幻のカフェ
<桃真珠の美少女>
「レイ……、ごめん。なんか、私の時だけ何も起きなかったんだよね。それどころか世界が普通に終わろうとしちゃって……」
入った瞬間から、落ち込み屋マリアの状態だった。
彼女のせいではないと何度も言っているのだが。
寧ろ、彼女のおかげでエンディングトラップに気付けた。
「あれは必要だった。俺の方がゴメンなんだ。せっかくの披露宴を台無しにしてしまった。それなのに、来てくれてありがとう。マリアは何を着ても可愛い。けど、今日のマリアは似合いすぎてビビった。」
「ありがと!大丈夫だよ。マリア、頑張る!あの失敗をここで取り戻すもん!」
そして少女は良い香りをさせながら席を立った。
「……俺が考えているより、落ち込み屋じゃないのかも。それか強くなったか。文句なし。合格!」
「うん。ばっちり情報を掴んでくるね!………スケテ」
「お、おう。よろ……しく。」
<緑宝玉の美徳>
「レイ、お久しぶりですね。まさかまた呼んでくださるなんて思っていませんでした。それほど、私の……」
「ソフィアさん?ちょっと待とうか。今回は普通のソフィアで——」
「普通のサービスですね?ノーマルの——」
「合格!ソフィア、合格!」
「えー、なんか尺の関係で短くなってないですか?でも、レイだから許します!」
そして空気を呼んだ少女は退室した。
そしてその時、同じように「——スケテ」という言葉が聞こえた気がした。
だから、今回は彼女の口元を観察した。
けれど、結局は聞き間違いだったらしい。
「早い段階で修道院に黄金とダークメタルを混合する装置が渡った。ソフィアからも報告受けているし、本当にいつもありがとな。……ソフィアはビア家の人間か。ってそれを気にするような彼女じゃないか。」
<縞瑪瑙の才女>
「なんですか?これ。僕にこんな格好をさせるなんて、やっぱりレイは変態さんですね。それに僕に接客なんて無理ですよ。ドン引かせる自信しかありません。」
黒髪の半魔の少女はそんなことを言う。それでも支配人は首を横に振る。
「分かってない。まるで分かって——」
「分かってます。レイは僕が他のお客さんに取られないかって不安なんですよね。……どうしよっかなぁ。NTR耐性ないんですよね。どうしよう、僕ってあんなことやこんなことになるメイドだし……」
支配人の顔がピクリと。
「あのー、ちょっとぉ、このままだと『R』ついちゃうんで」
「え?小説情報で編集するだけですよね?簡単じゃないですか。……って、嘘です。僕との睦言はここでは言えませんもんね。あれは、秘密です。」
そう言って彼女はドアの向こうに消えた。
——タスケテ
(助けて?って聞こえなくもないけど、あんな戦いの後だしなぁ。俺、疲れているのかも。)
<紫水晶の幼女・アイザ>
「ぷんぷんなのら!」
紫水晶の幼女は最初から怒っていた。
勿論、彼女の気持ちは分かる。
今回は彼女がメインの回だ。
それなのに他のヒロイン登場は屈辱侮辱、頭に来ない方がおかしい。
「あ、えっと……、アイザ……」
「泣いてるの?レイ。いいこいいこだよ?」
支配人は目から涙を流していた。
「いいこだから、ないちゃだめだよ?」
あ・ま・り・に・も‼‼
可愛すぎる‼‼
その言葉に支配人は彼女の衣服を掴み、無理やり——
と、いうところでレイの右腕はなぜか止まってしまう。
いや、誰かがいる。
支配人は世界最強。だからその力を止めるものも最強でなければならない。
つまり、そういうことだ。
「俺が……俺を止めている……?俺が二人?ニイジマ・レイが二人?」
すると、彼の耳元で「それは違うよ」と聞こえて、そして……
「ニイジマ・レイじゃないよ。僕はトジョウ・レイだ。」
そう言って、もう一人の自分は消えた。
そして、アイザはとっくに退室していた。
やはり「タスケテ」という言葉が聞こえたような気はしたが。
<金色のお姫様・リディア>
「えええ!私は参加しちゃいけないんですか? そんなの不公平です!」
金色のお姫様は頬を膨らませ、ご機嫌斜めだった。
