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神になる為に

 レイは当然、身構えている。

 だって仕方ない。


 こんなこと、ラッキースケベでもなんでもない。

 今からキラリの胸を揉む?

 完全なわいせつ行為、違法行為、 そんな勇気はこの魔王にはない。


「ねぇ……、レイ、お願いです。僕はただ胸に手を当てて考えたいだけなんです。その……、これはジョークですけど、気持ちは本当です。こういうきっかけがないと僕はみんなに負けてしまう……から」


 泣きそうな顔、いや、ついさっきまで泣いていたのだから、泣き腫らした顔で見られたら……


 そんな気持ちで彼女の胸を触ったのか、それとも本当に愛おしくて触ったのか、もしくは無意識? それとも触っていない? そんなことは置いといて、過去創造はついにキラリの過去を露わにさせていく。


          ♧


 キラリは既に五歳になっていた。

 その間に母親代わりの三人が何をやっていたかというと、果てしないほどの動物実験だった。

 コウモリは勿論、豚やいのしし、虫に爬虫類。

 とにかく動物実験を繰り返していた。


 でも、彼女たちも既に中年を越えようとしていた。元々は王家の依頼。

『不老不死』という王様なら願いたくなるような、単純明快な目的。


 でも、その命令は遥か昔になくなってしまった。


 なぜ、どうして。


 理由を聞かされていないのだから、彼女たちには分からない。

 ただ、成功報酬は自分自身の不老不死までついてくる。

 すでにツヤのなくなった肌が睨めしい。

 ハリがなくなった体が憎い。

 だから彼女たちは研究を続けていく。


『神とやら』になるための研究を。


 ただ、もしかしたらこれが中止の理由かも、と思うことがある。

 それは単に自分達が勝手に思っているだけかもしれないが。


『人体実験が必要だ、という事実』


 西の大陸の生物より、東のアーマグの生物の方が成功率が高い。

 それは実験で実証済みだった。


キラリ「お母さん、今日もお注射するの?」


マリーネ「えぇ。それがお母さんたちの仕事、キラリのお仕事だからね。」


 そのために彼女は二十年以上の歳月を捧げた。


カリーナ「それに、キラリの体の為でもあるのよー。」


 実験体に利用価値がなければ処分されてしまうから。


ポリーン「大丈夫。お母さんたちも、後で同じことをするから安心して。」


 キラリが成功したら、の話だけれど。


 彼女たちは気がついている。


 何に?


 当然、


 騙されていたことに。


 口車に乗せられていたことに。


 もう、取り返しがつかないことに。



 年齢もだ。



 仕事もだ。



 そして何より、自分達は国賊だ。



 あの男に全てを握られている。



 バラされたら、王命違反。不敬罪。なんだって通用する。



 どう足掻いても死刑。



 若気の至り?



 いつでも引き返すことはできた。



 大司祭になる道もあった。



 良き妻になる道もあった。



 親友と共に街で楽しく過ごす道もあった。



 でも、最初は王命だったし?



 やらなければ、王命違反で罰せられるわけだし?



 そんな言い訳が通用するだろうか。

 十数年も密かに王命に背いていたことがバレたとして


 無理に決まっている、だから私たちは騙されただけだ。


 全てあの男に乗せられただけだ‼


 ——本当にそう?


