マリアとレイのハッピーエンド
——な⁉
レイとイーリとオスカーの三人は、その瞬間に強烈な魔力圧を受けた。
そして、会場から遥か先の廊下まで吹き飛ばされてしまった。
「俺……、何をしていた?」
そこでレイは漸く、何かの呪縛にかかっていたことに気付く。
つまり、自分ではなくなっていた事に気が付く。
「今の魔力……、あれはアルフレドのものだ。どうしてアルフレドがここに? まさかマリアイベントを無きものにするためにか? いや、待て待て待て。これはどういうことだ? フィーネもエミリもソフィアも会場にいる。リディアは多分、最初からいた筈だから、これはキラリの………‼——いや、ゼノスの魔力まで感じる……だと⁉」
その魔力を感じた瞬間、レイは全身総毛立った。
まずい……
まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい!
「イーリ、オスカーは一旦ここで待て! この魔力の中に突っ込むのはまずい。」
(何をやってんだよ、俺! なんで気づかなかった⁉どうして何も考えなかった⁉マリアのためを思って? そりゃそうだ!彼女のためなら何でもやるつもりだ!)
レイは勇者パーティ全ての魔力圧に抗い、一歩ずつ一歩ずつ、披露宴会場へと足を前に運ぶ。
なんてことはない。
きっと彼らはマリアに先んじられたのが悔しかっただけだ。
「だから、今から行って。アイツらに説明してやらないと……」
足が重いのは、魔力の圧によるものか……
それとも気持ちの問題なのか……
「待ってろ、マリア。今頃、やりすぎだって責められてるよなぁ……。早く、早く動け、俺の足ぃぃぃ!!」
マリアはすごく寂しがり屋で、それでいて、もの凄くワガママで甘えん坊で……
寂しくても、ずっと我慢していただけなんだ。
だから、早く行って、あの部屋に満ちた空気を循環させなければ
そうだ!窓を開けよう。
空気が悪かっただけだ。
もしかしたら、魔族の臭いが場を白けさせていたのかもしれない。
だから
だから
だから‼
でも
それって
これって‼
レイは披露宴会場に辿り着いた。
(思っていた通りだ。……知っている。知っているぞ。)
自分の席にアルフレドが座り、マリアがその隣で彼に抱きついている
披露宴会場で勇者とマリアが結婚披露をしている。
窓はすでに開け放たれていて、アルフレドとマリアを祝福するように仲間たちの姿もある。
彼が思った通り、全くそのままの光景をレイは知っている。
マリアエンドのラストに登場する一枚絵の一つ、『披露宴での仲間からの祝福』そのものだ。
それは、そうなるに決まっている。
勇者アルフレドはマリアとの好感度を上げた状態で、光の女神メビウスを迎え入れた。
そして彼女は家に帰って披露宴を開いた。
——クソ!俺は何て馬鹿なんだ!!
マリアはとっくに、レイもいつのまにか飲み込まれていた。
この世界はまだ続いている、彼がそうしたのだから続いている。
だから『シナリオ強制力』がある。
放り投げたのだから、どこかしこに強制力の発生するイベントは転がっている。
そういうのも全て放り投げている。
クソ!
クソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソ!
こんなところで!
ここまで来て、本編のマリアエンド⁉
これで、振り出し⁉
また同じことをしないといけないのか?
それに……、レイモンドの記憶を引き継げる保証はどこにもない。
もしかしたら、次の俺は何も考えずにアルフレドを選択して、再び無限ループに突入するかもしれない。
そして
そして、この仲間たちとの絆は……
——失われる!
「マリア!みんな! 俺だ! 俺はここにいるぞ!」
その言葉にマリアもアルフレドもフィーネもエミリも誰も彼も不思議そうな顔をする。
(当然だ。このエンディングを迎えるということは、レイモンドはすでに死んでいる。だから今の俺は俺じゃない。いないという設定で強制力は発動している。でも、待て! おかしい!おかしいんだよ!)
すると、マリアと目が合った。
(マリア……、この後どうなる?——いや待て、マリアの目)
彼女の目は助けを求めていた。
「レ……レイ……、私…………」
「アルフレド!そこは俺の席だ!!」
「あ……、あぁ、わ、分かって……い……」
「フィーネもエミリも、もう大丈夫って言ってたじゃないか! ソフィアもキラリもアイザもリディアもこれからやるって決めてんだよ! 」
全員の顔が困惑の色に染まっている。
おそらく、誰しもが別の記憶と戦っている。
プレイヤーのレイ自身も、今考えればおかしなところがたくさんあった。
ウェディグプランナーなんていたか?
そもそも、こんなに早く準備ができること自体おかしいのに?
っていうか、マリアが選んだドレスは、エンディングのイベントスチルで着ていた服、そのものじゃないか!
どうして、どうして気づかなかった!
