経験値とは
まただ。
暗闇に自分だけがいる気がする。
そして、誰かに睨まれているような、救いを求められているような。
助けを求めている手が、体のあちこちを掴んで。
……とにかく熱い。
……そして、痛い。
魔王は土下座、というより単にうつ伏せで倒れている。
いや、魔王は白兎に平伏している。
いつもの習慣とはいえ、だんだん心地よくなっている自分を発見している魔王。
頭が痛いのは、前回の話が大変だったから。
そういうことにして、今は平伏している。
「あの……、この度はぁ、なんというかぁ。あれでして……。デスモンドでのお二人の働きとか、そういえば回収できてないなぁって、俺の額の文字だけで、お二人の存在を回収しちゃったなぁ、って思いまして。本当にいつも、お世話になっております!」
すると白兎はこう言った。
「べーつにー。ウチもモテモテだったしー。あれかなぁ、魔王様の世界はそういうのにゆるーーーい、企画モノ的な世界なんですかぁ?そういう監督さんなんですかぁ?あれ?ここってマジックミラーですか?」
「あ、あの……、流石にそこはそのぉ。どんどんハードルが下がってません? ラビ様?」
「俺っち的にもぉ。儲かった金をスロットで全部溶かした責任とってほしいんすけどぉ?」
(それはお前の自業自得だろ。むしろ、クズ役のお前にとっては、ギャップ萌えのチャンスだったじゃん。お前の俺への不平は、寧ろ俺へのフォローになってるんよ。天然でボケてるんよ!……あ、そういう意味で俺の面白いところ持ってったってこと⁉ お前、ちょっと見ない間に腕上げてんじゃねぇか‼)
と、そんなどうでも良いトークはさらりと終わり、ラビが先ほど目を通した報告事項についての質問をする。
「そういえば、キラリちゃんってどうして魔族を恨むようになったんです? そこ、触れてなくないですか?」
「あぁ、それか。それは公式設定にあるから出てこなかったんだと思う。キラリは母親を奪われたと思ってたんだ。勿論、そっから先は前回の話の続きを想像する感じかな。キラリだって母親がいないと自分が存在しないことくらい分かっていた。そして、それと同時に聞こえてきた異常な能力を持った集団の話。それも、キラリはアーマグにいたって記憶は持っていたし、DSW-01にここから離れろと言われていたんだ。普通に考えて、母親を奪ったのがそいつらだって思ったんじゃないかな。DSW-01もあの後、始祖の魔族が誕生するなんて分からなかったわけだしな。一応、本人に確認したけど、『僕以外の女の話はやめて』って言われて。しかもその母親も俺の妻だったりするわけで真っ当には答えてくれなかったよ。でも、彼女の反応を見る限り、たぶん間違いない。」
あの後に、それでなんで魔族が嫌いだったの?なんて聞ける奴はいないだろう。
ずーっと母として振る舞うMKB、娘として振る舞うキラリ、レイは夫(娘とも関係あり)という、絶対にダメーー!な状態だった。
とある界隈でしか許されない状況なので、あまり触れたくはない。
「そかそかぁ。ある意味でMKBさん達はウチたちのお母さんでもあったのねぇ。ふむふむ……」
最近の魔族の生成はリサイクル中心だった。
だけど根本を突き詰めると、ラビの言葉が正しいのかもしれない。
ただ、それは全部まとめてハッピーエンドを迎えたということなので、既に問題ではないだろう。
ラビもそう思ってか、この件はサッと飛ばした。
そして、問題の項目をレイに問う。
当然だろう。あれは流れを見て、あれ?と思う人間がほとんどの筈だ。
「えっと、ウチの勘違いかなぁ。記憶の話、ちょっとおかしくない? だって、ご主人が悪魔になった時、人間の頃の記憶を持っていたよね? 今回、封じられた記憶を思い出したのはぁ、今までの記憶共有から、どうにかこうにか説明つくけど、ご主人がいつも言ってる本編の方は説明つかないですよね?」
キラリエンドはキラリとマロン、カロン、ボロンの物語だった。
だから、レイもその辺りはツッコまないようにしていた。
ただ、あの過去創造はかなり危ういモノだった。
というより、いくつも納得できないところがあった。
「今のところは俺がプレイヤーだったからってことにしとくつもりだよ。正直、元々ざっくりしたゲーム世界にツッコミを入れる方が無駄って感じだ。人気漫画だって、気がついたら設定がおかしくなってることって良くあるしな。……って、いや、それが悪いって意味じゃないんだけど。」
勿論、それが良い方向に働くこともある、とレイは思っている。
テコ入れだってなんだってありだと思っている。
でも、それが自分が住んでいる世界で起きたとなれば、パラドックスが生まれているのであれば、好ましいものではない。
