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情報の多い喫茶店

 我らが勇者様アルフレド。


 今日は3ピーススーツを完璧に着こなし、旅真っ盛りの頃とは違い、髪もきっちりと整えている。

 人間で、最も女神の欠片を有している証であるその髪は、たった一本でも高級品のような輝きを持っている。

 そんな彼はキャストとして、とある淑女の元に向かう。

 奇しくもその淑女も彼と同じくドラゴニアの血を色濃く反映した金色の髪、金糸を靡かせてながら、開放感のあるドレスで日の光を楽しんでいた。


アルフレド「お帰りなさいませ、お嬢様。本日もとてもお美しいですね。」


(やれやれ。さすがに、ゲーム主人公だな。八番目のヒロインイベントでどうにかしてしまったかと思ったが。出だし好調だ。)


マロン「あらあら、嬉しいこと言ってくれるわね、人間の勇者さん。今日の格好もなかなか素敵じゃない。さすがは世界を救う存在。まさに勇者、そんな気概を感じるわ。今日の貴方には。」

アルフレド「こちらが当店のメニューとなっております。もちろん、お嬢様がお望みならば、それ以外のものも御用意させて頂きます。ご遠慮なさらずに何でも仰ってください。」


(素晴らしいぞ。やるじゃないか、アルフレド。マロンの姐さんに一歩も引かず、それでいて彼女にVIP感を味わわせている。周りの客も住民もアルフレドから目が離せていない。)


マロン「うふふ。嬉しいことを言うのね。ここに書いてあるの、全て頂くわ。残しちゃっても、後でキャストの方が有効活用してくれるわよね。それにして、勇者さん。今日はすごくサービス精神が豊富なようだけれど、私たちは今も敵同士、ちゃんと分かってる?」

アルフレド「承知しております。ですから、マロンお嬢様の担当に就かせて頂きました。とある魔族から情報を掴みました。魔王様がお元気なところをいつも見ていたと。ですので、私こそがと思ったのです。……どうです?これが私の戦いです。分かりますか? 今も鍛錬を続けているのですよ。」

マロン「……なるほど。元気なのは認めてあげるわ。でも、まだまだね。」


(って馬鹿!誰だよ、そのリークした魔族!ゼノスしか思い浮かばないけれども‼)


アルフレド「流石に今は仕事中。当然、力を抜いております。ですが、正真正銘、魔王様を貫いた伝説の槍です。貴女ですから特別にお出ししているだけですよ。これがあの魔王様の——」


 デデーン、アルフレド、アウトぉぉぉぉ!


支配人「3ピーススーツのくだりはどうした⁉王家の血筋のトーク期待した俺がバカだったよ!っていうか、俺は貫かれてないからね‼」


     ◇


マリア「お帰りなさいませ。旦那様。今日はぁ、喉が乾いたのかな?それともお腹が空いているのかな?もしかしてー、変なこと考えてません?お触りはぁ、NGだからね!」


 彼女は軽やかなステップを踏みながら、シルクハットの老人風の何かに話しかけた。

 支配人曰く、彼は裏カジノでめちゃくちゃ金を稼いでいるらしい。


オスカー「ふふふ、そんなこと、この変態紳士がする筈ないのだがね。そうだ。先にこの変態紳士から贈り物をあげよう。」


 そう言って、彼は懐から小さなバケツのようなものを取り出した。

 そして彼女の目の前でパカッとその蓋を開けてみせる。


マリア「わ、すごい!これ動いてない?」


 支配人は一度前のめりになりつつも、しばらく様子を見ることにした。

 

(マリア、よーく考えろ。そいつ、自分で変態って名乗ってんだぞ!)


変態紳士オスカー「お嬢さん、メニューにあるものも、ぜーんぶ注文してあげます。それよりほら、私の持つこれをもっと良く見て下さい。このぷるぷるした質感! ほら、もっと近づいて、そして触ってみなさい。」


 変態紳士がやっていることは見た目では問題ない。

 美少女に容器に入ったスライムを見せている時点で事案かもしれないが、彼は軽やかに、そして自然な振る舞いで紳士的に行っている。


マリア「え、さ、触るの? んー、なんかベトベトしてそうだし、臭そうですけど。」


露出狂オスカー「大丈夫ですよ。シトラスの匂いが少しありますが、最高級品です。スライムってとーっても便利なんです。魔王軍では常識なんですよ。」


(それはその通り!)


