三姉妹の過去
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金髪のそして美しい女はイラついていた。
先ほど、この計画を中止せよという王からの命令文が届いたのだ。
今まで散々研究させておいて、あと一歩まで来たのにこれだ。
現・国王は臆病風に吹かれたのだ。
マリーネ「今更、後にひける? 私はこの研究に若き青春を費やしたのよ?貴女だってそうでしょ? ポリーン。」
ポリーン「えぇ……。ですが、エクナベル家が王の後ろについたと聞いております。流石にエクナベル様が所有する石油がなければ、この研究は……」
カリーナ「まぁまぁ、マリーネお嬢様。まだ、ヘルガヌス様が王に直談判しているという話ですから。今は静観しましょう。それに『女神のカケラ』はアーマグ全土から採掘できるのですから。エクレアにでも行って、お茶でも飲みましょうよ。」
マリーネ「ヘルガヌスのおっさんは単に王家を嫌って、なんでもかんでも反対しているだけでしょ? っていうか、あれってあのオジサンが婚約の約束手形を偽造してたって話よ。あんな奴、信用ならないでしょ?」
カリーナ「まぁねぇ。でも、王家の血筋には違いないわ。ある意味で王の目の上のたんこぶだから、案外利用できるかもよ?」
ポリーン「あとはデズモア公のご子息くらいでしょうか。」
アーノルド・エステリア・ドラゴニア、国王には姉と弟がいる。
その弟がデズモアである。
ヘルガヌスも元は王家だったという話だが、魔道に固執するあまり疎ましがられて大陸の最東端、つまりは辺境に追いやられた。だから勝手に辺境王と名乗っているらしい。なぜ、辺境なのか、アーマグ大陸の更に東に大陸があると仮定しているのか、理由は彼女達には分からない。
因みに、マリーネはアーノルドの姉、デボネアの一人娘である。
ただデボネアはビア家へ嫁いでいるので、マリーネ自身も王族と離れて暮らしている。
そしてデボネアはいつも娘に愚痴をこぼしている。
『大修道院との繋がりを保つための戦略結婚に利用された』と。
女神降臨の地とされる大修道院と関係を持つことで、王族に箔を付ける。
これはドラゴニア一族がずっと考えていたことらしい。
そもそも西の大陸エステリアの方が肥沃な大地に恵まれている。
金と石油が豊富という理由だけで、王都をアーマグに構えたのは早計だった。
少なくとも、マリーネはそう考えている。
ただ、創世記のドラゴニア家、エクナベル家、ビア家の功績は計り知れない。
あの時代によく、金には特別な力があると気付いたものだ。
マリーネ「あー、あいつね。あいつ、ちょっと気味の悪い喋り方するからあんまり好きじゃないわね。それにしても、どうして王は心変わりをしたのかしら……。修道院の許可も出ているというのに。」
金は魔力を増幅させる。
更には液状化、粉末化することで性質を大きく変える。
そしてエクナベル家の祖先が、金脈探し途中に偶然掘り当てた真っ黒な石。
黒曜石のような真っ黒な石からじわじわと滲み出る闇のエネルギー、それを彼らは石油と名づけた。
それらをあの時代に全て見出したのだから、人類史に残る偉業に違いない。
ドラゴンステーション族を祖とする彼らの悲願まで、実はもう少しのところまで来ているのだ。
一番にそれを願っていた筈の王が、女神への冒涜だと言って、突然全ての計画を止めた。
カリーナ「ただ怖くなっただけでしょう。エクナベル家も親戚同士で意見が真っ二つに分かれていますしねぇ。」
ポリーン「そっかぁ。カリーナちゃんはエクナベル家の出だったっけぇ。ビア家はむしろノリノリなんだよー。女神様に近づけるんじゃないかってねー。」
三人は侯爵家令嬢である。
ただ、同じ侯爵家でも、王族の血を多く引くマリーネが一番偉く、その次にエクナベル家長男の娘であるカリーナ、そして先ほど登場したビア家主の妹の娘のポリーンと続く。
マリーネとポリーンは義理の姉と妹の関係である。
因みにビア家は本家と分家があり、分家は今もミッドバレーで司祭の真似事をしているらしい。
マリーネ「その前に、もう一度研究施設に顔を出したいわ。王側につく前にエクナベルが持ち込んだ石油が劣化していないか気になるのよね。」
カリーナ「ほーんと、マリーネは研究熱心ねー。」
ポリーン「それはやっぱり……、いつまでも若さを保ちたいから。カリーナちゃんもやっぱりそう思わない?」
カリーナ「そりゃ……、思うけどさ……。それで国賊になっちゃったら身も蓋もないわけだし。」
時空の女神メビウスは光と闇に分かれた。
そして光のメビウスは金の鱗粉で世界を潤す。
そして闇のメビウスを大地に埋め、この世界の礎とした。
これが、今の彼女たち、いや今の国が辿り着いた推論である。
そしてこの研究は二つが揃わなければ成り立たない。
ミッドバレーがミディアポリスと名乗っていた当時、ドラゴニア一族が持ち込み、修道院を丸め込んだ。
その時持ち込んだものが、その二つだった。