「参加してもいい。でも、あんまり見てやれないかもってことかな。」
「次回、絶対に長めにとってください。それで許します。そうじゃなかったら、国賊にしちゃいますよ?それでは行ってきます!」
——タスケテタスケテタスケテ
だが、彼女の口が動いていない。
リディアの場合は、まだエピローグを作っていないだけに、「タスケテ」と言っていてもおかしくないのだが。
<銀髪のりゅうんちゅ・ゼノス>
「なんで、俺はダメなんだよ!」
「ダメに決まってんだろ! お前はガノスを連れてくるって設定だろうが!何、お前、分身の術でも出来んの? それに出来たとして、もう一方の自分が美味しいところもってったら、そいつを許してやれんの!?」
「全く仕方のないやつだな。それでよく魔王が務まる。叔父貴殿と俺は犬猿の仲だ。それはお前も知っているんだろ? 寧ろ俺がいる方がうまく進まないまであるんだよ。俺が出来るのはメイドカフェがオープンするって伝えるくらいだ。あとは叔父貴が一人で勝手に来る。お前にとっても、それで十分だろう!」
銀髪の竜人は頑なだった。
だが、今回の彼はどうやら使える。
それが些か気になるが。
「ゼノスはそもそも、あのメイドカフェの再来を願っていたんだっけ。」
その支配人のとんでもなく浅はかな言葉に、竜人はため息を吐くことしかできない。
「そうだ、俺としても客側になりたい。ま、今回は叔父貴の為もあるからな。でも、仕方ないやつめ。時間があれば男執事をやってやる。仕事として女を口説いてやるが、後で泣かせるかもしれない。それだけは言っておくぜ。」
そう言って彼は退室した。
そして、支配人は溜息を吐いた。
——ヒメハドコニ……クソ
「リディアはまだ分からないが、全員がそれなりに人間っぽくなっている。っていうか、ヒロイン同士牽制して、互いの情報を調べあっている。つまり、俺の行動は筒抜けか。どんな焼き土下座が待っているんだろう。あと、俺が働きすぎということも分かった。勇者なんて助けるのが仕事だから、耳に焼き付いているのかも……な」
ついに彼自身の耳にも聞こえて来た『救いの声』。
だが、今の彼にはそれが何かが分からない。
誰の口も動いていないのだから、過去創造による疲労だろうと彼は考えてしまう。
◇
メイドカフェは、開店と同時に客がなだれ込んできた。
前回同様、エクレア住民の『もぶかわ』『もぶかこよ』として参加頂いている。
更にヒロインが勢ぞろい。
これは世界中の人々がここに集まることだろう。
すでにエステリア大陸は色を取り戻しているのだから。
「規制解除後の旅行みたいな感じか。村から一歩も出ちゃいけない縛りの生活は退屈しかないからな。あ、あれフィーネの両親じゃん。スタト村からも来てんだな。」
順調な滑り出しをしたメイド兼イケメン執事カフェ。
レイは支配人として、ひとまずは客と店員の様子を見る。
♤
フィーネ「おかえりなさい。ご主人様、お嬢様。」
マーマレイド「フィーネ、ここは私たちの家じゃないわよ?」
パピルス「というより、なんだそのヒラヒラした格好は。お前は結婚したんじゃなかったのか?ま、まさか……」
フィーネ「ふぇっ⁉お、お、お……」
そしてぎこちなく交わされる会話。
その時。
支配人「これはこれは、お義父さまにお義母さま。ようこそいらっしゃいました。」
マーマレイド「あら、レイくんもやっぱりいらしたのね!」
支配人は膝に痛みを感じる。どうやら誰かが膝を何度も蹴っているらしい。
フィーネ「レイ!じゃなくて、支配人。何で来たのよ。私完璧だったでしょ!」
支配人「馬鹿!実の親にぼったくりメニュー薦める娘がどこにいるんだよ!」
フィーネ「いいじゃん、別に。これくらい高くないでしょ。この辺のモンスター倒したらすぐに手に入るお金じゃない。それに、これは結婚のご祝儀みたいなものよ。よく考えたら私たち、そういうの何もしてもらってないじゃない!お金の問題じゃないの。気持ちの問題よ。」
支配人「分かった。分かった。じゃあ、今回はこうしよう。」
