キラリの家
レイの胸のもやもやは全然消えていない。
寧ろ、悪化の傾向にある。
「今やっていることが、悪さをしているのか。それとも……」
過去創造なんていう、頭を抱えたくなる事象が起きている。
普通に考えれば、これが理由。
ただ、やらなければならない気もしている。
何より、ここで辞めたらキラリが可哀そうだ。
アイザも、リディアも。
仲間として一緒に旅が出来なかったのだから、ここまで続けておいて気分が悪いから辞めますは酷すぎる。
「というわけで、今回はキラリとMKBの皆さんと行動するんだけど……」
マロン・カロン・ボロン。
略してMKBはデスモンドに居着いてしまっている。
その理由は簡単である。
新魔王がモンスターを全て撤退させ、不戦の誓いを立てたからだ。
だから意味のある争いは殆どなくなったし、勇者パーティに殺されることもない。
彼女達がモンスター再生工場の管理をする必要もない。
モブに名付けをして管理させて、研究施設の維持をするだけで良い。
魔族の繁殖方法に関しては分からないが正解だ。
そも、魔族の寿命が分からない。
加えて、マロン・カロン・ボロンの本当の役割は、魔王城での戦いだった。
ただ、結局三人は勇者と戦わなかった。
そして、彼女達は暇になった。
だが、彼女達を必要とする場が存在してしまった。
「で、デスモンドの闇カジノにいると。確かに歌姫をあのオスカーならやりかねない。」
噂ではイエローコウモリん、イエモン・イーリが作詞作曲をした歌を歌っているらしい。
「そんな馬鹿な。これは流石にないだろ?噂だよな……」
それを確かめるためにも魔王自ら、カジノに赴く必要がある。
勿論、それだけではない。
レイはイーリが作詞家デビューなどという噂の真偽を確かめる暇もないかもしれない。
キラリに纏わる込み入った噂の真偽を確かめる必要がある。
「マロン、カロン、ボロン。仕事が入っていない日はないか?」
新しい魔王には、彼女達に無理やり仕事を休ませる権利も、店を閉店させる権利もない。
と、レイは考えている。
少なくとも、この世界の今後の方向性が見えない限りは、下手なことはするべきではない。
「魔王様ぁぁぁ、仕事なんて言っても私たちがただ歌いたいだけなのよぉ。それに愛する夫の頼みなんていつでもOKよ。なんなら今すぐにでもね。 それにねぇ、オスカー。私たちへのおひねりのどれくらいが、あんたのスライムボディの中に蓄えられているんでしょうね?」
マロンは上げていた金髪を下ろしながら、チクリと守銭奴スライムを詰る。
「お姉さま、そういう意味だとオスカーも魔王様の嫁ってことになるわよねぇ。だったら、オスカーも愛する夫の頼み事は聞き入れるべきじゃないですかぁ?」
と、オレンジの髪のカロンが言った。
っていうか、
「そうだって……、っていうか、俺、俺の嫁をマリアの披露宴に呼んだのか?ってか、イーリもワットバーンじゃん!」
と顔を青くしたレイに気遣って、今度は青い髪の豊満な悪魔がレイに豊満なそれを押し付ける。
「さすが魔王様ね。この世界を統べる者だもの。種族性別年齢問わず、妻にしちゃうなんて当たり前よね!でもぉ、いつになったら私の愛のケアを受けに来てくれるんですかぁ?」
と末の妹ボロン。
「いや……、あの時は必死で、あれが一番だと思っただけ……!違う!違うから!俺はマロンもカロンもボロンも……えっとオスカーも好きだからだ。魔王として全てを欲すは当然ではないか。」
(今、一瞬、カロンが俺を羽交締めにし、マロンが何かを切り落とし、そしてボロンが決して生えぬよう綺麗に癒すビジョンが見えた……。やばい、冷や汗が止まらない。歌姫っつっても、この三人はドラグノフ戦の先に登場する。三姉妹の連携攻撃はプレイヤー泣かせだった。ってか、なにその技、妖怪かまいたちの得意芸じゃねぇか。ダメだ。キラリ……。俺、ここで終わるかもしれん……)
