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大修道院誕生秘話

          ♧


 この世界にはエステリア大陸とアーマグ大陸という二つの大陸がありました。

 そして時空の女神メビウスが光と闇に分かれました。

 光を担った方の女神メビウスがこの世界に人間を作ったのです。

 ミッドバレー村に最初の人間が現れました。

 彼らはそこで平和に暮らします。


 東へ向かった民は自分達を魔法や科学を発展させながら東へと進む者という意味を込め、ドラゴンステーションと呼ばれるようになりました。

 そしてその中のリーダーが、この国を統べる者という意味でドラゴニアと名乗り始めました。

 彼こそが後の世で王族となるドラゴニアの祖先という訳です。


長老「全く嘆かわしい話じゃ。この地に人間が溢れすぎているのは分かっておる。じゃから、農地、新たな食材を求めて西へ行きたい、というスタト族のことは認めてやった。じゃが、東へ向かったドラゴニア族はメビウス様を崇めているとは思えない。しかもあれは神に対する冒涜じゃ。この地の果てに何があるかじゃと? その考えさえ、天地を造られた主へを疑う行為じゃというに……。主よ、皆を導けなんだ私にどうか罰を与えてください。」


 この光景はいつのものだろう。

 おそらくはここに女神が舞い降りて、人々を導いた神祖の時代。

 麻かウールで出来たキトンの上にヒマティオンと呼ばれる羽織、つまりは古代ギリシャ人のような服装の老年の男性は机に両肘をついて項垂れていた。


 無論、彼らの言い分も分かる。

 高い丘の上にある大聖堂だからこそ、よく分かる。

 この神域と呼ばれるミディアポリスだけでは、日々膨らんでいく人口を支えきれない。

 だから新天地を求めるのだ。

 でも、自分達が神かの如く振る舞うドラゴニアの言動は、敬虔な信徒にも悪影響を及ぼしかねない。


長老「これでは、いずれ……」


 彼は深く刻まれた(しわ)を微塵も動かさすに、とある言い伝えを口にした。

 それが記された書物もあるが、何度も何度も読んだ彼はそれを見ずとも言える。


長老「闇へと別れた邪神はいずれこの地に災いを及ぼす。その封印を解くような輩が現れぬとも限らぬ。せめて、この大聖堂だけでも……、女神降臨されし聖地だけでも守っていかねば……」


 そして数百年の月日が流れた。


 そんなある日、ドラゴニア族がアーマグ大陸を発見したという悲報が、この地にもたらされる。

 その報を聞いた長老の子孫、ライムギはとある変革を行うように指示を出した。


ライムギ「世界の崩壊を座して待つ時代は終わった。西のネクタも東のデスモンドも見違えるほどの都会へ生まれ変わったと聞く。しかもデスモンドに至ったドラゴンステーション族の子孫達は、邪神が封印されているというアーマグ大陸へと渡った。今こそ、大聖堂も変革せねばなるまい。」


 彼は大聖堂で埃を被っていた分厚い本を、ドサッと自分の机の上に乗せていった。

 その中から彼は一冊の本を手に取った。

 その本だけ、何故か埃が被っていなかったから手に取り易かった。

 そして。


ライムギ「これは……」


『闇が蔓延る時、光輝く勇者現る。そして輝く姫と共に世界を照らすだろう』


 勿論、その言葉が一文だけ書かれていた訳ではない。

 けれど、パラパラとめくる頁の中、その一文だけ不思議と目が止まったのだ。


ライムギ「——これは女神からの神託だ。光の勇者の伝説。それにしても輝く姫とは……。コムギ!コムギはいるか‼」


コムギ「はい!ここに!ライムギ様、いかがされました?」

ライムギ「山積みにした本の中から、勇者と姫の記述を手分けして探させろ。そしてこれより大聖堂という名を変える。ここは女神の御心を学ぶ場、大修道院と改め、世界中から有能な人材を募ることとする。世界を滅ぼそうとするのが、人間の(さが)だというなら、我々は照らす女神の真意を紐解き、聖なる存在を世に知らしめるべきだ。」


