過去が見れなかった理由
ライムギ「ドラゴニアは本当は何を見つけた?ゴールドラッシュだと?金がそれほどの価値を持つというのか?」
確かに金は希少価値が高い。
物質的に安定しており、鉄のように錆びたりしない。
その上加工がしやすく、精錬作業も行いやすい。
それに黄金の輝きは人を惹きつける何かを持つ。
ただ、歴史を遡れば『黄金』とは儀式でのみ活用されるべきものだった。
——女神は黄金を愛す。
だからシャーマンは女神と繋がるために黄金を身に纏ったと聞く。
ライムギ「だが、一度たりとも女神は現れなかった。シャーマンがどれだけ女神の声を聞いたと喚こうが、見えなければ証明できぬ。そしてこの祭壇、なんとも品がないではないか。昔はこの辺りでも金が取れたというが、そのほとんどをこの部屋に使ってしまったらしいではないか。そしてそれで一度でも女神が現れたか?」
彼はイラつきながら調度品を棚に戻す。
それに先ほどから目がチカチカする。
蝋燭一本だけしか持たないのに、これほどまでに鬱陶しいくらいに部屋が輝いている。
火を消してやろうとも考えたが、それではコムギの努力を無駄にしてしまう。
そして、その蝋燭の火に目を向けた時、彼はとんでもない思い違いをした、と焦り始めた。
ライムギ「な……、そうか、そういうことか……。女神が地に降り立つとそこは金色に変わる。つまり女神は東の大陸にいるということ……。つまり彼奴等は女神は我らにありと言いたいのだ。碌に信仰もしていないドラゴンステーションの民が我らを見下しているのは知っている。それで黄金時代などと馬鹿げた言葉をこちらに伝えたのだな。ミディアポリスは神に見放されたと言いたいのか……」
本当にそうなのかは分からない。
だが、彼らが女神を信仰していないのは周知の事実だった。
それが故に彼らは禁忌を破り、海を渡った。
ならば、先に流行らせた七人の姫の伝承も無意味かもしれない。
それに明日、この女神の祭事部屋にて会合が開かれる。
ライムギ「修道院長として、世界の不信心者を裁くつもりだったが、徒労に終わるというのか……」
ライムギとコムギの計画、それは東西に散らばった人々にミディアポリスこそが世界の中心だと知らしめることだった。
宗教こそが人々の安寧と信じるライムギは、ここに修道院を設立して女神メビウスの伝承や信仰を教える。
その為の学校を作る予定だ。
彼が担当するのはドラゴンステーション族であり、コムギが担当するのがスタト族である。
スタト族は女神信仰を捨てていないので、東西の交易の場を提供するだけで良い。
ライムギ「だが、せっかく作った聖書も読まれなければ意味がない……。そして、いずれ世界の終わりはやってくるだろう。私の代ではないだろうが、孫、いやさらにその孫かも知れないが、必ず厄災は訪れる。それだけは間違いないというのに……」
彼は信じて疑わなかった。
『闇が蔓延る時、光輝く勇者現る。そして輝く姫と共に世界を照らすだろう』
この本だけは、この一節だけは明らかに他のものとは違っていた。
シャーマンがどうたら言っていたとか、女神の祭壇で声を聞いたとか、その手の話が山のようにある中、あの本だけは違った。
間違いなく、女神が触れた本だと分かる。
すでに金粉は落ちてしまったのだろうが、あの本だけは何故か光り輝いて見えた。
——つまりこの一節は間違いなく、女神メビウス様のお言葉だ
だから彼は伝えなければならない。
いつか世界に闇が訪れる。
そしてその時に備えねばならない。
ライムギ「世界の危機が存在すると女神が仰っているのだ、それが何を意味するか分からぬほど理性を失っていないと信じたい。我らは間違いなく女神によって作られた存在なのだ。人は他の動物とは明らかに異なる。言葉を話すし、魔法も使える。それが分からないドラゴニアではあるまい……」
しかしながら『黄金時代』という言葉が、あの日より気になって仕方がない。
だから決して広い部屋とはいえない金色堂をカツカツ音を立てながら、あーでもない、こーでもないと歩き、そして椅子に座って瞑目する。
ライムギ「だが、東の大陸に女神が座すなら、もはや私たちは……」
その時、部屋の扉が『コン、コンコンコン、コンコンコココン』と不規則なリズムで叩かれた。
ライムギ「コムギか……、まだ数刻も経っていないというのに、一体なんだというんだ。禁忌の部屋に足を踏み入れる理由としては十分だったはずだ。それなのにどこぞの狂信者が文句を言いに来たのか?」