そして支配人はお客様の耳元でこう呟いた。
支配人「妻にはいつもお世話になっています。ですから、特別に半額サービスさせてください。」
マーマレイド「いやいや、世話になっているのはうちの娘の方なんでしょう? 噂は聞いてますよ。魔王様が世直ししているって。ほんっと立派になっちゃって。」
なんて、彼女は言う。そしてパピルスの何気ない一言。
パピルス「レイくん。半額だなんて、そんなことはできない。いや、ちょっと意地とかそういうのも考えたけれどね。——死ぬ覚悟を決めていた私たちを君は救ってくれた。そしてこれからも救ってくれる。だったら、これくらい端金じゃないか。」
マーマレイドも「そうですよね」と合いの手を挟みながらはうんうんと頷いている。
そして数分後……
フィーネ「おいしくなーれ、ラブラブにゃにゃーん!」
◇
青い髪、白い肌、いや、白を通り越して青白く見える淑女。
ボロンは姉達と共にカフェという懐かしい文化を体験しに来ていた。
ボロン「カフェ、懐かしい響きねー。って言っても、魔王様に記憶の封印を解いてもらわなかったら、ずーっと屋内に引きこもりだったのかしら。」
そんな彼女の元にもキャストは颯爽と登場する。
ビシっと紳士的に執事服を着こなしている人物は、特に臆することなく元魔王軍歌姫に近づいていく。
支配人はその様子を遠目に眺めていた。
(あれ……? 誰だ? 後ろ姿だと男性キャストに見えるが……、それに眼鏡? 確かにモブにも眼鏡をしている者はいるが……)
ボロン「あれ? なんで、男性用の服着ているの? チラシにはメイド姿って書いてあったのにぃ。」
すると男性用執事服を着た黒髪の人物は彼女に軽く会釈をした。
キラリ「おかえりなさい、お嬢様。」
(えっ⁉キラリなの⁉あいつ、なんで男モノを着て……。おかしい、おかしいぞ?面接だと確かにメイド服を着ていたような……うーん。メイド姿を見たかった気もするが、あれはあれで確かに可愛いかもしれない。もう少し様子をみよう。)
ボロン「あらあらぁ。ママ嬉しいわ。でもぉ、やっぱり女の子にはヒラヒラの可愛い服を着てもらいたいじゃない?キラリは可愛いもの!」
青い髪の美悪魔は頬を膨らまして、彼女に不平を言った。
キラリ「そうですね。ボロンお嬢様のようであれば、僕もあのヒラヒラした服を着たかもしれません。で、お嬢様。こちらがうちのメニューですが……、その前に一つ、よろしいですか?」
ボロン「あら、なぁに?」
キラリ「先日、記憶を取り戻したじゃないですか。それで僕、思い出したんですけど、僕ってあの時、ボロンさん……じゃなくてお嬢様に嘘つかれましたよね?」
その言葉にボロンは肩を震わせた。
ボロン「え……、それは仕方なかったというか……、だって、あの時はああ言うしかないじゃない。」
キラリ「で、いつ出来上がるんですか? あの『お注射』には入れてもらえませんでしたけど。」
ボロン「あ……、えっと、あの後記憶を失ったから、あの……、でも今のままでも十分じゃない?」
キラリ「そうでしょうか。本当にそう思ってます?女神に誓って、いえそれよりもそうですね。あの方に——」
支配人はただならぬ雰囲気を醸し出す二人に近づくべきかどうか悩んでいた。
とにかく支配人としては、状況を確認しなければならない。
だから二人のところに行こうとした。
だが、その瞬間、彼の動きは止まった。
支配人「え?」
キラリがピッと支配人の顔を指差したのだ。
その指先一つで魔王でもある支配人は動きを止めた。
キラリ「ほら、今、レイ……、ボロンお嬢様のその谷間を見てましたよ。白衣も着ず、いつもよりも露出の高い服を着ているからですよ。支配人、オープンテラスに出てからずーっとボロンさんの胸を見てましたよ。ほら、今も見てますよ。もうその谷間に飛び込んでしまえ、そこでなら死んでもいいって顔しているじゃないですか。ほら、見ててください。もうすぐ彼、飛び込みますよ。」
(しねぇわ!したいと思ってもそんなこと言われて、飛び込めるか!)
