ミッドバレーという闇
ミッドバレーという村は始まりの大地。
始まりの山こそが大修道院のある山である。
——勿論、レイの戯言。
でも、エステリア大陸の中心にあるのがミッドバレー。
このゲームのマップの中心なのは間違いない。
同人誌、夢小説を含めて、ここが舞台になることが多く、その際には大修道院が宗教の頂点であると設定される。
宗教が発端となる戦争だってある。
これから先、アルフレドの子孫を名乗る者が、メビウス教を掲げて戦争を起こす可能性だってある。
そういう意味で関係を修繕する必要がある。
「ふむふむ。ネクタでは小規模な金持ちや金融業が自由を求めて、挙兵する可能性があったのですね。革命はブルジョワから、成程ねぇ。流石、プレイヤー様だ。僕の知らないことを知っている。だから先手を打ってエクナベル家と関係を作った。でも、ここはそうも言っていられないよねぇ。なんせ、光の女神メビウスと僕たちは対極の存在なんだ。金や力で解決できる問題ではなさそうだね。」
アズモデは軽薄な表情さえ出さないものの、魔王の行動に大きな釘を刺した。
彼の言い分は否定しようがない事実、光の女神メビウスと魔王が掲げる邪神は対立関係にある。
あの本がそう言わせたのか、それとも彼の設定通りなのか。
アズモデがネクタを襲った表面上の理由はネクタを機能不全に陥らせること。
とはいえ、彼の本当の目的は勇者の道しるべだ。
彼が居なければ、光の勇者という言葉が出てこない。
「その辺はアズモデも十分理解しているか。なんせ、行き過ぎた勇者マニアだったんだからな。でも、そんなに肩に力を入れるなって。俺は役を恨んでも役者は恨まないから。あの本で過去の俺がどんな発言をしたか、大体見ている。だけど、ここに関してはあまり触れていなかった。……よし、ソフィア。今から村に入るぞ。心の準備は出来た?」
「私はいつでも大丈夫です。だって、私たちは女神に祝福された者同士。ずーーっとくっついてても良いですよ、寧ろくっつきなさい、聖なる夜を過ごしなさいって女神様もおっしゃってくださっています。」
(どんな女神⁉あのメビウスにそんな慈愛の精神はないと思うが……、まぁいい。俺はあれから一度もミッドバレーには来ていない。放り投げエンドはこの村に何をもたらしたのか、そんなに嫌な予感はしないんだけど。それに……)
前回の反省を踏まえると、ソフィアを修道院のトップにさせないことが重要だ。
ただ、流石に世界を救った聖女になった彼女だ。
修道院長の座について欲しいと望むのはおかしなことではない。
仮にそうなった場合、ソフィアはレイと距離を置かなければならない。
女司祭と魔王のカップリングは流石に許されない。
「ね?だから、私はそんなことは望みません。レイと一緒に在りたい。全世界の人間を敵に回しても、私はずっとレイの傍らに居続けますから。」
「ほう。僕よりも魔王軍幹部に相応しい発言ですね。これはメモを取っても宜しいですか?」
「ダメだ。絶対に碌なことに使わないだろ。っていうか、あの本は燃やしただろう?」
「そうですね。灰になってしまいました。ですが、お優しい魔王殿は僕に日記をつける自由をお与えくださいました。ですので、そちらに書き込みます。」
それは許可を出した。
牢獄に入れられた彼にも、それくらいの自由は認めてやるべきだと。
「言っておくが、それが持ち越されることはないからな。それにあの文章の全てを解読できているわけではないだろ?」
「知っていますよ。何度も言わないでください。」
実際、判読が難しい文字も沢山あった。
日本語でも魔物語でもない。
アレはおそらく女神メビウスの文字だ。
「レイ!そんなヤツ放っておきましょう。」
目下魔王狂信者のソフィアとプレイヤー狂信者のアズモデ。
妙なコンビを引き連れ、レイは村の中心部へ向かう。
そしてそこで待っていたのは。
『パーーーン!』
という破裂音。
ただ、攻撃するものではなく祝砲だと分かるソレ。