今のノックのリズムは、あらかじめコムギと決めていたサインだ。
だからドアの向こうにはコムギがいるだろう。
けれどそれにしては早すぎる。
さっそく文句を言う輩が来たということだろう。
だからライムギは少し呼吸を整えてから、ドアを開けた。
一応内と外、両方から鍵がかけられるドア、さらには同じ鍵ではなく、面裏で別の鍵穴が必要なので勝手に入って来られることはない。
つまりは閉じ込められる可能性もあるわけだが、何故か閉じ込められて死者が出たという報告はない。
コムギ「ライムギ!まだここにいたのですか! 家の方に行ってみたらもぬけの殻でもしやと思ったら、やっぱり!」
ドアの向こうのコムギはそわそわとしてた。
その、とても情けない様子にライムギは少しだけイラついたが、狂信者どもに揚げ足を取られるわけにもいかず、深呼吸をして落ち着いているフリする。
そして、迷惑だと言わんばかりの険しい顔で、早すぎるコムギの到着を責めた。
ライムギ「あぁ。そうだが、何を慌てている。先ほど私は修道院長として、この部屋で会議ができるように整えておくと話したではないか。」
すると今度はコムギが険しい顔、というより困惑したような顔になる。
コムギ「ライムギ……、何言っているんです。もうすぐ会議が始まるんですよ!ドラゴンステーションの奴らが今朝到着したんです。いや、ドラゴンステーションというより、ドラゴンステーションの統治者、ドラゴニア自ら来ているんだ!ライムギこそ、今まで何をしてたんですか。この部屋、何も変わってない。全くの手付かずじゃないですか!」
ライムギは困惑した。
そして同時に部屋に入った時に感じた違和感が、現実のものだったのだと悟った。
コムギは冗談を言う人間ではない。
それに冗談を言っている顔には見えない。
そして自分はどうだ。
黄金で囲まれた奇妙な空間を蝋燭一本で過ごしていた。
精神や体に変調をきたすとしたら自分の方だろう。
そして、コムギの言を証明するように、彼の後ろから立派な髭を蓄えた男が姿を現した。
髭の男「お初にお目にかかる。俺はドラゴンステーション族をまとめているドラゴニア家当主である、ドラゴニア王だ。お前さんがこの化石都市で一番偉いっていうライムギさんか?」
苗字という概念がない時代。
というより、どこどこの誰々と言うだけで誰か分かる、それほどに人口が少なかった時代。
ライムギ「お前が今のドラゴニアの頭か。こう言っては失礼だが、頭自らやって来るとは思ってもみなかった……。も、申し訳ない。」
するとドラゴニアの頭領はニカっと笑った。
ドラゴニア王「ガハハ、気にすんな。俺だってこんなカビ臭そうなとこに来たくなかったよ。でも、事情が変わったんだ。ビア、エクナベル。この部屋の構造をよく見てみろ。それに——」
♧
(え⁉ここで終わり? それにオオムギー自身が出てこない。が、それはハトムギの時も同じか。見せられないよ的な演出?つまり、まだまだ拾えていない何かがある。エクナベルの名前が出たってことはそういうことだ。ドラゴニアの情報無しに、エクナベルの過去は描けない。この世界はここから始まり、左右へと枝分かれした。でも、実は東と西も関係が……、——って、俺はどうしてしまったんだよ。手作りエピローグなんて、すぐに終われると思っていたのに)
なんていう発想をしているのは勿論、レイだけ。
ソフィアもオオムギーも、アズモデさえも鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていた。
「ねぇ、レイ。今のって……」
「後で説明をするよ。その前に、オオムギー・ビア。お前にも見えたんだろ? ビアってのは誰だ。ってか、これだけ神聖な場所に仕立て上げたんだ。家系図だってなんだって、当然残っているだろう?」
それで全ての関係性が分かる。
それさえあれば、これから先、歴史創造が起きたとしても驚きは少ないだろう。
それはそれで勿体無い気もするが、いつもいつも矛盾が生じやしないかとハラハラしている。
だから、安心は早めに手に入れておきたい。
レイが恐れているのは歴史創造による矛盾の発生だ。
もしもそんな事態になれば、新たな世界線が生まれて、新たな問題を抱える可能性が生じる。
