カットされたムービーの中
レイはその為にここに来たと言っても良い。
勿論、出会った順番的にもソフィアだし、ソフィアだからミッドバレー村、そして大修道院に来た。
ただ、彼にとってエピローグ作りは困惑することだらけだった。
そんなイレギュラーだらけなエピローグ作りだったからこそ、最初にここに来なくて良かったと安堵している。
皆は覚えていないだろうか。
レイはこの村で大失態をやらかした。
ネクタで失敗したにも関わらず、ここでも失敗した。
本当に救いのないレイ。
彼にだって言い分はある。
「あの時、俺は精神的に限界だった。」
だから彼はあの日、居眠りをして重要なムービーイベントを一つカットしてしまった。
それによってソフィアはアルフレドに殺されかけるという大事件が発生した。
そのせいでか、そのおかげでか、ソフィアはずっとレイを慕ってくれていた。
そんなソフィアだからこそ、レイはいつも彼女に感謝している。
プレイヤー時代から好きだったから?
それはあるかもしれないが、そうではない。
重要な場面が来た時、彼女はずっとレイに寄り添ってくれた。
「最初にここに来ていたら、想像もできなかったことだ。それに危うくもあった。でも、それを利用してソフィアに恩返しがしたい。そう考えている。アズモデに関してもそうだ。お前は言わば第二のプレイヤーだった。ゲームの世界だと知りながら、自分の勤めを全うしようとした。だからこそ、その軛から解き放ってやりたい。」
——それほどの内容がここには詰まっている。
では、ここでカットした内容について簡単に振り返ろう。
まず、ミッドバレーの説明から。
そこでこのゲームではソフィアがついに登場する。
品行方正、慈愛の心、さらには類まれなる美しい少女ソフィア。
そんなソフィアはマーサというベテラン修道女と会話をしている。
さらにそこでソフィアの祖父が水門係だったことが明かされるが、それに関しては諸説ある。
彼女が心優しいのは、彼女を拾ってくれた祖父の影響。
両親はこのゲームに登場しないし、設定資料集にも書かれていない。
それに薄々気がついていたからこそ、彼女は身分の低い者、お金の無い者にこそ慈悲の心を見せる。
ここでマーサはとんでもない事件に巻き込まれて殺されてしまう。
事件の立案者はアズモデ、そして実行犯はエルザ。
更には魔族を人間に化けさせて村全体を混乱に陥れる。
そこで起きた火事で重要な書物が燃やされた、などという話はここでは登場していないのだが。
因みに、この村の混乱はかなり前から起きていたもので、徐々に魔族が村人と入れ替わっていたということが、二人の会話から推測できた筈だ。
そして事件は起きる。
エルザがソフィアに化けてマーサを殺してしまうのだ。
そしてその頃、勇者アルフレドは仲間たちを連れて修道院に辿り着く。
レイ「おい、勇者殿よぉ。自慢の正義感でパパッと解決しろよ。ああああ、俺は運転で疲れちまってんだ。本来なら、3秒でカタをつけるんだけどねぇぇぇ。」
なんていう奴もいる筈だった。
本来ならレイも一緒にここに来ている。
それにガッツリ会話に絡んでいる。
彼がいなければ会話が成立しないほどに珍しくよく喋っている。
その筈だった。
そのレイがいなかったからこそ、このイベントはカットされた。
彼のせいでこの後の出来事がほとんど伝わらないまま進行してしまう。
レイ「仕方ない。エミリ。俺と一緒に新しい門をあけようぜ。」
なんて、下ネタかも分からない寒いセリフを吐いている。
アルフレド達は村の混乱を止める為に水門の鍵を求め、大広間に通されるのだが。
そこで、彼らは凄惨な見塗れの現場を見てしまう。
瓜二つの少女がいて、一人は殺された修道女に駆け寄っている。
そしてもう一人の少女は冷徹な目で勇者を出迎える。
アルフレド「な、何があったんだ。これは一体……。」
なんて、勇者が言うものだから、エルザは調子に乗って彼を騙そうと試みる。
ソフィア1「え、ええええ、あなた……誰? たす……助けて!水門の鍵は私が持ってる。でも、マーサ様を……、マーサ様を助けて!」
ソフィア2「ゆ、勇者様ですか? 村でも何か起きているんですか? 私……どうしたら……。」
この時のソフィアは本当にただの一般人だ。
いきなりお世話になっていた先輩の首が飛ばされて、気が動転している。
血だらけでマーサを助けようとしていることから、彼女は飛ばされたマーサの頭と血をかき集めようとしたのだろうと言われている。
そして、突然現れた見たこともない人たちに助けを求めた。
魔法技術も知識も未熟なソフィアは見知らぬ誰かなら助けてくれると、昔見知らぬ老人に助けられた自分だからこそ、同じように助かってほしいと願っている。
ただ、その願いはエミリの言葉で打ち砕かれる。
そして、ここで真打ちとばかりにアズモデが登場する。