同時に家の中から人々が中心部の広場に雪崩れ込んできた。
そして、輪になった人の列の一端から、知っている二人の男がゆっくりとこちらに歩いてくる。
レイ自身はあまり覚えがないが、ソフィアにとっては別だ。
あの二人こそ、村長と修道院長様なのだ。
しかも、取り囲んでいる人間は普通の村人ではない。
全員が修道院の関係者であり、ソフィアを煙たがっていた人物ばかりだった。
だから、ソフィアは無意識にレイの腕にしがみついた。
「これはこれは……。噂はかねがね聞いておりましたが、やはり本当でしたが。勇者と魔王の戦いは終わり、魔王様が世界行脚を進めていらっしゃると小耳に挟んでおりました。ですので、村の者に歓迎の準備をさせていたのですが……、やはりこの程度では驚いてくださらないようで。いやはや、参りましたなぁ。」
この中でも一番偉そうな初老の男、彼は朗々と訳のわからないことを嬉しそうに語っている。
そんな彼の朗々な演説の中、ソフィアはレイにぎゅっとしがみつき、「あの男が修道院長です」と告げていた。
「やれやれ、やっぱりそうなるのか。で、もう一人、お前は何を俺に話をしてくれるんだ?」
ソフィアが初老の男が誰か教えてくれたおかげで、もう一人が誰なのかも分かった。
当然、プレイヤー目線でこの街は知っているが、ゲーム内のモブキャラはほとんど同じ顔にしか見えない。
服装で判別したいが、村長も宗教関係者らしく、色の違いくらいしか分からないし、覚えていない。
「あ、いえ……、その」
因みに修道院長の名前はオオムギー・ビア。
そう、おかしなことに彼にも姓がある。
何度も言うが、この世界で姓を持つのは王の一族のみ。
ネクタの街で姓を持つ人間が他にもいることは確認している。
プレイ中は意識していなかったが、流石に今は反応してしまう。
(エクナベル、ビア。意識していなかったけど、作中にもその表記はあるんだよぁ)
ただ、ネクタで情報は得られていない。
それどころか、強制力にしてやられてしまった。
そんな世界でも珍しい姓を持つ男の隣で、村長は明らかに狼狽していた。
「あれが聞きたい。えっとこの村と修道院に伝わる歌があるとかないとか?あの歌、俺ってちゃんと聞いてなかったんだ。でも、気になるだけだから、歌のお姉さんにお願いするのは申し訳ない。村長が歌ってくれないか?」
もしかすると、レイは初めて魔王の威圧を使ったかもしれない。
だってしょうがない。
今は魔王でも元々人間、しかもレイモンドだ。
アレは一体どういうことなのかと耳を疑う。
こんな扱いをされ続けたから、彼は凶行に走ったのかもしれない。
(レイモンドに酷い扱いをする意味、この村でもそうだ。ただの設定か、それとも……。意味があるなら教えて欲しいものだな。)
ゲームではなく現実だとしたら相当なイジメである。
あの時はたまたまいなかったけれど、彼らの歌の歌詞に『レイモンド』がいない。
だから困った顔が見たいという意地悪だったが、レイのお願いを叶えてくれたのは、彼自身が連れてきた悪魔だった。
『魔王が降臨し、世が乱れた時、西より金の勇者が現れる。その勇者の名はアルフレド。山のように大きなドラゴンを一刀両断する鬼神の如き強さを持ち、聖母のような優しさを持つ男。彼が駆るのは神の翼『ステーションワゴン』。文武両道才色兼備、多彩な魔法と多くの武技を使いこなす水色の才女フィーネ。細くしなやかな美しい腕でも、なんのその。岩をも砕く天才剣士にして赤色の美少女エミリ、倒れた民に慈愛の奇跡をもたらし、美麗な体術も使いこなす桃色の美少女マリア。優しきエメラルドの髪は人々に愛されし癒しの乙女ソフィア。彼らは皆、女神メビウスの使い。光に導かれて東へ向かう。次に向かうはデスモンド。そして海を乗り越えて、アーマグへ。平和の象徴、我らがリディア姫を奪還し、魔王ヘルガヌスを倒す者なり。』
