それでも魔王様は拘り続ける
「助けて……」
「レイ……、終わってしまうの?」
「私たちはもう大丈夫って言ってたのに……」
真っ暗な何かに覆い隠される世界。
この声は彼には聞こえていない。
それでも漠然とした何かが頭の中にある。
そして、魔王は全身総毛立っていた。
今思い出しても震えがくる。
「今回はマジでやばかった。まさか、エンドフラグが残されているなんて思ってなかった……。それがこのもやもやの正体だったのか。」
レイはいつもの、元お姉様魔族部屋で部屋の壁から壁へ、行ったり来たりしていた。
ずっと胸に痞えていた何か、それがこれだと思ったからだ。
「ごしゅじーん。もう、エピローグ作りなんて辞めたらどうですぅ? ご主人の話だとぉ、スタト村、それにエミリちゃんのご両親は元々いない存在だったから問題なかったって、ウチには聞こえるんですけどぉ。それより、ラビちゃんエンドとか、考えません? ウチのだったら絶対に安心ですよー?」
「本当っすよ。俺っちは呼ばれないはずだったのに、突然呼ばれて大はしゃぎした結果なんすからねぇ。ほら、『君子パチスロには近づかない』って言葉もあるじゃないっすかぁ。」
(ぐぬぬ。反論できない。披露宴をやろうって辺りから、ジワジワとルートに乗せられていた。イーリがはしゃがなくても、他の何かが繋がって、結局全員集合していたってのは想像に難くない。簡単な終わり方で済む筈がなかった。これからは注意が必要だ。)
「あ、カロンさん? カロンさんでも出来ます? …………、あ、そうそう!それです! 害虫駆除です! ………、あぁぁぁ成程、カロンさんの場合は炎じゃなくて、薬液で焼くんですね。でもそれじゃあ………………、へぇ、跡形も残らない。それ、すごいじゃないですかぁ!……って、ちょっとイーリ!!」
「あぁ、カロン様? 白兎ジョークっすから!……え?もう予約とっちゃった? キャンセル料が発生する? ……………………え?い、五日待ってくだせぇ!次は絶対に当たるって俺っちには分かってるんすよ。……………………、あ、はい。支払い能力がないのなら、臓器でも良いけど、俺っちの臓器は汚すぎて使い物にならない? …………どこか、マニアックなお金持ちはいないかしらって、何の話をしてるんすか? 俺っち、売られませんよ!? 臓器売買とか絶対ダメっすよ‼」
相変わらず、この二人のやり取りを見ていると、心が休まる。
彼女たちの仲が良いのも理由の一つだが、耳にタコができている読者の不満を恐れずに言うと、これはヒロインと勇者の恋愛メインのRPGだ。
そして魔族関連のイベントはアイザだけだ。
だから『強制力』が働くイベントはレイが名付けした魔族には起きることはない。
それもあって、二人の明るさにいつも助けられている。
「それで結局食料の運搬路は確保できたんですかぁ?」
「結局マリアが強引にマハージの首を縦に振らせたよ。完全に脅し状態だったんだけどな。」
ただ、だから頷いた訳でも、娘のために頷いた訳でもなさそうだった。
その後のワットバーンからの報告も『エクナベルは極めて協力的』と上がっている。
魔族と関係のない街の代表が、魔族そのものにあまり忌避感が無かったということだ。
(あの屋敷の厳戒態勢はイザベラの提案だったのだろう。つまり、エクナベル家も魔族と繋がっていた可能性が高い。アーマグやデスモンドのみならず、人間社会にも魔族は浸透していたと考えるのが自然だ。)
レイは色んなことを見逃している。
特に今回は考える余地もなかった。
科学技術が発展しているアーマグにとって、石油などの化石燃料は一定の需要がある。
ただ、その石油やら油田やらを見たことがない。
つまり、あそこにはまだ情報が眠っていた。
そして、彼はまだその話の糸口に辿り着いていなかった。
「うーん、考えてもしょうがないな。今回はバタバタしてて、彼らの過去創造ができなかったんだから……」
これは次のヒロイン・ソフィアイベント以降で探らなければならない。
ゲーム設定の闇の部分を抱えたまま、未来を創るのは流石に憚られるということだ。
「そっすよ。せっかく呼ばれたのに、俺っちが湯水の如く金を貰うって話、消えちまったわけですし。あーあぁ。次は修道院でしょー。あそこは信徒のお布施で至福を肥しているって噂っす。流石の義賊イーリ様も敬虔な信徒から巻き上げた金でパチンコは打てませんって。」
ツッコむところしかないイーリのセリフも、なーんか気を遣ってツッコみにくくなってしまった。
「そもそも、今回は俺っちの働きがなければ、大変なことになって……、あ、なーんか腹が減ってきたと思ったら、香ばしい良い匂いがしてきたぁ。うーん、これはそうだな。牛でも豚でもなく、鳥? 甘だれがいい感じに焦げて……。って、熱いから!ラビ、熱いから!それに俺っちコウモリだから、焼き鳥にはならないからね?」