俺はこのエンディングを受け入れようとしてしまっていた。
せっかく……、せっかく新しい道が開けると思ったのに……
そんなやりきれない感情を強制力によって押し殺されてしまうレイ。
そして彼はそこで見てしまった。
こんな世界観でこういう演出があるのかは分からない。
でも、エクナベルは設定自体がめちゃくちゃだ。
だから、スクリーンが下されていて、そこでプロジェクターから投影されていた。
披露宴演出あるあるが起きていたって、ここでならおかしくない。
そこにはいろんなイベントスチルと共に、スタッフルールが流れていた。
ゲームシナリオ 綿木絹
ディレクター 原田てんやわんや
「ダメだ……。これじゃあ、また……。どうする!矛盾には気がついているんだよ! ここに俺がいちゃだめなんだ!この披露宴の一枚絵に俺は存在しない。こんな矛盾があるのにどうして……………」
そう、明らかな矛盾。
この一枚絵にレイがいてはいけない。
魔王がいたら、話がおかしくなってしまう。
だからレイはこの会場に入りさえすれば、そんな通常エンドは吹き飛ばせる、とどこかで考えていた。
——でも。
いつもの如く、空は暗くなり始め、スタッフロールもそろそろ終盤を迎える。
プロデューサー 鈴木半平太
開発 ドラゴンステーションワゴンプロジェクト
そこまで出てしまった。
あとは販売会社の『トライアングルドラゴン』の名前が出て、一度暗転する。
そして、「さらに、数年後……」という文字が浮かんだ後に、マリアの最後の一枚絵、子供たちと戯れるマリアとロッキングチェアで寛ぐアルフレド。
その絵の右隅に『Fin』の文字が浮かんでしまう。
——そして、全てが暗闇に包まれる
恐怖、絶望、そして……
何故か、それだけは不思議と分かる。
不思議でも何でもない。
レイはこれを何千回も繰り返したのだ。
だから体がこんなにも震えている。
そしてその何千回も繰り返してきたレイの魂の訴えか、それとも別の理由か。
「レイ……、助けて……」
「私たち……、終わっちゃうの?」
教えてしまったから、彼女たちは自分で考えることが出来るから、この状況に怯えている。
本当に馬鹿だった。
油断していた。
「俺がここにいるのに。どうして完成している?なんで——」
笑顔のまま、悲痛の叫びをあげる彼女たち。
これが今までのもやもやの正体?
だが。
彼はここで、……ある事実に気が付く。
「あの一枚絵、俺がここにいても完成しているのか……。 俺はプレイヤーだ。プレイヤーの俺には俺が映っていない。」
それが分かったところで、どうだというのだ。
——そんなマイナス思考には陥らない。
彼は即座に魔法通信をイーリとオスカーに送った。
「外から窓を全部閉めてくれ!外開きの窓だから可能な筈だ!」
レイの脳に「は、はいぃ!でも、それってどういう?」「いいからさっさとやれ!」という声が響く。
アイツらだって優秀な魔族だ。
それくらい一瞬で何とかできるだろう。
そして、狙うのは一瞬。
エンドロールが終わり、一枚絵が出る直前の暗転を狙う。
バタンバタンと閉じられる窓、そしてあの日、世界が終わりかけたように太陽もすでに沈んでいる。
時間の進みがやけに早いと思っていたが、それさえもゲームエンドの予兆だったのだ。
彼は本当に浮かれすぎていた。
もしくは強制力に取り込まれていたか
——その瞬間、今日、一番の主役の少女の声が聞こえた。
「レイ…………お願い!終わりたくない!私を助けて‼」
そして訪れる暗転。
だが、彼はそれを待っていた。
両手を掲げ、こんな魔法を唱えた。
魔法名は間違っているかもしれないが、そんなことはどうでも良い。
こんな魔法はゲーム内にないかもしれないが、それさえも関係ない。
(ゲームの設定に振り回されてたまるか、その言葉と共に彼の口から紡ぎ出された詠唱は)
「幸せのお裾分け‼」
魔王が紡いだその言葉で室内の蝋燭全てに火が宿る。
それだけに留まらず、勇者パーティにスポットライトを当てる。
そして、さらに紡ぐは欲深い魔王ならではの言葉
「お前たちは全員、俺のモノ、俺の嫁だ‼‼」
レイが役にはまった瞬間に何が起きるか?
そう、彼のながーい犬歯が青く輝くのだ。
そして照らされた部屋、アルフレドたち、そしてレイの犬歯が窓に反射する。
鉄の窓じゃなくて本当に助かった。
暗転してくれて幸運だった。
だって、その窓に反射した披露宴会場には、ちゃんと魔王レイ。
——その青き輝きが映し出されているのだから。
「俺はここに居る!分かったか、世界‼」
すると、キシキシキシっと彼の視界にヒビが入り始めた。
パリーン
ガラスが割れる音がした。
そして暗闇が消え、いつのまにか外は明るくなっていた。
太陽さえも昇っている。
魔王がスクリーンに目を移すと、そこには最後の一枚絵は映し出されておらず
『To Be Continued』
の文字が浮かんでいた。
ドン!