「——だよねぇ? 僕はちゃーんと教えたのに、あの時は変な改変しちゃってたよねぇ。まぁ、ヘルガヌス様は隠居されたみたいだから、この歌もすでに間違っているけども。」
金色に輝く瞳は魔族の証。
ついでに言えば、強い魔族幹部の証。
ゼノスは違うが、エルザ、アズモデ、ドラグノフ、ヘルガヌス、MKB三姉妹、そしてアイザは黄金の瞳をしている。
ゼノスが違うのは、彼が竜人だからである。
その黄金の瞳で威圧するアズモデ。
格を失ってもまだ、これだけの恐怖を人に与えるのだから、流石元ラスボスと言ったところだ。
そのおかげでソフィアの体がほとんどバグだ、というくらいレイにめり込んでいる。
そしてその恐怖に抗おうとしたのか、それとも別の思惑があったのか、オオムギーはこの恐怖に立ち向かった。
「アズモデ様、お言葉ですがワシらは役目を果たしただけですぞ。この銀髪を伝説から爪弾きにし、そして円滑に魔族へ引き渡すため、彼奴を指名手配にしております。さらには危険を顧みずにデスモンドへと使者を送りましたのじゃぞ。」
(ん?このお爺ちゃん。ペラペラペラペラ喋ってくれた。ま、知ってたけど。一周目か二周目のプレイヤーに対してくらいかな、ネタバレって思うのは。初期の初期の考察、ここで聞ける神話にレイモンドがいないのは、単純に嫌がらせと思われた。でも、それが逆に考察を捗らせて、修道院と魔族は繋がっていたというのがプレイヤーの常識だ。魔族は勇者の裏切り者を探していた、と。それよりも、アズモデは何を考えているんだ?)
修道院と魔族に関係があったのは明白だった。
ちなみに、まだ両者のパイプが残っていたから、今日、魔王一団が来ると知ってた。
一体どの辺とパイプが?と、考える読者はいないだろう。
だからこそ、彼を連れてきた。
「アズモデ、一つ仕事だ。ここの村長は確か名前がない。せっかくだからお前がつけてやってくれ。」
「やれやれ。出所早々、魔王殿は僕にお仕事をさせるつもりだったんだねぇ。でも、こんなに簡単な仕事でいいのかい? 僕としては、先ほど馬鹿にされた腹いせに、この村を消滅させてもいいんだけど? 目の前にいるのが勇者ではなく、魔王ということにも気付けない愚か者達ですからね。」
アズモデは殺気を敢えてばら撒いているように見える。
勿論、何かあってもレイの力で全て相殺できる。
もしかするとソフィア一人でも何とかするかもしれない。
ただ、修道院の者達にそんな余裕があるわけがない。
「どういうことです? 私たちは修道院長の言われた通りに銀髪の男を突き出しました!」
「そうですよ!アズモデ様とソフィア様がお連れの勇者様と同じような風貌……の?」
「やれやれ、どこまでおめでたい連中なのやら。ここに座すは貴方たちが追放した銀髪のレイですよ。勿論、今は魔族になっておいでですがね。それに僕が言った通り……ではないけれど、世界は無事に救済されたよね?それでも僕に歯向かうの?」
ミッドバレーはアズモデのせいで人口の半数を失っている。
ただ、それはあくまでゲームシナリオ通りであり、それについて彼を糾弾するつもりはない。
大事なのはネクタに続き、ミッドバレーもゲーム本編通りの存在として在り続けていることだ。
当然だが、放り投げエンドの影響で彼らはどのように戦いが終わったのか分かっていない。
——いや、終わったことも知らないと思ったら、アズモデが伝えていた?
今回こそは、ネクタで出来なかった過去創造——とレイが名付けた——をこの村でやってみたかった。
因みに次の街、デスモンドは荒れる。
キラリとはそういう存在だ、考察てんこ盛りである。
「アズモデ、威嚇は終わり。ほら、さっさと村長さんに名前をつけなよ。」
すると彼は両手を鷹揚に肩まであげて、やれやれと首を振った。
喪服を着ていても、それもピエロの演技なのかと思わせる。
「分かりましたよ。魔王様の命令です。ですが……、なかなか難しいものですねぇ。修道院長がオオムギーだから、『ハトムギ』、些か安直すぎま——」