「フッ、そうでした。全く誤算でしたね。せっかくマロンさんから料理にも利用できる携帯用ガスバーナーを借りてきてたのに。ウチとしたことが、コウモリをあんな美味しい鶏さんと勘違いするところでした!ところでご主人、次は修道院ですけど、ウチ達にメビウスの敬虔な信徒なんて、一人もいないんじゃないですか? ウチは敬虔な魔王様信者ですし、ほとんどの魔族がみんなそうだと思いますよ?」
「フー!フー! あー、これ、絶対二度と毛が生えてこないやつだな。って、バーナーで仲間のケツを焼くの奴のどこが敬虔な信徒なんだよっ!………………。いや、魔王教ならあり得るところが怖いなぁ。確かに教祖様の教えには『今日負けても倍プッシュ』って教えがありますしね。」
なんだかんだ、支えてくれる二人。
そして話を前に進ませてくれる二人だ。
「ねーよ。それはイーリの信条だ。全魔族がそうだと思うなよ。今のところは人間への不可侵を約束してくれたら文句はないんだけどな。それにそれは人間のために言っているんじゃない。魔族を守るためでもあるんだ。」
そう、前回の件でそれは確信に変わった。
というよりあれだけのことを見せられたら、そうとしか考えられない。
「それっておかしくないですか? だって、今現在魔王様が最強なわけで……。」
「いーや。前回のことで痛感したよ。この世界はあくまで人間が主人公として作られている。それに俺が言っているのは、俺がいなくなった先の話だ。正直魔族だからかなり寿命は長いとは思うけど、ラビだって永遠に生きられるとは思っていないだろ?」
「それはまぁ、そうですね。ウチは魔王様の魔力で生かされていますから、通常のサキュバスバニーと寿命の概念が違うと、先日ワットバーン様からお聞きしたばかりですし。」
「あぁ。それな。俺っちの兄弟分も、ジジイコウモリんって呼ばれてるらしいっすからね。じゃあ、俺っちとラビっちは旦那と運命共同体ってわけっすねぇ。でも、俺っちは死んだ後になんか興味ないかなぁ。それこそ、魔王教の俺っちが死ぬ前に祈りを捧げる魔王様も同じくして死んじまってるわけっすよね。」
「イーリ! 縁起でもないこと言わないでよ!ウチは魔王様とともに在れる。それだけで天国なんだから。」
ラビの考えもイーリの考えも分かる。
設定上決められていない魔族の寿命なんて分からない。
だが、魔族は死と共に生きてきた。
そしてそれは、全て魔王に対する忠誠心からだ。
勿論、全ての魔族がそうだった訳ではない。
それこそアイザやゼノスなんて、魔族を裏切るのだから、魔王に忠誠をしていなかった代表的なキャラクターだろう。
ただ、一人忘れてやいないだろうか。
そしてその魔族こそが今回ソフィアと同行させるために魔族である。
そしてあの男ならばきっと修道院の謎のキーパーソンになれる。
「考えても始まらない。ラビ、イーリ。今回はソフィア回ってことは分かっていると思うけど、連れていく魔族は『アズモデ』だ。」
レイの言葉に、おちゃらけていた二人の顔色が変わる。
やはりアズモデという言葉には、誰しもが過敏になる。
彼も散々迷って決めた人選だった。
「ご主人!気は確かですか? 確かに今はずっと引きこもって、反省しているとは聞きますが。それでも、一度はご主人の体を乗っ取ろうとした者です。もしも何かあれば、ネクタの件どころでは済まないかもしれませんよ?」
「俺っちもそう思いますぜ。やっぱパチカスはどんなに諭されてもパチカス。俺っちなら、ここで大逆転の大博打くらいうちますぜ?」
それはそうだろう。
設定は全部終わったと言っておきながら、自分は魔王の座にいるわけだし、彼らもその眷属としてここにいる。
さらに言えば、残されたフラグが、またどんな影響を及ぼすか分かったものではない。
それでも、彼でなければ意味がない。
だって彼は。
「アズモデは敬虔な勇者教の信徒だ。そして勇者といえば光の女神。間接的にはメビウス教の信徒ということになる。それに、あいつは本編でミッドバレーにいた筈だ。それに一応言っておくがメビウス教を潰すつもりはない。人々の支えになる宗教の存在は、これからも必要不可欠だからな。」
「えー、なんかすごく不安なんですけどぉ。ウチもついていこうかなぁ。」
「俺っちも暇なんでー、ついていきたいっすねぇ」
流石に全ての元凶として、罪を被ったアズモデに対する皆の警戒心は強い。
でも、彼を連れていくことこそが、この設定まみれの世界の勇気ある一歩に思えてならなかった。
「二人が必要な時もきっとある。ここは大人しく……。そうだな、アルフレドとリディアを押さえつけといてくれ。あの二人が動かなければ、海を越えた大陸で同じような失敗が起きることもないだろ。というわけで、ラビはソフィアを。イーリはエルザを通して、アズモデを座敷牢から出すように伝えてくれ。魔王からの命令だって伝えるのも忘れるなよ?」
あくまでエピローグ作りに拘る彼。
それはヒロインの為なのか、それとも自分の為なのか。
彼が抱える不安が、取りこぼした本編のエンドフラグ、そんな訳がない。
それはゲームをやり込んだ彼自身が一番知っているだろうに。