい!」というゼノスに対するツッコミなんて吹っ飛んでしまう。


「サラ……」


 彼女は実在する。

 けれど、彼女に与えた歴史は反吐が出るものだった。

 ただそんな時、少女は耳元で。


「そんな顔……しないでください。私は……、今まで叔父しか知りませんでした。叔父が伯父だったことさえ知りませんでした。でも!私にはあんなに優しい父と母がいた!……それだけで……それが分かっただけでも!……私にとって、十分なんです。それだけで私は明日も頑張って生きようって……思えるんです。」


 涙交じりの声、震える声。

 表情は見えないけれど、どんな顔をしているのかは分かる。

 決して良い過去ではなかった。

 それでも、彼女はそう言ってくれた。


 だから、レイは自分の考えの浅慮さを嘆いた。

 心の何処かで、ただの脇役と思っていた自分に唾を吐いた。


 彼女はキッカケをくれたのだ。

 もしかしたら、自信をもって玉座に居なかったかもしれない。逃げ出していたかもしれない。

 ただ、それを口にすると興ざめだ。

 だから、彼女に伝えるべきは。


「俺にとってサラは恩人だ。サラがいてくれて良かった。生まれてきてくれてありがとう、サラ。」


 殆ど登場しなかったとしても、彼女が居なければ話は進まなかった。

 それに、サラは強い女性だったようで、涙に塗れた顔で笑顔を作ってくれた。


「はい!私に生きる意味を教えてくれて、ありがとうございます!私の救世主様!」


 救世主という響きには、……少し戸惑った。

 だから、彼女の瞳に溜まった涙を指で拭って、その戸惑いを誤魔化した。

 アイザと見間違ったのは、彼女が人間の風貌なのに金色の瞳をしていたからだった。


 レイが彼女の下瞼に指をあてると彼女の涙が指をつたう。

 金色の瞳が涙で綺麗に輝く。


 ただ、惜しいことに彼女が瞳を閉じてしまったので、それ以上見ることが出来なかったが。


 その代わりにと、少女はレイの手を取り、手の甲に額をあて、そのまま唇を当てた。


「魔王様が本当にお優しくて良かった。今まで漠然としていたけれど、私、妻としてがんばりますね!」


 サラは無理やり巻き込んでしまった感が否めない。

 だから魔王はその口づけを忠誠の証として受け取った。


 あの辛い過去にサラが何を思ったのか、魔王でさえ分からない。


 そして、最後はこの子に締めてもらうとする。



「ん?わらわのヒロイン回、なのらよね?」

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