マリア「支配人から聞いたことがあるような。掃除で使うとすごく便利って。スライムの洗い方とかも教わったし。」


露出狂オスカー「そこまでご存じでしたか。でしたら話は早いですね。ちなみに最近の流行りはスライム美容法。これで肌を洗うととーってもツヤツヤすべすべになるんです。全身にそのスライムを刷り込むんです。……ほら、今ピクっと動いたでしょう?とても良いスライムなんですよ。」


マリア「えー、そうなの!?それじゃあ、この匂いもスライム洗いしたらなくなるかなぁ?それじゃあ、えい!」


露出狂オスカー「そうです、そうです。え、いや、その直接触っ……、——‼」


 変態紳士は机に突っ伏して死ん……、いや、泡を吹いていた。

 そんなマリアの手には何も残っていなかった。

 そこで支配人は全てを理解した。


支配人「マリア、念のために、手を洗ってこい。しっかりな。……あ、うちの備品のみで洗うんだぞ。」

マリア「はーい。ってか、最初から気づいてたしー。だから容器ごとぶっ潰したんだよー。」


 そして桃色の少女は一旦休憩室に戻っていった。


「ま、気付くよな。普通に。でも、アイザだったらやばかったかもなぁ。オスカー、流石にこれはマジの犯罪だぞ。」


     ◇


 褐色美女エルザ

 彼女は妹が無事に仕事をこなしているかどうかを見に来たのだが、せっかくなのでカフェというものを堪能することにしたらしい。

 確か、異国より持ち込まれた文化だった、という薄い記憶が残っている。

 

エルザ「ずっとアイザのことで必死だった。こんな日が来るなんてね。でも、あの人が私から肩の荷をおろしてくれた。例えアイザが生き残れても、そこに私はいない筈だった……、なのにレイは。」


 彼女は窓際の席を選び、遠くから彼女の妹の姿を見つめていた。

 両親が残してくれた、ずっとずっと歳の離れた妹。

 寧ろ、自分が人間のまま、自分が相応に歳をとって、誰かと子を生していたら、あれくらいの年齢の娘がいても可笑しくない。

 そう思うと、とても大切で愛しくて、手を触れるのも怖くて


エルザ「自分でも分かってるわ。過保護すぎるんじゃないかって……、——で、そんな私を接客するのが、貴方なんて皮肉すぎるわね。」


 その言葉に彼はペコリと頭を下げた。

 なんとも気味の悪い笑顔をしながら。


アズモデ「その為に今日は存分に君に尽くそうと思っているんですけどね、お嬢様。」


エルザ「全く……。魔王様がこれ以上追及するなと仰られているから我慢していますが、あの頃は散々、甚振(いたぶ)ってくれたものね。貴方といい、ヘルガヌスといい。それに、一体どういうつもりかしらね。世界を終わらせんと企んでいた貴方が、今もへらへらとここにいる。」


 彼女は特にメニューの名を口にすることなく、指だけで注文を決める。

 それをニヤニヤとした笑顔で彼は書き留める。


アズモデ「ふふふ、言いたいことが山ほどあるだろう? どんどん罵倒してくれ給え。それが僕の喜びへと変わる。ついに僕が彼の思考を追い抜いた結果だからね。」


エルザ「なぁに、貴方。相変わらず気持ちが悪いわね。もう、あの頃とは違うのよ。全てを失った貴方に私が臆すると思って?」


アズモデ「えぇ。仰る通りです。僕は彼に感謝さえしていますからねぇ。」


 黄金の貴公子、道化師はペコリとお辞儀をし、指をパチンと鳴らすと彼女のテーブルの上に、彼女が指定した食べ物が出現した。


アズモデ「『おいしくなぁれ』、素晴らしい言葉ですね。大丈夫ですよ。僕が作ったものではありませんし、妙な仕掛けもありません。こういうと逆に不気味に聞こえますか。こういうところもカタルシスを感じませんか?」