 彼は決断したのだ。


 今までの村長も教皇もドラゴンステーション族の行為を憂いていた。

 でも、デスモンドの遥か東に大陸があることは大聖堂の要人も知らない、いや知ってはならないことだった。

 彼だけでなく、彼の父親も祖父も曽祖父も、ずっと胸の内に留めていた『終末の秘密』。

 今までは東の大海を渡る技術は存在していなかった。

 船を頑張って作ったとて、何も存在しないと周知させている東の果てを目指す者がいるとは思えなかった。


ライムギ「何故……」


 ライムギはせめて自分より後の世代で、大陸を発見してくれていたらと頭を抱えていた。

 もしくは先代が渡航禁止を徹底させていれば。

 愚痴りたくもなるが、ここは女神降臨の地、そんな愚痴さえも心の中で噛み殺す。


コムギ「ライムギ様、何と言って呼び戻すつもりですか? もはや彼らは我々になど見向きもしませんよ。ドラゴンステーションから戻ってきたの者がなんと言っていたとお思いですか?」


 新大陸を発見したドラゴンステーション族は火山とマグマばかりの大陸だと失望していた。

 それどころか、責任者の追及沙汰にまで発展していた。

 だが、彼らの一部はそれでも夢を諦めなかった。

 その夢の先にある都、それは黄金郷。

 マグマと噴煙を搔い潜り、彼らはとんでも無いものを発見した。

 そして、彼らは顔を真っ黒にしながらこう言ったという。


 ——黄金時代の到来だ。


 ライムギとて、そのくらい分かっている。

 だからこそ一計を案じるのだ。


ライムギ「禁書を公開する。そしてその公開日よりも先に七人の姫の伝承をかき集めるのだ。」


コムギ「七人の姫……、ですか? それはもしかすると一子相伝で伝わるという伝承の……」


ライムギ「あぁ、その通りだ。世界より識者を集めろ。何せ七人もいるのだ。全ての村や街から奇跡の姫が生まれる可能性がある!」


 ライムギは嘘をついた。

 伝承では勇者と姫は一人ずつ。

 ただ、それでは世界中に散らばった人間は目を向けてくれないだろう。

 けれど七人となれば別だ。

 もしかしたら自分の家系こそが、と考えるものが出てくるだろう。


コムギ「これはドラゴンステーション族にも伝えるのですか?」


 その言葉にライムギは目を剥いた。

 だが、深く瞑目した後、彼は言った。


ライムギ「無論。彼奴らが改心する機会となるやもしれぬ……」


 そして生まれたのが、七人のヒロイン伝説だった。

 ライムギは初代修道院長に就任した。

 そして、コムギは丘の下で人々に禁書と共に七人のヒロイン伝説を唱え続けたという。



         ♧



「は? 何言ってんだ、こいつら……。七人であってるだろ。おいおいおいおい。これじゃ、このゲームそのものが全く無意味になるんじゃね?」


 エミリの件と同様にレイはなぜか過去の記憶を見た。

 しかもアズモデが名付けたのは村長であり、彼の名前はハトムギになった。

 一体、何を見せられているのかと周囲を伺ったレイだが、村長が一人ガタガタと震えている。

 つまり彼も今の映像を見たのだ。


「ひい爺様!その話はダメです!今は大衆の面前なんです。み、み、皆様、落ち着いてください。コムギ様の言葉はそのただの冗談なんです!」


 周囲の反応を見ると、慌てふためいているのは彼のみだった。

 つまりこの回想を見たのはレイとハトムギのみ。

 いや、押し黙った態度を見るに、アズモデもこの記憶に取り込まれていた可能性が高い。

 ハトムギは曽祖父の幽霊が出てきて、公衆の面前で重大な話をしてしまったと思ったのだろう。


(こんな歴史創造は人に聞かせられない。ってか、終わった後で良かったって感じだよ!おい、アズモデ。お前も見えてんなら手伝えっての!)


「ハトムギ、お前は幻を見ただけだ。俺たちは何も見えていないし聞こえてもいないよ。」


 と、言いながら暴れまわる彼を軽く拘束してみる。

 すると、アズモデが興味深いことを言った。

 そしてそれが言い得て妙で、少しだけムカついた。


「ふむ。ただ、ありえなくもないですね。伝承の勇者様は本来アルフレド様でしょう。そして今回はプレイヤーは貴方だった。そうだったとしても……。貴方が最後に愛の告白をしたことで、世界に平和が戻った。この際、一人とか七人とか、あまり関係がないのでは? 大事なのは光の女神メビウスの降臨です。そもそも貴方は同時に全員に愛の告白をしたのですしね。」


(くそむかつくが、その通りだ!俺が一番ゲーム性をぶっ壊してるし!)