 違う。


 結局、永遠の若さが欲しかっただけ。


 気がついたら時間はもう取り戻せなくて、本当に若さを手に入れるしかなくなっただけ。


 だから、若い命に今日も『神とやらになる』薬を打ち続ける。



マリーネ「キラリ、どう?何か変わったことはある?」


キラリ「うーん、よくわかんない。痛いだけー。これで僕の体は本当にお母さんみたいに大きくなるの?」



 彼女には嘘をついている。

 キラリは大きくなれない病にかかっていると。


 黒い髪がその兆候なのだと。


カリーナ「ほら、例えばさ。さっきより魔力が強くなったとか、そういうのでもいいんだけど。何かないかな?」


ポリーン「もしくは遠くの音が聞こえるとか、見えないものが見えるとか……、そういうことでも良いのかもしれません。」


 彼女たちは決定的な過ちを犯していた。

 昔一つだったメビウスが二つに分かれた。

 だからそのカケラを合わせれば『神』とまではいかなくとも『神に近しい何か』になれる。


 ただ、その『何か』がどんなものか分からない。

 分かってたまるか、とも思う。

 これは人類史における最初の進化の旅なのだから。


 その先に何が待ち受けているか分からない、下手をすればドロドロ粘液になってしまうという実験かもしれない。


 そうかもしれない実験の、会話ができる実験体。


 彼女とどう接すればよいか。


 でも、少女は首を横に振り続けた。


 何日も何日も……


 少しずつ『お注射』をしていく。


 彼女に変化が出てくれるのを祈り続ける。


 けれど、慎重に


 慎重に……


 慎重に……



マリーネ「今日はもうやめましょう。キラリ、部屋に帰ってゲームしてていいわよ。DSW-01に新しい機能を追加しておいたから。」


 すると少女は首を横に振る。

「お母さんは?」と泣きそうな顔で聞いてくる。

 彼女の中では本当の母なのだ。

 実際、そう見えてもおかしくない年齢だ。


カリーナ「ごめんねぇ。お母さんたち、他にお仕事残っているの。終わったら一緒に遊ぼおうね。」


ポリーン「すぐ、終わりますから、そしたらケーキを焼いてあげますからね。」


 三人のお母さん、彼女たちも気がついている。



 この関係はもはや親子。



 ……もしくは『共依存』



 そんな関係のせいで気付かなかったのだろう。



 それが当たり前になりすぎて分からなかったのだろう。



 実験体の行く末が分からない、それが瑣末なミスであったということに。



 その数日後、マリーネ、カリーナ、ポリーンは実験の準備のため、カギッコホネッコを起動させていた。

 キラリは今自分の部屋で朝ごはんを食べている。


 DSW-01が最近大活躍だった。

 実は彼女用に教育プログラムも実装させてある。

『神』への挑戦が何年で決着がつくのかが分からない。

 だからといって若さへの渇望は捨てられない。


マリーネ「そろそろいいかしら、キラリを……」


 その瞬間、研究施設の魔力検知モニターが異常な反応を見せた。

 尋常ならざる魔力。

 人としてあるまじき魔力。

 キラリから発せられた可能性はない。

 もしもキラリならばDSW-01が何らかの報告をしてくれる。


 つまり彼女たちの決定的なミスは。


 ——この実験を彼女たちだけがしていると思っていたことだ。


 普通に考えれば分かりそうなものだった。

 でも、母と娘として暮らす日々が思考能力を霞ませていた。

 いや、ただの現実逃避かもしれない。


『キラリとの暮らしも悪くない』


 心のどこかでそう思っていたのかもしれない。


 だから見過ごしていた


 そして、それは最悪の出来事だった。



カリーナ「あんなもの……、神でも何でもない……、悪魔そのものじゃない!」


 モニターに映る三つの人影、一人はヘルガヌス伯、そしてもう一人は叔父、つまりデズモア。

 その二人の後ろに映る四枚の羽を生やした、金髪の醜悪な何か。


マリーネ「叔父様……、もしや……息子を実験台にしたの?」


ポリーン「嘘……。あれ、ルキフェ……なの?」


カリーナ「うん、きっとそうね。金髪は王の血が濃いものにしか現れない。だとしたら、アレがそう。デズモア・ルキフェとでも呼ぶべきかしらね。禍々しい魔王、いや神を作ろうってんだから、邪神かな。」