出来れば、スッと終わりたい。
スッと平和な世界になりましたって終わりたい。
どんどん複雑怪奇になっていくエピローグ作りは、どうにも嫌な予感しかしない。
「てか、旦那。ドラグノフぱいせんの話は本当なんすか?」
「あー、設定だとあいつは人間から魔族になっている。そして人間の頃の記憶を持っているような描写があるから、そこは間違いない。だからおそらくプラチナメタルを飲んだという話は現実化している。……と思う。そんなことより心配なことが出来てしまったからなぁ。はっキリ言って、そっちの方がヤバすぎて、記憶の方はそこまで深く考えてないよ。」
レイはいまだに土下座状態だが、かなり険しい顔になっている。
その状態だと喋りにくそうなので、ラビはレイを抱き抱えるように起こしてあげた。
なんというか……、すごーく顔に柔らかな弾力を、彼は感じることが出来た。
胸の大きさなら負けてませんよと、流石サキュバニーエリートである。
ちゃんと自己アピールも忘れてはいない。
しかも彼女はそれを平然と行う。
本妻が誰かをしれっとレイに知らしめているのだろう。
いや、本妻設定とか、本当はないんですけれども……
「うーん、そんなに深刻なこと?ウチが読んだ報告書には書いてなかったですけど。」
実際には記憶問題も深刻だ。
プレイヤーだからという適当な理由をつけた彼だが、ゲーム設定に置き換えるとおかしなことがある。
レイモンドは悪魔になっても、執拗にアルフレドに嫌がらせをしている。
つまり彼はNPCであっても、記憶を持っている。
けれど、この件は間違いなく先の話で結論が出る。
だから今の時点で一番深刻なのはやはりアレしかない。
「あぁ。その話は出てこなかったからだ。でも、そこがそうなってしまうと、アレもあぁなってしまうってこと。まさに次のヒロイン、アイザが大変なことになる。っていうか、俺はもう覚悟したよ、流石にな。これがゲームの本場、日本に伝わらないことを祈るばかりだよ。だから次の目的地はザパン村があったとされる地だ。もしかしたら辛うじての抜け道設定が残されているかもしれないからな。今のところ分かっているのは、ヘルガヌスのお膝元にあったということ。んで、アーマグの東側ってことだけだ。本編ストーリーではそこには行ってないし、そもそもゲームのフィールドマップには載ってない。実は結構最初から詰んでいたりする。」
「へぇ。ザパン村っすか。元々魔族、しかもシティボーイの俺っちでも聞いたことありませんぜ?」
と、黄色いコウモリが黄色い髪を靡かせてニヤリと笑う。
「いや、お前は元々エステリア大陸生息モンスターだろ。俺はお前がこんなに小さくて可愛い頃を知っているんだからな! ってか、しれっと都会生まれぶるとか……、出身地偽装してる芸能人かよ、お前。……って、この話の流れ、良くないな。えっとぉぉぉ……」
むしろ珍しい出身の方がウケるし、方言だってかわいい。
っていうか、実際のところ、都会とは人口が多いから都会であって、都会出身者が珍しいわけではない。
「あ、そうだ。そういえばもう一つあったな。今までどうしてそうなるのか、分からないことが解明されたよな。モンスターを倒すと金貨が出る仕組みが、とうとう明かされた。えらく黄金に拘るなと思っていたから何かある、とは思っていたけど。つまりはそういうことだったんだな。ただ、それはそれとして——」
それはそれは超絶無理やり設定をしてくれた。
もはやこの過去創造はレイの虚言なのか、それともレイが女神に言わされているのか分からなくなってくるほどだ。
「ですよねー。ウチの体にも、イーリの体にも……、それこそご主人の体にも?」
と、流石にこの話題はラビもイーリも話したかったのか、食い気味に話に乗ってきた。
「そうなるな。勿論、入っている量は違う。そしてその量によって魔族の強さが変わるって考えるのが普通だろう。なんせ女神の欠片だ。ゲームだと、倒すモンスターによって入手できるゴールドが違うんだけど、全く。そう来るかって感じだよ。」
「ということはゴールドも強さの指標ってことですか?確かに強いモンスターだと多くのコインを排出しますし。……ウチてっキリ給料の違いだと思ってました。それに、今までの流れからウチたちにはダークメタルが人間より多いってことになりますよね。だったら、そのゴールドを体内に注入して強くなったり……、って、自分で言っててなんですけど、なんか怖いですね。でも、もしそうなら、スロカスのイーリは強くなるチャンスを溶かしまくっているってことですね、ざまぁです。」
その言葉を聞いても、イーリには響かない。
そう、彼は強さよりもスリルが好きなのだ。