アズモデ「おや、またまた趣味が悪いねぇ。エルザは村を焼くことしか興味がないのかい?」
マリア「あ、あいつは……。勇者様、あの魔族、あいつですよ!」
マリアは即座にアズモデが仕組んだことだと理解している。
そんな彼女も車シーンカットされ、その後彼女は冷遇されたのだが、今はそれは置いておこう。
ただ、アズモデはここで奇妙な行動に出る。
彼の立ち位置的にこのイベントはあくまで余興である。
だから、アズモデはあっさりとどちらが魔族かを教えてしまう。
勿論、エルザが自ら正体を明かしたともとれるのだが。
そして問題のシーンがこれだ。
アズモデ「やれやれ光の勇者アルフレド。僕はこういうのは趣味じゃないんだ。だから今回も僕はやっていない。それにしてもエルザ。僕は君の本来の姿の方が好きなんだよねぇ。エルザは美人だからねぇ……。だから僕は本当の君に戻って欲しいんだ。変化魔法!うーん、僕っててんさーい!」
エルザ「美人だなんて……、ま、その通りだけどね。いいわ。どうせ殺すし……、その美人で美しい羊のツノの少女も……って!あんた、あたしそっちじゃないからね! おまえあとでぶっころしーーー!」
アズモデ「え……、そっちだったの。うーん、やるじゃないかぁ。なんていうか化けるの上手いね。んじゃ、勇者くん、健闘を祈ってるよ。エルザ、まだまだこの勇者は青い。これでは魔王様を楽しませることはできなんじゃないかなぁ。…………それだけは忘れるなよ。んじゃねー!」
エルザ「分かってるわよ、そんなこと。上司だからって偉そうに……。軽く遊んであげるだけよ。」
そういってアズモデは前のように姿を消した。
そしてソフィアの皮を被ったエルザは恭しく、勇者に一礼した。
——レイの大ポカによって失われてしまったイベント
これが無くなったせいでアルフレド達はどちらがエルザでどちらがソフィアなのか分からなくなった。
——でも、今はそんなことはどうだっていい。
全てが解決した今、このイベントは無かった方が都合が良い。
ムービー中の出来事をなかったことにできるのだから。
だが、ここからが問題だ。
レイはこの事実の一端をソフィアとアズモデに伝えたい。
ただ、下手に包み隠さずに伝えると、過去創造と同じ現象が起きる可能性がある。
レイは女神メビウスに何かをされたのだと確信を持っている。
とんでもない力を使っていることに気が付いている。
「だから、慎重に……。慎重に……。」
彼は何度も深呼吸をしながら、考えをまとめる。
でも、下手に考えてしまうと過去創造が起きてしまうから、考えないように考える。
「二重の記憶、この話は何度もしてきたと思う。アズモデの言葉で言うところのバグってやつだ。」
余計なことを言うな、考えるな。
何度もレイは自分に言い聞かせた。
「えと……、それは何度も経験しましたし、その理由も勿論知っています。レイが言うんですから間違いないです。」
(よし、いい子だ。それでアズモデは……?)
「あぁ。魔王殿の得意技では? いやはや、流石プレイヤーともなると考え方が違う。ただ、僕たちNPCは一度の記憶しか持たないから、正直ただのデジャビュか何かだとしか思えないんだよねぇ。そもそも、どこからどこまでが魔王殿の言う、『ムービーイベント』かも分からないからね。」
(意外にも、アズモデも食いついている? っていうより、意味を測りかねているという感じか。でも、それが案外大きな意味を持ってんだよ、アズモデ。お前が抱えている重石を全部取っ払えてしまうほどのな!)
「よし、それじゃあ次だ。この荒れ果てた大部屋は違う意味で、二重の記憶が作用している。というより、今考えればあった筈なのに、明確に覚えていないという記憶が残っている筈だ。そうだった筈なのに、なぜか記憶が色褪せている。もしくは記憶そのものが抜け落ちているとかな。」
この話でピンと来るのは、実はアズモデだ。
彼はこれから何が起きるのか、すでに把握していた筈なのに、ここの記憶が曖昧になっている。
でも、前後関係からそれがあった筈と思い込んでいる。
ちなみにソフィアはというと……
「レイに助けてもらった、大切な記憶です。色褪せるどころか、鮮明に覚えていますよ?」
「魔王殿に助けてもらった? そんな筈は……。なるほど、そういうことですか。僕が知っていることと違うことが起きた。そういうことですか。」
ソフィアはまるっと登場シーンがキャンセルされたのだ。
この反応が自然だろう。
そしてアズモデはというと、やはり勘違いしている。
ただ、アズモデに先に話されると不味い。
もしかしたら、アズモデはあの登場シーンよりも前にあの場にいたかもしれない。
だから、ここでレイはソフィアの為にあることを行う。
——それは、間違いなく女神とゲームへの冒涜でしかないのだが