そして最悪な場合、過去と現在が矛盾に耐えかねて崩壊、なんてこともあるかもしれない。
——君子危うきに近づかず。
旅行はちゃんと下調べをしてから。
ネットの噂は話半分っていうか、ほとんど嘘。
などと、訳のわからないことまで心配しながら、レイはオオムギーに詰め寄る。
この部屋に隠れていたんだ。
この部屋にあるに違いない。
それにそういえばハトムギの回想で登場した本も見ていない。
「なぁ、俺の安心の為に早く見せてくれよ。」
そう言ったレイ。
でも、彼は彼にとって都合の悪い現実をど忘れしていた。
それにキラリ、アイザ、リディアの話がまだ残っているという、メタ的現実も。
その証拠にオオムギー・ビアは土下座をしたままピクリとも動かない。
もちろん、ガタガタ震えて脂汗をかいているので、死んでいないことは知っている。
彼は震える口でこう言った。
「ここは聖域です。ここに重要なものは置かれておりません。それに重要な書物は書庫に厳重にしまっておりまして……」
レイは都合の悪い現実の正体に気付いていない。
確かに、ここは祭壇だと回想でも言われていた。
この男がここに閉じこもっていたのも、厳重な鍵をかけられるからだ。
無論、それは元邪神様の力には遠く及ばなかったけれども。
「なら、その書庫ってのに今から行——」
「書庫は魔族襲撃の際、火災で燃え落ちました……。だから……、今は私が私を証明する術さえ残っていないのです。これが知られれば私は……」
そこで漸くレイは自分が辿ってきた道を思い出した。
ここでソフィアと出会ったことさえ随分前に感じているのだ。
その時、火災が起きたことなどすでに忘れていた。
しかも何故か重要な書物。
埃さえ寄せ付けなかった書物が燃えているのか。
知れたことだ。
ゲームに登場しないし、必要ないものだから、あの女神は気にも留めなかっただけ。
そんなこと、どうでも良い。
元々、世界は流転するように作られていた。
オオムギーは魔王の覇気を放つもの、元ラスボスだった者の前で嘘をつけるような人物には見えない。
「つまり、今の段階で全ての解決は無理……。姓を持っている人物がドラゴニアの関係者か縁者だった可能性が高いって情報だけで満足しろ……ってことか。」
そう自分に言い聞かせて、気を引き締めようとして、逆に気が緩んだのかも知れない。
レイは嘆息して見過ごすところだった。
真っ黒い矢印しがオオムギーの喉に向かって飛んでいる。
そしてそのまま行けば彼の命は。
「アズモデ。もう、悪役ごっこは終わりだと言っている。」
歴史創造まで出来る何かの役を背負っているのだ。
今現在起きようとしていること程度、簡単に理解できる。
というより、レイの右手が思考より先に反応していた。
ガッチリとアズモデの尾っぽを掴んでいた。
「前にこれで数mくらい吹き飛ばされたっけなぁ。で、なんで殺そうとした?」
オオムギーは漸く自分が殺されかけたことに気が付き、かわいそうに聖なる部屋で失禁してしまっている。
ソフィアも気付けただろうが、彼女の位置からでは届かなかった。
それに喉元を掻き切られれば、ほとんど即死。
この世界の回復魔法は蘇生にはあまり適していない。
だからレイの右手が動かなければ本当に危なかった。
「魔王様、知れたことです。ゲーム上、彼の役目は終わっています。そしてそれどころではなく、魔王軍を愚弄し、さらには魔王殿の役立つ情報も持っていない。すでに彼は存在しなくても良いキャラでしょう。魔王殿はお優しい。だから私がこういう仕事をしているのですよ。僕の手は既に汚れていますからね。それくらいさせて頂きたく存じます。今更一人や二人——」
アズモデのこの言葉。彼はまだ役にこだわっている。
レイがプレイヤーである以上、レイの道にある障害は取り除きたいとでも考えているのかも知れない。
それとも悪役を貫きたいのか。
どのみち彼はまだ納得できていないらしい。
だからアズモデを連れてきた。
そして、ソフィアにも伝えておきたいことがあった。
レイがソフィアをここに連れてきた理由はフィーネ、エミリ、マリアと同じように考えていたからだが、実はもう一つ別の理由がある。
そしてそれがアズモデを連れてきた理由でもある。
レイは深いため息を吐き、やっとこの話が出来ると、切れてしまったやる気スイッチを再び通電させた。
「アズモデ、それにソフィア。二人に話がある。」