あの、背景の文字に「ぞわぞわ」とか出そうなあの感覚が。
そしてその自己否定にも似た彼のスタイルが、彼自身を人気アーティストに上り詰めさせた。
「その件でイーリにざまぁと言いたいところだけど、それはないかな。今の俺たちにとってはあれはただのお金でしかないよ。だからイーリみたいなスロカスよりは、給料をしっかり持ってた奴を殺した方が同じ個体なのに余分にゴールドが貰える、なんてのもあるかもな。ゲームだと3Gだったり5Gだったりしたのって、そんな理由付けなのかもしれない。いや、こればっかりは女神に聞かないと分からないけどな。」
その言葉にイーリ、ドヤ顔をする。
でも、生き残っているのだから、給料をすぐに溶かす癖は辞めた方が良い。
だが、彼の生き方をとやかく言う暇は今の魔王にはない。
「とにかく、その辺もゲーム設定の超絶ご都合主義をミラクル後付けしてきたってことかな。ついでに、俺たち魔族は研究施設で上限いっぱいまで注入されている筈だ。あのMKBが管理してたんだぞ。当然、ピッタリ合わせていた筈だ。なるほど、だからあんなに入念に……。って、それは置いといて、それ以上吸収することは出来ない、もしくはするとでろでろーんになってしまうってことだろうな。案外スラドンが多い理由って、失敗……、悪い。俺もなんだか怖くなってきた。」
スラドンがあれだけ大量にいて、あれがモンスター生成の失敗作の利用法だとしたら、お掃除ロボ代わりにさせてもらってたり、大量に殺しまくったりした過去に頭がクラクラとしてしまう。
「はぁ……、なんか、もう、色々大変だけど、続けていくぞ。それが魔族のレベルが上がらない理由だったんだ。勿論、人間だってゲーム上、レベルの上限値は決まっている。だから結局は個体値で最終的な強さが決まるってことだ。これはゲームも現実も同じだな、なんという皮肉……。そして、その飽和量を決めるのはこの世界をゲームに仕立て上げた女神ってことだ。」
魔王の言葉に、ソウルフルなイーリは右拳を突き上げた。そして彼は言う。
「金はつかってなんぼ! 俺っちの生涯に一片の悔いなし!」
「あ、マロンさーん。前、頼んでたの出来てますぅ? ……あ、そっちは魔王様用だから……、あ、そうそうそっちの方です。あれ、三倍の出力にしておいてください。もうすぐちょっと大きな生ゴミが出そうなんで、……はい、そうそう。一瞬で消し炭にできるように」
「待って、待って、待って!ラビちゃん、ラビちゃん? 今までの拷問的ななんかだったらまだ俺っちもツッコめたけど!俺っち、今ラビちゃんの脳内で一回殺されてるよね? ってか、殺す予定とかやめて!ほら、マロン様は今、お忙しいからぁ。それにね、俺たちデスモンドカジノホールの仲間だよね?」
ま、二人はこんな感じで。
見ていて微笑ましい。
今のはイーリのセリフが死ぬ前に言うセリフだったのが悪い。
だからというか、なんというか、あぁ、そうなのかと思ってしまう。
もしかしたらだが、人型になれるモンスターは元は人間だったのではないだろうか。
その辺もいつか時間のある時にマロンたちに聞いてみたい。
「はい、その辺にしとけ。とにかくモンスターからゴールドが出る理由はそれで終わりだ。大事なのはその後だよ。消えたダークメタルの存在だ。あれは、おそらくモンスターを倒した人間に吸収されている。だから消えたように見えているだけだ。つまり、それが『経験値』だ。経験値を獲得したって文字が出ても、なんのことかさっぱり分からない。でも、それをダークメタルに置き換えるとぴったり来てしまうんだよなぁ。人間のレベルアップってのが。」
「えー、ずるいですー。前にご主人、ウチらは奪う側だ!なんて、悪役ヅラしてましたけど、実際に搾取されているのはウチらじゃないですかぁ。お金も取られて、ダークメタルまで奪われてぇ。」
確かにラビの言う通りかもしれない。
でも、それがこのゲームを成立させるために女神が仕組んだことだった。
お金と経験値を落とすとは、そういう仕組みから作られていた。
これが本編中もそうだったのか、過去創造で作られた設定なのかは、今考えても仕方がない。
そして、イーリがとある疑問に気が付く。
「つまり、勇者パーティってのは……、なんでしたっけ、その許容量ってか器が大きな人間ってことになるんすよね?」
その通り。
ただ、それでは一歩足りない。
「器が大きいだけじゃない。経験値を貯めてレベルをあげる。勇者たちのその力は魔族をも凌駕していく。普通に考えてあり得ないだろ。人間が魔王に勝つなんて発想がな。だから彼らが行う『レベル上げ』はまさに『神のようなもの』になるための作業。魔族が出来た背景とほとんど同じだ。だから器だけじゃ足りない。」