 つまり、誰が伝承のヒロインかなんて関係ない。

 そもそもゲーム内ではたった一人と結ばれるのだ。

 そしてその後、女神が降臨する。

 レイはそれを全員に向かって行った。

 どのヒロインを選んでも女神が降臨するのだから、アズモデの理論は正解である。


(でも、それだと姫という言葉が。その理屈だと……。彼女がそうだったとなってしまう。……でもそれは最後だから今は考えない。)


 後付けすぎるが、纏めて結ばれてはいけないなんて伝承は残されていない。

 まさに後付けの過去創造が、今ここで行われたことを意味する。


「えと……、よく分からないですけど、愛の告白を受けた私は輝くヒロインであり、伝承の姫ということですよね?もしかしたら私だけ特別かもしれませんけど?」

「ん。ノーコメント!読み手にぶっ飛ばされるくらいの拡大解釈だけどな。ってか、村長の方は良いんだよ。ビア家の子孫だったから、良くはないけど。ソフィア、大修道院に行くぞ。アズモデ、考え込んでいないでお前も行くんだ。」


 レイの心に困惑はない。

 始祖の神話は、もはやスタト村だけにとどまらない。

 スタト村で登場した『光る鳥』の正体だって、今ならそれが何なのかはっキリと理解できる。

 勿論、それはまだ割愛するしかないので今は関係ない。

 だから彼はアズモデにライムギの子孫であろう修道院長を拘束させて、ソフィアを連れて高い丘を登っていく。


(西へ向かった民族はスタト族か、そしてその棟梁がジャックだった。それは間違いないし、ジャックはジャックだ。勿論、俺が後付けした設定という摩訶不思議な現象ではあるんだけど。でも、それから先もスタト村には何かが起きていた。今のところはっきりしないけれど、ライムギの行動がそれを引き起こした? と考えるのが一番自然か……。ゲームが終わった筈なのに、なーーんでこんな後付け設定にヤキモキしなきゃいけないんだろ……)


「それにしても、ドラゴンステーションの当時の長、えっとドラゴニアでしたっけ。何の情報もなしに何もないと言われていた東の海を渡ったのですよ!凄い勇気です。勿論、それは女神への冒涜かもしれませんが。」


 ソフィアにも一部始終が見えていたらしい。

 ただ、彼女は本当は女神を崇拝していない。

 でなければ、戒律違反をしてまで村の者に食料を分けたりしない。

 無論、その戒律というものが、本来の女神の教えとは異なっているだろうけれど。


(っていうか、あの女神がそこまで考えるか?世界の始まりは既に俺がここに来た瞬間って決まってんだ。全く、俺は一体何をやっているんだ。)


 ——全てが嘘で、全てが虚無。


 ある筈もない村のある筈もない歴史。

 ゲームディスクの隠しファイルにさえ存在しないからっぽの御伽噺。

 ネクタでそれが発生しなかったのにもきっと理由がある。

 というより、レイも薄々気がついている。


(つまり……)


 今のハトムギから発生した過去回想で分かった。

 それにちょっと癪だがアズモデの言っていることは正しい。


①光り輝く姫の伝承について、このゲームは最後の最後まで誰がヒロインか分からない。だから最終的なヒロインが伝承の姫だったと言えば、なんら矛盾はない。


②光り輝く勇者。これはアルフレドのことを指すのは明白だが、それはプレイヤーが操作するからである。では、質問を変えよう。今回の場合、主人公はどちらだったか。これは当然すぎて、答えにならない。そもそもこのゲームは一人プレイ用RPGだ。操作キャラが主人公で間違いない。


③但し、今回に限っては全てが意味を成さない。最終局面、レイは全員に……、アルフレドや魔族にさえ愛の告白をしてしまった。


 伝承の真偽がどうであれ、全てうやむやになってしまった。

 しかも女神が祝福をくれたのだから、これ以上詮索しても意味がない。


(放り投げたことで、全てがうやむやになったってこと!だけど……)


 アズモデの言う通り、今回の無茶苦茶な後付け過去創造も、超理論だが世界に矛盾を引き起こさなかった。


 そして、その真偽を知る術を、今の彼は持ち合わせていない。


 持ち合わせていなくて当然なのだ。


 シナリオ進行中にまだ半分も言っていないと口にしていたのだから。

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