「いや、ここで終わって堪るか。それじゃあオスカー、歌姫を借りる。その代わり、こいつでも使っとけ!噂が真実ならな‼」
レイはボス専用魔法『雑魚キャラ召喚』を使う。
「あれ、旦那じゃないすか。結局、俺っちがいないとデスモンドが楽しくないっつーことっしょ?」
「はにゃ?ご主人、ウチも来ちゃいましたけど、どうされたんですか?」
イーリとラビを召喚した。
勿論、これはこれで意味がある。
奴の化けの皮を剥がす為だ。
「いや、しばらく歌姫を借りることになったから。その代わりにカジノの賑やかしをしてもらおうと思っただけだ。ラビはサキュバスバニーの上位互換、エリートサキュバニーだからお客様も大満足だろう。それとイーリがまた借金地獄にならないように監視を……」
そう、監視を。
こいつがただのスロカスだという確たる証拠を。
そう思った矢先の出来事だった。
「おい、あれ、伝説のミュージシャン、イエローバッツさんじゃね?今日、公演日だったっけ!?」
「やめろって、芸能人のオフに声かけるのはマナー違反だぜ。ま、俺もイエバーさんのソウルを感じたいけどな!」
「な……、なん……だと!?」
レイは一定の距離を保ったまま、イーリを取り囲む人間、更には魔族の姿を目の当たりにした。
「あれ、旦那には言ってませんでしたっけ? 俺っち、歌姫の姐さんがオフの時にたまに歌ってるんすよ。」
更にはオスカーまでこんなことを言う。
「イエローバッツ、そして超絶人気ディーラーにして、今や地下アイドルのトップと呼ばれるラビ様ですか。条件としては悪いくないですぜ。マスクドさん。」
「ちょっと待て‼ラビ、お前もか!?」
「えー、どうかなー?ご主人がお楽しみの旅行中にウチが何をしてても、ご主人には関係なくないですよねぇ。ウチは悪くないですよねぇ?」
(マジ……でか……。確かにその通りではある。二人はいつも留守番で、その間何をしていたかなんて知らないし、何をしろとも言っていない。それより問題は、ラビの魅力に世間が気付いてしまったことだ。正直、モブ出身モンスターなのに今やヒロイン並みに可愛い。まさか、そんなことが起きていようとは……)
もはや、イーリが本当にアーティストになっていたなんて、どうでも良かった。
ラビという存在が世に広まる。
それだけは断じて……
「ねぇ、レイ。準備できた? 僕、外で待ってたんだけど、全然出てこないから探しに来たんだけど……。僕、デスモンドに住んでるんだけど、こういう魔族と人間が入り乱れているとこ来たことなくて……、今もちょっと怖いから早く出よ?」
(って、そうだよ!俺のバカ!本当に馬鹿野郎だなぁ。今回はキラリのためって決めてたじゃあないか。なるほどしかし、流石デスモンドだ。ここはある意味この世界の完成形のような……。俺が死んだ街だけれども。)
と、魔王はようやく本来の目的を思い出し、キラリの手を取り、MKBに目で合図を送った。
「よし、それじゃあ動き出そう。ここでは流石に不味いからな。一旦、キラリの家に行くぞ。」
そう言って、キラリの腕を引っ張ったのだが、なぜか彼女は一歩も動かなかった。
そして彼女は当たり前の質問をする。
「レイ、僕の家知ってるのアルフレドだけの筈なのに……、レイは本当に僕のこと、すごく知ってるんだね。」
この言葉は周りの人に誤解を与えそうな気がする、と魔王は考えて腕をワタワタさせた。
「え、えとあの、あれだよ?ストーカーしてたとかじゃないからね? えっと、その何ていうか、前世で見てたっていうか、なんていうか……」