魔王が目を瞑って、ふぅと溜息をつこうとした時、彼は真後ろに倒れてしまった。
この程度の魔法で疲れる魔王ではない。
だから、彼は倒れたのではなく、押し倒されたのだ。
「レイ!レイ!怖かったぁぁ! 本当に、あのまま全部終わっちゃうのかと思ったぁぁぁ!」
桃色の髪の少女は決して背が低いわけではないが、魔王があまりにも巨躯のため、彼を押し倒したら、彼女の体は全部彼の上に乗ってしまう。
そして、彼女はそこで泣き続けている。
「あぁ。俺も……、怖かったよ。マリアがあのまま奪われてしまうんじゃないかって思った。」
魔王は自分の体の上で泣きべそをかく少女を、優しく抱擁した。
すると、彼女の体がビクッと動き、もっともっと泣いてしまった。
「もう!もう!そんなわけないじゃない!でも、体が勝手に動いちゃってたの‼」
「分かってる。分かっているさ。……でも、一応言っとくぞ。俺がマリアに言った愛の言葉はちゃんと俺の意志だ。」
すると少女がジタバタするのをやめ、泣くのもやめて静かにこう言った。
「私も。レイのことを心の底から愛してる。」
心臓がバクバクと言っている。
気を付けていたのに、そのまま流されていた。
今も恐怖が……
これは何に対する恐怖?
一瞬だけ考えたが、今は考えるのを止めた。
マリアの心臓の音も聞こえている。
二人とも、恐怖でバクバクだ。
(でも、これって吊り橋効果?……いや。それも今はいい。)
そして、少女をぎゅっと抱きしめた。
そんなこんな色々あった、披露宴は直ぐにお開きとなった。
レイが『なにか』だったとしても、スケジュール通りには進行したのだ。
アルフレドに話を聞こうとすると、リディアが申し訳なさそうにこう言った。
「あ、あの……。私の気配を察知されてたのかもしれません……。す、すみません……」
「いや、リディアはこっちから頼んだからいいんだ。アルフレド、お前が全員を寄越したんだよなぁ?」
「あ、いや。イーリがみんなでパーティをするって自慢してたから、俺たちも参加して盛り上がろうって……。すまない……、まさかこんなことになるだなんて……」
クソコウモリの仕業だったらしい。
こういうことが起きると分かったのは、ある意味でプラスとも言える。
後一歩でこの世界は終わっていたのだから、冗談では済まされないのかもしれないが、全部纏めて今は考えない。
「みんなも噂やら何やらで、話を聞いているだろ? とりあえず、今はアルフレドと先にアーマグに戻ってくれ。」
今回は過去改変イベントは起きなかった。
最初から本編のイベントに取り込まれていたからか。
実は別の要因もあるのだが、それはまた別の機会に話すことが出来るだろう。
エイタとビイタが淡々としていたことから推測できた筈なのに、それを見逃したのはレイ自身に問題があった。
「まだ、終わっていないってこと?」
皆が不安な顔を見せる。
そして、魔王は肩を竦めた。
「俺の考えが甘かっただけだよ。これからは気を付ける。……俺達はこの後、マハージさんとイザベラさんとの話し合いもある。アルフレドのせいじゃないし、誰のせいでもない。強いて言えば、油断していた俺のせいだ。」
そして彼らは不安な顔をしながらも、素直に帰ってくれた。
レイはこれが胸のもやもやの正体だったと無理やり呑み込んで、イーリ達にも撤収命令を出した。
「昨日今日と色々大変だったけど、マリアごめんな。」
「ううん。私がはしゃぎすぎちゃっただけだから。私の方こそごめん……」
「エクナベルの謎は解けなかったけど、今回はこの辺にしときます。えっとマハージさん、イザベラさん。それにエイタ、ビイタ。ワットバーンってやつが来たら、また相手をしてやってください。マリア、それじゃあそろそろ……」
レイはマリアを抱き抱えようとした。
すると彼女は意外な言葉を彼に投げかけた。
「いーやーだー。今日はまだ終わってないでしょ? ほら、太陽もまだ高いしね。」
「あ、あぁ。そうだけど、えっとでも披露宴は終わったし……」
「だーかーらー、日が暮れるまでデートするのー!じゃね、パパ、ママ!私ぃ、絶対に二人よりも幸せになってみせるからね!」
というわけで、レイとマリアは日が落ちるまで、ネクタを一望できる丘で愛を語らうことになった。
これが、マリア・エピローグの顛末である。
過去がどうとか未来がどうなるのか、整合性がどうとかとかは全く関係ない話が、今回のオチ。
どうして、ここに車があったのか。
一体石油はどんな使われ方がされているのか、それを知るにはもっと東で登場するヒロインのイベントにまで付き合う必要がある。
でも、今日の主役は桃色の少女。
そして、自分の体に何が起きているのか分からない魔王。
だから、この話の回収は魔王自ら行って貰う。
「マリア、最高に綺麗だよ!」
「うん!レイ!だーいすき!」