カリーナ「金と石油が合わせてみたら、グニョグニョした今のスラドンの成れの果てみたいなのが出来たんだっけ。普通それが、神につながる方法なんて思うかなぁ。ま、今じゃそれが常識だけど。」
マリーネ「人間が生命を生み出した。たとえそれが奇妙な粘液だとしても、それはすごいことよ。ただ、当時は色々と足りなかったんだけどね。」
そんな国家機密レベルの雑談ができるのも、ここが国家規模で作られた研究施設だからだ。
既にこの地の人間は、地上の開拓を諦めていた。
ならばアーマグは生きにくい世界であろう。
でも、黄金と石油が豊富にあるこの地でなければ研究はできない。
それになんだかんだ、アーマグの西側にあるエクレアの街はデスモンドをいずれ越えると言われている。
理由は単純で、金をこの世界の貨幣にしたからだった。
ただの金ではない、女神のカケラだ。
偽造不可能だし、なにより利便性が高い。
女神のカケラとまで呼ばれたのは、その金を僅かに含有させるだけで農耕器具が壊れにくくなるからだ。
鋼鉄だって錆びにくくなる。
巨大な地下鉄の維持コストが殆ど掛からないのだって、女神のカケラを使っているからだ。
だから、世界の中心はアーマグである。
先々代の大修道院長がミディアポリスという名を捨てたのだから、それが世界の一般常識なのだ。
そんな時、彼女たちの視界にレアな人物が映り込んだ。
辺境で魔道の研究ばかりしている、噂の辺境王だ。
彼が実験室に来ることは稀にだがある。
ただ、今日は見たこともない風貌の幼女を連れてきていた。
カリーナ「え、生まれてもいない女児を拗らせすぎて、幼女趣味に走ったの? あのおっさん。」
マリーネ「それだけじゃないわ。あの子の髪の色、濃い藍色をしている。多分、じゃなくて間違いなくザパンの生き残りよ。」
ポーリン「ザパン? 数世代前に途絶えた筈……ですよね?私の家系にはその血も入っていると聞いたことありますけど……」
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「って、長いよ‼ しかも、どんだけ世界観詰め込んだ話なんだっての! ったく、どうなってんだよ。今までの比じゃないぞ、これ。あのなぁ、この世界は『こまけぇこたぁいいんだよ』の精神で成り立ってんだぞ。」
レイは異常なまでに作風が違う『過去』に物申した。
確かに古典的RPGは王という言葉を気軽にぶっこむが、爵位制度はあまりツッコまれない。アニメ、ゲーム、漫画好きの日本人は王族とか貴族とかが関わると「カッコ良い」と思ってしまう……と、レイ的には思っている。
「とにかく、このゲームの考察を拗らせたやつはそう考えたってことだ。どうして王城が最果てにあり、しかもあんな住みにくい大地だったか。モンスターにはカギッコホネッコのようなロボット系モンスターもいる。魔王軍の方が科学技術が発達しているってのも、こういう考察の一部に組み込まれたんだろうさ。前にも言ったが、昔のゲームはまず、どんなゲームか、から入る。それから、設定やストーリーは結構後付けだったんだよ。そーしーてー、このゲームは恋愛メインだから、その辺はスパッと切り捨てられた。……って、聞いてる?これ、マロン、カロン、ボロンの話してんだぞ?」
レイがこれだけ長尺で説明したというのに、ついでに言うと同じく映像化された過去を見たというのに、四人ともポカンとしている。
凄いものを見たというポカンではなく、ほとんど頭に入ってこなかったというポカンである。
勿論、キラリはまだ分かる。
でも、この三人までそんな表情をするとは思わなかった。
だから、レイは焦った。
(あれ⁉間違えた? もしかして、俺、とんでもないミスを犯しちゃった?なんとかパラドックスを引き起こしてた? ついに俺、やっちゃったのか? 歴史の齟齬による世界の崩壊ってやつを……)
すると慌てた様子でマロンが首を横に振った。
「あ、あの。違うのよ。なんとなく、そうかもしれない……とは思うの。でも、なんていうか……、その実感がないというか、喉まで出掛かっているというか、そもそも私たちにはあの記憶は全くないし……」
「そうそう。なんか見た目似てるなーって思った程度かもですねぇ。」
と、カロンが続く。そしてボロンも。
「うーん。私、なんかキャラ違くなかったぁ?」
その言葉に項垂れるレイ。
そんな彼の後ろから彼女がぽつりと呟いた。
「今、最後に見えたの……、僕?」
レイが見せたのはあくまで考察。
でも、レイがその話をした瞬間、何故かその出来事が走馬灯のように流れる。
これは勿論、本編進行中には起きなかった現象だ。
ますますもって、女神の関与が疑われる。
しかも、その中にレイも知らない情報が入ってくるのだから、ただ映像を映すだけの力ではない。
そして、今回判明したのはミッドバレーで見た話の続きとその裏側。
ここまで来れば、あの街で、ネクタの街でこれが起きなかった理由がはっキリしてくる。
『七ならべ』と同じだ。
ミッドバレーとデスモンドで6と5を止められていたのだから、3もしくは2か1の情報が引き出せなかったのだろう。