「ううん。旦那様だもん。全然当たり前。でも、やっぱりあの時の言葉、忘れられなくて……。僕、すごく嬉しいよ!」
「ちょっとちょっと、こんなところで見せつけないでくれない? さぁ、魔王様。私たちにも用があるんでしょう?とっとと行きましょうよ。」
「そーねー。夫婦でしっぽり行きたいところだわ。」
「だよね。だよね。キラリちゃんだっけ、同じ妻同士、仲良くしようね!」
「え……、レイ。この人、じゃなくて悪魔さんたちも一緒にくるの?」
今カジノを出たところだが、またもやキラリの足が止まってしまう。
これはさっき見せた笑顔の意味とは真逆のものだろう。
でも、これは仕方のないことだ。
そして、絶対に必要なことだ。
だからレイはキラリを強引に抱き、羽をズバッと出して空を飛んだ。
「あぁ、そうだ。キラリ、最初に言っておく。お前が魔族を嫌いなのは知っている。そしてそれは設定だ。でも、その設定の先に多分、本当の理由がある。それを知る為に彼女たちが必要なんだ。」
「うーん。そうなのかなー。僕は僕のことよく知っているけど、おじいちゃんとおばあちゃんがいることくらいしか知らないよ? そのおじいちゃんとおばあちゃんを魔族がいじくり回して——」
キラリはレイの腕の中で、腕組みをして考え始めた。
彼女の疑問は当然すぎるものだった。
プロデューサー鈴木によって、無理やり組み込まれた自動車整備士キラリ。
彼女の存在理由は、レイモンドの冒険の意味を粉々に壊すこと。
そういう意味では、レイとキラリは最も相性が悪いとさえ言える。
だが、それはあくまでキラリの役目だっただけだ。
その役目から解き放たれた今、彼女はもっと自由を知るべきだ。
「考えるのは良いことだ。俺もキラリのこと、もっと知りたい。やっとこの時間が作れたんだ。」
放り投げエンドのこの世界、どうやら考察が歴史として紡がれるらしい。
だからこそ、この組み合わせでなければならない。
「うん。今でもいっぱい知ってる気がするけど、それ以上?僕も知らない僕のこと……?あ、あそこ……、ってやっぱり家の場所も知っているんだ……。」
デスモンドの西側にある、この世界の世界観に全く合わない建物の前。
悪の秘密結社の支部の一番下の部下が潜んでいそうな、粗雑な機械仕掛けの四角い建物。
これがキラリが住んでいた家で、一番上の半球の構造物がキラリの部屋である。
「勿論、知ってる。……俺が誘導させたんだし。」
「え?何?」
「うーん、その前に——」
キラリの真相を紐解く前に、絶対にしなければならないことがある。
だからレイは一緒に飛んできたマロン、カロン、ボロン、一人一人に目を合わせてこう言った。
「マロン、カロン、ボロン。お前たち、本当は実の姉妹じゃないんだろ?」
その言葉にキョトンとする三姉妹。
そのリアクションも読み通りだ。
だって三姉妹という設定なのだから。
今は三姉妹で正しいかもしれないが、実は違う、——というのが事後考察ネタの定番だ。
何より、一人だけ確実に違うと分かる者が混じっている。
「魔王様ぁ、私たちは姉妹ですよー。設定を知っている魔王様が今更何を言っているんですか?」
と、金髪のマロン。
「そうですよ。だって、私達は生まれた時から一緒だったし、今までだって……」
と、橙髪のカロン。
「うんうん。でもでもー。魔王様がそう仰るなら、今からそういう設定でもいいんですけど?」
と、蒼髪のボロン。
やはり、キーワードが必要なのだろう。
今回はどうしたものか。
とりあえず、面倒臭いから思いつくことを言ってみる。
「マロン、お前は王族だよな。それにカロン、ボロンもそれに類する者だ。そしてお前達は、……キラリの親を知っている。」
——その瞬間、レイの内なる力が動き出す。