エミリの言葉を聞いてボロンは両腕をクロスし、さっと胸の谷間を隠してしまった。
(すると思ったの!俺、そんな勇気ないよ?……いや、違う。これは……。頬を染め、恥じらって見せることにより……。ぐはぁぁぁぁ‼)
ボロン「あ、あの……。流石に見過ぎです。は、恥ずかしいし……、その……。こういうところではちょっと……」
キラリ「ほら。やっと本性を出しましたね。ボロンお嬢様は僕のお母さんであると共に、同じ夫を持つというライバルでもあるんです。なるほど、やはり敵に塩を贈る真似はしませんか。まぁ、いいです。僕もあの時、とっくに気付いていましたから——お母さん達は優しい嘘をつく人だなって。」
ボロン「キラリ……、思い出せて本当に良かった。それにとっても優しい子ね。」
そして——
支配人「って、違うんよ!これ、アイザ回だから!キラリのそういうのは前にやったでしょ!」
◇
一つ残念なお知らせがある。
(エミリの胸が注目されていないだと!?)
支配人は頭を抱えていた。実際、引き立っていないわけではない。
そして違いが分かる紳士がそこに現れた。
???「そ、そ、そこの、赤毛のメイドさん!わ、わいの注文、いいでっか!」
エミリ「おかえりなさいませです!ご主人様!」
チューリッヒ「ぶひ!た、ただいま、えっと……、え、エミリちゃん!」
彼はエミリの胸につけられたネームプレートを一瞥してそう答えた。
エミリ「ご主人様、こちらが当店のメニューです! えっとご主人様?」
客の様子に異変を感じたのか、エミリが魔族の心配をする。
(いや、違う……。これは……。こいつは出来る。なるほど、出来て当然か。ジュウ、いや、チューリッヒ。お前はどすけべだからなぁ!)
ネズミ王はメニューを見るフリをしながらも高速でエミリの体を舐めまわし見をしている。レム睡眠の時よりも素早く目を動かして、彼は何をしているか。一般人には分からないだろう。
だが、あいつは違う。あいつはこっち側の魔族だ。だから分かる。支配人には筒抜けた。
支配人「あいつ……、妄想3Dスキャンの能力者か‼」
『パキッ』
その音が店内に鳴り響く。
エミリ「ご主人様、ちゃんと看板は見てこられましたですか? 当店は撮影拒否はしておりませんです。でも、能力を使った違法撮影は厳罰、つまり何をしてもよいの。食材には出来なさそうだけど、骨粉くらいは使える……かも、にゃん?でもぉ、あたし達とのツーショット写真はぁ、ちゃーんとメニュー表に載ってますよ?」
チューリッヒ「ほ、ほな……、それで……。あと、エミリちゃんのらぶらぶプレーンオムレツと——」
『パキッ』
エミリ「ご主人様、良かったですの。両方なくなってバランスが取れましたの!これで、良い写真ができますですの。」
そのタイミングでフラッシュが焚かれ、写真が現像された。
魔道と科学の結晶とレイの発想があれば、カメラに近い何かなど簡単に作れる。
その装置の名前は『撮影装置』。
実際にこのゲームにはスクショ機能があったのだから、中の世界にない方がおかしい。
デデーン、チューリッヒ、アウト!
支配人「こいつをつまみ出せ。金はちゃんと置いてけよー」