カリーナ・ポリーン「マリーネ!キラリを連れて逃げなさい!ここは私たちがなんとかするから!」


 監視モニターを見てすぐに走り出していたマリーネの後ろから、二人の声が聞こえた。


マリーネ「分かってる!」


 マリーネも分かっている。

 それに彼女はそう言ったが、彼女自身も逃げるつもりはない。


 彼女は、……キラリを逃がしたいのだ。


 逃げ出したと分かれば、必ず追ってくるし、アレから逃げ切れる自信はない。

 ただ、キラリは大丈夫だ。

 「キラリは実験に失敗してデロデロになりました」と言えばよいだけ。

 そうなる可能性があることを、彼らも知っている。


 だからマリーネは朝食を食べ終わったキラリを抱きあげた。


キラリ「お母さん、どしたの?お片付けしなきゃ、だよ?」


マリーネ「キラリ、お母さんね……、お母さんたちね……、すごーく怖い魔物と戦わなきゃいけないの!だからキラリはこの通路を通って逃げなさい。前にキラリがかくれんぼで使った狭ーい通路よ。お母さんたちが狭くて通れないから全然見つけられなかったトンネル。覚えているわよね?」


キラリ「こわいまもの?つよいの?それじゃあキラリも戦う!」


マリーネ「だーめ。キラリはまだ子供だし、重いもの持ち上げられないでしょ? 」


キラリ「いやだ、いやだ、いやだぁ!キラリも戦う!」


 キラリの瞳の虹彩がじわじわと金色に染まっていく。

 ただ、彼女が泣きじゃくるので、マリーネはそれに気付けない。


 彼女への実験は途中段階まで成功していた。

 無論、それは『邪神』へと近づく実験だったのだが。


 キラリは激しい情動、特に愛情を心に抱く時にその力が増幅される。

 でも、そんなことが蚊トンボに思えるほどの魔力を、あの物体は宿していた。


 どうしてここに来たのかは分からない。


 でも……、やることは決まっている。


 だから、マリーネは密かに開発していた別の薬液を彼女に注入した。


『記憶消去の秘薬』


 その瞬間、キラリの顔から表情が消えた。


マリーネ「DSW-01、キラリを頼んだわよ。」


DSW-01「承知イタシマシタ。緊急プログラム発動。」


 家庭用ロボット兼、キラリ護衛用ロボットDSW-01は呆けているキラリを連れて配管ダクトに潜っていった。

 そしてキラリが見えなくなる瞬間に彼女はポツリとつぶやいた。


「キラリ、強くなったら助けにきてね。お母さんたち、頑張って生き残るから……」


 マリーネは振り返り、二人の元へ向かう。

 彼女の心の支えはキラリだ。

 彼女が生きていれば頑張れる。

 彼女との思い出があれば、どうとでもなる。

 困難だって乗り切れる。



 ——でも、その望みさえ彼女には残されていなかった。


 化け物は二つの人間を鷲掴みにして、その様子を面白そうに眺めていた。


化け物「だんだぁ?ごいづー、おい!ごれが?おっさん!」


ヘルガヌス「ルキフェ、お父様に向かってそのような…………。いえ、なんでもありません。」


デズモア公「あぁ、その女性であっている。ヘルガヌスの話ではあと一人と実験体、二人いる筈なんだが、それにしても……、あまりにも進行が遅すぎる。ヘルガヌス、彼女らはもっと貪欲なのではなかったのかね。」