それほどにエクナベル家と王族ドラゴニアには深い関係にあった。
「今見えた幼女がキラリという確証はない。でも、キラリ。一つ確認しておきたい。今までの旅の中で、お前は一度も魔法を使っていないよな?」
これはただ、レイが確認したかったからかもしれない。
でも、聞いておきたかった。
別に、アルフレドとどこまでの仲になっていた?なんて、思っていない。
思っていない。
思っていないと思う。
「え……、僕魔法使えないよ?それに魔法を使えって言われなかったし。僕にはほとんど何も求められていなかったから。僕に求められていたのは銃器でモンスターを殺すことだし。それで十分だったし……」
キラリはそう言って寂しそうに俯いた。
そんなレイは心の中でガッツポーズをしかけたのだが、一応やめておいた。
少女にとって、冒険はあまり良い思い出ではないらしい。
でも、レイは彼女がエンディングで見せる、ちょっと恥ずかしそうに言う毒舌がたまらなく好きなのだ。
それに彼女は一つだけ勘違いしている。
「キラリ、魔法はちゃんと使っているぞ。ほら、あの——」
そこでレイは一瞬言葉が詰まってしまう。
「いいですよ、別に。僕はこういう人間だから。レイは別に無理に僕の良いところを探そうとしなくたっていいです。僕も立ち位置くらい、分かってます。その……最下位でなければ良いくらいの欲はありますが……」
きっとゲーム上だと好感度が下がる音がしている。
それくらい、キラリはムスっとした態度をとった。
でも、これが良い。
こういう雰囲気の子、好き!なんてことを彼が考えていることさえ伝わっていないだろう。
それに、彼が言葉を詰まらせた理由は別にある。
「いや、待て。ち、違うんだ!」
「違うくないです。僕だって馬鹿じゃありませんよ。」
「違う!ちょっと恥ずかしかっただけだ。愛のピストン運動を二人でやっただろ。あれはれっきとした魔法なんだよ!おかしいだろ!俺たちがピ—————」
レイはあの時の動きを再現し、そしてキラリは一度目を剥いて俯いた。
「あ、あ、あの時の僕はどうかしていました。というより、あれはレイの魔力じゃないですか?ぼ、僕、そんな変態じゃないですから。」
彼女は俯いている。
でも、さっきとは違う。
ぐぃーーんという音が聞こえてきそうなほどに顔を赤くしている。
それに。
「キラリ、あのピ—————は、—————だ。だからキラリも動かなきゃ、俺の魔力もピ—————するところだったんだぞ。頭がいいなら、分かっているよな?」
「な、なんてことを言うんです、レイ。ほんと、変態さんですね。でも、そういう理屈なら、僕のピ——————がピ—————になっていたのも頷けます。じゃあ、いいです。二人揃って変態さんです。良かったです。共通な趣味があって。」
良かったのは、キラリの家の中だったからだろう。
とんでもない会話を聞かされている三姉妹の身にもなるべきだが、これもメビウスの力のおかげなのか、丁度よくノイズがかき消してくれている。
ただ、レイはセクハラがしたいわけではない。
どうしてもキラリのフラグを立てたいのだ。
今の状態は、お世辞にもレイに対する好感度はマックスとは呼べない。
では、どうしてラブコミュニケーション魔法が出せたのか。
それは簡単な理由だ。
キラリにはレイしかいなかった。
ただ、それだけ。
そう思っているからレイはぐいぐいキラリに詰め寄る。
彼女の攻略法は強引さだ。
キラリは押しに弱い。
「そうだな。共通の趣味どころか、ピ————の相性も抜群だ。だから、キラリの他のところももっと知りたいんだ。弱いところとか、気になっているところとか。」
「ちょっと、レイ!近い!近いですよー。僕がまるで安い女みたいじゃないですか。いいですよ。そこまで言うなら僕の全部をお見せします。だ、旦那様なんだから、と、と、当然じゃないですか。」
一体何を見せられているのか、三姉妹は呆然と眺めている。
彼女たちが大人だから? 違う、そうではない。
レイは別に下ネタを迫っているわけではない。
彼女の部屋の引き出しという引き出しを開けているだけ、という最低な行為を行っている。
ただ、やはり見られたくないものはある訳で、ひょんなことから押し問答になり、ひょんなことからレイがキラリを押し倒してベッドドン!的な体勢になってもおかしくはない。
(いや、解説でも誤魔化せていないぞ。俺、完全にキラリを襲っているに近いから!でも、旦那様だから!)
けれど、その瞬間だった。
ビクンっとキラリの体が痙攣し、彼女の瞳がうっすらと金色に輝き始めた。
「あ、あの……。優しくしてください……。僕、初めてなんで……」
(いや、そもそもこの世界でそれが描かれる訳ないから。だってこれは家庭用ゲーム。セーロ神だって見ているんだから、誰だって童貞、誰だって処女ストーリーなんだけど……。でも、そんなこといったってぇぇぇぇ)
ガチクソに可愛いキラリにレイは正気を失いそうになった。
その行動がさらにキラリの目を黄金色に染める。
まるで魔族のように。