 全く理解不能。

 彼女の主人が呼んだ男とはいえ、やはり彼のことは不気味でしかなかった。


エルザ「ケチャップの模様が光の女神メビウスの紋章なのは、どういう理由かしらね。もしかして、本当に光の女神メビウスの信奉者になった?」


アズモデ「そうですよ。なにせ、僕に気付かせてくれた方が、光のメビウスの司祭見習いだったもので。」


 支配人は周囲を見渡す。

 ただ、これだけ混み合っているのだから、探し人は見つかりにくい。

 しかも彼女の容姿は七歳である。


支配人「見つからない……だと? アイザの行動を見過ごした?この俺が?犯罪者予備軍かもしれない、この俺が?」


 自分で何を言っているのか分からないほどに焦っている。

 オスカーは完全にアウトだった。

 どうしてこんなに目を離していたのだろうか、彼は不思議に思いながら店の中を歩き回る。

 すると、どこかで嗅いだことのある匂いがした。

 いつ嗅いだのか覚えていないほどにずっと昔。

 でも、なんでそんな昔の記憶があるのか、彼には分からない。


石油王マハージ「イザベラ、今日はマリアの働く姿を見にきたのではないのか?」


石油妻イザベラ「さっき声かけたんだけど、手についた臭いがとれないって言ってて、洗面所から全然出てないのよ。せっかく今日はお土産だって持ってきてるっていうのに。」


 そんな時、椅子に座る彼らとちょうど同じ目線を金の瞳が通りかかった。


アイザ「おこまりなのら? わらわに言ってくれたら、なんでも出来るのら!」


 幼女がいる……。

 二人の反応は同じだった。


イザベラ「あら、この子、どうしたのかしら。」


マハージ「私に言われても知らないよ。迷子なんじゃないか?お嬢ちゃん、お父さんかお母さんとはぐれちゃったのかな?」


 幼女はその言葉に、少しだけ瞳を震わせた。


アイザ「え、えっと……。いない……。いないのら。」


 その回答はエクナベル夫妻にとって特別なものではない。


イザベラ「あら、やっぱり迷子なのね。こんなに慌ただしい場所じゃ仕方ないわね。」


マハージ「よし、私が店の人に報告して来よう。その間はこのおばさんが君の話し相手になってくれるからね。」


イザベラ「おばさ……。あとで覚えていらっしゃいね、マハージ。さぁ、お姉さんとお話ししましょうか。お嬢ちゃん、お名前はなんていうのかしら。」


アイザ「アイザなのら。おば……お姉たまはお客様なのら。わらわ、せっきゃくしないとなのら」


イザベラ「うふふ。そうねぇ。それじゃあ、一緒に選びましょうか。せーの!」


 そう言って夫人はアイザを抱え、自分の膝の上に座らせた。

 マリアもこんな時期があった。

 子供はなんでも真似をしたがる。

 だからメイドさんの真似事をしているように思えた。


アイザ「えっとねー。わらわのおすすめはぁ、このアイザのしっぽりフルーツケーキなのら!」


イザベラ「アイザちゃん、これは『しっぽり』じゃなくて『しっとり』って読むのよ。そっかぁ。それがアイザちゃんのおすすめなのね。それじゃあ私はそれにするとして」


アイザ「うん? なんかおねえたまから懐かしい匂いがするのら。」


 そう言って、幼女はくんくんとイザベラを嗅ぎ始めた。

 それがもう、可愛くて仕方ない。

 だから、イザベラはアイザを抱きしめ、アイザの匂いを嗅いだ。


イザベラ「ネクタの香水の匂いかしら。もしかしてアイザちゃんはネクタの子?エイタかビイタなら何か知っているかも。……でも、アイザちゃんの匂い。私も嗅いだことがあるような。」


 すると、アイザは首を横に振る。


アイザ「違うのら。その臭いのとは別の匂いなのら。わらわがむかーし知っている匂いなのら。」

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