ヘルガヌス「ええ、その……。美と若さへの執着は人並み異常でしたし、知識も技術も申し分なかった筈ですが……」


カリーナ「マ、マリーネは実験事故に巻き込まれて……」


ポリーン「実験体も……、私たちが比率を間違えて、スラドンのように……」


 吐いた息が戻ってこない。

 だから肺に残った空気を使って、懸命の嘘を二人でつく。


 親友のため


 キラリのため


 でも、やはり彼女たちの予想通り、マリーネは戻ってきた。


 彼女の、いや、彼女たちの血筋の問題だ。

 あまりにも王族に近すぎる。

 そして研究室が綺麗すぎる。

 実験事故に巻き込まれた直後には思えないし、数日前であれば国のトップニュースになるに決まっている。

 三人はここに引きこもっていた訳ではない。

 ちゃんと表にも顔を出していた。


 だからDSW-01に育児機能をつけたのだ。

 マリーネ、つまり王の姪の事故死なんて嘘が通る筈がない。


マリーネ「これは一体どういうことですか?叔父様、そしてヘルガヌス。今すぐソレからカリーナとポリーンを解放しなさい。」


 彼女は敢えて目立つように、カツカツとヒールの音を鳴らした。

 そして化け物の前に堂々と立って見せた。


 後顧の憂はない。


 ——未来はすでに逃してある。


 だから、あとはここを乗り切るだけだ。


 でも


ヘルガヌス「お前には質問の権利はない。さっさと答えろ。実験体はどうなった?お前たちなら既にルキフェと同じく『神化』に成功しているのだろう?さぁ、どうなった? 」


 ヘルガヌスは珍しく焦っていた。

 そして一番言いたくないことを聞いてきた。


マリーネ「実験に失敗……、先ほど私の友がそう言ったでしょう? よくあることです。ただ、私たちには叔父様たちのようにホイホイと被験体を用意できないので困っていたところなのです。さぁ、分かったら二人を————」


ヘルガヌス「ぐぬぅぅぅ。失敗か……、でもそれならばお前たちが今すぐ被験体になれ!そうだな……、もっとも身分の低いもの……。ポリーン、お前が被験者だ。これは命令だ。さもなくば、ルキフェがもう片方を握りつぶすぞ!」


 どのみち分かっていた。

 あの化け物に勝てる者など何処にもいない。

 だからといって、友をそんな危険な目には遭わせられない


マリーネ「なら、私が最初にやります。だから——」


ヘルガヌス「いーや、お前はだめだ。お前が一番優秀と聞いている。配合比を見定めるものがいる。だからこの青髪女からでなければダメだ!」


 彼の様子は明らかにおかしい。

 キラリのことなどどうでも良い、という態度もそうだが、あまりに性急すぎる。

 そして青い髪の女がどさっと床に落とされた。


ポリーン「マリーネちゃん。だい……じょうぶだから……。私に『お注射』をして……」


 親友の言葉、キラリにしていたような注射を彼女に?

 でも、やらなければカリーナは殺される。

 殺されてしまえば、もう……


マリーネ「カギッコホネッコ、配分を1718番に。1マイクロだってミスるんじゃないわよ。」


 東の大陸の血、西の大陸の血。

 ポリーンは東の大陸の血が混じっている。

 その比率を間違えてはならない。


 そして、金髪の淑女は青髪の親友に『お注射』をする。


 ——橙髪の親友を助けるためにも。


ヘルガヌス「ぬるい!ぬるすぎる!分かってないのか? 全身にその血を巡らせるのだぞ。何をちまちまやっている!ええい、代われ!ワシが代わりにやってやる!」


デズモア「マリーネ!何をちまちまやっている!息子はその程度では変化しなかったぞ!もっと注入しろ! さもなくば、この女を」


 握りつぶすとでも言わんばかりに叔父が握り拳を作る。

 つまりは叔父も焦っている。

 いや、息子があぁなったのだから当然か。

 つまりそういうことなのだ。

 化け物の覇気に気圧されて、そんなことにも頭が回らなかった。

 でも、どのみちこうなる運命ではあった。


 ならば、キラリを逃して大正解だった。


ポリーン「マリーネちゃん。お願い……。このままじゃ、カリーナちゃんが死んじゃう!」


 もう、するしかない。えいや!なるようになれ!と。

 でも、手が震えて注入ができない。

 恐怖で目が霞む。

 耳鳴りがする。

 そしてその一瞬の隙に、上から老年の手がいつのまにか置かれ、レバーをMAXまで持っていかれた。


ポリーン「ああああああああああああああああああああああああああああ‼‼‼‼」


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